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純粋社会批判

2020年1月17日 (金曜日)

続・思い起こすとあれは法律に抵触するパワハラだった

昨今「パワハラ」という言葉が表に出てくることは多い。そんな中でハラスメントを「される側」ばかりが取りざたされていく

 

パワハラだけではなく体罰、暴力、いじめなどの報道においても真髄をしっかりと捉えずに、用語の暴走で社会が影響を受けていては、多くの疑問も節々に残るし、煮え切らない点も出てきているのを感じる

 

体罰やらパワハラを認めよう(正当化する)というのでは断じてない。だが、ひとまとめにしてパワハラ・体罰を悪者側にするのではなく、似たものも「一纏め」「一絡げ」ではなく、きちんと丁寧に悪者をはっきりさせて、次へと進むことが大事だと思う

 

私がこの記事の前の「言葉篇」で書いた内容は、言葉として発せられているために「やんわり」とか「ニュアンス」とかいう言葉でごまかしてやって修正も効くのであるが、もう一回しっかりと噛み砕いて読んでみると、ヤクザの脅迫と変わりないほどの言葉で、片手に出刃包丁をチラつかせて話したら殺人未遂にでもなるような勢いの言葉である

 

この言葉が、日常に密室で、毎日、次から次へと(人員整理のための面接の)部屋に呼び出される人に、時には静かに、時には荒げて、話されたことを思うと、こう言う事実があったことを世の中の一人でも多くの人に伝え、次の世代の人にも歴史として遺すことが大事だと考える

 

もう一度、前節の「言葉篇」をお読みいただきたい

 

 

 

 

2020年1月16日 (木曜日)

思い起こせばあれは法律に抵触するパワハラだった(時代考察)

就職して(社会人になって)会社人間として働き出した頃がどんな時代であったのかを考えてみる

 

最初の約十年は、京都のオ社の研究所にいました

この会社はいい会社でしたので本テーマに関して特記することは何もない

 

そのあとの十年余りがとても悪い会社でした
大阪にある「パー」な会社と呼んでいます
家電会社としてみなさんは知っていると思います
そこで設計技術者として十年ほどを過ごします
立派な会社として誰もが理解しているのですが、どこにも書かれない側面がある会社でした
世の中にはこんな会社が他にもたくさんあるに違いないとう確信も持てるようになりました

 

今の時代は「人権」とか「個性」「多様性」という言葉が表すように「人」を大切にし尊重して成り立つ社会になりつつあります

 

表面に綺麗事を並べて会社カラーを上質に保ち高人気を誇っていましたが、逆の面も多く持っている会社でした
(強くて勇敢な軍隊の裏面にある悪質な組織をあらわす物語小説のようでもあります)

 

--- ▪️

 

私は三十歳を過ぎた頃から髭を生やしているのですが、「パー」な会社の人たちにはこれがとても気に入らなかったようで口癖のように「髭を剃ってこい」と言う上司が何人もありました

 

会社の中には軍隊のように昔からの階級制度が残っていた

 

このような点は、松下幸之助が偉大で立派な人であった為に、マイナス面が表出しなかったわけです

 

実際には幸之助さんは立派であっても会社の体質は立派ではなかったのでした

 

こんな話はどんな組織にもある話でしょう
どこにでもあった話でしたが、質が想像以上に悪かったし、腹黒いところがありました

 

--- ▪️

 

ヒゲの話以外にもいくつもあります

 

子供が病気になって看病をしたいので休みたいと言っても意地悪をするように扱われたりしました

 

仕事が進まないと将来の出世にも大きな影響をあたえるというような意味合いのことをネチネチと言います

 

いじめドラマそのもののように陰口が広まったり事実にない噂が故意に拡散されたりもします

 

夏休み前後や飛び石連休には休暇を付加して取って連休を有効に使おうというような計画を口にするといじめや意地悪が始まりました

 

休暇の当日に仕事が回って来るようにしたり休めない会議を入れたりする人が常識的に多かったのです

 

職制上で上の立場にある人間は威張り散らしてました、仕事が遅くなると家に私用電話で連絡を入れるくせに、部下が真似をすると真っ赤になって叱ったのを見たときには呆れてモノが言えなかった

 

日常から締め付けられれているので出張に行ってタクシーに乗ると白紙の領収書を要求する人が多かった、人間が廃れれいました

 

弱いものには強く当たり、金のある部署や職にはタカリます、顔色を見て貪るのです

 

そういう風土なんだということに気がついたのはその会社を離れてからのことです

 

生え抜きの人が多いので私のように途中から舞い込む人には村八分意識が分厚く伸し掛かってきます

 

社会的に立派な会社ですから資質のある人が高卒採用者などにも多く、努力して出世をしたり重責なポストを掴んだりしていますが、人間味に卑しさが溢れていて品位に欠ける人が多かった

 

賢い人たちの集まりですから高貴なそぶりを装うのは非常に完璧です

 

しかし、しばらく一緒にいると何かに嫌気がさして来るんです

 

それが腹黒さのような卑しさでした

 

人が悪いのではなく、風土が悪いと感じました

 

そのような組織は順調に業績を上げているときは何にも気にかかることはありません

 

しかし、10万人の社員から4万人近くの人々を整理する業務をするとなると、組織のカラーが出ましたね

 

 

2020年1月14日 (火曜日)

思い起こすとあれは法律に抵触するパワハラだった(言葉篇)

私はその言葉を正確に
次の世代に伝えねばならないと
強く思ったのだったが
実現はできなかった

 

 

そのことがいちばんの後悔だ

 

まず、大雑把にではあるが言葉を書き留めておこう
考察はそのあとにする

 

------*

 

明日になって太平洋の海岸に一家が浮かんだとしても会社は関係ないと言って知らん顔するだけよ

 

一年に八百万円を払うんやから考えてみぃ二百万円の女の子が四人雇えるんや

 

例えば北海道の名もない工場で埃まみれになったり汚い空気吸うて働くようにしても労組は何も言えんやろそれでもこの会社に残る自信あるか

 

法務部門はアホやないからな

 

うちの会社もアホとは違うしそういうために法律の専門家も配置しているから一社員が頑張って立ち向かっても勝てるわけがないし訴訟になっても力が違うやろ、資金的に無理やな

 

五倍の退職金を出してくれるけどそんなの出すのは惜しいくらいや、出してやると言うてるんやから迷惑で邪魔な奴は新しいところへ行けばええ

 

今のうちなら新しいところはそれなりに面倒見てくれ、会社の体裁があるからな、それが今のところ一番得やろ、無理に反抗して(やめても)敵になって嫌われるだけや、それこそ一家心中やな

 

早う辞めさせるにはな、仕事をやらんことや、一日机に座って線を引いてもらったりするのや、グランドの草引きなんたやらせたらあかんで、辞めへんがな、辞めてもらわなあかんのや、死んでもええから、会社はそう思っておるのよ、無理しても勝てへん

 

病気にならんように上手にやっていくことが大事なんや、あんたも病気になったらあかん、金もろて辞めなはれ

 

------*

 

勤続二十年ほどやったおばさんは本来なら800万円ほどの退職金で首を切られるのだが4000万円ほどお金をもらったという話が飛び交う、これはまんざら嘘でもないであろう

 

二千人ほどの事業場から五百人ほどの退職希望者を絞り出すためにはこれだけの金を払っても惜しくはなかった(いや惜しかったのだが)それだけやめて欲しかったのだろう

2016年10月24日 (月曜日)

