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【花も嵐もI】 GSX篇

2010年3月 3日 (水曜日)

【花も嵐も】 素敵な駐在さん (番外)

第5話6話に書いた【花も嵐も】 素敵な駐在さん の事件のニュース記事を見つけたので、今頃ですけど、貼っておきます。

 

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職質の警官が刺されて死亡、短銃も奪われる (2000-06-28 )

 

 28日午後2時半ごろ、青森県東通村白糠で、青森県警むつ署の佐藤勝男巡査部長(52)が職務質問中に男に刃物のようなもので左わき腹数カ所を刺された。男は走って逃走。佐藤巡査部長は病院に運ばれたが、意識不明の重体となり、その後死亡した。巡査部長が所持しているホルスターから実弾5発入りの短銃がなくなっており、同県警は男が奪ったとみて、行方を追っている。

 
 同日午前、むつ市関根のガソリンスタンドに30歳くらいの男が1人で、福岡ナンバーのグレーのレンタカーに乗って現れ、ガソリンを給油した。男は金を払わず、店員が目を離したすきに逃走。通報を受けた県警が、付近に検問所を置いて男の行方を追っていた。午後2時過ぎ、このナンバーの車を発見した佐藤巡査部長が職務質問したところ、男にいきなり刺されたという。

2006年6月24日 (土曜日)

第34話【花も嵐も】 やっぱり僕はひとりの方が…

私の机の、いつも手の届くところに何冊かの本があります。
それは、子どものころに買った北山修の詩集、吉田拓郎や中島みゆきの歌の詩集、ルポや写真集、国立民族博物館の機関誌や先生の著書であったりします。

 人は誰もただ一人旅に出て
 人は誰もふるさとを振り返る

と北山修が「風」の中で書いているように、私たちもまた誰もが旅人であり、これから旅人になれるのだと思います。

また、北山修は、「さすらい人の子守歌」で、

 旅に疲れた若い二人に
 さすらい人の子守歌を
 星は歌うよどこへ行くの
 ふるさとのあの丘に
 もう帰れない
 今はもう帰れない

と書いています。

これからも私は、まだ出会ったことのない風景や味覚、人物、遺跡などを、自分の好奇心の続く限り訪ねて歩きたいと思います。
未知だったものと触れ合い、そして感動することで、自分をリフレッシュして新しい旅への原動力を得ることができます。
「旅をすること」って、自分をいつまでも若返らせておく手段なのかもしれません。

インターネットのメディアに情報が溢れています。
その情報を常に掴んでいないと不安になることがあります。
しかし、その不安は正しい不安ですか?私はそんな不安なら幾ら持っても構わないし、びくともする必要もないと考えます。
溢れる情報は適度にして、想像を膨らませるのだ。自らの心や感性が生み出す好奇心を胸に、それらを持続させて旅をするスタイルをこれからも維持したいと私は考えます。

誰のために、何のために旅をするのか。
何故、バイクなのか、何故、雨でも走るのか。
多くの人々が抱き、いつの時代の誰もが言い続けてきたことです。

これを書きながら、「ツーリングとは何なんだ」、などというような自問に、ぼんやりとですが理屈を当てはめようとしている自分がいて、あたかも答えらしいことをスラスラと自答している自分がいる。
すると、ちょっとした安堵が心に満ちて来る。

現実からの逃避なの?
感動をする欲求?
まっすぐな道をただ走りつづける衝動?
もうひとりの自分の発見?
人生の縮図を探すの?
ロマン?
生きている証拠?
青春を探すの?
限界を走り切る感動?
センチメンタル?

