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【雷山無言】ホンモノ

2018年2月 3日 (土曜日)

鬼はどちらへ ━ 鬼は外 そっと裏口の鍵開けておく

▪️ 鬼は外 そっと裏口の鍵開けておく

 

鬼は外と叫んだ日は遥かむかしのことだ

大人になってすっかり息を潜めてしまった

果たして現実的でないからといってやめてしまって良いのだろうか

もっと真剣に鬼は外・福は内と叫ぶことが必要なのではないか

 

ハナからそんな古典的伝統をバカにしているヒトたち

伝統儀式など迷信の延長なのだと高を括るヒト

十分に現在の暮らしに満足して貧しさがあふれた昔の暮らしを引きずったような風習には無関心だというヒト

たった今を生きてゆくので精一杯で他人のことなど構っておれないだろうというヒトもあろう

 

鬼を心に棲ませる

閻魔様を忘れない

仏を心に秘める

 

罰が当たるのを恐れる

神の眼差しを感じる

 

今やそういう時代ではなくなった

 

コインを二つ三つ手に握って

食べ放題・飲み放題という店へと出かける

 

ホンモノを見失ってしまった時代を嘆いたことがあるが

そのあとにはホンモノを見分けることのできないヒトが溢れ

もはやホンモノを求めないヒトが常識化し

 

物の見方が薄っぺらくなってきて

一方で豊かな暮らしを求め続け

あたかも満たされたような錯覚が広がり

幻影と実像が区別がつかないヒトが増えてゆく

 

回転すし屋が食べ放題に転換しているというニュース

適齢期を少し過ぎた(かも)という女性が五十歳ほどの男性を紹介されたという呟き

 

モノがどのようにあるべきか

を考え続けると理屈を言うといって煙たがれる

 

どちらが間違っているのか

何がおかしいのか

考えようとしない世相

 

やはり

鬼は必要なのだ

 

どこにいってしまったのだろうか

頼りになる鬼

 


わはく(秘)伝

 

2014年5月 9日 (金曜日)

こどもの日に ─ 豆ごはん

よそ行きのええべべ着せてもろて
百貨店の屋上の
遊園地へ出かけた
子どもの日

 

 

 

汽車の窓を開けると
煙が目に入ったけど
風が気持ちよかったのは
夏が始まっていたからなんやな

 

 

 

 

 

 

そんなことを
ふと思い出したのでした。

 

 

 

今は、よそ行きの服というものは失くなったし
百貨店の屋上の遊園地も姿を消した。

 

 

 

鯉のぼりを屋敷のなかに
あげるおうちも少なくなった。

 

 

 

たとえ、
社会や個人が豊かになったとしても
あのときのような
素朴で謙虚な心を
失わないためにも
古き習慣やモノを
残しておくことは
とても大切だと思う。

 

 

幸せや豊かさを追い求めるだけでは
ホンモノの幸せは得られない。

 

(こどもの日にこんなことを書き残したのですが、こちらのブログにも書き写してきました)

 

ことしの豆ご飯

 

いつの時代にもついて回ることなのだろうけれども、文明というものが進化して、暮らしのなかに息づく文化が姿を変えてゆくことに対して、わたしたちはむかしから無抵抗であらざるを得なかった。

 

暮らしのなかでご先祖様から受け継いできた習慣・しきたり、遊びといったもののほかにも言葉や食事などがあり、わずかな年月の間だけでも思い出しきれないほどこれらを失ってゆくのを寂しく感じている人も多いことでしょう。

 

春の田植えの時期に、綺麗さっぱりと鋤き終わった水田に水が満ち、鏡のような一面に早苗が植え込まれていく風景を見ていると、この営みがほんとうに次の世代に伝えるべきことは何であるのかを考えさせられます。

 

人生の設計を二転三転させて、およその打ち手が後手に回ってきた五十数年間でした。こどもの日に自分の子どもや世の中の子どもたち、むかし子どもだった人たちを見ていると、わたしもあのようなヤンチャをしてきたのだから……と思うこともあれば、逆に大人し過ぎで冒険心に欠けているような点も感じます。着実に失敗をせず、他人も自分も傷つけること無く、みなさまに迷惑をかけることもなく物事をこなしてゆく。