呆れてしまってモノが言えない話

「第二の人生の歩き方」というタイトル・テーマで脚本家の内館牧子さんが朝日に「思い出と戦わず、次に進め」というオピニオンを書いている

(※ 最下段に原文を引用)

 

スペード「あんなに秀才だった男の子も、あれだけきれいだった女の子も、横一列。60歳を超えると、みんな終わるし、これから先も見えてくる。着地点は一緒」

 

であるという点に異論はない

 

スペード「そこに至るまでのプロセスは異なりますよ。いい大学を出てエリートだった人の方が、いい風景を眺めてきたと思います。でもそういう人ほど、着地が下手。ソフトランディングできないから、辞めるとガツーンと衝撃が来ます。元々それほどでもない人の方が、自然に仕事以外での楽しみ方を見つけているから、うまく着地できる。世の中、うまくできているなぁと思」

 

うというのは、残念な記述であった

 

ドラマを書く人の架空の視線でいかにも論理的なものを書いてはならないと思う

これは作者が想像したドラマのような1シーンに過ぎない

 

つまり、文人がこんないい加減なことを書いてはいけないのです

 

クローバー

 

上でのべていいる「それほどでもない人」の方がいい人生を得ているように書いているが、それは、ドラマのような話だ。

実は、上手く着地してない人がたくさんいることを見逃してはならない

 

内館さんは架空の事も書くことがある作家だから、ドラマふうに書くなら綺麗な話を書きたくなることでしょう

しかしルポルタージュとして書くなら「上手く着地していない人」たちが、いったいどんな人なのかをしっかり見なくてはならない

 

クローバー

 

強者として生きてきた人が上手く着地をできずに苦しんでいるのを激励する文章であるならば、内舘さんのオピニオンは大いに役立つだろう

 

しかし弱者として生きてきた貧困の人たち、格差の最下段の人たちの中には、一度も這い上がることなどないまま60歳を迎えた人は沢山いる

 

その人たちはこれを読んでも納得できないどころか、腹が立つだけで、何を夢物語のようなべんちゃらを書いているのだと思うだろう

 

ある総理大臣がカップラーメンの価格をトンチンカンに答えた笑い話くらいに段差を感じたのではなかろうか

 

弱者として生きてきた人たちは、そう簡単にはサクセスストーリーなど巡ってこない

悪循環の連続の人生なのだ

 

クローバー

 

一生懸命に誠実に努力をしている人もその中にはたくさんいる

真面目とか誠実だけで成功したり金持ちになれるなら、世の中にはもっと金持ちが大勢いただろう

 

弱者を襲うのは貧しさだけではない

家族の発病や、なかには介護が必要になるような辛いものもある

 

資金不足による勉学の挫折や就学の中途放棄

就職先がブラックである不運、挙げ句の果てには倒産、その後も重労働で体調不良

 

他にも育児に様々な苦難が伴って、不運というしかない子育てを経験し

とことん真面目に生きてきているのに子どもは思い通りにならず挫折の連続

こういうのを泥沼というのだろう

そういう人が身の回りにたくさんいる

 

クローバー

 

どうしてこのようなオピニオンが書けるのか

認識不足なのかまたは幸せボケなのか

自分とは違う世界には無関心だというのか

冒頭に書き出している自分作品をPRしたかっただけなのか

 

嘆かわしいのと

レベルの低さに

呆れてモノが言えないとはこんな状態だ


―――――――――――――――――――

【以下 

 

2016年10月18日朝日新聞記事】


■思い出と戦わず、次に進め 内館牧子さん(脚本家)

 定年って生前葬だな。こんな書き出しで始まる小説「終わった人」を昨年、出版しました。主人公は、大手銀行の出世コースから外れ、転籍先の子会社で定年を迎えた63歳の男性。この前、高校の同窓会に行ったら、みんなが「俺がモデルだろう」と言うの。読者からのはがきにも、みなそう書いてあります。

 数年前から急に、同窓会に行く機会が増えて気づきました。あんなに秀才だった男の子も、あれだけきれいだった女の子も、横一列。60歳を超えると、みんな終わるし、これから先も見えてくる。着地点は一緒なんです。

 もちろん、そこに至るまでのプロセスは異なりますよ。いい大学を出てエリートだった人の方が、いい風景を眺めてきたと思います。でもそういう人ほど、着地が下手。ソフトランディングできないから、辞めるとガツーンと衝撃が来ます。元々それほどでもない人の方が、自然に仕事以外での楽しみ方を見つけているから、うまく着地できる。世の中、うまくできているなぁと思います。

 現役中から、そば打ちを始めろということではないんです。「もっと仕事で上を目指したい」という人は、仕事第一にした方がいい。無理に趣味をやると、サラリーマンとして成仏できないと思う。プロになるわけじゃないんだから、定年後で十分です。

 よく定年のことを「卒業」というけど、潔くない言葉よね。とかく第二の人生は素晴らしいと言われるけど、そう言わないと気力が出ないですものね。会社的には、はっきり終わったのよ。そういう自分を明確に認識した上で、これからどうしたいかを考える。そこで「やっぱり仕事をしたい」となれば、ハローワークに行けばいい。

 その仕事の多くは、自分のキャリアや技術をいかすものではないと思う。だけど、自分は一度終わっているんですよ。プロレスラーの武藤敬司さんが「思い出と戦っても勝てねンだよ」と言っているけど、みな、自分の絶頂期と比べるでしょ。でも、いまの世の中は、自分の次の世代が動かしているんです。

 脚本家やフリーの人も容赦なく終わります。サラリーマンの定年より早いかもしれません。私は60歳のとき、生死の境をさまよう大病をしました。そのとき思ったんです。40代、50代を仕事第一にしておいてよかったって。あれも書いたし、これもやったし、「まっ、いいか」と思えました。脚本家として、成仏できた気になったんでしょう。

 「終わった」と認め、思い出とも戦わないと決めることが、すべてのスタートだと思います。まだ終わっていない若い人たちも、しょせん、残る桜も散る桜ですよ。そう思うと、腹も据わりますよね。

 (聞き手・岡崎明子)

2013年5月10日 (金曜日)

5千人

シャープの人員削減5千人の記事が目に飛び込んだ。

 経営再建中のシャープが希望退職の募集と給与、賞与の削減を組合側と合意したと発表し5千人の削減策を実施する見込みらしい。
給与は、一般社員でカット幅を7%にし賞与も半減させる。

 私がかつていた「パー」な会社のことが新年の記事に登場し「追い出し部屋」という言葉がちょっと話題を呼んだ。
しかし、連載記事の流れは、所詮、マスコミも経済活動をする1つの企業であり、まあ読まれてなんぼの記事であった。

つまりは、真相に迫ったことは面白くないし読まれないので、興味のあるようなことだけをマスコミは書いた。
だから、私にすれば面白くはなかった。

マスコミは弱者の味方でもなかったし。

このような記事は、時間経過とともに価値も落ち、さらに面白みもなくなる。きょうだから「5千人削減」が面白いだけだ。
確かに7%を簡単に現実に当てはめて、半減する額も割り出せば相当深刻なのだが、
オバカな会社にいつまでも付き合っているのも愚かだから、さぞや判断を悩まれることだろう。
その実態も知ってみたいが、まあ、想像のとおりだろうけど。


 私がパーな会社を辞めたときは10万人社員のうち2万人とも3万人とも言われた。

20年以上工場のパートで働き続けたオバちゃんたち。
「ムスメは短大を卒業して花嫁修行中なんよ、え?退職金?3千数百万ほどやで」
と他愛ない会話をして私と一緒に会社を辞めた。
2,3ヶ月後に街のショッピングセンターであったら海外旅行もたくさん行って楽しい毎日だと話してくれた。

