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(未分類)いつも空を

2010年9月16日 (木曜日)

終楽章ふたたび


終楽章ふたたび

あれが、春だったことだけは覚えている。
だが、何か驚くようなことはひとつも蘇らない。

桜が咲いていたかどうか。
鳥が鳴いていたかどうか。


あの子は海を好きだといったことが一度もなかった。

湘南の鉛色の海を眺めながら、別れという言葉を避けるように、立っていた。
もう、今夜には一緒に居れないのがわかっているだけに、横殴りに降りかかる雨が憎かった。
それが夏の始まりのころで、
それから一年も経たない間に私たちには数々のドラマが訪れ、
一度傷ついた作品を元に戻せないのと同じように、
しかもその傷が光を返して揺らめくように、
あの子の時間と私の時間が、あざなえる縄のように縺れていったのだ。

そう、それから
一年も経たないころだった。
だから、春だったのだ。

| 2009-03-20 12:43 | 深夜の自画像(詩篇) |

終楽章が書き出せない


終楽章が書き出せない 【鶴さん・ひろちゃん】


 

4月の初旬から、
「鶴さん」と「ひろちゃん」の続きを書かずに置いている。

 

物語の最終楽章は、決してグランディオーソ(grandioso)をフォルテシモで駆け抜けようと考えているわけではない。
むしろ、私にしたら大きく息を吸って勢いよく書き出しながらも、繊細で震えるように消してゆきたいというように、考えていたこともある。

 

しかし、
そう簡単には書き出せない。
いつまでたっても、最終楽章に取り掛かろうという気持ちになれないまま、幾日もが過ぎてゆく。

 

ストーリーは、わかっているし、決して面白いものでもないのだから、そそくさと終わらせてしまいたい。
・・・・というものの、自分に納得のゆく余韻が得られないのだ。

 

---

 

理由は簡単だ。

 

物語が終わってしまえば、再び生き返ることがない。

 

中途半端でもいいから、このままで「続く」としておきたいと、私は心のどこかで思っているのだろう。
終わりのないドラマにしておけば、いつまでも夢の中を彷徨えるのだから。

 

 

 

どうしようもなく眠れない夜に、身体の髄まで酔いしれてしまったならば、書き出すことが出来るのかもしれない。
静かな夜が、あらゆることを思い出させてくれるという、魔術に似た力をくれるような気がする。

 

Tags:見つめる 勇気

 

| 2007-05-03 18:31 | 深夜の自画像(詩篇) |

2010年8月 7日 (土曜日)

いつも空を見ていた 6


長い夜

ひろちゃんの日記をあのままストンと終わってしまうことにひとつの美学を感じながらも、実はまだまだ語り尽くせなかったことが幾つかある。あれだけ心も身体もとろけるように魅せられながら、悪魔のような女だったひろちゃんが心の中に居るのだ。

11月の、もはや、秋とは呼べないほどの寒さだった朝早くに、琵琶湖の東岸から伊吹山が赤く染まるのを仰いでいた私たちは、お互い口には出さないものの、それが最後なのだという決心をしていたのだろう。

夏の終わりに一緒に旅した海で私が撮影してやった飛び切りのできばえで、可愛く撮れたあの子の写真を、背中を摺り寄せるようにして腕を組むふりをして彼女のポケットに仕舞った。大勢の人が集まる中での秘密の「さようなら」だった。

----

あの子は、いつも、人気者だった。可愛くて、猫のように人懐っこく話をしてくれたので、友だちもたくさんできた。でも、ほんとうの友だちは、もしかしたら多くなかったのかもしれない。

ときどき、寂しそうな目で遠くを見つめるあの子の横顔が、私は好きだった。もっとそばにおいでよ、といって腕を抱えて私を引き付けた。それが無性に可愛かったけど、それ以上に、その裏に秘めている彼女の悲しい生い立ちの物語を聞いて放ってはおけない衝動を私は持っていたのだった。

あの子が身の上話をし始めた夜のことを、今でも鮮明に思い出す。悪女であろうと、黒い天使であろうと、私には不問だった。この子を連れて遠くに行こうと、言葉ではなく私の身体が反応したのだった。しかし、あの子はあのとき、どこまで私を犯してしまうかを考えてはいなかったのだ。

「ひろちゃんはほんとうは可哀相な子なんだよ、お母さんも何処かに逃げていってしまって、父さんが育ててくれたけど、でも父さんはひどい人で…内田春菊のファザーファッカーみたいだったの。18歳で家を飛び出たので、今は頼る人も居ない可哀相な子なんだよ」

そんな話を始めたところから長い夜は始まったのだった。

(続く)

| 2007-11-13 21:58 | 鳥のひろちゃん |


長い夜 その2

長い夜だった。真っ暗な夜空を見上げながら、ひろちゃんは話を続けた。

父のひどい暴力はとどまることはなく、お腹を蹴られた晩に母は泣いていた。そしてあくる朝、母は家に居なかったと言う。

その事件があった後の苦労の日々。クラスメートや担任から受けるイジメ。高校は卒業するけれど、進学の挫折。多摩川の堤防沿いの壊れそうなプレハブ・アパート暮らしやそこからミニバイクで専門学校に通った辛い日々。

自分の歴史からあんな過去は抹殺したいと彼女は話した。


無数の星が暗闇に散らばっていた。真夏の高原は清清しい涼しさで、草原に寝転がって二人で星を眺めた。星が宇宙にこれほどたくさんあるとは思ってもみなかったし、そのことを共通して感じていたけれど、二人は言葉に出さなかった。

この星の中から流れ星を見つけてお祈りをすれば、二人が結ばれることだってあるのだ。そんな夢のような話も、二人のどちらもが言い出すことはなかった。


父のことを身勝手で浮気性、妹と自分を分け隔てて扱うような尊敬できない人だったと言い、母はそれに愛想をつかせて出ていった可哀相人だったのだ、と彼女は話した。

このように、哀れむべき母と憎むべき父の像を、くっきりと浮かび上がらせたのもこの夜のことだった。

長い夜は二人の間に数々のドラマを残したのだ。しかし、その夜に交わした会話の中で彼女が描き上げた父と母の像が実態とは大きくかけ離れたものだった、という事実が後に明白になってくる。

| 2007-12-18 11:08 | 鳥のひろちゃん |


長い夜 その3

ないしょの話だよといって
キミの耳に近づけた唇が話し掛ける前に
ボクの影とキミの影が触れ合って
ほほを赤く染めている


これはボクがまだ17歳くらいのころに、授業の合い間に大学ノートに書いた落書きの一節だった。

----

いつか昔に、この落書きのことをキミに話したかも知れない。

ボクたちは、
髪と髪が触れ合うほどまで傍に近づく運命になんかなかったのに、
シナリオの紙切れが一枚、風に吹かれてどこかに飛んでいったからなのだろうか、
長い夜に、寄り添いながら話をすることになったんだ。

不思議な夜だった。

悪魔が罠を仕組んだ夜。
黒い天使のようなキミが、ボクを魔法にかけてしまう。

キミの背中は、柔らかくて、丸くて、温かかった。

| 2007-12-23 23:10 | 鳥のひろちゃん |


長い夜 その4

静かな夜だった。触れ合うことより、満ちてくる哀しみを受け止めることに必死だった。

ひろちゃんがタンポポの話をしたのは、この夜が最初だった。彼女のしゃべり口調に哀しさはなかったが、引き付けようとする気持ちはあったのかもしれない。

---

「タンポポには日向で生まれた奴と日陰で生まれた奴がいるんだよ。日向のタンポポはいつもいっぱいのお日様の光を受けて幸せに育つんだけど、日陰のタンポポは一生日が当たらないんだ。でもね。日陰のタンポポは日向のことを一生知らないんだから、それはそれでいいのよ。日陰でも幸せに暮らしているんだ。」


あなたに巡り会えたことが一番の幸せです、とは口には出さなかったが、強く強く私の腕にしがみついて、「このまま行こうよね、ねっ、ねっ」と小さな声で囁くのだった。


私たちが長い旅を続ける間に、彼女はこの話を何度もして、「私はもういいの、それで幸せだから…」と言う。これは彼女の一種の人生哲学のようなものなんだなと、そのとき、私は考えた。

長い夜は、罪を残しながらも、更けていったのでした。

| 2008-01-08 18:51 | 鳥のひろちゃん |


積もる

いつの日にか、キミにもう一度逢える日が来ると信じている。
その願いが叶ったときに、ボクはキミに、山のように積もった伝言を話そうとするのだろうか。


何だか、今、そのときを想像すると、そこに封じられた喜びや悲しみを、そして憎しみも、そう、それから誤解も、みんな水に流してしまいそうな気がするのです。

ひょんなことから二人の歯車が噛み合わなくなっただけで、あのときまでちゃんと動いていたのだから、急に立ち止まった交差点でキミは引き返し、ボクは橋を渡ったすぐ先の曲がり角の陰でキミを待ったのさ。