 

面白みに欠けるともいえましょうが、当人は充実している。その陰でやはり失敗の連続を余儀なくされ失意に満ち、気力さえも失いかけている人もあることでしょう。

 

ここ数年、好んでこの季節には豆ご飯を食べています。子どものころにはそれほど食べた記憶が無いのです。それには理由があって、わたしの母がこのお豆があまり好きではなかったのだと思います。畑ではたくさん収穫しますがどうしていたのでしょう。そしてこの数年は、ツマのお父さんが自宅の家庭菜園で収穫する豆をたくさんくれるので、ツマは子どものころに回帰したように喜んで豆ごはんを作ってくれます。

 

わたしは、さやえんどうが大好きで、これは母も好きだったことから味噌汁などに入れてくれたのでしょう。ツマはそのことをやはり近年になって知り、サヤエンドウを見つけると好んでわたしの好きな豆といって買ってくれます。

 

ツマが自らはそれほど食べないサヤエンドウの豆を買ってくれるのを見ていて、わたしの母が、農家のしんどい作業を終えた日の夕飯に父のためにカツオをの刺し身を買って飯台に並べていたのを思い出します。子どもたちは生臭い刺し身をそれほど好んでは食べませんでしたが、父はうまそうに猫のように食べていました。

 

今は、わたしがこの季節になれば必ずカツオの刺身を喜んで食べています。そのことは、早く逝ってしまった父はたぶん知りません。一緒に食べられたら良かったけど、それはそれで仕方のなかったことなのだと思っています。

 

さて、わたしも、子どものためにそんな思い出が作れるといいのですが。

 

 

 

 

 

 

 

2014年2月16日 (日曜日)

残雪

友だちの家のカーポートが潰れた写真を見て
ただならぬ雪だったのだと改めて思う。

 

ふだんから何も問題なくのほほんと暮らしている自分だけに
こういうときに弱さを露呈してしまうのは悔しい。

 

論座を入れ替えて考える、ホンモノの力を身につけたい。

 

 

今の日本の中に沢山いる貧乏な暮らしをしている人たち。
その中には、豊かな昔からの友人たちとの付き合いや交流に悲鳴を上げたり
やるせなさを感じている人が多いという。

 

世代ギャップの中に埋もれて、未来をしっかりと考えることの出来ない人々も多い。

 

豊かさと幸せに包まれている側からは、貧者の暮らしは見えない。
優しい心をどれだけ持っても見ることができない。

 

だから、周囲の裕福な暮らしの人をシャットアウトして、
お付き合いや交流をやめる方向へと移動しているという。

 

 

私もその集団のひとかたまりにいる。
できれば早く安楽死をしたいと思っている。
幸せなんか何も期待をしていない。

 

しかし、それでは済まされない使命がちょっとだけあるとも考えている。
情熱を持ったある人が熱く語っていたのを見て、投げてはないけないと知らされたこともあるが、幸せボケしている人たちに何とか早く気づいてほしいこともある。

 

行動を起こせないのは勇気が足りないのか。
それだけでもないと思っているが。

2012年12月26日 (水曜日)

噛みつく

おそらくこの国の人の大勢の人が原子力発電所や原子力で電気を起こすことに疑問を抱いていて、それを停止させてでも新しいことを始める努力をしなくてはならないと考えている。私はそう感じているし、同じことを感じている人も多いと思う。

 

しかしながら、年末に行った選挙の結果の白黒の話をすれば、原発は推進していいのだし、幻となったひと昔もふた昔も前の経済の繁盛ぶりを夢見て、また一度豊かな暮らしを取り戻し、満足のいく毎日を送りたいと願っているという結果を示している。

 

昔の政治は、たとえ野暮を通せる過半数を持っていても、野暮を通す心配や不安をどこかに潜めていた。ヤクザの任侠の世界にも似ていて、考えてはいても即座に野暮ったく振る舞って品位を落としたくないし、理性と品位と見栄と義理がそこにあって、慌てずともじっくりやっつけてやろうという親分的な感覚もあった。

