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2016年2月29日 (月曜日)

四年前の閏の日

(四年前の日記)-- 2016年の四年前

 

松名瀬海岸にて
松名瀬海岸にて


懐かしいね
あとで感想をかこう

2014年8月 9日 (土曜日)

1989年夏新大阪駅のホームにて

1989年夏新大阪駅のホームにて

 

こんな列車に乗ることになったのは、あの年も台風がちょうどいまごろにきていて、函館で野宿もせずにホテルに泊まったりしながら、時間を過ごし、そうこうしている間に急に帰りたくなってきたのだった。

 

列車に乗る日は、函館駅の近くでぶらぶらしていた。そう、あのときにTW200に乗って北海道を走り回っていたオンナの子と駅前でお茶をしたのを覚えている。可愛らしい子だったのに名前も聞かず連絡先も交換しなかった。さすがにあとで探しようがなかった。

 

 

というわけで、あのころは好き勝手してバイクで旅ばかりをしていた。それはそれで許されたことだったのだ。

 

ひとつの時代というよりも世紀出会った。

 

社会の流れは大波小波を繰り返すものだが、決して同じではなく、新しい世紀の新しい文化となって歴史を作り出してゆく。

 

 

 

 

2013年9月 4日 (水曜日)

捨てるべき思い出

昔、FBIKE で交流のあった後藤さんとツイッターで再会した。
そこでバイクのコトを少し。

 

「自分でこぐ二輪に乗ろうと思っている」と書いたものへの返信で

@wahaku  乗らないのは明白で 捨てるべき思い出なのだが 捨てられない病い ばらすような整備をしないからクロムメッキにはサビがでてきてとりかえしのつかないことになりつつあります 自転車は 肺がダメですから下りしか乗れない 思いつきで車に積む折りたたみを買ったが アイデア倒れ

— 後藤 清 (@kiyoshi_gotoh) September 3, 2013

□■
■□

そこでわたしは

@kiyoshi_gotoh 「乗らないのは明白で 捨てるべき思い出なのだ」ときっぱり言われて、さっぱりします。乗りたくなったら乗ればいいし、残りの人生で新しい遊びも見つけねばならない。何よりも健康を増進する遊びでなければならないと日々考えています

— わはくま (@wahaku) September 3, 2013

と書いた。

 

2013年2月17日 (日曜日)

凍結した通学途上の話(パンツ丸見え)

高校時代
駅までのバイク通学の途上
小さな峠道の凍結部分で転倒して
道の脇に退いてしょぼくれていたら
後続でやってきた同い年の女子高生も
まったく同じように
バイクですってんころりんとこけまして

 

カバンはすっ飛ぶ
スカートはめくれる
パンツは丸出しで
私のほうに滑ってきたのでした

 

 

意外とケガもしない
擦り傷もないものなんです

 

凍結道路というのは
自然の優しさが隠れている

 

 

40年たってもパンツだけ
くっきりとよう覚えております

 

何事もなくて良かった

2012年10月 3日 (水曜日)

草津-白根

1983729

1983年7月29日
草津-白根 有料道路

懐かしい写真が出てきたので、ここに入れておくことにした。

 

2012年6月 8日 (金曜日)

懐かしの飛騨路で別れを果たす ─ 花も嵐もⅡ その12

5月27日日曜日。

 

この日に、いよいよKLE とお別れをする日となりました。

もう20年以上のバイク友になる恵那のVちゃんが私のバイクをレストアしながら受け継いでくれるというので里子になります。

 

私はもはや、ツーリングをする気迫を失いかけていましたので、冬の間もバイクを放置していましたが、バイクだけでなくウエアも地図も小道具もほったらかしにしてしまっていました。

 

本格的な旅など、いったいいつから行かなかったのか忘れるほどで、遠乗りをするときに道路状況を予測する勘さえもすっかり衰えていました。

 

インターネットで情報が飛び交い、ツーリングマップルに情報が満載され、天気予報がリアルタイムで更新され、高速道路で目的地へ瞬時に行ける時代に、私はすっかり乗り遅れているわけです。

 

でも、再びそういう波に乗ろうとは考えていません。私なりの新しい愉しみ方で復活するころを夢見ています。

 