十年の歳月が過ぎても、ボクの机のノートにはキミへの伝言が積み重なってゆく。

きっと、十年経っても、同じところで同じようにこの星空を見上げているような気がするの。
でも、二人で語ったドラマのような未来も、交わした約束も、みんなウソだったの。

もしも、そんなふうに恋を終わらせて、積み上げた伝言には目も暮れず、ポイと地面に投げ出したとしても、ボクはキミを許すだろう。

積もる想いを綴ったノートを開けて、色褪せたインクの文字をなぞってみるよ。
情熱が花びらのように揺れて落ちてゆくように、静かにドラマが終わるのだろうね。

| 2008-01-16 18:44 | 鳥のひろちゃん |


悪女

長い夜が明けて…。


時間はコツコツと正確に刻まれ、人の気持ちの濃淡にかかわらず現在は過去になってゆく。
コツコツという音は都会の駅の階段を登る女のハイヒールの足音のようであり、時を刻む柱時計の音にも似ている。


二十歳の頃から私はハイヒールが嫌いだった。だから、ハイヒールを履いた女も好きになってはならないというようなルールを自分のなかに持ち続けていた。

コツコツと時間を過去へと追いやってゆく、あの華麗な靴で階段を駆け上がるときに、その人の美で包まれた人生の裏を、ちらりと見えてしまった靴底から、まるで人生の裏まで覗いてしまったような不快感に襲われて、それが理由で好きになれなかったのだろう。


悪女という言葉がある。男にはそんな言葉はないなと思いながら、ひろちゃんの方を見ると、可愛い笑窪をピクピクさせて私を横目で見つめていた。

「見ているだけでいいの。でも、やがて、見ているだけじゃ我慢できなくなる。あなたは奥さんを棄ててよ、私は東京を棄ててもいい。二人で行くのよ、遠くへ!」

この子にハイヒールなんて洒落た靴は似合わない。でも、飛び切りの悪女だな…と、私は、このころから次第にそう感じ始めていた。

| 2008-01-21 21:53 | 鳥のひろちゃん |


別れの断章

ひろちゃんは訴えるように喋ることもあれば、ひとりごとのように穏やかに語ることもあった。

暴力をふるう父のこと、逃れられず泣いていた母が、あくる日に家を出ていってしまったことなどを話してくれたことがあった。小学生のときだったという。

高校時代には生活資金に困ってバイトもした。疲れ果てて体調を崩し机に寄り掛かるように眠っているひろちゃんを見た担任が、やばい夜のバイトをして子どもでも堕したんじゃないか、って暴言を吐いた。苛められやすいタイプだったのかもしれないね、とひろちゃんは諦めたように呟く。3年のときに先輩に巧く騙されてヤラれちゃったし。

高校を卒業してからは多摩川沿いの土手の傍にあるボロアパートに住んで、父の性的暴力から逃れていた時期もあった。専門学校に通い始めるものの学費を稼ぐのが大変だったのだが、そんな折に父がアパートを見つけて、僅かな自分の稼ぎにたかろうとするのが悔しかった。

怒りと哀しみが交錯する日々を送りながらここまで生きてきた。

そんな話をひとしきり済ませると、あなたに逢えてホッとするよ、と言って優しく握っていた私の手を再び強く握り直し、静かに息をしているのが私にはわかった。


夜は静かに過ぎてゆく。その静けさが、暗闇からの叫び声よりも遥かに怖く感じられて、眠ろうと思えば思うほどこの恐怖が私を眠らせてくれなかった。

眠れない夜を一度経験してしまった人は、そんな夜を再び迎えるのが怖くなる。時間に押しつぶされて、その場に置き去られていってしまうような幻想的シーンが渦巻きのように頭の中を駆け巡るのだった。

しかしながら、時間は確実に過ぎてゆく。やがて空が白み始めて朝が訪れるのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら少しうつうつとしたのかもしれない。体じゅうの力が抜けて、天から突き落とされるような夢を見ているときに、騒がしい野鳥の声が耳に飛び込んできて私は目が覚めた。

----

私たちの旅は、別れの旅だ。

朝に目覚めてひとときを過ごしても、日が暮れるときにはお別れしなくてはならない。きのうの朝に旧い宿場町の一角で待ち合わせて、緩やかな時間を二人で感じながら駆けてきた。峠道で佇みながら遠くの雪を被った山々を眺めたり、せせらぎに耳を澄ませて時を過ごしてきた。

バックミラーにひろちゃんの笑顔が写っている。それを確認しながら街道を走ってゆく。言葉の要らない時間が過ぎてゆく。

----

別れの瞬間は、いつも雨降りだった。

ここでお別れね。あなたは峠の向こうへ、私はこちらへ。しばらく会えないけど、また必ず会えるよね。次に会うときには、ずっとずっと遠くへと旅に出ようよね。

そう彼女が思っていたかどうかはわからないけれど、峠の駐車場でお互いが反対方向を向きながら、どしゃ降りの雨の中で見つめ合って別れを惜しんだ。

バックミラーに写った後ろ姿が雨に霞んでゆく。こんなに切ない旅の終わりはかつて一度もなかった。

| 2008-03-04 12:44 | 鳥のひろちゃん |


別れの断章 番外

北風が止んだ或る日、暖かい陽射しが庭にもふりそそいだ。
ふと屈みこんだそこに水仙が一輪ひっそりと咲いているのを見つけて、春が来るのだ、今年もまた春が来るのだ、と心の中で何度も私は呟いた。


さよならを言うこともなく
二人は別れた
こぶしの花の咲く丘で
ボクたちは出会ったことを
忘れないで欲しい

雪解けの峠道には小さな緑が芽吹いていた。
--- 「山が笑う」っていうの。素敵じゃない。

あのときのあの子の笑顔を忘れたくない。

別れの断章。そう、数々の旅を共にしながら、その旅の小さなピリオドには小さな分かれがあった。

新緑の高原を一緒に駆けて、土砂降りの雨の峠で、向こうとこっちに分かれて行った日もあった。
北国へと続く寂れた国道脇の寂れた食堂でラーメンを啜り、そのあと大喧嘩をしたこともあった。
幾つものドラマを作って、そして、伊吹おろしが吹く冷たく寒い湖畔で、朝日を見ながら二人はほんとうに別れてしまった。

花を愛する素敵な人と、どこか遠くで結ばれて幸せに暮らしているだろう。
約束されたように春が来て、こぶしが蕾を結んでも、タンポポが日蔭に咲いているのを見つけても、もう辛い過去など思い出さないだろう。


あの場所へ、私はもう帰らない。
雨が降り嵐が吹き荒れ、冬には雪が積もり、季節が巡って来たその場所に、たとえ輝かしい軌跡が残されていたとしても、私はそこへは帰らない。


----

好きだった人
ボクの前で涙など見せない
でもそれは負けないための強がりだった
寂しい森を走りぬけ
峠の麓にボクが待つ公園があるのを見つけたとき
ひっそり泣いて、涙を拭いた
寂しかったの、あなたの姿が見えるまでは不安だったわ
涙は白い雲の流れと一緒に消えた

| 2008-03-21 21:34 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(8) ─ さようなら ─

あんなふうに電話を切って別れたあとで、少しずつひろちゃんのことがわかってきたな、と思うことがある。

「お母さんは可哀相だったんだよ」と何度も繰り返したのは、あの子の精一杯のツッパリだったのではなかったのか。

「お父さんはお母さんおなかを蹴ってたんだ」と話していたのが作り話だったわけではないだろうけど、本当はお父さんが可哀相だったのではないか。

つまり、お母さんにオトコができて、二人の娘を置いたまま、朝になったら姿を消していたのではないのかい。

今更、そのことをひろちゃんに尋ねることなどできないが、「エロじじい」と私に向かって叫んでいるあの子の姿を電話の向こうに想像しながら、「構わないよ、奥さん棄てて逃げてくればいいんだよ。誰だってそうしてるよ。私が好きな人を奪って逃げていくのは悪いことじゃないよ」と感情も高ぶらせることなく話していたあの子の可愛い悪魔のような顔が思い浮かぶ。

ひろちゃんは、母親譲りの気性で、母が男と逃げたのと同じように、私と出会った後に私を連れて逃げようとしたのだった。その行動力の素早さに私が付いて行けなくて、尻込みしてしまったというのが顛末だった。

そう。
私はひろちゃんに恐怖感を感じたことがあった。この子は一途に私を捉まえて一目散にダッシュをするだろう。私には私の手続きがあるのだが、それをも許さない勢いだった。このままでは、空中分解になってしまう。