 

果たして今の政治にそんなものが残っているのか。それが不安なだけに多くの人がざわざわとするのかもしれない。

 

 

(過半数を持っていても、3分の2を持っていても)人々のことを直に見つめる温かみのある「良心」を持った政治をやって欲しいと願う。そう先日、ここで書いた。その同じころに「のんびり」の記事も引いてきて、これからの「定常化社会」を生き抜いてゆく気持ちの拠り所を投げてみた。しかし、残念なことにそのことに「噛みついた」人は誰もいなかった。

 

電子ツールによってネットワークに簡単に入ってゆける。そこには仮想空間が広がり、ホンモノとニセモノが混在したソーシャルな世界があり、自由に誰もが意見を述べることも、聴きいることもできる。それらを情報として活用したり、重要な知識として利用する人も出てくる。そんなことは当然で予想通りのことであったのだが、これが人々の判断基準や規範を揺るがしているのではないかという不安は拭い去れない。もしかしたら、その歪んだ「何者か」がこのたびの選挙の結果の「淀んだようなあと味」を齎したのではないか。

 

噛みついてくる人が少なくなった。これは、この国の人が大人しくなったからではないと考えている。端的にいえば、ネットワーク・ボケで情報ボケで、判断力を失いっていったことと、さらには、失った判断力を(何をどう勘違いしたのかどこからか拾ってきた知的そうな情報を背負ってしまって)自分の判断力は失われて行っていないと思い続けているために、この二重の失敗が社会構造をどんどんと荒らしてゆく。

 

簡単で、安価で、損をしないものにはすぐに飛びついたり噛みついたりするのだけど、面倒なことやどうでもいいことや金がかかることや他人のことや未来のことにはいっこうに興味を示さないし意見も言わない。考察さえしないでお任せにしている。「いかにも」な世相であるが、それを改善するには今のこの時期に飯台をひっくり返す勢いで怒りが必要だったのかもしれない。

 

荒れた社会を元に戻すのは(やはり本当の政治ができるのは)自民党しかないという心の底に潜んだ気持ちが、隙間から至る所で前面に吹き出した形になっている。だから、何代か前に社会を滅茶滅茶にした良心の全くなかったバカ総理や内閣ではなく、しっかりとじっくりと政治のできる人たちの「良心」に期待したい。

2008年12月 8日 (月曜日)

局所的に最大利益を求めることをしても、決して全体の利益にならない

福岡伸一先生が、日経エコロジー12月号の巻頭「環環諤諤」のなかで

 

|生物が38億年で到達した平衡状態
|重要な原理は自分の分を守ること

 

というタイトルで書いておられますの。

 

局所的に最大利益を求めることをしても、決して全体の利益にならない。

 

(最初の「はらぺこあおむし」の話は省略)----

 

地球上に多くの生物が互いに繁栄して多様性を保つ。その最も重要な原理は、それぞれの生物が基本的に自分の分を守って生きること。つまり、食べ物を限定することです。しかし、人間は地球の裏側から運んででも、ありとあらゆるものを貪り食べ、すみ分けのできている生態系に傍若無人に入りこんできました。

 

私はBSE(牛海綿状脳症)を研究してきましたが、それは1985年以前は地球上に存在しない病気でした。もともと羊の非常に変わった風土病が、牛に乗り移った理由は、餌にしていた肉骨紛にあります。近くの農場から牛や羊の死体を集め、鍋で煮て、残った肉カスを水に溶かして子牛に与えていました。飼育を速めようとした近代畜産産業が、草食動物に栄養価の高い肉食を強要したわけです。

 

そうして、本来はうつるはずのない病原体が人へと乗り移ってしまった。そこから導かれた教訓は、局所的に最大利益を求めることをしても、決して全体の利益にならない、ということです。

 