 5倍の退職金を一律の退職者に出したのだろう。
私にもくれたのだから、みんなも貰ったに違いない。
多くの人が3千万、4千万またはそれ以上(多分上限なし)という退職金を熱い恩義(?)のある会社から戴き「ハイ・さいなら」をしたのでした。

 今で言う「ブラック企業」で日常の社員の扱いもひどかったし、精神教育にも法律ぎりぎりの線のようなものがあった。

無論、自主退職をさせるための手法にも言葉で言えないほどの人権を躙るような行いや言葉があったのは、ブログのどこかで触れている。

まあ「ひどい会社だったなあ」と今更ながら回想する。

後になって、ゆっくりじっくり考えるたびに、あの時に・・と思うことがあれこれとある。
(そういうものが、ふつふつと、今朝の記事を読むと蘇ってきた)

 本当はもっと辞めてほしいのだろう。5万人ほどは辞めさせたい。

しかし、自主退職を5倍の退職金で釣りながら自主退職を募れば、一方で辞めてほしくない人が20%から30%は混じったと推測できることから、そんなに無茶も出来なかったのだろう。
何よりも社会や世間の眼が気になる会社だったし。

 私にしたら「ざまあみやがれ」だったが、
「大企業揺るがず」
のその後の姿に幾らかの悔しさも感じた。

まあでも、今となったら縁を切ってよかったし、その後の哀れな姿も少し拝見できた。
何よりも私がひと回りもふた回りも大きな視点でものを見ることができるようになったのでもう昔のことは考えないことにした。

 ものさしとか手順を、既成のモノから変えなければ、このような企業に未来はない。
賢くて立派な人がたくさんいただけに、とても残念だ。

 どんな点が「パー」だったのか、というか、誰も書かない「パー」な会社の実態はまたの機会にしましょう。

(みんなあんまし興味ないだろうけど、酒を飲んで馬鹿にするときはそれなりに楽しい)

 

 

2013年1月 1日 (火曜日)

読後感想:配属先は「追い出し部屋」〈限界にっぽん〉

(作成・加筆中で、公開中)

 

配属先は「追い出し部屋」〈限界にっぽん〉
朝日新聞 経済部 
平成24年12月31日
の記事に関連して。

 

自分の遺言としてもブログに感想を載せておこうと思います。

 

 


 

 

平成15年、平成の「大リストラの嵐」のときに「パー」な会社を(その当時は、「まー」な会社だったが)を体裁のいい言葉「自主退職」ということで辞めました。

 

残念ながらその首切りのエゲツナイ(関西弁?)面接の記録を私はよう残していない。既に私の記憶からも風化しようとしているが、朝日新聞の記事(平成24年12月31日第1面)を読んで、少し蘇った。

 

今更蘇らせたくない気持ちと、社会責任として事実を文章にして残しておかねばならないのではないか、と思った気持ちが熱くなってくるのが分かる。あの気持ちがたとえ一時であっても残さねばならなかったのではないか。

 

あのときのリストラは、ま社・本社社員だけで3万人とも言われます。私の住んでいるところの事業場では、2千人ほどの社員がいたのでしょうか、そのうち300人近くが退職をしている。しかし、数字や率に目を向けると誤りが生じる恐れが高い。

 

正規の女性などの間では、残業も少なくなってきたし、会社はあれこれ口うるさく言うようになってきたので辞めようかしら、とか、娘もお嫁に行ったしそろそろ辞めようかしら、という人もいました。もうすぐ40歳やしのんびりしたいわ、と考えている人もいただろう。

 

工場従業員として正社員で雇用されて約20年ほど勤務して来たが、今、辞めたら退職金を5倍もくれるそうやって……、ということで、それやったら辞めようかな、となった人もいただろう。800万が正式な退職金なら、4000万円の退職金が貰えるのだから、嫌そうな顔して少しごねてみてからすんなり辞めれば大成功だ。

 

実際に3千数百万円の退職金をもらったと話してくれた女性もいましたから。もちろん、私も例外なく5倍の退職金をもらいました。

 

そこまでしてでも、全社で3万人に辞めて欲しかった。本当は10万人の社員のうち6万人ほどを整理したかったのではないかと、私は想像します。

 

辞めて欲しくても意地でも辞めなかった人もいたでしょう。せっかく入った大企業の社員の道、失いたくないですから、仕事がないと上司や所属の雰囲気で宣言されて、さらに拷問のような転属・転勤に遭っても辞めなかった人もあると思います。

 

私のように、少し抵抗したけど企業と戦っても勝ち目がないと見てあっさり諦めざるを得なかった人も多いと思う。こんなアホな会社に見切りをつけよう、と早い段階で決意をした人もある。

 

また、会社が、居残る決意を表すようだったら残してもいいと思いながら(退職勧告の)声を掛けたら辞めた奴もいます。3万人の中には様々な色合いの人がいたということを見逃すとこの会社の後の「茶番劇的経営」を冷静に見つめられない。

 

記事を読んで、あれは明らかにかなり「質の悪いリストラ」だったと私は感じ取っていたことを、今更ながら思い出しました。

 

幸之助の死去以来、矜持のような精神を、恥も外聞もなく捨て去っていった大企業です。生きるためには必死だったのです。見栄に満ちた肥満化した製造業です。あの会社は、大きくて強くてかっこ良くて、たくさん給料払って、威張っている必要があった会社だったのです。

 

「日本一の経理システム」と自他ともにその素晴らしさを誇った経理。これを守り切らねばならないとでも考えたのでしょうか。「企業は儲けて何ぼ」そういう会社に成り下がっていた会社が迎えたのは、3万人のリストラでした。

 

そのあとにも同じようなことを10年間で繰り返してきたのでしょうが、私は最近の動向を注目すらしてなかったので分かりません。しかしながら、それでも復活を夢見て、自己増殖を試みたのだろうか。

 

一方で人材を切り捨てて、その間にブランド力や名誉も失いつつ必死で巻き返そうとしているようですが、プライドと過去の繁栄が迷信のように残っているだけです。

 

昔、造船や鉄鋼がどん底に落ちて解体されて、同じように繊維業界も日本中を支配するかのような勢いだったのですが、とことん廃れてしまって、伝説も残っていないほどです。家電業から総合電機産業と呼び名を替えても、既にもう時代は次のステージです。

 

私はそう判断して平成15年の自主退職勧告(実質上のクビの脅し)を受けました。生涯で貰う給料総額は、死にモノ狂いで縋り付いたほうが多かったのかもしれません。仕事がなく、過去の栄光のような仕事や業種、立場に返り咲くこともできずに、家族から誹謗され続けて50歳を回ってしまいます。

 

幸か不幸か、ひとつの兆候として、急激に抜け続けていた頭髪が、抜けることを止めて残り始めたことが笑い話のネタにできます。

 

しかし、外ズラだけ保って本質を隠しながらの、恥だらけのリストラが今でも続いているのだという事実を知ると、あのときあの会社がおこなった、犯罪にほとんどすれすれだったリストラのことを、歴史の年表に刻んでもらうべく、公表して記事にしてください、と言わなかった私を後悔します。

 

もちろん、その後、マスコミというところの別の視点から見る姿も見てきましたから、マスコミに公開することが得策だったとも言えないし、マスコミも興味を示さなかったと思います。

 

社会の悪を咎めたい。そういう気持ちはありますから、これからチャンスがあったら狙うことにします。生きてるうちに実現できたらいいのですが。

 

