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備忘(二月)

2021年2月 1日 (月曜日)

昔の「二月」を掘り起こす

二月になりますので
昔の二月を少し掘り起こして
思うところがあるものは note 作品集 に書き写しています


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2019年2月 3日 (日曜日)

月の初めに考える - 待ちながら海路静まる果てを見る  節分号

待てば海路の日和あり

 

そこには確信がなくてはならない
数々の苦難を乗り越えて克服し手応えのある確信を努力の果てに掴んだ人に言えることである

 

二月から失業者となり求職者をスタートさせた
その経緯(いきさつ)を語ったところでそれほどに価値もなくことが裏返るわけでもない
静まっている海路を眺めながらさてこれからというところだ

 

田中角栄の語録をさらさらと読んでいるとこの人の人間味のある言葉に出会う
珠玉の名言は他にも数々あるが

 

「いやなことは、その日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ」

 

という言葉に目が止まった

 

(🌱断筆再開)

 

昨今は便利な言葉があって「パワハラ」と言い放ってそれで終わりだ
わたしが仕事を逃げ出した根源はそういったものによると周囲はいうのだが
確かにそれは事実かもしれないものの対策を講じる力があればもう二ヶ月でも生き延びることができたわけでそれが惜しくて仕方がないと残念がりつつ怒りを噴出させる人もいる

 

(書いておかねば記録に残らず忘れ去れてしまい全く何事があったのか不明となってしまうので簡単に書いておくが、多くは書いても不毛だろうと考えている)

 

つまりは、パワハラな上司に愛想をつかして二ヶ月後の職務期限を待たずに
私の仕事は後の人にお任せしますので明日から休みます
といって強引に拒否してしまったのだった
早い話が業務の指示体系に不満があり強引に辞任をした形になってしまった

 

○○

 

豆を撒かなくなった節分に恵方巻きを食べて孫たちと夜を過ごす

 

誰が考え出したのか恵方巻き今年は東北東だそうです

 

巻き寿司作りはツマのワザ寿司飯作りは僕のワザ

 

🌱

 

先日お隣さんのご主人が亡くなった
六十九歳だったという
死因はわからないが定年を迎えて家に篭るようになってから体調が悪かった様子が伺えた
施設に入っていたのかもしれない
コツコツと定年まで真面目に勤めてきた人であっただけにまだ十年という年月が過ぎていないのに気の毒な限りである

ご近所のその隣のご主人も一足早く亡くなっていて七十歳を超えたばかりの頃だったという
そのお向かいのご主人も定年を迎えて新しい仕事を始めて出張で飛び回っている姿が元気そうだったのに突然であった

 

何年かの間に三軒隣のご主人が七十歳という壁と闘ったのだった

 

次は私の番なのだがと考えると
アホみたいにカラダに鞭打って
ヒトの顔色見て
ココロの奥を推測して
波風を立てないように
丸くモノゴトを納めて
ときには褒めてもらって一喜一憂している
そんな人生を
第四コーナーを回ったのだから
拒否して
ゴールのテープの前でコケてもいいから
ピースで駆け抜けたい

 

そういえば

 

中学時代の運動会の障害物競走で
一位でゴール直前に到達し
クラスの面々にピースをして愛想を振りまいていたら
足がもつれて転倒してビリでゴールをしたことがあったのを思い出す

 

写真日記から
串カツ(JR高島屋地下)   Photo_4

2017年2月28日 (火曜日)

ぶり照り それぞれ

部屋が寒いなあ
雨雲がきている

あとで書こうっと

 

・・・と書いてほったらかしにしてあったが

 

この日記を書いた最初の日から
日にちが過ぎて二月が終わって
三月になりまして

 

幾分暖かい日が続いております

 

ぶり照りをムスメさんが作っているのを見て
わが家も同じ料理だったと知り

 

親子というものに恐ろしいほど共通する何かがあることを感じる

 

しかも

 

ほうれん草のたまご炒め(ポパイ)まで一緒やん

 