生態系には復元力がありますから、乱れが起きても元に戻そうとします。しかし、結果的には何か別の安定状態に移行することで、生態系は動いてきました。生命ができてから38億年、地球の生態系はあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、徐々に安定を求めて到達した平衡状態にあります。それはそう簡単に改良できるものではありません。だから、環境に対して、部分を何か工学的な発想に基づいて組み替えるアプローチはよくないと考えます。見えていなくても、全体の平衡状態にイマジネーションをはせる、それが環境問題解決の糸口ではないのでしょうか。

 

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分子生物学者としての視点ですが、今の世界の経済学や社会学の学者にも耳が痛い話ですね。

 

私も前から書いていますが、科学技術の進歩は自己満足のようなもの。
人はもっと不自由や不便を受け入れ、ほんとうに相応しいものは何なのか、しっかり見極める必要がある。

 

これを「ホンモノを見抜く目」と私は言い続けていますが、その言葉の意味さえわからない人もあるほど荒廃した社会をどうして立て直すのか。マネーに眩んだ欲の塊は、BSEと同じような運命を辿るのか。警鐘を警鐘といまだに受け取れない愚かな・・・

 

この辺でやめとこ。

2008年2月 6日 (水曜日)

ぼたん雪きらりと光る指きった

パラパラと昔の日記を捲ってみると、随分と懐かしい。
近年は苦節の日々を送っていることもあるが、そういうときの方が自分流の感動が残っていて面白い。

 

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平成19年
 立春が過ぎて安堵の朝寝かな 
 立春に母を訪ねておかき食う
 ぼたん雪きらりと光る指きった

 

 

平成18年
 くちびるが今でも好きよとくちずさむ

 

平成17年
 立春が過ぎても寒し猫だるま

 

 

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豆食えどオヤジの年に追いつけぬ  (平成20年 ねこ作)

 

 

ハングリーという言葉がある。昔、よく上司が口にしていたのを思い出す。しかし、この言葉には一種の空しさのようなモノもあった。

 

 

貧しくなれ、苦しめ、痛がれ、悲しめ、泣け。

 

人は、このような言葉を浴びせられ、ときには命を受けて、艱難辛苦に立向かう。闘志を煮えたぎらせる必要もあるだろう。だが、「悲しむ」という言葉に文法的命令形は存在しても、その意味として命令形はあり得ない。「悲しめ」と命令されても、悲しむことは出来ない。

 

果たして、私たちはハングリーになれるのだろうか。

 

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本当の幸せを知る者は、本当の不幸を知ったことのある者だけである。決して有名人の残した言葉ではなく凡人のものだ。ごく普通に不幸な人が、不幸の中に居ながら自分は幸せだと感じたとき、本当の幸せが理解できるという。もしそうだとしたら、現代人が感じている幸せとは、偽りの幸せになってしまう。何故なら、多くの人は本当の不幸を知らないのだから。偽りの幸せを、ホンモノの幸せだと思っていることほど空しいものはない。

 

 

寒さの中でじわじわと蕾を膨らませ続けているものがある。花を見て、また、自分の寒さを省みて、本当の幸せを知った者の心には、計り知れない美があり勢いがある。

 

Photo_4

 

北野の梅は悲しい。しかし、どこからかしら、鼓動のようなモノが聞こえてくる・・・ような気がする。

 

東風吹かば匂ひをこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ。

 

そろそろ、ほころび始めるのだろうか。

2006年12月28日 (木曜日)

ホンモノをにらむ視点

(12月中旬発行のメルマガで・・・・)
街はすっかり冬の景色へと変わってきました。県立博物館正面のイチョウ並木も1ヶ月の間に刻々と移ろい、瞬く間に冬枯れの木立ちと姿を変えつつあります。道行く人も学生さんもコートの襟を立て足早やに坂道を急いでいくように見えます。

 

街にはクリスマスソングが流れ、商店街も活気付いています。夜には鮮やかなライトアップのイベントが行われているところもあり、いよいよ師走の雰囲気が盛り上がってきました。

 

人類は縄文の昔から、暮らしの中に存在する明かりや音、匂いに対して敏感でありました。しかしながら、大らかでもありました。ですから、匂いは、悪臭にもなり芳香にもなりましたし、心地よい音が騒音や雑音にもなったわけです。