しかし、
そんな状況においても、彼女が可愛くてしかたがなかった。棄ててしまうことなど出来なかった。

物理学における力学でも説明できない不合理な力が二人の関係に働けば、もうバラバラになるしかない。エロかった関係も甘かった日々も、すべてが憎むべき過去になってしまう。

---

或る冬の日に、ひろちゃんはひとりの男性と出会った。それは、運命を大きく変えてくれる大切な人だった。

いつものようにモーニング・メールを受信したひろちゃんは、「いったいどういうつもりなのよ。私たちはもうオシマイよ」、と冷たくヒステリックなメールを送り返した。

その後、お互いの醜い関係を罵り合う場面もあったものの、物語はそこで終わりを迎えることとなった。

村下孝蔵が「初恋」という歌の中で
---
五月雨は緑色
悲しくさせたよ 一人の午後は
恋をして淋しくて
届かぬ想いを暖めていた

好きだよと言えずに初恋は
ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない
---
と、歌った。


ひろちゃんを、
ほんとうは、遠くへ連れ去りたかった。
でも、魔性のような怖さがあった。
儚く浅い夢は、そこで終わったのだった。

| 2008-04-12 23:06 | 鳥のひろちゃん |


さよならなんべんも云つてわかれる(尾崎放哉)

放哉はそう詠んだ。
なんべんも、か。

さようならという言葉を言い合うこともなく私たちは別れた。
あのとき、私の気持ちのなかには、またいつかどこかできっと会えるという予感のようなものがあったはずだ。
けれども、あの人にはそんな気は毛頭も無かった。私を憎んでいただろう。

いっしょに旅をしたときに撮ってやった写真を大事に持っていたので、それをあの子に返した。
「ちょっとそばにおいで」というように手招きをして、おでことおでこがゴッツンコするほど近寄って、息が掛かるほどになって、ポケットから写真を出してそっと手に握らせた。

たくさんの友だちに見られないように、そっと、そっと、渡した。
あれが私たちの本当の別れの儀式だった。

   *

十年の歳月が過ぎたんだ。

空白の時間に突入して、あの人のことを思うと旅を継続できなくなり、ペンが持てなくなった。
「十年も過ぎれば…」と誰かが言ったことが頭の片隅から離れないまま、ときが過ぎてきた。

或る人の日記で「十年」という言葉を見つけた夜に私は…「十年が過ぎても何も変わらないままなところもある」と振り返った。


遥かな未来を見つめていたつもりだった。
あなたを大切な人だと思っていた。
でも、ぜんぜん、上手に伝えられなかった私がおバカだった。

それでも、何事にも無関係に、時は流れてゆく。

(続くの?)

| 2008-09-24 00:06 | 鳥のひろちゃん |


番外編

番外篇

そういえば、ひろちゃんの寝顔をゆっくりと眺めたことなど、一度も無かった。
走り疲れてテントに潜り込みマットにごろりと横になって、猫のように身体じゅうの力を抜いて寝てしまうあの子は必ず私に背中を向けていた。

寝顔を見せようとはしなかった。それは恥ずかしいからという子どものような気持ちだけではなく、野生の動物が外敵から身を守るときの緊張した眠りにも似ていたかもしれない。自分の人生を垣間見られるのを拒んだのかもしれない。

テントの外で風がざわついているような小さな変化にも、目を醒まして寝言を呟くようにしてから眠ってゆくことがあった。時には、あらゆる緊張の糸が切れたように寝姿を乱してしまうこともあった。しかし、どんなときでも無意識に寝返りを打ち、夢の中で魘されまいと頑張りながら丸まっていた。

そんな寝姿を強引には見つめることなどできない。闇の中で目を閉じて、私は、ぼんやりと寝息を聞いていることが多かった。

---

お母さんは父さんに蹴られた次の朝に私たちを棄てて家を出て行っていなくなったの。残された妹は父さんに大事されたけど、私は嫌われっ子だったわ。ファザーファッカーっていう内田春菊の小説みたいだったんだよ。バイトで疲れて、学校で居眠ってしまったら、先生が、オマエなぁ夜の仕事が忙しいんだろう、ってみんなの前で大声で言うの。あるとき、疲れのせいで気持ち悪くなってオエオエしてたら、妊娠してんじゃねぇか、とも言ったんだよ。担任がだよ。ひでえ先生だったよ。

父さんは私のバイトの金を盗むしさ。そんな小説みたいな暮らしには飽き飽きして家を出たの。多摩川の土手の傍にあるオンボロアパートで暮らし始めた。ミニバイクで専門学校に通ったわ。父さんは追ってこなかったけど、ひとり暮らしでお金には困った。いかがわしいバイトの一歩手前くらいまではやったんだよ。大丈夫、そこまでだから。

---


深みに嵌まるという言葉があるように、この子の話を聞きながら私はこの子を私の元から遠くへ離してはいけないのかもしれないと直感した。ドロドロとした沼に沈んでゆくように私の想像は彼女の人生の過去の部分まで及んだ。一刻も早くこの子と一緒に沼から這い上がって明るい光の当たる森を散歩できるところまで、辿り着かねばならない。しかし、手を差し伸べることが未来を捻じ曲げることかもしれない…。すぐにそのことに気が付いたのに、深い森を彷徨うことから私は抜け出れなかったのだった。

あの子は人生に疲れていたのだろう。誰からも大事されずに、友だちだって偽りの仲間ばかりで、しかも多くの人に裏切られ「学校の帰りに先輩に騙されてやられちゃったんだよ。かわいそうっだよね、ひろちゃんって…」と泣きそうな顔をしながら話した夜もあった。泥のように眠っていた背中が小さく見えた。特別に可愛いわけでもないし、綺麗にしているわけでもない。女らしさもない。色白でそばかすがいっぱいあって、笑うと笑窪ができる子だった。

機嫌が良くなると、「日向のタンポポと日蔭のタンポポ」の話をした。自分は一生、陽光の当たらない日蔭のタンポポであり、日向のタンポポのことはわからない。でも、幸せだと話した。

あれは偽善心だったのだろうか。

----

別れのときにはいつも雨が降っていた。旅を終えてひとりの部屋へと戻ってゆかねばならない。そんなときに、いつも彼女の言葉が甦った。

「父と妹とは離れて暮らしているから、もう煩うものは何もないけど、騙した男たちが憎くて仕方ないこともあるよ。でも、そんなことはもうどうでもいいの。許すとか許さないとか、そういう問題じゃないの。私は生きなきゃいけないんだよ」
「素敵な男がいたら、奪ってしまうことは構わない。私の周りにはそんな汚く見えても必死で生きている女ばかりだよ」


淫らで鬼のような形相で父と口論をしてお腹を殴られ、家族を棄てて出ていった母。その後に残された妹には優しく接して、自分だけを苛めた父。ひろちゃんにとって世間の本態は、温かい人々の集まりなんかではなく、憎しみ合い、隙があれば陥れや突落しもありで、お互いを騙して生き抜くところであったのかもしれない。そこで、天涯孤独で可哀相な自分をどうしても演じる必要がひろちゃんにはあったのではないだろうか。

猫のように擦り寄って甘えてみたり、時には底抜けなひょうきんさを演じて見せたり、誰とでもすぐに仲良くなれる人懐っこさも持ち合わせていた。反面、小学時代にあのような不幸があったこともあってか、野生の生き物のような目を持っていた。抜け目の無いすばしこさがあった。つまり、その裏には想像以上に狡くて執念深かった。しかしながら、それをさて置いても、私は彼女のことを黒い天使のようだったと思っている。不思議な魔力だった。

----

実像。それを、あとになって少し知ることがあった。

つまり、話に聞いていた一連の内容は全く逆であり、悪に満ちた父の実像は、ほんとうは優しく母性に満ちたものだった。そして、暴力的な父に追われるように家を出た気の毒な母の実像は、身勝手三昧の挙げ句に子どもを棄てて男のもとへと逃げて行った女の姿だったのだ。

苦い生い立ちのなかで、生きるために人を欺き、幸せを手に入れるためには手段を選ばない、そんな女であった。

でも、今はもう、許してもいいと思っている。

| 2008-10-25 14:05 | 鳥のひろちゃん |


ムクゲ

---私、ムクゲが好きなんだよ

と、いつか彼女が言った。

あのときの言葉だけが、梅雨明けの今ごろになると甦る。

ムクゲは、
梅雨の合間に、
天に向かって伸びてゆく
素朴で可憐な花だ。


咲いても、一夜で花びらを落としてしまうという。

そんな悲しい花だと知ったのは、
そのことを彼女と語りあうことのできなくなってからのことだ。

あの人、この花を見て、
いまごろ、何をしてるやら。

| 2009-08-01 10:07 | 鳥のひろちゃん |


いつも空を見ていた 5


終楽章(1) 一本の道

あの道を歩み続ければ、キミに再び必ず出会え、手を取り合っていつまでも行けるのだと、そんな夢を持っていた。
その道は真っ直ぐばかりではなく、曲がりくねった道であるだろうけれど、ボクたちは迷うことなくゆけるのだと信じていた。

