フォトギャラリー(令和3)

フォトギャラリー(令和2)

  • 大晦日
    - Walk Don't Run - 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

フォトギャラリー(令和1)

  • Img_0968
    令和元年の足跡(写真300枚余り) - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成31年版)

  • 天皇退位の日
    Days31 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成29年版)

  • 年越しそば
    Days29 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記) - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】
無料ブログはココログ

恩返し

2014年7月 3日 (木曜日)

それでいいのだ

7月2日、Lisa さんがご自身のブログで、励まし合う人を死という形で失って、「病気になったら 恵のとき」(晴佐久昌英)という詩を書き添えて悲しい想いを綴っている。私はコメントを書けるほどの立派な見識を備えているわけでもなく、ただただ一緒に考えこむだけである。

 

 

 

● 悲しみの共感

 

 

 

残念なことに多くの人は、他人の悲しみや喜び、怒り、憎しみなどを本当に心から理解することなど、そう簡単にできないのではないかと思う。もちろん、わかり合える人もあるし、心から通じるあえることを可能にする人もある。

 

でも、突き詰めて考えていけば、自分はひとりであり、誰のチカラも届かないところにポツンと置かれているのだ。孤独と寂寥に押しつぶされそうになって生きている。ひとりの人を自分の力ではどうしようにもできなかった悔しさと諦めと、怒りのようなものさえも湧いて、やがて静まってくると押しつぶされそうになってくる。

 

 

 

● 人生を振り返る

 

それは、順風満帆で健康なときであっても、あるいは、失意に満ちたどん底であっても、同じなのかもしれない。見栄を張って、自分の栄光を自慢しているときであっても、孤独は孤独である。だから、見栄や名誉やお金や地位など、あらゆる愚かなものに纏われて生きていても虚しいだけだと思った。そんな生き方はさぞや辛かろうにと思ってみたりして、輝かしかった過去をあっさりと捨ててしまう決断をして、人生を諦めて自分の弱さを噛みしめて暮らしたときもあった。

 

 

 

まだまだ、生きるということを見渡せていないわたしと、それに立ち向かおうとするわたしが、頭の中で闘っていた。わたしは、死んでいたも同然だと自分で自分を哀れんでみたこともあったのだ。

 

 

 

● 人生の果てに

 

随分と無駄な時間を費やしたけど、棄ててしまった時間などは今更思えばカスの様なもので、やはり、生きていることに価値があった。死んでしまえば楽になれると勘違いをして一足先にその道を選んだ友や同志も居た。

 

人生のラストスパートを走っている。確実にそう言える。しかし、わたしには、自信がない。本当の悲しみを共感する自信がないのだ。それは、私が未だに未熟だからだろうか。それとも、悲しむセンスを枯らしてしまったのだろうか。

 

 

 

● 真実の自分

 

 

 

生きることを諦めないで、いつまでも夢を捨てないで、一生懸命に生きてきた人の姿ほど美しいものはない。言葉にはできないほど、一瞬一瞬にまたたきがあるのだ。

 

だからこそ、そんな詩が生まれ、人を共感させ、新しい心を増殖させていくのだろうと思う。

 

 

 

「残念なことに」とはじめに書き出したけど、しかしながら、それはそれでいいのだとも思うことがある。それは神様の仕業で、わかってあげないようにできているのかもしれないと考えることもある。悲しんでいる人をわかってあげられない方が本当の自分なのではないか。ニンゲンってそんなもんではないのか。偽りなく生きていれば、しかも1回だけ、真実の自分に出会うことができるかもしれないのだ。

 

 

 

だから、その1回きりの悲しみをチャンスにして恩返しをしなくてはならないのかもしれない。

 

 

 

● 幸せと不幸せ

 

 

 

人は、地上にいる「いきもの」たちよりも、賢くて考えることができて、感情を持つこともできるし、優しくすることもできる。憎み合うことも殺し合うこともする。科学が進化して、命という運命の筋書きも書き直すことができるようになってきている。

 

 

 

なぜ、そんなことまでするのだろうかと考えたことがある。科学の力を使って、筋書きを変えてしまおうとか、幸せと不幸せを同時に生むことをやってみたり、危険と安全を詭弁に論じたりしている。

 

 

 

蝉は、一日でも長生きをしたいと考えることがあるのだろうか。トンボは外敵に襲われずに生き延びたいと思うのだろうか。では、人は幸せに暮らすことを生命体の本能として体内に刻み持っているのだろうか。

 

 

 