◆◇
◇◆

 

赤字にあえぐパナソニックグループに、従業員たちが「追い出し部屋」と呼ぶ部署がある。

 

なるほど、10年経っても体質は変わらないのだなと思うと自然に頬が緩むような気抜けを感じた。私がいたとき、既にその10年ほど前の嫌がらせのような話を先輩や異動してきた同輩から聞かされて知っていたこの会社の体質を思い出したからです。

 

詰まるところ20年近くが経っても会社というものは体質を変えようとしないのだなと思うと、私がこの会社の長所短所をじっくりと考察したときのあらゆる推論の誤りは極めて少なかったと確信できます。

 

人事の生む組織は、見かけ上変化するのだが、ピラミッド型に築き上げた人の繋がりは一部の人の都合と欲望などに大きく左右されて、神髄には変化は起こらない。真の心で社会に貢献して世の中に役立とう、というような社訓は所詮大義名分に過ぎず、人など大事にしようと考えもしない体質である以上、理想にあげたような姿にはある時点から全く近づいてはゆけないのだということも分かってきます。

 

10年前には「追い出し部屋」などという洒落た名前は無かった。ただの会議室か従業員食堂のテーブルで十分だった。有能で立派な信念を持っていても、一部の人物の都合に見合わない人は、このテーブルを仕事の作業机として与えられた。

 

少なくとも私の身近な人から伝え聞いて知っている人は大阪大学を卒業して誰もが越えられないハードルを越えてくる才能を持って「ま社」に入ってきたのだが、どこでどのように気に入られなかったのか、テーブルである作業をすることになる。

 

 

「キミは机に座ってこの白い用紙に丁寧に与えられたボールペンで30センチの直線を引いてください(1日中それをすることを業務の命令とします)」という指示で毎日を送ったのでした。これは業務命令でした。破れば業務に背くのでクビにできます。それが会社の論理でした。

 

このような指示は珍しいことではなかったらしい。軍隊で、穴を掘らせて再び埋めさせて、さらに掘らせて……を繰り返すという伝説的で物語的な事実話に非常に似たことをやっている会社なのでした。

 

少なくとも数年間この会社に勤めたことのある人なら、「なるほど、そうですか、やっぱりね、おかしくないね」と感じると思います。そういう会社だったのです。そういう体質を芯の随のところに染み付くように持っている会社です。

 

初めて会社に来たとき、廊下を並んで制服を着て歩く社員の足並みが、歩調を揃えて行くように見えたのは錯覚ではなく意図したものだろうか、それとも上司の指示なのだろうか、と家に帰ってから考え続けた。私が学生時代のこと、防大の校舎の中を歩く学生が歩調を揃えて歩いていたのは、学校の躾だった。しかし、この会社の人たちはどうだったのだろうか。

 

テレビなどに登場して商品のことを語ったり、研究所や技術センターを撮影するカメラに社員の様子が写されたりするとき、日本の「ま社」の優れた商品と幸之助が生み育んだ素晴らしい職務に服する精神が、まさにテレビに(または新聞や雑誌に)紹介されているのを見て、製品とその精神を当然の成り行きの賜物と思った人も多かろう。

 

しかし、その背後には、弱きに強く振る舞い、外部の目に敏感に、監視をする人がいなければ狡き、世を渡るチャンスを伺うのがこの会社で生きる手段、そんな精神が流れていた。

 

つまり、日常に先生が生徒を叱ってばかりいるクラスで、ひときわ優秀な人物を保ちながら、裏の姿として先生が休みで自習になったらいち早くサボっているような奴、そして先生が現れたらくるりと翻って優等生にいつでも変われる奴のような人物を育成する会社。そんな雰囲気を社風にしたような感じだった、この会社は。

 

クラスで気に入らない奴がいたら、どうでもいいようなクラス役員を押し付けたり、何の意味も無い作業を押し付けている姿を想像してしまった。

 

のし上がって行く奴はそのような手段で学級委員になり、ガキ大将もこなして、引き連れる自分の子分待遇には自社の誇りを催眠術のように刷り込んでゆく。それに応じた給料や福利厚生で会社とともに、一緒に歩んで行くひとつの側面からは決して不満が出ないように封印を施し、社員を「材」の用に使った。

 

私が仕えた部長があるとき「うちの会社は『人材』では無く『人財』と呼ぶのだよ」と言っていたのが強烈に印象に残っているのだが、あの「財」は宝物の「財」ではなく、使い捨てて自由に使える「財産」という意味の「財」だったのではないかと、あとになって何度も苦笑したものだ。

 

そう思うにふさわしい会社であった。

 

鞣革で首を絞めるような言葉で仕事の継続意欲を奪い、自分から辞める言葉を吐かせようとする手口。こちらに労務や精神科学の知識があればもう少し闘えたのかもしれないが、最高の人材を揃えて法律に沿った話をされては、私たちの言い分は子どもの駄駄をこねてぐずっているようにしか聞こえないだろう。だから勝てる訳が無い。すべてこの会社の筋書きで進むのだろう。

 

あのときにはとても悔しい思いをして、もう忘れよう、あんな会社のことは……と思った。本当に病気になれる人が羨ましいとさえ思った。

 

上手に卒ない論理で攻められてその背後から

 

「もし辞めて、1ヶ月後に県内の港で一家そろって遺体があがったときに、私が辞めさせたと思われたらあかんから……(辞めろとは言わんよ)」

 

というかけ声が聞こえてきたときは、煮えくり返るほど頭に来ました。関係者の家をすべて灰にして自分もそのあと死のうかとさえ思った。

 

しかし、それをしても、間違いなく周到に準備が行き届いていて、「ぜひとも我が社に残って頑張って欲しいと声を掛けて励ましていたのに……」と(ヤクザの)ドラマのようなことを言われて、握り潰されるだけだろうと思うと、そんなことは本当に賢い人間のすることではなかったし、現実的ではなかった。

 

私は、公に事実を伝えるチャンスを待つしか無い、と思い直したのだった。今でもそんなチャンスがあるとは思っていないが、一部の人が大きく事実を違えて理解しているならば、それを伝えることは使命であると考えている。

 

それは世の中を良くするための手助けであり、これから会社を追われる人へのエールでもあるだろう。さらに、この会社の製品を購入する人への参考情報でもあるし、今後この業界で職を探す人への提言にもなると確信する。

 

平成24年12月31日の朝日新聞朝刊の記事を読んで、こんな風に書き出すことになったことの次第には、そのような動機があります。

 

◆◇
◇◆

 

大阪府門真市のパナソニック本社から遠く離れた横浜市の子会社。工場などがたつ敷地内のビル「S10棟」5階にあるその部屋は、看板もなく、がらんとした室内に100台ほどの古い机とパソコンが並ぶ。そこに、事務職の女性が配属されて3カ月がたつ。

 

手に取るようにその様子がわかる。浮かんでくる。なされている会話も推測できる。

 

どうでもいいような建物。家賃も掛からないようなところだろう。

 

ボロボロのプレハブを与えればいいと考えている。

 

言い訳がたつように、通信回線や機器は揃えるけど、ボロばかり。
空調が壊れていたりするだろうから、確かめに行ってみるといい。

 

おもな仕事は、ほかの部署への「応援」だ。「要請があれば駆けつけて、製品を梱包(こんぽう)する単純作業などをこなす」。応援要請がないと、することはほとんどなく、終業時間が来るのを待つしかない。

 