一本の道。それは、深い森を潜り抜け、大きな沼の畔を回って、遥か遠くへとボクたちをいざなってくれる道だった。そこにはキミにもボクにも幸せが待っているのだ。


いつか、キミがボクに見せてくれたナスカの地上絵のような鳥が飛ぶ森で、透き通るように清らかに流れている湧き水を、二人で見つけて感動したあの日を忘れはしない。
あのころはいつも、ボクたちは仲睦まじく手を繋いでいた。
深く緑がしみこんだような湖面で手を漱いだり、石投げ遊びをしたりして、少しだけ道草を喰いながらも旅を続けていた。


再びそんな風に、二人は歩み始めるはずの一本道だったのに。

(つづく)

| 2007-05-11 21:48 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(2) 静かな夜

小さな旅を一緒に始めたころ、星明りのもとに張ったテント脇の地べたに、暗闇を見上げながら並んで寝そべったものだ。

「夜は、静かね」
「うん、いいなあ」
「・・・・」
「こうして、人の波から逃れて来ていると、あの中で必死にもがいている自分はいったい何者なんだろうか、って思うよ」
「そうね」
「人が人を落とし合い倒し合いながらいることが、果たしてそんな幸せにつながるというのだろうかね。何かと何かを秤にかけて、どれだけか得をすることが本当に人の心を豊かに出来るのだろうかね」

数々の不満に似た疑問が口をついて出てくるのを、あの子は幾らか理解してくれていたのだろうか、はてまた同情していたのだろうか。今となっては、まったく不明だ。だが、ただただ二人は、夜空を見上げ、ひんやりと頬を冷やす初夏の夜風の中でしゃべり続けたのだった。

林の中にポツンとあった牧場のような広場に張ったテントの周りには、人は疎か動物たちの姿もなかった。私たちの話声は、決して小声ではなかったものの暗闇に響くわけでもなかった。まさに余韻を吸い取られたかのように二人の間を声は往来した。

「ボクがキミを幸せにするよ」
イケナイと思いながら抱きしめていた。

(つづく)

| 2007-05-14 22:48 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(3) 夜空の果て

それは、、、
いつも空を見ていた 

から始まった。

-----

静かな夜だった。
メールを打つキーボードがカタカタと音を立てていた。
酔えない時間が過ぎてゆく。

星の散らばる真っ暗な空を、きっと海外へと飛び立つのだろうジェット機が、緑と赤の翼灯をともしゆっくりと南の方角へと移動する。

僕がここで今君を思って夜空を見上げていることが、メールに乗ってやがて届くだろう。その間にも、気持ちよい風かが窓から吹き込み、さっきまでの苛立ちや緊張が麻酔にかかったように消えてゆく。

ジェット機の音が静かに静かに届いてくる。

暗闇に広がる、タイムマシンの中を転げるときのような大空の片隅で、絡み合った君と僕の熱いハートが燃えてゆく。

指が熱くなってくる。

つづく

| 2007-05-15 20:14 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(4) 宿命

二人の間には、宿命があることはわかっていた。
出会うことは出来ても、結ばれるという筋書きは用意されていなかった。
別れという結末があるだけだ。

それを知っていながら、ひとさまが過去に創作したドラマのように、夢を追いかけていたのかもしれない。

あの子が言う。

「かまわないんだよ、アタシたちはすでに結ばれる運命にあるんだから、突っ走ればいいよ。間違ってなんかいないよ」

---

夜空に星が瞬き、あるとき音も立てずに流れて落ちるのを見上げながら、光が消えてしまって闇が震えているのを感じ、心を高ぶらせ、私は別れの姿を想像していた。

いつか、別れねばならない。
そう考えながら、じっと闇に目を向けていると、冷たい手で私の手を握って
「間違ってないよ、突っ走ろうよ」
とあの子は繰り返し言った。

この子の鬼のような怖さと執念深さの片鱗を、あのときにちらっと感じた。

旅は、近いうちに必ず終えねばならない。筋書きは、そんな結末しか準備されていないのだ。そう思いながらも恐怖に似た震えが尚も止まらない。

続く

| 2007-05-25 18:38 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(5) 言い出せなくて

その日、権兵衛峠を越えた。狭くて曲りくねった山岳国道だ。この子にしたら初めての険しい峠越えだったかもしれない。黙って私の後ろについて走ってきた。雪を被った南アルプスが峰の隙間に見えるところで休憩をした。

─ ねえ、さみしいね。山の中はさみしいよ
花が咲いても、名前さえも知らないし
ただ、白い花だっていうだけで
鳥が啼いても、やっぱし名前を知らないし
姿も見えないし

さみしいっていう漢字は、さんずいへんなんだよね。
水があるの。
それって、涙を流すからなのかな
淋しいって書くのよ


私はこの子を無性に抱き寄せたかった。いっそうのこと身体じゅうの骨が折れてしまっても構わないほど、きつく抱しめていたい衝動に駆られた。何故なら、彼女の母さんが昔、あの子を置いて家を飛びだした話を、私は思い出していたからだった。
お父さんが母さんを蹴っていたのを見た覚えがあるとこの子はいう。しばらくして、母さんが家を出ていってしまい、父と妹と自分の3人暮しがはじまったという。そのとき、妹は低学年で、自分は高学年。初めての生理のときも父がいろいろと教えてくれたけど、母に似ていた自分は、父親からは大事にされることは滅多になかったという。むしろ、ファザーファッカー(内田春菊著)の小説のような毎日だったという。だから、高校卒業と同時に逃げるように家を飛び出したのだった。

この子は、いったい、どんな淋しい思いをしてきたのだろうか。どんな悲しい思いを堪えて今まで生きて来たのだろうか。

-----  -----

テントのジッパーを下げて小窓を少し開くと、冷気が首筋の脇をすり抜けるように部屋の中へと流れ込んだ。山の匂いがする。いや、森の匂いというほうが正しかったのかもしれない。甘くて、ちょいとカビ臭いかもしれない。

真暗な夜空を見上げながら、無言の時間が過ぎてゆく。

峠で落ちあう前には、何度もドラマのセリフのように自分に言い聞かせていたのに、私は別れのひとことを何も言い出せない。

彼女は今日走ってきた峠道を、地図の上にペンで辿りながら、横目でこちらを見てはニコニコと笑っている。

-----  -----

大きな嘘をついて
夢のような未来を語って
手を握り合ったまま朝日を迎えよう

そして
そこで
僕たちは別れよう

キミには僕よりもっと頼れる人が居るはずだし
新しい幸せが待っているはずだから

私には、
そんなことなど、
言い出せない・・・・

| 2007-06-12 22:21 | 鳥のひろちゃん |


沙羅双樹ぽたりと落ちて雨よ降れ

大粒の雨が容赦なく振り続いていた。

旅の途中の山あいの村落の、小さな庇がある作業小屋の軒先で、雨が上がる時間を送ったことがあった。

鉛色の雲が山を覆い尽くし、稲光がときどき弾けるように光ってみせる。

垣根の脇に沙羅双樹の花が咲いている。
となりに、ムクゲの花も咲いていた。

そう、
あの子が昔、「ムクゲが好きだ」と言っていた。

盛者必衰のことわりをあらわす、か。
まさに、そうだったな。

| 2007-06-22 23:03 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(6) ─ 白いベール ─

この世に悪魔のような天使がいるならば、もしかして、アイツはそうだったのだろうか。

白いベールを纏わずに、決して冷たい視線も放たない。アイツは、ちっとも美人ではなく、そばかすだらけで色白で、人ごみの中じゃ目立たない普通の女だった。

自分のことを日蔭のタンポポなんだと蔑んで、決して日向のタンポポにはなれやしない運命にあるのだと言っていた。私は日向に出ることなど一生ないだろうと言っていた。

ムクゲが好きだと話した後で、好きに理由などないのだと嘯いてもいるのだ。人の心を奪っておきながら、自分はその可憐な白い花のように横顔を見せて遠くを見ていた。


---

電話をかけてよこした夜に、別れ間際に「エロ、変態おやじ」と叫びやがった。人が今でも好きでいることを知っていながら、悪人ぶって役者をしてた。

「ええ、そうですとも。私はアナタと一緒にエロで変態な時間を過ごしましたよ」
そう言ってやりたかったね。

受話器を投げ捨てる短い時間に、過去に過ごしてきた捨ててしまいたいほどに醜い時間が甦る。
「でもな、オマエもあの夜のことは忘れないだろう」

---
小学生のときに出ていった母は、父に殴られた送る日に姿を消した。殴った父は悪人で、母は悲劇の人だった。それが、或る日、或るとき、説明してくれたオマエさんの母親像でした。でも、あとになってあれは作り話だったんだってことに気付いたのよ、私は。