そんなことを考えているうちに、ニンゲンは、やっぱし賢いが故に、知能を働かせることができるが故に、とても寂しい思いをしたり、幸せの正反対であるような不幸せに対面しなくてはならなくなることがある。そのことが悔しいほどに愚かにも思える。

 

 

 

● それでいいのだ

 

だけど、ぐるぐると回って、結局は「それでいいのだ」となってしまう。無抵抗であり無能力でいいのだ。そう思ってしまう瞬間も出てくる。

 

 

 

いい機会に恵まれた。

 

 

 

こうして命というものと向き合って静かな時間を過ごすことは、途轍もなく掛け替えのないことだと本当に理解してれば、一生に一度だけの一瞬で、それがわかるならば、もうそれで十分だと思うようにしている。

 

だから、今度は恩返しをする番なのだ。

 

 

 

● 恩返し

 

前進する気力を喪失し自命を絶った人、気力が手に負えなくなった人、突然不可抗力の事故が襲いかかった人、立ち向かえない病魔に襲われた人。過去に出会ったその人たちは、親友であり家族であったりしたわけだが、その様々な生き様にじわりじわりと責められて、わたしはここまで生きてきた。

 

 

 

生きている人の使命は、一人でも多くの人に、自分が蓄えた生きる力を振る舞うことなのだろう。今はひたすら悲しんで、悲しみは背負って一歩一歩しっかり歩いて行こう。それでいいのだ。そう思う。

 

2013年12月15日 (日曜日)

恩返しとおもてなし

つぶやきに、

 

革のツナギとブーツと手袋とヘルメット、その他諸々をゴミで処分しなくてはならないのだが、お座なりにした日々が続いている

 

と書いた。

 

このときの購入価額を合算すると、これらだけでも二十万円ほどになる。遊ぶことは大いに結構であったと認めるものの、それは自分だけに役立っている自分本位的な歓びであって、同時に同額を社会に役立てて(積み立てて)活かしていこうという一種の社会貢献的な考えは、その当時毛頭持っていなかった。

 

それは、ある意味では当然のことであるのかもしれないし、ましてや現代社会のひとつの尺度から見れば何も誤りではないといえるのかもしれない。しかし、未来がどのようなことに成っているのかを考察する眼力をもっていたならば、またひとつ違った視点で居れたに違いない。私自身に、この辺りの社会的な読みが甘く、思想的にも未熟であったと顧みている。

 

これからの時代、人間の育成と社会の方向性として、常に自分のことだけを考えるのでは崩壊に近い道を歩まねばならない。もう既に、社会の一端に不安などが見え始めているのであるが、自分の方を向いた暮らしではなく、これからは、他人の方を見回すライフスタイル(生き方)を考えて持ち、未来を見据えた暮らしを構想することが誰にでも求められる。

 

人の本質的な部分に入り込むイデオロギーなだけに難しいが、しかしそれらの実現手段として、例えば消費税のようなものだけではなく、新しい社会構造を提案し心の構造を変革(意識の改革)をさせねば、必ず行き詰まる。

 

思いやりとかおもてなしという言葉はいくらでも自由に使うことができる。しかしながら、気持ちまで浸透させたホンモノとなるとそんなものはほとんど見せかけだけで、実際には嘘っぱちだらけであるのが現代の社会である。だから、それが現実であるのを認めて、少しでも早く方向性を見つけ出せるようにしっかり考えて行かねば、住みにくい社会に成って社会は滅び、心が荒む。

 

今さら何の恩返しを出来るわけでもない。しかし、新しい未来の構築に参加できないものかと思う。だが、余命もどんなに多く見積もっても30年程しかないのが残念だ。30年前にもっとしっかりと姿勢を正して生きていける自分になろうと努めなかったのが失策なのだ。

 

もちつき

 

2013年4月 1日 (月曜日)

恩を返す

恩を返す

 

若いころに本当にたくさんのみなさんにお世話になり、私の不足な力を繕うように拾い上げて仕事で使ってくださった方々があった。

 

そのころに後輩として入ってきた子からの手紙が届いて、ちょうど昔を思い出すきっかけとなり、取り留めのない話を傍にいたツマにしてしまった。

 

30歳ころというのは、さして力も才能を持ち合わせているでもなく、さらに人に負けぬほど勉強をしたわけでもないのに、あたかも上昇する気流に乗ったかのような顔をして、職場でも余暇でも図々しく振舞っていた。そのことの良い点といけなかった点を見極めて、今、深く反省すると共に恥ずかしく思う。

 