 

お別れを記念して走りに行きながら、最後に恵那へと到着するようにしたいと考えましたので、信州方面か、美濃とか飛騨を候補にあげていました。
ちょうどそこに、「郡上八幡はりはり焼きそば」という怪しげな名物B級グルメの情報が舞い込み、何の迷いもなくコレを食べてから恵那に行くのだと私は決心
をしたのでした。

 

この日の朝、家を出たのは8時前だったと思います。もう昔のように夜明け前に国道をぶっ飛ばして行こうなどという気は湧いてきません。日曜日の午前中は車も少ないから、まあのんびりと行こうじゃないかと考えています。

 

ルートは昔からのいつものルート。国道を北上して、長島温泉への交差点を逆に曲がって、木曽川沿い、長良川沿いを走って、岐阜羽島から再び木曽川沿いに。あとは、国道156号線をだらだらと郡上八幡まで走ってゆきました。

11時前にVちゃんとばったり巡り会えました。何の申し合わせもないのに、同じ場所にやってきて、道端に止めてあるバイクを見つけてしまう。予想
もしていなかったので、めちゃめちゃ驚くところなんでしょうが、何か筋書きのように再会できてしまいました。バイクを置いて街の中を散策します。

 

そうだ、Vちゃんは岐阜県民なんです。よく知っているはずだ。ひとりじゃできないような観光をして、その間に焼きそばも食べて、木陰で涼んで一息ついたら恵那に出発となります。

 

恵那までは、最高ののんびりツーリングルートでした。飛騨川沿いを走って、白川町というところを走り抜けます。タイヤも満遍なく使ってやって、KLEにとって、ほんと、素晴らしいお別れツーリングとなりました。

 

恵那のV邸で少し休ませてもらって、中央本線の快速で帰ってきました。

 

KLEは、その日のうちにV邸のガレージで身包み剥がされてしまったようですが、さぞやすっきりしたことでしょう。しばらくは、V邸から、レストア日記が公表されるのではないかと思っています。

 

元気に蘇って欲しいと切実に願っています。

2012年3月14日 (水曜日)

温かくて晴れる日を待つ(KLEとの別れが迫る・松名瀬海岸)

松名瀬海岸にて

松名瀬海岸にて

 

 

2012年2月29日(水)の日記にも書いたけど、今年最初にエンジンをかけて、岐阜にお嫁に出すときは自分で乗っていこうと決めたのだが、なかなか、三月になって暖かい日がやってこない。

 

14年も付き合ってきたのだから最後はしっかりと乗ってやりたいと思っている。

 

そのあと、4月から?

 

しばらくは、オートバイから離れてみるかなと思っています。
18歳から14歳までの間にも、まったく乗らずにいた期間があったのです。
この間に免許もなくなってしまったので、私のバイクの免許は24歳のときに取得したことになっています。

 

また戻ってこることができると思っています。体力と好奇心を元通りに元気にさせてから戻ります。

 

ひとつのけじめとして、このブログに書いている「花も嵐も」の続編を、少しでも書けたらいいなあ、とか考えたりしてます。

 

 

2012年2月29日 (水曜日)

KLE、いよいよサヨナラ間近です

KLEで散歩に行ってきました。

お正月ころから置いたままだったので、エンジンがかかるかどうかが心配だったのですが、まったく、問題なし。 バッテリーのへたりもない。

エンジンがかかれば確認は終了だったのですが、せっかくなので10分ほどで行ける近くの海まで走りました。

3月には岐阜県に行ってしまうのですが、走り始めるとこみ上げるものがあります。

やっぱし、家に永久に飾っておくというのもあったのか。
もう少しがんばってお金を工面して乗ってやるとかいうことはできなかったのか。
大事な娘や息子を手放すような気持ちってこんなもんだろうかと思いながら走ってきました。

でも、私じゃ手に負えなくなったのだからしかたがない。

下取りを宣伝している会社に渡してしまってはあまりにもかわいそうだから、修理をする力のある人に買い 取ってもらって・・・・と考えていたら、
(少し期待も信じて掛けていたのだが)
岐阜県のしんちゃんが乗ってくれるというので、即日お嫁入りが決定しました。