どうやら、事実は逆だった。母にはオトコができて、その果てに家を出ていってしまった。父の暴力はその母への怒りだったのだ。そう、可哀相だったのは父なんだよ。

父はオマエのことを本当に心配している人だったのに、オマエは私の前で父を悪人だったと語り続けた。

(どうしてだろう・・・・オマエがその母に似ていることを、オマエは気づいていたからなのかい)

---

ねえ、手をつないで歩こうよ。
私たちはもうすぐ結ばれるんだから。
お魚がキライな私でも、アナタの好きなお魚を毎日食べさせてあげるから。
飲めないお酒も少しは飲んで、ダンスだって踊ってあげる。

私は、私の母も父も妹も忘れてアナタのもとに来ますから、アナタも今の家族を捨てて、私を連れて新しい人生へと踏み出して。

苦しくて忌々しい過去や貧乏だった多摩川沿いの惨めなアパートの暮らしは忘れることができると思う。

「だから、早く、奥さんと別れてきて」

アイツは何度も何度もそう言いながら、指に指を絡ませて、あの夜も私の薬指から指輪をするりと抜き取ったのでした。

(続く)

Tags:追憶 ドラマ

| 2007-06-29 22:52 | 鳥のひろちゃん |


終楽章(7) ─ ワタシハ コレデ ─

 骨までとけるような
 テキーラみたいなキスをして
 夜空もむせかえる
 激しいダンスを踊りましょう

ユーミンが投げやりな声で歌っているのが私の頭の中でこだまする。
そうだ。ユーミンは溶けてしまうような自分のイメージをテキーラの中に投じて、大人の恋が神秘的な夜に彷徨って、少し妖艶に悪さをするのを歌いたかったのかもしれない。いや、私がそんな艶やかな女を勝手に想像しているだけか。


荷物を置いてキャンプ場を飛び出してあの子はお酒を買ってきた。「さらりとした梅酒」にしておくわ、と言う。
この子が出かけている間に、私はそそくさと外された指輪を財布から取り出して元の指に戻した。

少しずつ日が暮れてゆき、やがて明かりが欲しくなる。暗くなるまでは、疲れたふりをしてテントの中で寝転がりウィスキーを愉しみながら、私はじっとしていることに決めた。指輪を元に戻したことに気付かれてはいけないから。


所詮、酒など飲めないのに子どものように梅酒を飲んで、この子はどこか得体の知れない空間を彷徨っているようにぼんやりとしている。

猫が暖炉の前で無防備に両手両足を広げて仰向けに転がっている姿とよく似て、この子は何の不安もなく横になっている。
お腹を突っつくと、「コラ、やめろ」、と返事をする。眠ってはいないのだという意思表示なのか。


夜は静かに過ぎる。

「10年後の同じ夜に私たちこの同じ場所でまたこうして夜空を見てたらオモシロイね」

そんな夢物語は、持ちたくても私には許されない。
「ああ…」と返事をしたかどうかも記憶にない。

「一刻も早く縁を切って別れてきなさい」と目に見えない神様が私を脅迫してくるのだ。

一日中走りまわって埃にまみれた二人は、汗の匂いが充満するテントの中で、心と体のアンバランスに興奮する時間をやり過ごしていた。

----

二人の間にどんな別れの儀式があったのか。
どんな言葉が交わされたのか。
記述した記録は何ひとつ残っていない。
旅の足跡は、私の心の中にあるだけだが、それも、滔滔たる時間の流れに少しずつ朽ち果ててゆく。

ひとりのオンナと儚い夢を追いかけながら、
二人だけが行き着ける場所を捜し求めて、
短い旅をしました・・・・、
という話。

----

数ヵ月後、「エロ、変態オヤジ」と電話で啖呵を切られて、「アナタは別れが下手なのよ、ちょっとは反省しなさいな」とある人に諭された。

さらにそのまた数ヵ月後、何者かによって、事実無根の出来事を職場の要人に流布されて「オシマイ」。ココで「万事休す」とみなします。

---

ワタシハ コレデ ×××× シマシタ …
昔、そんな宣伝あったよな。(笑)

気が向いたら「あとがき」があるかも。

| 2007-07-03 11:56 | 鳥のひろちゃん |


わかれの断章

【真っ赤なバラ】

いつもの花屋の前で立ち止まって、小さな鉢に植わった色とりどりの花を眺めていることが多かった。

あの日も二人で映画を見た後に、お気に入りの路地を通って坂道を下って、石段をトントンとじゃんけんしながら降りてきた。

そしていつものように花屋さんの前で立ち止まり、赤い小さなバラを取り上げて「キミのようだね」と猫太郎は言った。


猫太郎:「一輪の赤いバラ。花言葉は何ていうのだろうね」
ひろちゃん:「知らないわ」
猫太郎:「花言葉よりも、この花の真っ赤なところが好きさ」
ひろちゃん:「・・・・」
猫太郎:「鉛筆を片手にイラストを描いているとき、ときどき考え込んでいるキミはこのバラのように静かで綺麗だよ」


----

【猫太郎の手記】

いつの日にどこかで再び逢える日が来たら、
ぼくは君のことを
あのときの赤い薔薇と一緒に思い出すだろうね。

ぼくのプロポーズに、
黙って何も返事をしなかった君だけど、
今はちっとも恨んでないから。

あのときぼくはあの薔薇の花を、
君に贈ることができなかったのは、
ひとつの運命だったのかもしれない。

夏が来て、
庭の薔薇が咲くたびに、
ぼくは君を思い出してしまうのさ。

----

【ひろちゃんの手記】

わたしは何を急いでいたんでしょうか。
大人のくせに、
醜いところばかりが大人ぶって
ほんとうは、あなたのことなど何もわかっていないくせに
ギャンブルのように夢中になったのよね。

あの夏の日の出来事は、もうすべて終わったの。
振り返るつもりもないし、記録に残す気もないわ。

そういえば、
遠くの寂れた街であなたと待ち合わせて
旅をして、分かれてゆく。
その繰り返しの幕切れはいつもどしゃ降りだったわ。

もう、雨降りはごめんだよ。
わたしはこれから幸せになりますから。
さようなら。

| 2007-07-16 08:43 | 鳥のひろちゃん |


わかれの断章 - 赤い夕日 -

とても淫らだったのかもしれないけれど
君の青春と僕の人生とが、
ひとときだけでも二人三脚をしたと思っています。

君は僕を、
今となっては憎んでいるのかもしれないけど
言わせてもらえば、
僕だって君を恨んでいるよ。


考えてみれば、
こうして喧嘩ばかりをしながら
あてもない旅をしようとしていたんだ。


あの日、
ジンクスのように夕立が来てくれれば
こんな別れにはなっていなかったんだよ。


西陽の差し込む公園で君を待ったんだよなぁー。
でもその頃、もう僕に背を向けて
君は高速道路を飛ばしていたんだね。

| 2007-07-17 22:27 | 鳥のひろちゃん |


夕映えや焦げるルージュの素顔かな

■ 鳥のひろちゃん

いまでも僕は思い出すのさ
初めて出会ったキミのこと

キミはひとりの旅人で
僕もゆきずりの旅人だった

五月の風が揺らす柳の並木道
キラキラと水面が光る疎水のほとり

信号待ちで止まった僕が
バイクに跨る君を見つけた

どうして、どうして、どうして
僕たちふたり、出会ったのだろう

遠く遠く遠く旅を続けながら
どうして別れが来たのだろう

友だちのままでいたかった
そんなセリフもいえぬまま

夏になる前、便りも絶えた
キミはいつまでもどこまでも
鳥のように自由な子だった

---

■ 黒い天使

あの子は黒い天使のような人だった。

悪魔のようなズルイ目で僕を見上げて抱きしめて欲しいとせがんでみたり、
骨までとろけてもう動けません好きなようにしてくださいな、
と何度も呟いた。

囁き合えば不安に駆られ、
肌が触れ合えば不幸の予感がした。

可愛い奴だった。
きっと、毎日が寂しかったんだろう。

ハイヒールを履いても
ピンクの服を着ても
亜麻色に髪を染めても
誰も素敵だって言ってくれやしなかった。

---

夕映えや焦げるルージュの素顔かな  ねこ作

(これで、おわり)