あのときに世話になったみなさんを探せば、社会での活躍ぶりがわかる。部長やプロジェクトリーダーは然るべきポストであり、なかには執行役員になっている人がある。もしも今なら、少し近づきがたい人物かもしれないのだろうが、私の頭のなかではMさん、Oさんと気安く呼んでいる。

 

心残りがある。

 

それは、あれだけ手厚く大事にしてもらいながら、私が転職をして住所も移ってしまって、それきりになった先輩方があることだ。もちろん、先輩は私に恩返しを期待もしてないだろうし、考えもしていないと思うが、私としてはそれで済ませてはならないのだと、この年令になってようやく感じ始めた。

 

若いうち─特に30歳代から40歳過ぎころまで─は、恩も礼も思い浮かべたことさえなかった人間が、ようやく気付いたのである。遅いなあと自分を嘆くばかりだ。神妙に人生を反省するときには、怨霊のように後悔が襲ってくる。

 

**

 

あの頃は自信に溢れ、自分がいつも1番であった。家族のことも考えたが、あらゆることのペースは自分の中の時計のリズムと、自分の持っているアンテナと、自分の蓄積した知識と、自分で磨いたアイデアが拓いてゆくと思っていた。実際にそういうふうに生きてこれた。やりたいことはやれたし、お金ももらえた。遊ぶ時間もあったし、(私にしたら)申し分なかったかもしれない。

 

生きていくことの舵は、自分で自在に操れるのだと考えていた。ある意味では、それは間違いではなかったのだが、社会を捉えるのにゆとりを持っていなかったと思う。

 

つまり、一人で生きてきたわけではないことや、世間には物凄い実行力や推進力、天才的な発想、そして、信じられないような賢さを持つ人がいることをもっと認識するべきで、そこで自分という者が使ってもらえたことで存在できたことに心から感謝をしなくてはならなかった。

 

私には、お世話をかけながら共に歩んでくれた人たちに「恩を返す」という概念が全く欠落していたわけで、今更ながら、そのことを何とか取り戻せないかと考える。

 

**

 

現代社会では、そのころの私のような人が増えている。自分勝手とか個人主義とかいうものではなく、恩返しの本質を捉えることのできない、この概念(思想)を疎かにした人たちが増産されていると感じられる。

 

 

 

恩を返すとは、お礼をするということではない。おみやげを貰ったお返しにお肉を買って返すとしたら、それは恩を返したとは言わない。それはお礼をしただけだ。

 

 

 

お礼をすることは、義理を果たすことでもないと思う。お礼はお礼。義理は義理。恩を返すのは、もっともっと奥深いものがあるのではないか。

 

お世話になったMさんやOさんは、仕事ではもちろん大事にして、人物を掘り起こし救いの手を差し伸べて引き上げて、使いものになる所で使ってくださったわけですが、その過程で、私が生きてゆく手本となる姿や明確な目標を手の届くように見せてくれたし、あるときは、私の心のなかに棲む鬼であったわけで、心のなかにいる神のような存在だったのではないかと思います。

 

恩返しとは、このような導きをしてくれた人に、礼でもなく義理でもなく、感謝の心と自分の成長の報告をすることなのかもしれない。成長した自分が、次々と人を育て連鎖反応的に良い方向に展開することこそが恩返しではないか思う。

 

だから、恩を返すということは、ご本人に返すのではなく、私が何かの成果を出して社会に返して、MさんやOさんのお陰でこれを達成できましたとお礼を言ってもいいのだろう。

 

**

 

そんな話を傍で聞いてくれるツマに話しながら、現代社会では恩というものの本質を見失っているなあ、という話になってゆきました。

 

成果主義のようなものが浸透し、個人主義的なモノの見方や社会との位置関係が出来上がり、長期安定雇用というものや金を産まない事業が愚かであるとさえ考えるようになって、人が生きているし生き続けて行くなかで、ああ、あの人にはお世話になった、恩返しをしたい、という純粋な心やその心を置くところさえ、あらゆるところから枯れ果てたような気がするのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月17日 (木曜日)

何が大切なんだろう…「気づき」かな

2010年06月16日 日記から

 

+

 

「30代半ば、独身女子に<愛って何? 結婚するって幸せなこと?>と聞かれました」書いてられた人の日記にしたコメントを書き直しました。

 

---

 

やはり「豊かさ」から考え始める。豊かなことを敵視しているわけではないが、それに越したことはないという考えも一見正しそうで、そうでもないことがある。

 

可愛い子には旅をさせる。この言葉の原点をしっかり考えると見えてくる。豊かさに満足をしたり甘えていることは、周り周って自分の生きる能力を衰退させているのかもしれない。

 