・・・・

しかし、やはりそこに答はない。
ある必要もないのかも知れない。

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34話をもちまして「花も嵐も」は終わりです。(転載終了)
どうも、ありがとうございました。

第33話【花も嵐も】 また逢えるもう逢えない<九州>

椎葉の話を書いていて「ああそうか、もう十年以上もの月日がたつのだな」という感慨が甦ってきた。桜島からぐるりと宮崎まで、一緒に走った太田市の病院の(当時)ICUにいるというTさんからは数度の便りが届いていた。
Tさんが田口さんだったか田上さんだったかさえも忘れてしまっているのが、ちょっと寂しい。
最後の便りが年賀で、「夏に結婚します」と書いてあった。

 

そもそも彼女とは、桜島ユースホステルで出会ったのがきっかけだった。もう一度会う約束をするわけでもないのに何度も顔をあわすようになったので一緒に走るようになった人だ。つまり、またバッタリと会わないかな、と期待をすると行く先で期待が叶う。そういうことの繰り返しをしているうちに一緒に走ることになる。

 

だから、お互いに名前も告げ合わずにしばらくご一緒した。青島でラーメンを食べながら初めて名前を尋ねた。別れのときが近づいてきているのを感じながら「そうそう、名前を尋ねていませんでした」って感じで言い出したのだった。思い出すとほろ苦い。そんな思い出のひとつだ。

 

土砂降りの宮崎港で「また、二、三年後、同じ日に同じ場所に、ツーリングに来てて会ったりしてね」と、ウルウルしながらさようならをしたのだった。

 

この会話が本当に実現するような予感がしていたのだ。ひとり旅の自信のようなものが湧いてくるのを胸にしながら、川崎行きフェリーに乗る彼女を見送った。でももう逢えることはなかった。「カーボンサイレンサーを気に入っている」と言っていたR1Z。レサーのようなスピードで突き進んでいったときの煙が強く印象に残っている。

 

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【Tさん…】
本文でも触れていますが、お名前さえ忘れてしまいました。群馬県のかた、読んでいたら彼女の行方を教えて下さい。もう、立派なお子様もあることでしょうね。

 

【詳しいツーレポ】 夢をさがしに

2006年6月16日 (金曜日)

第32話【花も嵐も】 どこまでも山の中・椎葉<九州>

1994年の九州はソロツーリングだった。

新婚時代には夫婦でタンデムで走り回ったが、子どもができてからはいつも一人だ。

1984年に夫婦で来たときとは違ったコースに変えてみた。しかしながらも、阿蘇山の外輪山の中には昔の思い出もあったので、それを思い出し、噛みしめながら、一気に高森峠を越えて国道265を南に走って行く。

荷物をくくっているネットに、ポカリスエットの1リットルボトルを縛り付けて走るという試みを最初にしたのがこのツーリングだった。(それ以後ペットボトルをくくりつけて走るというスタイルが定着し、仲間の中でも多く見かけるようになった。)

ゴールデンウィークだったにもかかわらず暑かったのだろうか、それとも、鄙寂れた山里の道端で休憩をするときの照れ隠しのようなものだったのかも知れない。

書庫の一角にある九州ツーリングマップという地図があり、他の地域ものと比べてシワが少ない。それは、激しい悪天候に遭遇しなかったためにダメージが少なかったことを物語っている。

国見峠の部分にボールペンの走り書きで「山深い」と書いてある。それが水に濡れて滲んだ痕跡がないのは、好
天に恵まれつづけたことを意味する。
「ミスコース」とも書いてある。椎葉村に入る前に「内の八重林道」へと曲がる交差点があって、ここでミスコースをした思い出だ。のんびりと穏やか、平穏なツーリングだったことが伺える。
国見峠はとりわけ思い出の深い峠のひとつだ。


記憶が日々薄れていってしまうのがほんとうに残念でならないのですが、「忘れてしまったらまた行けばいいじゃないか」は私の口癖です。そう言って自分を納得させている。そうでないと、旅人はいつか旅をする行き場を無くしてしまい、人生の楽しみが終わってしまうじゃないですか。

気がかりなこともある。峠にトンネルができて、快適な国道に変化してしまったらしいことを噂で聞いた。あのときの面影はもうあそこには残されていないのだろうか。幻となってしまうのか。美しい思い出だけが残り、やがて色褪せてゆくのだろうか。

あれから何年もの歳月が過ぎる。九州の阿蘇の南に広がる大山塊を後ろに控えて、九州最高の「鄙」を旅した五ヶ瀬町、国見峠、椎葉村の姿は、少しずつ変貌しているのだろうか。