Tags:未練

| 2007-09-04 16:00 | 鳥のひろちゃん |

いつも空を見ていた 4


秋に、笑顔で

真夏に別れてきたあの人と、深まる秋に、もう一度だけ「さようなら」をいう機会があった。

肌に纏わりつく陽射しは、もはや、皮膚から腕の芯まで突き刺さってくるほど強くはなく、秋という季節に変わって、優しく冷たく柔らかく私を包んでいてくれた。その優しさが身体じゅうの背中から腰までを異様に温めてくれて、妙なほどに私は素直で無口になっていた。

もしも、「さようなら」を言うときに、熱くもう一度抱きしめてやれるなら、言葉を忘れてしまったように語れなくなったに違いない。頭の中で「やっぱり好きだ」と嘘をつこうとするけど、金縛りにあったようになっていったのかもしれない。もしも、その心をストレートに大声で叫んだとしても、あのときは許されたのかもしれない。

あの人が好きだったもの、その食べ物や映画、音楽などなど、何ひとつ思い出してあげることもできないまま、ただ目の前にある同じ景色を見つめながら、
「この写真、返すわ。夏に撮ったやつよ」
と、か弱くいいすてて二枚の写真を渡した。

誰かに見られないように肩と肩が軽く触れ合うほどに寄り添い、背中のほうから腕を回して抱き合うように寄り添い、あの人の手にしっかりと握らせた。

あの人の声が小さく何かを呟く。なんて言ったのだろう。

もう好きになんかなれないよ…だったら救われる。
もう絶対に会わないから…だったら、哀しい。
また会えるかも…だったら、どうしてそんな優しい人と別れなければならないのと悔やんだのかもしれない。

真相は、わからない。あの人の心の奥を何ひとつ知らなかったのだから、私は、別れる宿命にあったのだろう。

朝陽はすでに首を傾げねばならない高さまで昇り始めていた。
あの人が私から離れてゆく。
消えてゆく。

これまで、どこで「さようなら」をしてもいつも必ず雨がつきものだったのに、あの日はやけに眩しいばかりの秋の空だった。鳥も飛んでいない。飛行機雲も、白い綿のような雲もない。

「じゃあ」と言った。
あれが最後に見たあの人の顔だった。
笑顔だった。

つづく

| 2006-09-16 17:34 | 鳥のひろちゃん


枯葉の舞うころ

笑顔だった。
あの子はいつも笑顔だった。そんな記憶ばかりが残る。

---

初めて出会った日に二人並んで高台から琵琶湖を見下ろした。青く透きとおる湖面の鏡のような静けさと、新緑の山肌の湧き出るような躍動感を、二人でじっと見つめていた。あのときあの子は何を考えていたのだろうか。

震えるように私はベンチに座った。「もっとそばにおいでよ、もっと…」と声を掛けてくれたことが、麻薬のように私の震えを止めてくれたのだった。

---

秋に、別れた。
琵琶湖の、あのときとは反対岸の、水際の公園だった。
朝日が比叡の山々を照らし、静かな凪の湖面を背に、手を振って別れたのだ。
あの後、あの子は、どうしたのだろうか。

---

彼女のアパートから少し歩いたところに大きなケヤキの並木道があった。
秋も深まり、街路樹が色づくころに、ふと、あの子を思い出した。
スーパーまで肩を並べて歩いたあのケヤキの並木には、さらさらと落葉が音を立てて風に吹かれているのだろうか。

そんなことを思ってセンチになっているときに、メールが飛び込んできたのだった。

(続く)

| 2006-11-24 22:35 | 鳥のひろちゃん


冬枯れの道…

プラタナスの枯葉舞う冬の道で
プラタナスの散る音に振り返る
帰っておいでよと
振り返っても
そこにはただ風が
吹いているだけ

果たして、プラタナスの葉が風に舞い上がるのは冬なのだろうか。北山修が綴ったような風景は11月から12月に掛けての、寂しい季節ではないか。それを彼は冬と呼んだのか。それとも、冬にはプラタナスの樹に葉などなく、したがって舞うことはありえないけど、寒くて悲しい冬に枯れ葉が舞う風景を彼は思い浮かべたのだろうか。

真っ赤に紅葉して有終の美を飾るように赤く燃えて散りゆく紅葉や、風の音にも揺すられることなく静かにゆらゆらと舞い落ちる銀杏は、師走のざわめきが来る前に自らが絶えてゆく。

北山修はそのことを知っていながら、プラタナスの大きな黄色い葉が舞う静かな時間を「冬の道」の向こうに思い浮かべてうたったのかもしれない。

----

私は、ひろちゃんからのメールを何度も読んだ。そして、アパートの近くの街路樹がさぞかし綺麗に紅葉しているのだろうと想像した。

夏がきて、夏が終わって、私たちは昔からの知り合いのように戻ってゆく。

メールの返事を書く。「おはよう」というメールを送って、「おはよう」という返事を読む。それだけの日々が過ぎてゆく。

枯れ葉の舞うあの街へもう一度行ってみたい、と切々と思いながら、それを自らで拒否して深まる秋を送るのだった。すべては秋の、笑顔で別れたときにすでに終わっていたのだ。


恋人というものに別れなど有り得ないと信じていた。どうして一度好きになった人を嫌いになれるものか。人はそう簡単に好きなものを、理屈で嫌いになれるわけがない。あの子が私から遠ざかってゆくことなど想像もできなかったのだ。

だが、別れという言葉の意味を本当に私は理解していなかった…。

(続く)

| 2006-12-04 22:34 | 鳥のひろちゃん


あのとき、雪

風のない静かな一日でした。

朝、一面の霜が路地裏を覆いつくしたものの、昼過ぎには明るい日が差し始め、窓越しに見るビルや民家の屋根瓦が温温としているように見えました。でも、ガラスの向こうは予想以上に冷たかったようです。

午後3時を回るとビルの影が街を包み始め、雲行きが怪しくなってきました。雪が降り始めたのは7時ころだったでしょうか。

あの人のいる都会は私の住むところよりも遥か400キロも東へ行ったところです。お天気がどうなっているか、咄嗟には想像できませんでしたが、大きな寒波が日本列島をすっぽり覆いつくしているのだとしたら、彼女がアパートまでひとりで帰る夜道は雪になってしまう。

きっと、傘を持たずに家を出たに違いない。
冷たく髪を濡らすボタン雪から逃げるようにあのケヤキの道を駆けている姿を私は思い浮かべました。思えば思うほど痛ましい。

雪は瞬く間に屋根やブロック塀、それに生垣の山茶花も真っ白にしてゆきます。そんな景色を見ながら私はメールを打ちました。

「雪ですね、濡れていまいか心配です。帰ったら暖かいお風呂に入ってね」

しばらくしたら返事が届きます。
「コケタ。スベッタ」

ああ、なんて不運なんだろう。私がメールを送らなければ彼女の身にそんな不幸など来なかったのかもしれない。

私たち、出逢わなければお互いに幸せだったのかもしれなかったのに…。そう悔やんだ日々があったのと重ね合わせて、自分の出したメールを私は悔やみました。

しんしんと積もる雪の中へと出てゆき自らを苛めてやりたいという衝動に私は駆られました。

そのとき、それまで息をひそめていた北風が少しずつ荒ぶりだし、窓ガラスを揺らし始めました。

続く

| 2006-12-13 21:16 | 鳥のひろちゃん


冬至の朝に

そう、あれは冬至の朝で、一面に降りた霜が朝日に融けだしてキラキラと光り輝いていたのでした。

太平洋を渡ってくる真っ赤な光線は海から陸へと上がるところで飛び跳ねている様にも思え、日本で最大級という造船所の大型クレーンは燃えているように浮き上がっていました。


そのとき僕は、そばかすだらけのキミの顔を思い浮かべました。春から秋に共に旅をしたキミでしたが、会えなくなったからといって忘れたりはしないよ。髪型が変わって、お化粧も少し変えてしまったかもしれないけど、だからといって、飛んでいってすぐに会いたいとも思わなかったんだ。

新緑が放つ吐息をいっぱい感じながら柳の木の下でキミに出会って、今はこうして遠く離れた町に住んでいる。そして、もうこれからも絶対に再会できないという予感も持っている。いつかきっと、誰かにキミを奪われてしまう日がくるのだろうけど、キミはいつまでも僕の友だちなんだと思っている。大丈夫という安心感のようなものを感じていたんだ。


寒いね。そんなメールを送る。
バイクに乗ってるかい?と聞いてみる。

僕たち、お互いに何も知らないままで、別れてしまったんだ。
だから、喧嘩をしても、怒りを言葉にできないままで、キョトンとしているしかなかったんだね。

つづく

| 2006-12-23 18:43 | 鳥のひろちゃん


北風が飛行機雲を吹き飛ばし

今朝は霜が降りて、田畑が一面真っ白になっていました。車のガラスも凍り付きました。

でも近頃は、舗装道路が多くなって水たまりが姿を消し、小川の土手がきれいにコンクリート化されてしまって、氷が張っているところを見つけたり、それを拾い上げて道にぶちまけたりして遊んでいる子どもの姿を見掛けなくなりました。