 つまり、不用な人を体裁よく活用し、少しでも早い時期に自主退職に追い込むための部屋を、今風に考え出したのだろう。

 

マスコミ対策も労務関連も完璧だ。訴訟になったことも想定して必要書類は完璧にしている。

 

10年前は、退職後の会社を斡旋していましたが、今はそのように体裁よく斡旋ができる会社すら見当たらない。

 

退職金を5倍も出すほどの余力も無い。

 

だが私が昔上司に「新入社員を雇えば、3人雇って君と同じ費用で済むのだ」と言われたように、この人たちも言われたのだろうか。

 

はっきりとは言わないものの、この会社らしく以心伝心で伝えたのだろうか。

 

言ったら終わり。(一家心中のような)事件になったら会社の責任だが、言わずに伝わればその人自身の問題であるからという基本的なこの会社の考え方で事を進めて行く。

 

人権教育なども行き届いているから、上から見下ろす側に劣勢はない。

 

様々な部署からここに、正社員113人が集められた。この女性のように、働き盛りの30~40代までもが対象だ。配属されて最初に受けた「研修」では、自己紹介のやり方を見て、みんなが「だめだし」をするグループ討論をさせられた。

 

いかにも、君たちはここで元に戻って、昔のように活躍できるチャンスを得てください、という虚心に満ちたモーションをやっている。

 

初めての「応援」は、携帯電話の箱詰め作業。入社以来初めて、「Panasonic」のロゴが袖に入った作業着を身につけた。他工場から持ってきたベルトコンベヤーの横に並び、30秒に1個、流れてくる携帯電話を段ボール箱に詰める。

 

これまでは主に非正規の社員がやっていた仕事だった。「私の人生、変わってしまった」。その後も、他部署の仕事を手伝う日々だ。

 

の部屋の正式名称は「事業・人材強化センター(BHC)」。

 

 

 

素晴らしいとしか言いようが無い。
この会社はあらゆることにおいて体裁を整えてから物事を招き入れる。
如何にもこの会社らしい命名方法だと思う。

 

その手法は悪いことばかりでもなく、困難なプロジェクトであればその命名から勇気と投資がモリモリと湧き出てくる。

 

そのことを知っているからこそ、逆に鞣革で首を絞めるような使い方もできるし、それを戦略にもできる。

 

そういうところも、20世紀後半を先頭を切って走ってこれたパワーのひとつだろう。
お金の掛からない部屋で、よその部署がお金をかけることのできないような仕事を引き受ける。

 

何かのリカバリーの仕事を専門に引き受ける。
帳簿の上でお金が動かない部署を作れば、金を掛けられない屑の人材を雇用できることになる。
特別に設けた費目で処理されてゆく。
産業廃棄物を処分するような費目とすれば、会社の感じる痛みを軽減できる。

 

 

その少し前に上司に呼ばれ、「今の部署に君の仕事はない」と告げられた。
会社が募集する希望退職に応じるか、「BHC」への異動を受け入れるか。

 

異動するということ自体が「クビの一歩手間です」という宣言である。
本人もそのことを十分に知っている。

 

一度嫌われたら好きになってもらえないのは、色恋の話や現代社会においても同様だ。

 

「嫌い」、「好き」という感情は、痛いという感覚と同じように命令形が成り立たない。

 

嫌いなものを「好き」になることに、命令形はない。

 

したがって、異動してくださいと宣言されることに、返事は不要なのだ。在ったとしても意味を成さない。

 

「キミの仕事が無いということは、キミは有能無能に関わらず、お金も掛かるし、(例えば高度な知識があっても使いにくい人材なので)どこの部署も欲しがらないのです」と言っているのだ。

 

バカで安くて反抗しなくて、直ぐ辞めて欲しいときに辞めるような人材のほうがありがたい。手ごわくて厄介な奴は処分できるときに、(正当な)手段がある方法で処分しておこうと考える。

 

そういう統一した意識がこの会社の管理職には流れている。

 

しかし、そのような扱いや判別方法は、言葉としてバイブルになっているわけではない。

 

上を見ながら自分が出世の梯子を登るときに覚える術だ。

 

術を身に着ける人と身に着けられない人、さらにそういう術で生きていきたくない人があって、この3つめの道を選んで会社に残ろうとすることはできない。

 

邪魔者にされていつか処分をされる。

 

数日迷った末に、子供のことを考えて「残ることにしました」と告げた。すると上司は「BHCに行っても、1年後どうなるかわからない。このことは理解しましたね」と念を押した。

 

私が上司と10年前に交わした言葉と、中身こそ違うものの、私があのときに感じた「あんたら一家心中してくれたら片付くのに」というような気持ちが潜んでいるのが見えてくる。

 

生き残る人を集めて集合体を作って会社を存続させても、最後には組織は空中分解をすることが見えている。

 

それでも、ピラミッドの頂点には、人を蹴落として二つの顔を自由に扱える人材を揃えようとしていた。この業界に生き残りたかったのだろうと思う。

 

もちろん、こんな無残で卑劣な会社になり果てるとも想像もしなかったのだろうが、催眠術のように会社を愛する七精神(世間でいう社訓)を植え付け、社歌を歌い、プライドを持たせ続けたのだから、狂気のツラで突っ走ってもどこまでも自分たちは正しいのだった。

 

私はそういう自分の会社を見ているのが嫌だったし、一員になるのも嫌だった。

 

加担もしたくないし、被害も蒙りたくない。

 

こういう会社は完全に分解することを願っても叶うわけもないので、限りなく分裂して社会に影響を及ぼさなくなるのが望ましいのだ、と思ったし願っている。いつかこの国をもネジ曲げてしまう力も潜めているだけに。

 

 

■会社「退職強要ではない」

 

朝日新聞が入手した内部資料によると、BHCが今あるのはパナソニックの子会社2社。
在籍者リストには計449人の名前が、肩書などとともに記されている。
両社の全従業員の1割弱にあたる人数だ。

 

このような部署がこの会社には幾つも影を潜めて存在するのだろう。

 

きっと誰も知らない、新聞も書かない。社会の一般の人もそんなことを知りたがらない。

 

利益も害も及ぼさない、消費する経費も最低限の部署(またはそのような機能、仕組み)が各事業場に1つずつ間違いなくできているだろう。

 

部署として存在しなくても、そのような扱いを受けている人がいるはずだ。

 

調べれば1割どころではないはずだ。3割ぐらいいるかもしれない。

 

出向を命じられている人などの中には、たくさん紛れているに違いない。

 

心の病に落としいれ、無理やり休ませれば、社内がある意味で浄化できるとも考えて、実践しているかもしれない。

 

長い時間にわたり出向を命じ、心も体も部外へと押し出して、ステージから消してしまうという手段は、どこの会社でも多分おこなうことだろうと思う。

 

この会社は社訓の七精神にあるように「一致団結して」統一した精神を持っている人が多いし、そういうことを実施する側の人こそが生き残っている。

 

BHCについて、会社側は社員向けに「新たな技能を身につけてもらい、新しい担当に再配置するための部署」と繰り返してきた。
だが社員たちには「余剰人員を集めて辞めるように仕向ける狙い」(50代社員)と受け止められている。

 

会社のいい分はどこまで正しいのだろうか、信憑性があるのか。

 

明らかに歯の浮くような回答をまともに受けて、記事を書いた突っ込みの甘さは何だろうか。

 

マスコミの無知?マスコミの営利目的の記事編成?そういわれても仕方があるまい。

 

もしもマスコミが社会を正すひとつの力に似たものを持っているならば、この歯の浮くような会社の言葉の裏腹の部分や、労務部門の悪魔のような顔をもった体質を探って欲しかった。