身の回りのもの、なんでも手に取り、じっと見つめて考えてみれば見えてくる。

 

ナイフと鉛筆。機械で削れば簡単だ。シャープペンシルを使えば、美しい字が書ける上に金額的にも時間的にも無駄が無い。

 

ホットプレートで焼肉をする。炭で火をおこす。山に木を切りに出かけるところまで遡って考えてみる。無駄が多いと思える。遊びならば実行するけど日常であれば金を払って炭を買う。ホットプレートを買う。掃除も不要だ。

 

一見、そう、一見ゴミも出ないような気がするし、いいじゃないか、と言われると論理的に負けるかもしれない。

 

現代は、あらゆるモノが充分に与えられている。勉強の環境も整えてもらってある。だから、学生は支持を待つだけで、豊かな環境で勉強して、優秀になって社会に融けこんでゆく。しかしそれは融けこんだ様に見えているだけだ。

 

途轍もなく時間を掛けて素材を考え、自然界から探し出し、加工して組み上げて、膨大な時間とお金を掛けてモノを作るという手順をおろそかにしてはいけないし、知らないまま大人になってはいけない。老人になってもいけない。この過程が大きく欠落しているのだということを知らねばならない。

 

だから、一言で言えば、しっかりと、未来を考えることから勉強し直さねばならない。
道具や生活様式の話だけでなく、結婚や社会参加という精神的成長過程での肉に相当するものしっかりと逞しく自分の中に育まねばならない。

 

この大きな欠落があるから、社会に参加できないで引き篭もったり、何かの要因で病み易くなってしまったりするのかもしれない。

 

縄文人にも同じような悩みがあったのだろうかとふと思う。

 

 

結婚や子育てを経験して、50歳、60歳になり選挙で一票を投じるその票の重みと、社会参加を拒否したり回避したり離脱したりしている立場からの同じ1票での重みとは、明らかに違う。明らかに質が変わってくる。

 

あなたの1票は社会を変えてゆくのだし、それは100年後の社会を改変するもだということを考えれば、社会的参加などを充分に経験して豊かな〔それこそ「豊か」なという表現が正しい〕経験や知識、教養や工夫を活かすべく、立派な大人になって欲しい。

 

結婚には愛が大切なのだが、愛という共通のプラットホームの上で、このように完成された大人の責務を活かしてゆくのも、結婚が持つ大きな使命であるともいえる。

 

人類は、古代の人から社会というものを受け継いで、その中でお互いというものを尊敬しあいながら、社会を作り上げ、のちには国家を形成て、暮らしてきたのだ。そういう歴史的な人間の持ち味を、[個人主義] [自由主義]という言葉が暴走したばかりに、人々は忘れ去ってしまった。中には勝手に都合よく解釈した人があふれ出てしまったことで、社会があたかも合理的でもっともらしく見えながら歪んでいってしまった。

 

これからの人は、もっと社会の哲学を真摯に見つめて、自分のことだけを考えるのではなく、当然、親にも感謝して、あらゆる人にも感謝して、未来の人に残せる社会を作らねばならない。
(子ども手当てでも、老人福祉関連でも、地球環境でも、住みよい社会でも、学歴社会でも、みんな、そういうことが当てはまる)

 

結婚なんて、考えることでもなんでも無い。しっかりと社会に恩返しをする意思を持ちなさい。

 

---

 

とそんなことを書いたような記憶がある。

 

でも、本当に聞いて欲しい人は、「自分のやってることに横から何を口出しするか?、私の稼いだ金ですし、私の時間ですから」、というスタンスなんだよなー。
(…という嘆きが残るのが常である)

2009年4月28日 (火曜日)

足踏み

黄金週間は仕事やという人に対して書いたコメントから・・・・

 

ちょいと前に会社の名前を創業者名から横文字に変えてしまった会社で設計技師をしてましたが、
あのころは連休といえば必ず10日は確保して出かけていました。

 

今思うと、
バカみたいに、
そんなステータスを追っていたのは人生の足踏みだったかもしれないとさえ思います。

 

もっと、
世の中に恩返しをする仕事をしなきゃ、と思っていますわ、最近。

 

人ごみに酔いしれているのは、精神の貧困さと麻薬のような喜びで、やはり本質を見失っているのが、現代社会の片面だなと、切実に思います。

 

GWは
仕事をするか
流されずに有意義に過ごしたい。

2007年12月18日 (火曜日)

忘れる

▼京都・高尾のもみぢ屋で豪華なボタン鍋を囲んだり、琵琶湖岸・雄琴温泉に繰り出しカモ鍋を堪能したこともあった。越前まで車を飛ばしてカニ三昧の夜を過ごしたこともある。