子どもたちはまっすぐに一列に並んで通学路を歩いていきます。道草を喰うこともしないで、きゃんきゃんとはしゃごうともせずに歩いている。軍隊の行軍みたい。

本当のゆとりってのは、受験勉強に集中するために無駄と思える科目を省略して受験の余裕を見せることではないし、事故に遭遇しないようによそ見をしないで隊列を組んで歩きいち早く学校に着いて勉強の支度をすることでもなかったはずだ。

受験に関係ない科目に好奇心を抱いて成績なんか気にせず勉強することが楽しかったし、登下校の途中にあぜ道を駆け下りて水辺の生き物を捕まえたり、氷を割ってみたりして遊ぶことが普通の子どもの遊びだったはずだ。
土手にスイセンが咲いてもふきのとうが芽を出しても、今のままじゃ知らないままで終わってしまう。

そんなことを考えながら、ぼんやりと車を走らせていると、真っ白な霜の田畑がやがて朝日を浴びて、麦の緑がキラキラと光り始めた。

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八朔(ハッサク)がたわわに実をつけて、霜に覆われた畑の真ん中にぽつんとありました。ひろちゃんは、八朔が大好きだと僕に教えてくれたけど、僕は一度も彼女にプレゼントをしなかったな。

冬の間はじっとして、コタツでみかんを食べるのが楽しいのだといつも言っていた。暖かくなったら温泉巡りに行くんだと話すことが、彼女がつぶやいた数少ない夢だったのかもしれない。

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ある日、
「ねえ、日向のタンポポと日陰のタンポポの話を知ってる?」
とひろちゃんが私に言うので、
「何よそれ」
と尋ねると、
「タンポポには日向で生まれた奴と日陰で生まれた奴がいるんだよ。日向のタンポポはいつもいっぱいのお日様の光を受けて幸せに育つんだけど、日陰のタンポポは一生日が当たらないんだ。でもね。日陰のタンポポは日向のことを一生知らないんだから、それはそれでいいのよ。日陰でも幸せに暮らしているんだ」
と教えてくれた。

きっと彼女は自分が日陰のタンポポなんだと言いたかったのだろう。でも、きっと今頃は花畑のある小さな家で、チューリップの球根が芽を出すのを毎日楽しみにしているような気がする。

----

朝は寒かったけど、ガラスを通して日が当たるこちら側は、昼間になるとポカポカと暖かいのです。

私のデスクからは天窓を通して空が見える。その窓はサンタさんがやっと入れるほどの小さな窓で、晴れた日にはいつもガラスの向こうに白い雲と青い空を切り絵のようにくっきりと見せてくれるのです。

この小さい窓枠から見上げる青空もあれば、今すぐ外に出て100メートルも駆けてゆけば広がる海の、でっかい干潟の上に広がる青空も私の青空だ。

ふと、そんなことを思い浮かべてたあと、ひろちゃんは元気かなと思いました。

つづく

| 2007-01-10 21:37 | 鳥のひろちゃん |


卒業写真

卒業写真という音楽が流れてきた。NHKラジオのアナウンサーが誰かの投書を読んでいる。

3月末。過去を振り返る人、未来を見つめる人、別れを惜しむ人…様々だ。みんな歓喜に満ちている。

僕の卒業アルバム。そう、どこかにしまったまま、引越しを繰り返し、今では行方不明になってしまった。

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               ---
昔、あの子の部屋を訪ねたときに、滅多に自分のことなど話そうとしないあの子が何故か、卒業アルバムを出してきて、高校時代の自分を見せてくれたことがあった。青春の一駒一駒を話してくれたあの子がいた。

あの子のあの部屋。

とりわけ輝いていたわけでもなかった。普通の学生時代だったのに、それをどうして僕に話そうとしたのだろうか。何かを聞いて欲しかったのだろうか。

あの子が精一杯に羽を広げて、自分の姿を元気で明るく大きく美しく愉快だったのだと見せようとしていることに、あのとき、僕は気づいてあげられなかった。何も気づかずにいたのだった。

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               ---
しばらくあとになって、二人で旅をした僕たちの間で会話を振り返ってみると、あの子は僕に何かを訴えたかったのかもしれないと思えてくる。

つづく

| 2007-03-21 12:00 | 鳥のひろちゃん |

いつも空を見ていた 3


あの夏、のこと


 

(栄村と津南町)

 

ひとりで来るその人を、長野県栄村の道の駅で私は待った。午後2時の約束だった。
そこは長野市からしばらく信濃川に沿って下ったところにある。もう数分走れば新潟県という場所だった。

 

私は鬼無里から戸隠を経てここまでやってきたが、あの人はどの方角からやってくるかもわからない。いや、もしかしたらやって来ないかもしれない。
何も知らされていなかった。彼女のことは、名前と住んでいる街を知っているだけで、他は何も知らなかった。

 

ひと月ほど前、木曽山中の真っ暗な茂みに寝転がって手の届くような星空を見上げながら、夜をともにした人。
とにかく栄村の道の駅で落ち合いましょう、と申し合わせて、東北方面へと旅をともにすることになったのだ。

 

約束の時刻がどんどんと過ぎて、3時を回っても彼女は現れなかった。暗闇で抱きしめたときの、猫の背中のような彼女の背中の柔らかさを思い出しながら、来ないのかもしれない…と一瞬思った。

 

つづく

 

| 2006-01-16 20:50 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 転倒 


 

私の周囲からは全ての音が消え去ってしまってゆく。

 

約束の時刻になってもやってこないのはきっと何か異変があったに違いない。そう考えると想像は良からぬ方向に崩れるように広がる。

 

私が教えた奥志賀スーパー林道に行っているのではないだろうか。興味を持つと自分を見失うほどに夢中になる性格だから、無謀であることも気づかずに奥志賀を走り抜けてここまでやって来ようと考えているのではないか。

 

奥志賀林道は、一部にまだ未舗装が残っているし、距離も長い。それなりに経験を積んだ人でも2時間ほど林道を走り続ければ、緊張が緩む瞬間だってあるはずだ。無茶をしていなければよいが、と思った。人っ子ひとり、居ないかもしれない林道で転倒したりしてはいないだろうか。

 

時間がコツコツと過ぎる。道の駅に立ち寄る旅人たちや露店のおばちゃんたちの話し声さえ、もはや気に止まることはなく、湯沢温泉のほうからやってくるバイクの姿だけを私は必死で見つめていた。

 

あの人はいつも、優駿に跨り颯爽と野を駆ける騎士のようにバイクを走らせた。その姿が私の瞼に焼き付いていたので、黒い革のズボンをはき、赤いジャケットを纏って、背筋を伸ばした1台のバイクが向こうからやってくるのが見えたときは、腰が抜けるほどホッとした。

 

いち早く私を見つけ、メットを脱ぎ、そばかすだらけの真っ白な顔をクシャクシャにして駆け寄って、「山の中のカーブで転んだの・・・」と言った途端に、身体じゅうの力が抜けるように私に倒れこんで泣き出してしまった。

 

つづく

 

| 2006-01-31 18:54 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ さあ、旅を続けよう 


 

子どもが何かに怯えるように、しゃくりあげて泣いた。しばらくそのまま、私は背中をさするだけしかできなかった。

 

ひとしきり泣き終ったら、子猫が甘えるような目で見上げて、
「元気が少し戻ったよ」
という。さぞかし心細かったに違いない。言葉が浮かばないのが辛かった。

 

信濃川は悠々と流れる。
国道のこちら岸からあちらまで、何十メートルあるのだろうか。河口は遥か先だというのに、満ち溢れんばかりの水をためて、悠然と力強く流れてゆく。この川を下れば佐渡の見える海まで辿り着く。

 

私たちの旅にあてはなかったものの、川の流れの中で何処からともなく巻き上がっている対流のようなものを眺めていると、明日の旅、そして明後日へと元気が湧いてくるのがわかった。同じ勢いをただ見つめるという単純なことで、二人は同じ明日を描いている。その確信と安心感がこの上なく大きい。

 

その子は、
「どこまで行く?二人だけの旅だけど」
「行けるとこまで行くさ、、、、文字村まで行けるかな、行ってみたいね」
「じゃあ、その前に、この川の河口あたりにある良寛さまのゆかりの地に寄ってもいい?」

 

そうだ、いつか昔に話をしてくれた、、、貞心尼のことを思い出した。
この子には貞心尼の生きかたに何かを求めようとしているのだった。

 

続く

 

| 2006-03-15 21:46 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 森立峠


 