21世紀へと時代が移り、世の中が変わった。
山村部の集中豪雨の災害の報道・ニュースを聞いた。

昔のままが全て良いことだとはいえないけれど、人々の暮らしの中にある文化は守れているのだろうか。都会とはまったく違った文化を築き上げてきた田舎の人々が気の毒な思いをしていないだろうか。気がかりである。

2006年6月15日 (木曜日)

第31話【花も嵐も】 大観峰で長話しをした娘さん<阿蘇>

1994年のゴールデンウィークのツーリングのことだ。

やまなみハイウェイの長者原で野営をしたあと、阿蘇山方面に向った私は、ミルクロードを満喫して大観峰までやってきた。ゴールデンウィークということでたくさんのバイクが集まってきていた。マスツーリングの人たちが多く、快適な道路だけにスピードが出るタイプのバイクに乗る人たちが大勢だった。

阿蘇の高原に来たのだから美味しい牛乳を飲んで朝食としようと思い、お腹も減っているしそろそろ行こうか、とお尻をあげたとき、一台のバイクが私のバイクの近くに止まった。

私は近くの小高い芝の上に腰を下ろしてたので、その止まったバイクのことなど気に掛けず何気なしに眺めていた。

ヘルメットを脱ぐと若い女の子だった。駐車場のあちらこちらに群がるマスツーバイク人たちの視線が一斉にそちらに集まったような気がする。

「よし、ここはやはりソロの特権だから」と思って、私のいるところからその子に声を掛けたら彼女はこちらに歩み寄ってきてくれるではないか。

なにわナンバーだったので
「大阪からにしては荷物が少ないけど」
と言うと
「違うんです。今は北九州、柳川って知ってます? あそこにいるの。大阪に5年いて今年の2月に実家に帰ったの」

ぷーたろうだという。
あのころ、石野陽子ちゃんがテレビによく出ていたので、彼女が石野陽子に似ているように思った。単純な私は、嬉しくなってウキウキし、周囲の視線を僅かに感じながら2時間ほども話し込んでしまうことになる。

何を話したのか、まったく覚えていない。すっかりお尻が地面と仲良くなって、バイクのエンジンも冷えきってしまっている。こういうときって、お別れがとても辛い。

もしも、もしも・・・・です。
あのとき「一緒にミルクロードを走ろう」と彼女を誘っていたら、この年の九州ツーリングの展開はまったく違ったものに変わっていたかも知れない。

2006年6月14日 (水曜日)

第30話【花も嵐も】 其中庵・独り占め<山口県>

種田山頭火ゆかりの一草庵と其中庵を訪ねたことがある。どちらに行ったときも、人影疎らで静けさを独り占めできた旅だった。

1998年のゴールデンウィークのツーリングでは、まず四国に渡って松山市の一草庵に向かった。そのあと、フェリーで山口県へと渡り山口ユースホステルに泊まって、湯田温泉を巡って其中庵を訪ねました。

「汗が吹き出る静けさも独り占め」
などとひとりごとを言いながら其中庵を私は散策していた。見学者が少なく、騒々しさなどまったくなかった。

十分に味わったので「もう帰ろう…」と何度も思い、立ち去る準備をするものの、また引き返して其中庵の周りをぐるぐると回ったりしている。お名残り惜しいのだから、何もしないでいるのが良いのに。時間の過ぎるのを惜しまず、佇み、いつものように、ひとりごとをぶつぶつ言いながら、ここを出発するのをためらっている。

「桜の花は散っても咲いてるように見えるよ」
「誰も来ない方がいいね寂しいかい」
「いつもなら急ぐのにどうしたの」
などと自作が手帳に書き付けてある。

なかなかその場を離れない自分に腹が立つような気もするのだが、やっぱり帰るのが惜しい瞬間ってのがある。出発するタイミングを計りながら自分との対話が続くのだ。

「この柿の木が庵らしくするあるじとして」 (山頭火)

ただの乞食坊主だったのか、飲んだくれだったのか。
彼のどこに惹かれるのか。
自分でもわからないけれど、ほかのファンの皆さんだってきっとわからないのではなかろうか。