 

時代が過ぎて科学技術の進化により、そのような光や音、臭気を取り除き、逆に都合の良いことは強調して楽しめます。ムダを省いて効率を上げ快適さを獲得することができる反面、生活の中の雑音がデジタル音源のノイズを除去するように殺ぎ取られていくような気がします。

 

  古池や蛙飛びこむ水の音    松尾芭蕉 
  赤い椿白い椿と落ちにけり   河東壁梧桐

 

二つの句の時代は大きく違うのですが、静寂のなかでじっと自然を観察している視点とその裏に隠された「音」の響きが、現代人が殺ぎ取って棄ててきたモノのなかにもあったのではないか、とふと思います。

 

年の瀬の雑踏ではクリスマス音楽があふれ、光が溢れています。これは現代社会の歓喜のパワーが漲るひとつの顔としてのパフォーマンスでもあるのですが、煌々たる光のイルミネーションに複雑な思いもあります・・・・。

 

と書きました。

 

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あれから、さらに半月が過ぎて、すっかり待ちは冬枯れの景色に変わってしまいました。

 

師走のあわただしさが、テレビやラジオからも伝わってきます。

 

今年、1年、さまざまな方々にお世話になり、刺激を貰い、あるときは叱咤され、過ごしてきました。

 

暮れ行くときを人それぞれに振り返りながら、過去と未来を見据えて、みなさまの思いも十人十色なことでしょう。

 

仏教の教えのなかに除夜の鐘の告げる108の煩悩があります。
人間の六根(目、耳、鼻、舌、身、意)の苦、楽、不苦不楽における18通りが、富める人と富めない人で36通りとなり、あらゆる時空、つまり、過去、現在、未来にあてはめて、36通りを3倍して108通りとなるといいます。

 

これを仏教という観点ではなく、人の心の哲学として捉えるとすれば、揺るぎない普遍性がそこにあることを感じます。

 

人々は、ホンモノを見る視点をすっかり失い、経済優先社会の中で、「自由(主義)」というものをまったく勘違いしてしまっている。多くの弊害を生み、社会は荒れ果て、心はすさむ。本当の「ゆとり」というものも見失ったままだ。

 

果たして・・・・
私たちの心に宿る哲学の中に、揺ぎない普遍性の欠片を見るけることが、できるのだろうか。

2005年12月 1日 (木曜日)

道草 ─みちくさ─

◆ 雷山無言 【12月初旬篇】

 

悲しいことに私の家は小学校と道ひとつ隔てているだけなので、学校帰りに道草をしたり友だちと鬼ごっこやしりとりをしながら帰ることなど一度もなかった。だから、道草をしながら帰ることのできる友だちを羨ましいと思ったことが何度もあった。

 

元来、子どもというものは、友だちと仲良く遊んでいる時間に、感受性や思いやり、協調性などが育つのだと思う。家庭に戻って親という有無を言わせないカリスマによって暗示された視点は、子どもたち相互の社会の刺激で鍛えられ、再び家庭に戻って優しく包まれ心の中に確定されてゆくのだとするならば、たとえそれが弱々しく不安定なものたちばかりの集まりであっても、子ども社会は子ども心を熟成させてくれる醸造樽のようなものだったのだ。

 

ところが、受験を術と捉えた親たちが、バーゲンの一番乗りのように我先に子どもに前倒し教育をし始めてしまった。その結果、学習塾が繁盛し、子どもから夕飯前の草野球、またはゴム跳び、石蹴りなどの遊びを奪い取ってしまう。あたかも親のいうことをよく聞く優等生が、金太郎飴の如く生まれた時代がやってきたのだった。

 

やがて、外で遊ぶ子どもが減るだけでなく、下校時間に遊びながら帰る子どもの姿も見かけなくなった。道草を食いながら帰ると塾に間に合わないからだろう。IT技術の進化に伴ない学習塾が規格化され、子どもたちはケータイ電話をもたされ、時間や居場所を管理される時代となっている。姿を消した子どもたちは子どもたちは、もはや近所に戻ってくることはない。