写真日記(二月尽)

 

ブリ照り焼き

 

M's Zoom

 

 

ブリ照り焼き

2017年2月19日 (日曜日)

そのようにひとりごちたる春の朝

あとでゆっくり書こうかな
久しぶりにブリを食べて
手羽も食べて
少しチューハイも飲んで


2017年2月17日 (金曜日)

春めいてぬくたくなって餃子食う

雨模様ゆっくりあとで書こうかな



写真日記(二月中旬号)

生姜焼き

小松菜とお揚げ

新物チューハイ

餃子

チキン(タンドリー風)

 

チョコ(少し減った)

 

シチュー

ダンデライオン・チョコレート

 

チョコ

チョコ

親子丼

2016年2月 5日 (金曜日)

二月はじまる 節分の夜

少し暖かくなってきたようで
ウキウキしてます

 

あと戻りはしません

 

 写真日記(2月3日)

 

 

 

角煮

 

太巻き

 

豆大福

 

二月になりました 節分

 

 

2016年2月 3日 (水曜日)

二月そろりと

二月はそろりと始まりました。
2月はひっそり始まって

 

ちゃんぽんを食べた日の夜はお魚のフライを食べて
あくる日(月曜日)は肉じゃがでした。

 

土佐堀川という本が家にあったので、読んでみようかなとカバンに入れて、持ち歩いています。

 

遺す言葉」を EPUB に書き写す作業を時間の合間にやっています。

 

ブログを Blogger に1本化して2月からやっていこうと思ってチャレンジ中です。


写真日記(2月はじまる)

肉じゃが シャケとシビのフライ

2015年2月 1日 (日曜日)

二月初めに考える − 三十年前の私と三十年後の私

▼「三十年前の私と三十年後の私」と手帳に書いてときどきチラチラと見ては考え続けている。
▼結婚をしたてのころは自信に満ちて生きていた。しかしその実態は未熟に満ちていた。未熟であっても自信と目標が見えていればなかなか堂々と生きてゆけるものなのだ。どうやらそうらしいことを実証している。
▼目標は決して正しかったとはいえないし視点も視線も視座も褒められたものではなかったのだが、世に言う「若さ」のパワーであったのだろう。皆様のお力を最大限に借りながら生きてきた。そのときには借りていることなど微塵も知らずに身勝手な人生道を歩んできたのだから甚だ恥ずかしくて思い出すだけで赤面である。
▼パーに生きることの悪い面をパーな会社で尽く学び人間として生き抜く哲学に自信を持てるようになった。しかし、多くの未熟さを残したままで(人より何事においても数年遅れているから)新しいステージに挑むことになった失策に反省点もある。ただしそれを自らの戦略不足と認めなくてはならない。失策を否定してもいけない。一連の判断には後悔をせず、自分の脂質や器を認めることも大切だろう。

 

 

▼さて、ムスメが結婚をして出てゆくので再び二人になる。そこで、タイトルに書いたように三十年という大きな時間で人生道を考えてみたいと思った次第である。ツマはメソメソとしてばかりいるのだが、それは仕方がない。しかしながら、28年前に子どもが生まれたときにこの日が来ることを明るい夢として願ったのだし、その結末を心に決めたのであるから、筋書き通りではないのかと自問をする。母という立場であるゆえに、自問の答を掴み取ることに迷いがあるのであろうか。

 

 