松名瀬海岸にて
松名瀬海岸にて

実は、乗ってみて、思ったこと。

もう、バイクを降りようと思っていたので、引取りに来てもらって渡そうかと思っていましたが、走り始めてみると元気なころのKLEとなんら変わっていないので、私が乗っていこうかな、最後のお別れは乗っていくことで完了なのかも、と思い始めたわけです。

まだまだ寒いけど、
(休みに晴れればそれがいいのですが)

晴れた日に休暇とって、行ってこようかな。
そんなことを考えております。

やっぱし、レストアして乗って欲しいと判断したのは間違ってなかったのだと思いつつ。
寂しいですね。

松名瀬海岸 松名瀬海岸

ちょうど引き潮でした。
引き潮の海は大好きです。
もう少し引くともっと大きな干潟が見えます。

2012年1月18日 (水曜日)

KLEもあと2ヶ月あまりとなりました その2

KLEもあと2ヶ月あまりとなりました その1 にコメントをいただきましたのでお返事を。


ほんとうは、バイクに乗っていたいけど、結構金食い虫だし、行きたいところはだいたい走ったので、別の形で再訪したいと思います。夫婦でのんびりとか、そういう年齢かな。

大事なバイクだから、乗り手があれば幾らでもあげるけど、価値の思いが伝わらないと粗末になると思うの。だから、言ってみれば一万円な訳で、金が欲しい訳ではなく、気持ちをわかって欲しいのです。

私が乗れない分、走って欲しいその約束のような物です。

バイクは、その気になればいつでも復活できますから、次のステップは新手で行きたいです。


再び走れるようになることを祈っている僕としては、整備をできてそれなりに修理に投資をできる人に渡したいと思っていました。 こちらからお願いにあがるのもあつかましいし、考えておりました。

車検はユーザーで通ると思います。ヘッドライトの光量が自然に弱ってくる時期なのでやや心配ですが。 ひととおり分解できる人であれば大丈夫です。そうでなければ、このまま廃車にしてしまうのでアカンと思っていました。

熱くなるとへたる症状以外は、快調です。プラグも新しいし、タイヤもほとんど新品です。調子が悪くなってツーリングを中断する心配を私はまったく持っていませんので、まだまだ走ります。ですから、綺麗にバラして、掃除をしてやってくだされ。

前回のバッテリーは9年ほど持ってくれました。私はバッテリーの痛まない乗り方ができるらしいです。新しくして4年目くらいです。そんな感じで、秋には元気にかかっていた。12月から乗ってないので、もしかしたら車のバッテリーを借りなあかんかも、と思って掛けると、毎回、かかるんです。

2012年1月15日 (日曜日)

KLEもあと2ヶ月あまりとなりました その1

バイクは、バイク王などを当たれば1万円で買ってくれるという宣伝をしてると教えてくれる人がいるけれども。

前に、知り合いにあげて、そのあとどうなったのか分からないままだったので、今回はどうなるか分からない知り合いには渡さない。

大事に保管してくれるか、
もう一度動くようにレストアして乗ってくれる人に
差し上げたいと思っている。

そんな人が出ないのなら、家に置いて眺めて懐かしむことにするつもりだ。

14年間連れ添ってきたバイクだから、無一文にして価値を棄ててしまうのもバイクに申し訳ないし、私にとっては大いに価値がある。だから、他人には無価値でも1万円くらいと思っている。
いわば、そのあとに乗ってくれるという保証金のようなものと考えている。

走るものとしてだけ見れば、中古車として売り出せば最低10万以上はするだろう。
修理をするのに数万円を掛ければ一通りの中古車レベルに戻ると私は見積もっている。
そして修理をするような工作が好きであれば、これほどいいものは無いと思う。
そんなバイク好きもいまどきいないなあ。

あと2ヶ月あまりで保険が切れて、公道が走れなくなります。
それまでに1万円程度でいいから貰い手があればいいのだが、無ければ3月末に家のガレージに移動して、10年でも20年でも掛けて分解して、思い出の部品だけを残して徐々に棄てていこうと思う。

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