 

受け取る資料と公式にインタビューに答える情報を纏めてひとつの論文風にまとめるのは、大学生や卒業したての若い社員は得意だろう。マスコミの記事が近年優秀でありながらも、甘さを指摘されるのは、もっと泥臭い部分に顔を突っ込む技に欠けているからだ。利益を追求するあまり、金がないという理由で周到な時間をかけて取材もできなくなったこともあるだろう。

 

えげつない会社の形振りをスクープしても出世もできないし儲からないこともわかるが、報道精神に甘さを感じ始めている人は多いと思う。

 

会社は自分たちが正当であり続けなくてはならない。だから「大事にしてやっている社員が辞めるのだから(会社にとっても)苦しい」という姿勢を守りたい。

 

社員の本音は、「辞めたくないけど、もう無理だろう、鞣革で首を絞められているのだから」であり、「金をくれ、あとの仕事を保障してくれ。家族を養えるように」ということなのだ。

 

労働基準に抵触するギリギリの環境のようなところに転籍を強いる、また強いられる恐れがあるということを言葉にして、面接で話す(脅す)。

 

 

(今までとは違って)毎日苦しいとか汚い、臭い環境や激しく体力が必要なところに異動しても今の時代はありがたいと思わねばならない、というようなことをサブリミナル的に植えてきた効果を確かめながら面接がなされる。

 

今や会社のほうも、子会社が空洞化となり人材のやり場が無いはずで、10年ほど昔のように子会社や下請け会社に人材を押し出すことさえできないのではないだろうか。

 

しかし、労務部門はさらりと「次の仕事は世話をする、または次の仕事を探すだけの時間は与える、それを有給時間として十分に与えるから心配するな」という。

 

何年か後になっている姿は、そこには卑劣な首切り実態が残るのではないかと、容易に想像できる。

 

それとも、40歳から50歳くらいの、今記事に取り上げられている対象の社員たちが定年になるのをじっと耐えるとでもいうのか。

 

必ず多大なしわ寄せがあるに違いないとみて、そこを掘らねばならない。それがモノを探すときの常套手段だろう。

 

これについて、パナソニック本社は「(会社を追い出すためだというのは)受け止め方の違い。会社として退職を強要するものではない」(広報グループ)と説明する。

 

これまでに書いてきたように、「受け止め方の違い」などと白々しくも言ううところが茶番下劇だと思う。そんなことは、話のネタ程度でしか無く、誰もが信じないことは分かっている。

 

併し辞めさせられる側の心理として、会社のこの堂々と(白々しく)言い続ける論理に対して自分に勝ち目は無いと悟らされるのも実態だ。

 

この正当な言葉の「凶器としての力」は凄まじいと考えねばならない。

 

一度狙われたら助からない。

 

先にも書いたが、有能であるとか、知識があるとかいう問題ではない。今そこで必要かどうか(って書きながら当たり前のことなのだが)に掛かっている。

 

人材を育成して「知を生かし、個を結ぶ」という精神を打ち立てたことのある立派な会社が手のひらを返すようにして「キミが辞めれば3人の新人が採用できる」と暗示を掛けてきた。

 

「いつ心中してもらってもかまわない。うちの会社のせいだったとは言わないで欲しい」
と思っていることも伝わってくる。

 

◆◇
◇◆

 

子会社2社のBHCから、別の部署やグループ内の他社に「転籍」できた人は数十人いる。ただ、9月末までに32人が退社し、転籍した人より多いという。

 

3社協定の枠の中で採用されているので外面的には子会社ともとれる事業部門を子会社と呼んでいるのでしょうか。

 

東京圏内以外にもたくさん事業場があるので、似たような部門や部屋が作られたのでしょうか。

 

必ず似たようなことをしているか、無理矢理に東京に転勤させているのか。そのあたりは見えてきません。

 

会社の規則で、どこに転勤になっても従う、という意味の項がある。どのこ会社にもあるはずだ。この規約の重みを普段から潜在的に植え付けてあれば、東京にBHCというところがあるので……とまで切り出して、その先を口籠るだけでも十分に効果が高い。

 

嫌と言えば「辞めますか?」と問い返せばよいのだから。

 

そういう茶番劇の果てに449人が異動して32人が退社しているというのだから、かなり強引に退社を迫ってることが伺える。

 

これらの数字に騙されてはいけない。32人の生の声を32種類取材してこそ、本当のレポートになろう。

 

32種類の声の裏には家族の声がある。私の家族は、お給料もたくさんくれるし、休みは多いし、会社としても社会的に有能でかっこいい、さらには人にやさしい善良な会社なのだから、海外に転勤(や単身赴任)になってでも残って欲しいと思った。(し、そう言った)

 

夫は「愛してもいない会社」「愛されてもいない会社」に残ることの辛さを家族に説明できているのだろうか。

 

32人の親友や家族に聞きたい。32人の日記を読みたいと私は思う。

 

だから、ここで記事にしただけでは、用意された筋書きだ、としか私には思えない。

 

BHCを最初に設けたのは数年前、パナソニック本体の半導体部門だった。

 

「以前は余った人員を他部署で受け入れることもできたが、韓国や中国企業との競争激化でその余裕はなくなった」(パナソニック本社広報)という。「余った人員」が集められているのが、BHCというわけだ。

 

 深刻度はかなり増していると言えよう。嘘は書いていないだろう。

 

国内子会社や共栄会社(とP社は呼ぶ)にも力が残っていないことを白状している。

 

ハローワークに1日いると40歳または50歳を超えた人が職を探しにやってくる。

 

何日も通い続けると知り合いができる。

 

そういう仲間同志の世間話や愚痴や弱音、家族に話せないような情けない話が混じる会話を記者さんは聞いたことがありますか。

 

2,3日居座ればおよそ聞けます。

 

失業者の実態を探るなら、まずそこから始めねばならない。

 

大企業が子会社(下請け会社)として囲っていた会社に転籍したら、その会社が倒産、または大幅業務縮小したらどうなるかは、自明だ。

 

人生のご褒美としてもらった退職金の多くをつぎ込んでコンビニ経営に乗り出した人も、風の噂に聞くのだが、そのコンビニが店を閉めたこともそのあとで知る。

 

自分で工場を始めた人もいた。古巣の会社から人材を受け入れ、取引もしてもらい従業員を7人程度で始め、数年で400人ほどまでに成長させた。そののち5億というマイナスの数字を残して会社は倒産した。

 

P社の筋書きだったのではないか。

 

首を吊って保険金を受け取るということがニュースになったころがある。

 

ほんとうにそいうことを考えたことのある人(で、今生きている人)に会って話を聞いたことが記者さんはあるのだろうか。

 

製造業の「国内回帰」を引っ張ってきたパナソニック。だが海外勢に押され、2年続けて巨額の赤字を出す見込みだ。

 

つい最近まで安定していた大企業ですら雇用を支えられなくなり、就職氷河期を勝ち抜いて正社員の座をつかんだ30~40代にまで人減らしが及ぶ。

 

 会社に見切りをつけて新天地を求めようにも、良い働き口はない。辞めるに辞められず、仕事がある部署への転籍もかなわない「社内失業」が増えていく。

 

事実なんだろう。従業員の給料を半分に減らすことはできないので、辞めてもらうしか無い。

 

就業時間を減らして、給料も減らしたいところだが、労組の絡みもあり大きな改革はできない。

 

会社が肥満化していることは分かっているのだけど、ダイエットできない。

 