 

何とかならないものかと思っている矢先に、小学児童殺害の事件である。「道草」という言葉が子どもたちに忘れられていってしまう。

 

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道草。いい言葉ですね。大人の社会でも、結果追求主義が蔓延っています。

 

でも、私は、過程を大事にしたいタイプです。難問を与えたときに、深い森を彷徨うようにその思考過程が縺れていても、その質がよければ合格とする。そういうホンモノ志向の太っ腹な親分に出会いたい。

2005年6月 1日 (水曜日)

銀マド>焦る

焦り。

 

ある人の日記を拝読していて、この言葉がやけに記憶に残った。これまでの自分の人生で私はそれほど焦ることがなかった。(いやいや、受験時代は結構、焦っていましたよね>自分)

 

人気の学部学科から筋書き通りのように企業に入り、ずっと研究開発設計畑を歩いてきた。仕事では不満と満足を交錯させながらも、自由に長期の休暇を取り妻子など持たないような旅を繰り返したりしてきた。けど、数年前、時代に乗ってスピンした。

 

年収は3分の1以下に落ち込み、15年も早く年金生活者になったような暮らしに入った。「生きているよりも死んだほうが家族のためになんるんだ」と毎日思いながら暮らしていた。もしかしたら、そのときが一番、焦ったときだったかもしれない。

 

もう一度花を咲かせたい。そう思うけど、不思議と焦らない。これはいけないことなんだなと思いながらも、一度は死んでしまえばいいと思ったんだから、浮き草のようなものよ、と開き直れる。切れているともいえるか。

 

現状に爆発しそうなほどに不満を持っているが故に、自分の手に依ってそこを脱出するのだ、と強く思う。そこで、新しい道を切り開くために戦略を考え、あらゆる手を尽くす。

 

「満たされてしまったら緩んでしまう。」そのことをを知っているのは、満たされた人---つまり緩んでしまって落ちぶれてしまった人---だけである、という摂理を知るのは、自分が落ちぶれたときだった。

 

「殻の外へ出よう、新しいことに挑もう」という欲望と、適度の焦りが無くなったら、人間には魅力が無くなってくるのだ、と今更ながら思う。

 

しかし「焦る」に命令形は存在しない。

 

次の一手は、常に冷静沈着のうえで打たれるのではなく、迷いと焦りで混乱した自分とホンモノの自分が格闘する感性のなかで投じるものだと思う。

 

その感性をいつどんなふうに磨くのか。夜が更けるにしたがって焦りの波がやってくる。

 

【銀のマドラー・塵埃秘帖・5月末号】

2004年6月 5日 (土曜日)

6月5日号 芒種篇

勢和村のあじさいの道を訪ねた。というか、偶然に傍を通り素敵な散歩道が目に留まったので足を踏み入れたのです。

 

立梅用水という歴史のある水路沿いにあじさいの花が植え込まれていて,散歩道の脇の樹木には名称の札が掛けてある。手間の掛かる作業だっただろうが、通りゆく人はこのご苦労のお蔭で自然に親しみを持ち、やがてそれが自然の姿になってゆくのであれば,甲斐もあろう。

 

子どものころに親しんだ生き物がごく普通にいるだけのように私には見えるのだが、ここに絶滅の危機に瀕するメダカなどもいる。資本と言う文明が切り棄てた自然という貴重品は、大きくかけ離れてしまった時空のうえで動いているのではないかと思う。つまり、大局的に幸福を見極めることの出来なかった人々が、ある日突然、都合よくも格好をつけて自然保護の運動などをしても、報われるのだろうか。

 

この自然保護はホンモノだと思うものの、まだまだ環境に目を向けようとする人口が少ないことや人々を惹き付けられない無力を思うとじれったい。

 

そんなことを考えながら歩いていると、足元に蜥蜴が飛び出して私を驚かせて茂みに消えた。ハッとした拍子に大きく息を呑んだ。深呼吸をしたら草の匂いがした。子どものころの、あの匂いだった。

 

 

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