我々の心のなかに深々とその余韻を響かせ、また味わいを残してくれる作品をたくさん生んだ山頭火の故郷へ来て、山頭火という人の暮らしぶりに触れることができた。

これほど満足できた旅はこれまでにそう多くはなかった。

2006年6月12日 (月曜日)

第29話【花も嵐も】 煙が目に沁みる 鍵掛峠<山陰>

「煙が目にしみる」という名曲がある。その内容とはまったく関係ないけど、同じタイトルでバイクの回想記を書いたことがある。

それはGSXという私のバイクがエンジンから煙を吹き出すようになり、2度にわたる分解修理を経て甦るまでの期間のことを書いたものだ。煙にまみれて走ったツーリング日記でもある。人に例えればいわゆる闘病記のようなもので、色々と苦心もあったのでその日記を私は「煙が目に沁みる」と呼んでいる。

1993年の夏休みの鍵掛峠のことだった。バックミラーにうす青い煙がすっと映ったような気がした。まさか、と思いながらも何度かミラーを覗き込むたびにそれが確実になってくる。まっすぐに大山の展望台方向に上ってゆく道路を、何度も何度も行ったり来たりしながら、アクセルを開け気味で走ってみてはミラーに映る煙を確認していた。
オイルゲージを見ても激減ではなかったので緊迫した悲壮感はなかったものの、そこで急遽、私は旅を切り上げて帰ってくることになる。

あとで分解をしてバイクは甦ることになるが、諦めた一時期もあった。あくる年のゴールデンウィークに九州を走ったときには、オイルの1リットル缶を持参し毎日500ccほどのオイルを足しながら走った。そしてその夏の東北でもオイルは燃え続けた。GSXというバイクとお別れするために、九州も四国も東北も信州も、あらゆる所を走れる限り走った。しかし、それが愛着を生み育て、棄てられない原因となってゆくのだった。

「煙が目に沁みる」の連載を書き終えるころ、GSXは私のほんとうの相棒になっていた。永年の念願だった青森県への旅も果たせた。

煙を吐く前に走った距離よりもその3倍以上も走ったころに、私はGSXも晩年であることを悟った。修理のためにボアを1ミリも削ってしまってトルクが落ちていたし、熱伝導特性がアンバランスになってしまったため頻繁にオーバーヒートをした。

悩まされながらも多くの旅と長い距離をともにしてきた。鍵掛峠(山陰地方)へは、煙を吹いて修理を終えてから一度だけ行った。バイクの全快祝いを記念しての旅だった。煙を吹いた登り坂、ゲージを確認した道路脇の広場などが鮮明に思い出に残る。

引退前の最後となる長い旅は秋田県の稲庭へのツーリングだった。

2006年6月11日 (日曜日)

第28話【花も嵐も】 砂の器の亀嵩駅へ<島根県>

「砂の器」(松本清張著・原作、野村芳太郎監督)という名作映画があった。高校時代だから1972年ころだろう。伊勢市内でのロケもあって、地元でも少し話題になったのを覚えている。

島根県の亀嵩が重要な土地で、もちろんここでもロケもあったそうだ。亀嵩はこの映画で有名になったといっても過言ではない。もしもこの小説に出てこなければ、私は亀嵩を知ることなどなかっただろう。

1993年の日記には「朝、亀嵩駅に着いて蕎麦屋さんで食事をした」と書いている。知る人ぞ知る駅舎が蕎麦屋さんになっているところだ。先客が一人居て驚きいた。お店の人の話によると、映画を見て訪ねてくる人が絶えないらしい。

700円の蕎麦定食を注文したときには、NHKの連続ドラマのテーマ音楽が奥の部屋から流れていた。蕎麦屋の店と駅が床続きになった待合い室のベンチで、ひとりの女子高校生がディーゼル列車を待ちながら読書をしている姿が、蕎麦が届くのを待つ私のテーブルから見えた。列車はしばらく来る様子もないのに人影がぽつぽつと増え始める。田舎特有の駅の待合室の風景だった。