会社は形振り構わずに、処分に走っているだといえよう。

 

世間ではお手本だった会社だが、お手本である姿をも棄ててもいいとさえ思い始めている。この記事が世に出てくることもその兆候で、押える力もなくなっている。

 

何か別のものに、大手企業は責任を擦りつけているようにも見える。

 

◆◇
◇◆

 

今年、急な経営悪化で人減らしを打ち出す大企業は相次いだ。創業100年で初めて大がかりな希望退職を募ったシャープ本社でも10月、大阪府内に住む40代の男性は上司にこう言われた。

 

「この職場にいても、ポジションはありません」

 

「ちょっと待って下さい。これじゃ指名解雇じゃないですか」。
頭が真っ白になった。

 

私は10年前に「ポジションはありません」という言葉を至る所で耳にした。

 

優秀であっても異動してやり繰りする気は全くない。その力も、気力もない。

 

嫌いな奴を、邪魔な奴を、使い捨て同等に処分するのが手っ取り早いし安い、早いのだ。

 

幸之助が一人一人の社員の手を握り「ご苦労さん、頑張ってや」と言って回ったのは、歴史的といえるほど昔のこととなった。

 

その頑張っての言葉の根底にあった社員をねぎらう精神を社訓の中に秘め、「水道哲学」として世の人に知らせた。

 

母の又従妹だった上之郷利明さんも「ま社」を取材し、この哲学を記事にした。

 

神様のようになった幸之助が地方に来るという話があると、天皇陛下が来る時のように廊下を掃除し磨き、窓を磨き、庭を掃除した。

 

社員には見られているかもしれないときの行動の規範を徹底させ予行演習までした。歩き方から服装、頭髪までチェックした。そんな時代もあったし、経てきた。

 

しかし、幸之助の死後、この哲学の一部だけが経営理念として生き残っただけで、本来の会社が備えるべき人材に手厚い考えはなくなってゆく。

 

死後の社長の業績や改革の内容、事業の展開を見れば見えてくるだろう。内部にいた私は見たくもないが。

 

もしかして……。幸之助の本心は、あのような(水道哲学のような)美徳ではなかったのかもしれない。

 

貧しくて、人に自慢できるような身分でもなかった自分が一番大事なのだ、と思うような人だったのではないか、とさえ思うことがある。

 

弱いものは踏み潰して行きなはれ。
運のない人は棄てて行きなはれ。

 

そういう風に心底は考えるような人だったのではないか。
幸之助ってただの欲深い商人だったのではないか。

 

そう思われても仕方ないような会社に変貌しつつある。

 

◆◇
◇◆

 

欧米も「雇用の創出が政府の仕事」(オバマ米大統領)と国をあげて対策に乗り出す。「雇用は労使の問題」と企業まかせにしてきた日本の限界が見えてきた。

 

どん底を迎えた雇用の状態。
私は仕事を退いて、1年間年金も保険も払えない暮らしが続いた。
仕事などどこにもない。

 

行政は若者の就業率を上げるために躍起になっているが、その若者を支える40代50代の人々の再就職先が、そのタマがないのだ。

 

 

緊急雇用対策などというまやかしの政策で社会は変わってはゆかない。

 

定年前に仕事を追われた人の再就職対策も、若者と同様に躍起にならねばならない。

 

二つの世代の失業状態は、同じ失業でも全く違った質のものだ。

 

数字には表れないから、同一視してしまうのだろうか。

 

若者のほうに重点が注がれている。

 

ハローワークに行ってみればわかる。

 

40代50代が仕事を探している姿ばかりだ。

 

若者については、企業構造の問題以外にも失業の原因がある。

 

就業意識の違いなども大きい。

 

意欲の喪失という社会構造とは別の問題も多いのではないか。

 

教育に起因するような側面も感じるし、そのような点を指摘する親世代も多い。

 

一方で、定年を控えて10年前に職を失った人の痛みは大きい。

 

雇用を継続するとか、ワークシェアリングを拡大した形での再雇用も必要になろう。

 

行政に何ができるのか。

 

国民全員を一斉に失業させ、一斉に一時的でも面倒を見てやるという方法を取れば、社会は大きく改革できる。

 

それに似たことをするくらいの大きな勇気が必要だろう。

 

限界にっぽん」第2部では、日本が抱える難題と向き合う大阪を主な舞台に、雇用と経済成長をめぐる政府の役割や責任を考える。

 

 定常化社会という言葉がある。

 

さて、経済成長を迷信のように信じている人々と諦めて新しいステップを踏み出すことを試みている人がいるが。

2012年2月 4日 (土曜日)

詰まらなくしているもの

(さとこさんの日記へのコメント)

 

私は永年、パーな会社の技術者をしていましたが、
こういった会社が詰まらなくなっているのは、内外の多くの人が感じているとおりです。

 

そのことを、あれこれ言うつもりはないですが、面白くないですね、社会が。

 

高額で美味しいものであっても、好きでなければ食べないような性格ですから
いい商品を出しても、それがつまらないものだと魅力はないです。

 

いまの世の中はすべてが正反対で
高額で美味しいものには、味も分からないし見抜く力もないのに飛びつく奴らがわんさかいる社会でしょ。
しかもタダたっだりしたら、人気沸騰で。
さらに、持っていないとのけ者みたいで。

 

そういう社会は嫌なので
田舎に引き篭もっていますけど、
さぞかし、都会は住みにくいのではないでしょうかね。

 

脱線した。

 

ソニーも、そういう社会で企業を存続させなければならない使命が、企業経営としてあるのも事実。
まあ、だから嫌気が差して辞めたんですけどね。

 

あきらめるか
意地を通すか。
そんな気がします。
荒っぽい言い方ですけど。

2009年3月11日 (水曜日)

クビになった人 〔2002年10月中旬号〕

クビになった人 〔2002年10月中旬号〕

 