 

長い過去を振り返ると、野球部だったころは華やかだった。
1番センターねこさん。強肩で俊足。

 

12月になると1回の忘年会が1万円以上で、所属、同期、仲好し、野球部、音楽部、ハイキング部…などと行くのだから、ボーナスの大半は泡と消えた時代だ。

 

 

▼今年の忘年会は1回だけで、私は「お酒を飲まない組」のほうで参加する。ええ?大酒飲みなのに飲み会に参加して飲まないなんて有り得るのかい?とお思いの方もありましょう。でも、我が職場の忘年会は女ばっかしで(7割くらい)ペチャクチャとおしゃべりな会なので、別に飲まなくても楽しい。

 

そういうわけで、私の周りでもこの1年を振り返る雰囲気が少しずつ高まりつつあります。

 

 

▼半世紀を生きてこの年齢になると、これまでお世話になってきたみなさんに少しずつではあるものの、心から恩返しをしていかねばならない、と思う。

 

飲んだ暮れて歩き回った夜の街には未練は無いが、一度くらいは家族を連れて静かに飲んでみたい。私はカニをそれほど好まないので、ふぐがいいなあ。

 

ひれ酒や午前零時に襟を立て  ねこ作

その他のカテゴリー

Anthology 小さな旅 Anthology 旅の軌跡 BOOKs【読書室】 『随想』すぎゆく季節に考える 【- Walk Don't Run -】 【イマージュ】 【シュール】 手紙 【令和元年 M's 外伝】 【深夜の自画像】(江古田) 【花も嵐もIII】終楽章 【花も嵐もII】追憶篇 【花も嵐もI】 GSX篇 【裏窓から 巻頭】 【裏窓から】 【裏窓から】メルマガ 【裏窓から】B面 【裏表紙の落書き(雑文)】 【銀のマドラー】 Select 【銀のマドラー】B面 【銀マド・名作選】 【随想帖 一、】 【随想帖 二、】 【随想帖 秘】 【随想帖 想】 【随想帖 音】 【雷山無言 一、】初版 【雷山無言 二、】余録 【雷山無言 日々】 【雷山無言】ホンモノ 〔📌語録選〕 〔㊙️自選集〕 ご案内 つぶやき つぶやき→ため息 つぶやき(人生) わたしの・横顔を ア・ラカルト(ジョーク) クロス🔗 ノン・セクション(宛先なし) ノン・セクション(考) バイクの話を集めてみる バイク旅を考える ボイス・オピニオン 予告篇 人物(逝く) 人生を考える 人(福田みどり) 備忘(一月) 備忘(七月) 備忘(三月) 備忘(九月) 備忘(二月) 備忘(八月) 備忘(十一月) 備忘(十二月) 備忘(十月) 光化学の『裏窓から』 前略草々 十七音 のおと 十七音エトセトラ 十七音(つぶやく) 十七音(ときめき) 十七音(アラカルト) 十七音(メモ句) 十七音(七夕) 十七音(三月) 十七音(侘助) 十七音(冬) 十七音(吟行) 十七音(夏) 十七音(好き) 十七音(投稿) 十七音(春) 十七音(月) 十七音(母) 十七音(沈丁花) 十七音(海) 十七音(父) 十七音(秋) 十七音(空) 十七音(節季) 十七音(花) 十七音(落書き) 十七音(記念日) 十七音(酒) 十七音(離別) 十七音(雨) 十七音(雪) 十七音(風) 十七音(鬼) 増殖する『新・裏窓から』 増殖する(秘)伝 夢を食べる虫 家族 家族(お出かけ) 恩返し 昔の話をしよう 未分類 (コロナ) 未分類(ストレス) 未分類(ハプニング) 未分類(備忘) 父の背中 物語は進まない 瞬く(カメラⅡ) 瞬く(カメラ) 瞬く(ギャラリー) 瞬く(春) 瞬く(未分類) 瞬く(車窓から) 第四コーナー / Do 第四コーナー / ゆるりと生きる 第四コーナー / 暇つぶし 第四コーナー / 食べる暮らしぶり 純粋社会批判 終焉 裏窓から(サドンデス) 言葉を残したい 豊かさと満足度 雑記(夢) 青春時代 鶴さん・秘伝 (番外)いつも空を (追憶) 居酒屋・鶴さん

カテゴリー

歩きの日記

  • 三野瀬駅
    あるく - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

オートバイとともに(BIKEs)

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

ノート

2021年7月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フォト