鄙びた田舎の風情が満ちて溢れている食堂の壁には、映画ロケのときに俳優さんやスタッフで撮った写真が飾ってある。日焼けしたり色あせてしまっているものも多い。

今までに何度もこの駅舎を訪ねたことがあるけれど、再びこうして立ち寄ってくつろいで蕎麦を食いに寄れるところがあることと、ここから次の旅先へと旅立てることが私にとってこのうえない歓びです。

食べ終わって席を立つと同時に同年代風の男性が一人やって来て、カメラを構えてパチパチとやり始めた。その人の目的や気持ちはよく分かる。本を読んだか、映画を見たか、しかないのだ。

小説を読んだ人であれば、ここを訪ねる人の気持ちを少しは理解していただけるだろう。
名作は不滅なのだ。

2006年6月 5日 (月曜日)

第27話【花も嵐も】 浜坂ユースホステルにて<山陰>

浜坂ユースというところのお話をしよう。

萩を旅しているときに、美味しいホタルイカがご馳走になれるところがあると聞いて、私は何の迷いも持たずに浜坂ユースにやってくることになりました。ゴールデンウィークの移動性の低気圧は、九州地方から近畿地方に向かって1日がかりで移動します。

萩から浜坂までその雨雲と一緒に移動してきたずぶ濡れの私を、優しくもてなして下さった人がありました。それはこの新年度になって浜坂ユースに転勤してきたばかりのご夫婦でした。まず雨具を脱いで荷物を部屋まで運んだら
「とりあえず談話室にでも入ってほっこりしえくださいね」
と言って下さいました。

缶ビールを片手に畳に座った私に、奥さんがビールを飲むためのコップを差し出して下さる。ビール好きならご存知だと思いますが、缶ビールはコップに移して飲むほうが美味しい。何となくですが、アルミ缶の匂いのような味がするのです。
そのことをご存知だったのでしょうね、奥さんはップを用意して、すっと私の前に差し出してくださったのです。嬉しかった。

おまけがありまして、ホタルイカの料理を小鉢で添えてくださった。居酒屋みたいですが、ずぶ濡れでへとへとだった私にとって、この上ないお出迎えをしていただきました。それ以来、浜坂ユースは私の常宿になってゆくのです。

ここの奥さんのこと。初めは近所の女子高校生が遊びに来ていて、そのお仲間かヘルパーさんだと思っていました。そしたら、奥様だったのです。ご主人もなかなか魅力的な人です。

諸寄の競りに案内してくださったこともあります。社交的で、地元の漁師さんなどとの親交も厚く、味のある人です。美味しい夕食をご馳走してくれるためにいろいろ思案してくれているんです。旅好きだそうで、ユースの職員になっちゃったらしいです。

あれから10年近く過ぎますが、今は退職されて、別の道を歩んでらっしゃっるようですけど。

2006年6月 4日 (日曜日)

第26話【花も嵐も】 ひっそり・鎧駅<山陰>

日本海の波の音には哀愁がある。そんな気障な台詞を呟いてみたくなる。山陰地方の鎧駅でのお話です。

小さな入り江を見下ろす高台で蒼い海に向かって立ってみて、私は、宮本輝の「海岸列車」のひとつの場面を思い出していました。駅舎から反対側のホームに渡ると海が真下に見下ろせて、曲がりくねった道がその崖の肌に一筋となって海岸まで繋がっている。コンクリートで整えられた入り江の一角に漁業協同組合の倉庫があります。小説で読んだとおりの風景でした。

山陰を語り始めれば、必ずここの景色と小説のことに触れてしまいたくなります。
「そんなにいい所なのですか」
と誰にも聞かれます。
「まあ、はっきり言って何もないけど」
そう答えることにしています。

ぼんやりと海を見下ろしながら、名も知らぬ花を眺めるわけでもない。ホームの上を行ったり来たりしたり、駅舎の広告の張り紙を見たりしている。

そうこうしているとディーゼル列車がやってきました。乗客が数人降りるだけです。反対側から来た列車と行き違いの儀式を済ませると、またトンネルに消えて行きました。

そして、なんとも言えない余韻がいつまでも続きます。

レポートはこちら
http://homepage3.nifty.com/bike-tourist/tour-photo/yoroieki/yoroieki98.html

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