▼先日、中日新聞の勧誘員の人が家に来た。私は35年以上朝日新聞を購読しているので、他紙を購読するつもりはまったくなく、勧誘者にもそのことが知れ渡っているはずである。言ってみれば私の家に勧誘に来た人は、そういうことを知らない素人の勧誘員だった。その男性と一点だけ話が合った。▼彼も少し前に仕事をクビになって先日までは失業者で、新しい仕事も選り好めるほどなく、今の仕事をしているのだと言う。「職安のカウンター越しに仕事を斡旋する役所の人は、失業者の気持ちなどを、スズメの涙ほども(理解したり)感じていないでしょうね。そこが腹の立つところですよ。」と言いながら同情を求める。なるほどなー、と思い、我が家としても彼に本音を語れる唯一のところだったが、そのことを言葉に出すと流されそうなので、心で感じながら、申し訳ないが断った。ただ、彼の仕事ぶりや話しぶりを見て、身につまされるものがあった。おそらくこれまでも辛い仕事をしているのだろう。我が家に来たくらいだから(勧誘などの経験も無く)本当に(失業者あがりの)素人なんだろう。▼「私も3月末で松下電器産業(株)をクビになりました。ひどい会社でした。世間には温情の厚い、クビと言う言葉など会社の辞書には無いような人に優しい会社と思われていますが、実際は人間を道具としか思わない、腐った泥のような部分があって、自由競争に勝つためには人を踏み潰してでも経営を重視するような会社です。松下幸之助の綺麗で美しいところを上手に悪用して、幸之助の悪いところばかりをいつまでも引きずっている旧体制の会社だったです。私はクビになる前に会社の中の泥をどっさりと浴びされ、怒りを通り越して、諦めの気持ちで辞めたんですよ・・・」とは、打ち明けなかった。▼今、新聞などの失業者や雇用、不況をテーマにした記事を見ても、失業者本人の声が聞こえてこない。経営状況の厳しい会社社長の叫びや大企業の経営陣の経済政策批判は騒がしく耳に届く。しかし、もっと底辺で本当に苦しんでいる人の声は、ほとんど届かない。職安(ハローワーク)で実際にささやかれている声は、どこに消えているのだろうか。▼しかし、考えようによっては、ハローワークで百人に聞き込みをしたルポや実際に失業した人のルポを掲載しても、面白くもないし、記事に活気が出るわけでもない。失業者が読みお互いを哀れむだけであろう。不況対策にしてもその政策にしても、失業する可能性が絶対にない人が失業者救済のための策を考えているのだから、ある意味では笑い話のようだ。こういうようにぼやいたり嘆いたりすれば、相乗的に失業者のひがみとして広がるばかりだ。▼私の場合、4月から9月まで失業給付をもらうための手続きや仕事を探すための検索システムのために職安に足を運んだ。そこで、職の無い人々が真っ先に交わす挨拶は何か。それは、「失業者は国民の代表の犠牲者なのである」と思っているかのように振舞うカウンター越しの役所の人々の対応や態度、そぶり、暇さ加減などへの批判である。さらに政策の無策を諦める声。▼「(カウンターの)向こうで働く人は失業など、どこ吹く風や」「ええなあ、座ってて給料がもらえるのか」と言う声には、「妬み」のようなものは少しもない。(当然のことだが)失業者に何の人格的な欠陥があるわけではないのだし、能力が欠けているわけでもない。どこで何が間違って、階層を隔てたような扱いを受けながら仕事を探さねばならないのか、と何割かは感じている。社会の失業者、つまり仕事を突然に失った人、または失わざるを得なかった人の本心は、何であろうか。前兆もなく論理もなくスピンアウトさせられた人の本心は様々で、毎日雑談をしていても掴めない。掴めるほど誰の意見も安定していない。こういう揺れた気持ちを新聞や雑誌は記事にしない。どうしてだろうか。▼だったら私が試しに、職安で顔を突き合わせて世間話をしている内容を、インタビュー記事にしてHPに載せてみようか・・・と思った。しかし、それは良く考えると無駄なことである。職を失った人の声など、誰も聞きたいと期待していない。失業者は代表的犠牲者であると考えられているから、そんな人の声など市民はまったく聞きたくないのだ、ということが冷静に考えればわかってくる。▼貴重な体験ができた。失業者という滅多に経験のできない体験だ。不況がいつまでたっても回復しないのは、「私が味わったような失業体験を机上でしか理解していない人が多いからである」と明確に感じている。国会解散や内閣総辞職などという建て前のアクションは不要だ。すべての国民を一斉にクビにして、一から出直せば必ず景気は回復する。そう私は思う。

2007年3月10日 (土曜日)

ふと、懐かしい

今朝の新聞(朝日)を開くと、私が以前居た会社が5000人のリストラ…などと書いている。今はもはや人員整理とか早期退職者とかいう表現をとらずに、あからさまに「リストラ」と書いても、世が受け入れる時代になったのかもしれない。

 

私が辞めたときは公表で約1万5千人だったが、噂では2万人という声もチラホラだった。そのチラホラの背景には、人材は「人財」だ、と神様のように言い奉り上げ、社員の頑張りを煽りあげようとする社風の裏腹に、社員など財(マネー)の種でしかなく金を生み出す道具だとしか思っていないという実態がある。そのことを、暗に社員は気づいているからこそ、噂も生まれてくる。

 

もとは創業者の偉大なおかげで社会的なステータスも高まっていたのであるが、この思想のころから所詮使い捨て文化の理念が底流にあったと、今になって振り返ることも出来よう。まあ、多くのことを学ばせてくれた感謝すべき会社だが、もはや私には関係ない会社だから、あまりのことは言えないのだが。

 

今お付き合いをしていただいてるいくつかの会社の方々にこの会社の話をして、「会社はこうでなければ上昇して増殖することは出来ないし、優秀な商品は出来ません」ということがある。

 

しかし、「人の心は枯れ果て、人間性や創造性を失い、管理されることに長けた面白くない人間が増えてしまう恐れもあります。その危険性を数字でデジタル処理して分類処理し画一的な判断を加えた結果が、現代社会の最も醜いモノを作り上げてきたのだということを、多くの国民も気づいていながら、寄らば大樹の陰であり我先勝手の論理で乗り切ろうと」している。

 

5000という数字そのものは私には関係ない話でが、この数字が何を物語るのかは無関係の人々でも考えねばならないのではないかと思う。

 

さらに、「人間を枯れさせてはいけません、枯れた人間が考えたものは、いずれ枯れてしまうかもしれません、多くの点を真似しても構いません(真似すべきことも多いです)が、良い点を数ポイントに絞って残りをばっさり切り捨てなければいけない」と、あくまでも雑談レベルですけど、話します。

 

「痛みを伴う・・・」という表現があるが、矛先を誤った茶番劇に使われてはまったくこの言葉が気の毒です。

2004年5月 5日 (水曜日)

ひとつの道

2001年11月6日の朝日新聞朝刊(名古屋本社)の2面に「従業員は家族。首は切れん」という松下幸之助の語録を引用して、松下電器グループが人員を整理しているという記事を載せている。

10年前に京都市にあるオ社研究所からM社に私は転職をした。入社と同時に生まれ故郷のある部品事業部門へと転勤となり、ここで電源ユニットを設計する部門に配属される。

M社では「人材」は「人財」と書くのだと、かつて上司から私は聞かされた。人を活かし個性を伸ばして事業を発展させ社会に貢献するのだ。そう教えられた。

 

M社のその事業部門は、トランス事業や変成器事業も同じ事業体が行っていた。決して一流のものではないが三流でもなかった。

 

ここではチーム制と呼ばれるユニットがあった。そのユニットは、設計部門から製造部門まで一連をひとつのチームと捉えて考える、M社の独自のやり方だとそのときの私の上司は説明した。これが私の住む田舎に集結していた。ゲーム機器、携帯電話機、エアコン、ファックスなどの電源の生産を担い、その生産台数も多かった。大量生産が出来る能力のある製造業が力を誇示し、数百億の事業体だった。

1台あたり2千円で出荷する電源でも月産5万台を生産したら1億円になる。利益率を2割しか確保できなくても2千万円の利益になる。このような電源ユニットを20種類設計して生産に持ち込めば月に20億円、年間で240億円になる。数百人から千数百人ほど人を雇用できる生産高である。

 

そこのチームに設計者が約200人程度いる。実際に電源設計携わるのは1人1~3テーマで数ヶ月あるから、200人もの設計者がいたら、計算上では240億円の何倍かの売上も期待できることになる。その余裕分であろうか、世間に不況の風が吹き出したころも、海外生産でローコストの商品が国内の生産工場を脅かし始めても、製造力や設計対応力を駆使して売上高を確保し、電源業界のシェアも確保してきた。

 

しかし…売上高が240億円から100億円まで、1年2年という間に一気に落ち込んだ。コストが10分の1以下で生産できる中国での製造体制に対して、国内工場は早々に縮小を決めた。

 

会社は、「事業改革、業務改善、自己改革…をして」と社員を叱咤するが、風通しが悪く融通の利かない体制には焼け石に水である。いったん自分の身を切ってから建て直さねば方法が無い状況である。

 

 

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