▼わたしたちは三十年後を見つめなくてはならない。そう考えている。たとえ生きていられる保証がなくとも、下書きは完成させておかねばならないと思う。
▼目標に向かって物事を収束させようとするときに大切なことは幾つもある。どの要素が欠落しても制御は狂うことが多い。目標に向かう道のり、手法、戦略、戦術はもとより、過程での計画管理、進捗状況把握、軌道修正法、想定外の対処方法。それに加えて、自分の強い意志と確固たる目標ポイントの設定など、挙げればキリがない。
▼先日中学以来の友人と話をしているときに私が随分と年寄り臭くなったのではないかと指摘された。ざっぱにいえば反体制の声高らかだった若き頃と違い現状に歯向かわないような優しい考えを口にすることが多くなったらしい。決してそんなに考えが急変しないと思うものの、モノの道理をみて先読みをしてしまう傾向は増してきたかもしれない。たとえ損をしても正論を通すというような心から、出来る限り正論を通したいが正論は何故生まれたのかを考えてはどうだ、みたいな少し引いた人間になってきたのだろう。
▼三十年後に生きていたいとは思っていない。夢を描くこともない。そのころの社会が今と違って間違った方向に行ってしまっていたとしても、それは長い歴史の延長であり今の人々がコントロールして道を作るものであるから私がとやかく言うものでもない。わたしの子どもや家族が不幸せであったとしても、それは自分たちで作った社会なのだから仕方がない。
▼どうすれば社会が良くなるのかを考え、みんなの役に立つような人間になってもらうように、自分の受けた御恩は必ず社会に返すように、そういうことを伝えるだけでわたしの言いたいことは特にない。あるとすれば、わたしの足跡を(ここの筆跡を)時間があったら見て欲しいということくらいだ。(わたしが)周囲の如何なるものに刺激を受けてどのように変化してきたのか。何事においても、物事の変化を捉えることが非常に大事なのだから。
▼およそ三十年前にわたしは結婚をしてムスメができた。そのムスメがこの春に結婚をしてわたしは再び昔に戻る。ムスメは三十年後わたしと同じような子どもを持ち何かを考えるだろう。わたしにはそのことは想像できないし、ましてや口出しもできない。今のところ生きていて見届けたいというような願望もない。

2014年2月 3日 (月曜日)

二月のはじめに考える ─ 自然と暮らす

 

 

椎茸の菌打ちの様子が上野森林公園のHPで紹介されています。筆者が小さいころ、菌打ちの風景は決して珍しいものではなく、どこの農家にもあった暮らしの一齣でした。田んぼや畑や山で働く人が家族にいて、暮らしが自然とともに存在したからでしょう。自然の息づかいを感じることができました。

 

 

菌打ちや炭焼き、柴刈りなどを、学校の授業で今の子どもたちが習うのかどうか、年ごろの子がいないのでわかりませんが、農家であれば家業として親から子どもへと受け継ぐのが当たり前だったものだけに、セミナー等の力を借りて、しっかりと伝承してゆきたいものです。

 

幾つもの風景がうっかりしている間に消えて行きます。それらをジェネレーションギャップという言葉で片付けることもあります。もしもギャップであるならば、長い世紀を経ても簡単に縮まることはなく、それではちょっと困ります。

 

文明や科学が進歩し暮らしや生活のスタイルが変化し続ける限り、世代間での隔たりは生じますが、その距離間を上手に橋渡ししてやって知恵や工夫を伝えてこそホンモノの文化が永遠に続くのだろうと思います。

 

サイエンスやテクノロジーの発展に伴い、何ものかに包み隠されるように菌打ちや炭焼きは消えていきました。しかし、椎茸を食べなくなったわけでもないし、炭を使わなくなったわけでもありませんから、ささやかでありながらも体験を通じて暮らしとの関わり合いを学ぶことも大切でしょう。

 

これから世代の人が暮らしのなかにある自然の息づかいに触れ、それを育んでいくような活動が、太陽や風、水や木の持つエネルギーと共に歩んでいける手応えを掴んでくれるのだろう、と思います。

 

2011年2月27日 (日曜日)

斎宮博物館の梅

 

去年の二月は北野で梅をみた。

 

京都でみる梅も、月ヶ瀬でみる梅も、斎宮でみる梅も変わりはないものの、万葉の時代からこの五弁の花びらが人々の心を捉えて放さなかったのには深いわけがあったのだろう。

 

青空がこの上なく鮮やかに透き通る。
風は冷たいながらも春の香りを運び、寒さに凍えていた気持ちが溌剌となる。

 

空に跳びだしたくなるのだ。

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