この日の夜は六日町のキャンプ場で過ごした。夜中に通り雨がぱらぱらとしたものの、静かな静かな夜だった。私は、この子の怖さと優しさを知りながら旅を続ける自分の優柔不断さが嫌だった。でも、夜が明ければ、ややこしい考えごとはまた次の夜まで先送りすることにしてしまう自分が居る。そのことをふと思うと震えるように胸がどきどきすることがあった。

 

さあ、旅を続けよう。

 

JR只見線は、小出町から六十里峠という国境を越して会津若松市に向かう。六十里という名のとおり歩いて越えれば丸二日は掛かることになる険しい街道だった。

 

入広瀬村というところに道路工事の案内が出ており、会津若松にはゆけないと書かれていたのを見つけて、私たちは三条市の方へとルート変更をした。石峠という小さな峠を越え、栃尾市に行き、人面峠を越えて村松町から新津市へと走れば山形県もすぐそこだと考えた。

 

しかし、最初の石峠が工事中だった。
「人生、楽があれば苦もあるが、僕らは通行止めばっかしやな。二人を待っているのは苦難の人生かね」と、決して笑い飛ばせない冗談を言いあい、石峠が目前の道路脇で寝そべったり花を摘んだりして、長くてのんびりした休憩を取った。

 

石峠の迂回路は大平峠という。ここを走りながら、私は良寛と貞心尼のことを考えつづけた。
この峠を越えて川沿いにしばらく下れば枝道として森立峠がある。そこを越えようか、どうしようか。越えれば昨日から眺めている信濃川沿いに戻る。そしてそこをしばらく下ると良寛ゆかりの与板町に行けるのだ。

 

バックミラーには、子どものように無心で、丸く可愛い顔のひろちゃんが写っている。私がミラーを覗き込むのを薄々に感じながら、幾らか微笑むことがあるように私には思えた。

 

「私たち、二人、逃げ切るんだよ」
冷たく平気でそう言い切る彼女の怖さが一瞬、私を襲ったような気がして、この道を下ったら北へ急ごう、森立峠はいつか将来の旅のときに来よう、と決心したのでした。

 

つづく

 

| 2006-05-04 15:04 | 鳥のひろちゃん

 


冷たい雨


 

【号外】きょうの日記から

 

---

 

早春に雨が降っても、
ちっとも、冷たいと思わなかったのに、
今ごろ、シトシトと雨が降ると、
「冷たい雨」だなと思う。

 

そう、アイツのアパートに転がり込んだあの日も
「冷たい雨」が降っていたのだ。

 

つづく

 

| 2006-05-13 08:32 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 阿賀川 1 


 

6月のいつか、ある日に、あの人のアパートまで逃げ込んで夜通しで話をしたことがあった。逢えない不満が募ってるせいか、触れ合う時間を惜しまずに過ごした。

 

あの日は大雨が都会を襲撃していた。夕食の買い物をしに近所に出かけたときにびしょ濡れになってしまった二人は、使い切ってしまわねばならない灯油の残りを焚きながら、ぬれた服を脱ぎ棄てて裸のままでカーテンも閉めずに過ごしたのだった。

 

あの夜も、
「逃げようよ、遠くの町に。新しい生活ができるよ」
と、そんな話をしたのかもしれない。

 

 

私たち二人の乱れた歩調は、乱れたまま夏を迎えて、人生という大きな塔のどこかしらが少しずつ軋み始めていたのだ。

 

怖くなる。
このオンナが途轍もなく怖い。

 

可愛く見える。
とろけるように可愛い。

 

そんな思いを胸に、旅は続く。

 

新潟県から山形県へと、県境の道しるべを確認したあたりで、道ばたにラーメン屋を見つけて昼食を取った。食事の時刻はとうに過ぎていた。

 

つづく

 

| 2006-05-25 12:29 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 阿賀川 2 


 

ときどき、眩しいものを見つめるような眼差しで、ちょいとうつむき加減に私のほうへ顔を向ける。何を考えているのだろうか。「逃げよう」なんて言い出すオンナ。

 

「私の周りにもたくさんいるよ。旦那さんなんかいてもいいんだ。好きなんだから、棄てて一緒になるんだよ」
三流の恋愛ドラマではないのだ、と私は、無言で自分に言い聞かせている。二十七歳になった女が、四十を越したオトコに、こんな荒っぽい言葉を投げ掛け続けてくるのだ。

 

 

喜多方に到達するまで空腹を我慢できなかった私たちは、道ばたの食堂でラーメンをすすりながらどんな話をしたのだろうか。愛しているとか好きなんだという月並みな言葉を互いに交わしあったことなどは一度もなかったに違いない。

 

初めて出会ったときからここまでやってくる場面までの筋書きが、あたかもずっと昔から出来上がっていたかのように、劇的でドラマのような旅だった。恋人同志なら誰だって知ってることを、私たちは尋ね合うこともなく、いったい何を二人の依りどころとして見つめあい、抱き合い、触れ合ってきたのか。

 

 

私はみちのくに踏み込んでしまっている。その空間の中で、頼る術のない恐怖が私に纏わり着いてくるような気がする。

 

棲み家が遠ざかってゆくに連れて、このオンナといったいどこまで行ってそのあとどうなるんだという不安と、この子の向こう見ずな勢いと、この子が持って生まれてきた生き抜こうとする動物的な執念のようなものとが、私をビクビクさせた。私は迷っていた。

 

遊びじゃないけど、終わりにしなければ、二人ともが不幸になるかもしれない。いや、そうはっきりと思ったわけではなかったのだが、私はそう胸に秘めながら苦しんでいた。

 

 

阿賀川には漕艇の練習場があった。ボートを漕ぐ若者がなぜか羨ましく見えた。あの子の青春時代の話を聞かされた夜のことが甦った。あのとき、こんな弱い子なんだから私が救ってやろう、と思ったことは確かだ。バックミラーに写る彼女の笑顔はその昔から全然変わらないけど、別れなくてはならないのだ。

 

 

いったい、あの子の何が、どこが、怖いのだろうか。その答えを胸のうちで言葉にしないまま自問自答が続く。

 

大空を悠々と飛ぶ鳥のような清清しさと、獲物を発見して急降下する素早さのような素振りと、ひとりで夕焼けに背を向けて森を見つめる姿が、ガラガラと私の記憶の中で掻き混ざる。

 

あの子には、嫉妬心というものがあるのだろうか。そういう情念を持たずに、後先も考えずに、私を奪ってしまおうとしていないだろうか。

 

つづく

 

| 2006-06-07 22:07 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 阿賀川 3 


 

信号待ちがまったくない道路が続いている。ときには赤信号で止まって、横に並んで顔を向かい合わせて見つめてみたい。バックミラーを頻繁に見やりながら想像を膨らませることのほかに、対話ができない時間のなかで、今度止まったらあの話をしようこの話をしようと、次々と想いが募ってゆく。

 

その募る想いのフラッシュの隙間に、ひとつの事件の場面が絡んでくる。

 

 

好きなオンナができてこれまでの生活ではなく新しい生活を考えている、と或る日、妻にポロリと言ってしまったのだ。妻を愛している故に、どんなことでも相談をする間柄であって恋の悩みも打ち明けてしまう、という愚かな側面を私は持っていたのだ。

 

のちに、うちのんは、「貴方は別れが下手な人や、私と別れることもあの女と別れることも下手やった」と言う。あのときも今もこの世の誰よりも妻を愛しているので、私はこのようなことが書けるのだと感謝している。
さて、
そのオンナを私は愛している錯覚に陥っていたのだ。好きで好きで仕方がないうえに、この子には私がいてあげねばならない、と強く思っていた。確かに自分の心に偽りはなかったのだが。

 

 

 

梅雨が明ける前の蒸し暑い夜のことだった。
あのころの私はもう言葉を吐き尽くしていた。

 

ぐっすりと眠り入っていた私の枕元に、ヘルメットを被った男性が来て、
「起きてください」
と声を掛ける。
「奥様は救急車に乗っていただきました」
「ええっ、(何が起こったの)」
「お薬をたくさん飲まれたようです。119番をもらって駆けつけて、いま、車に移動させました。ご主人はどうしますか?」

 

あの夜の、
極めて強く、冷たく、そして微動もせずに私を睨んだ救急隊員の視線が脳裏に甦る。

 

 

甘い妄想なんか抱いている場合じゃないんだ。オマエはオンナと別れるために旅に来たのではないのか。
磐越自動車道路のインターの工事現場が間近に見えている交差点を左に曲がって阿賀川が見えるあたりまで来て、私はバイクを道端に停止させた。

 

つづく

 

| 2006-06-22 20:39 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ あの橋の向こうへ 1 


 

別れのときが来た。

 

ミラーに写るあの子の姿を見て、もうこれ以上走り続けることなどできない、と私は悟った。
さっき、ひまわり畑の脇を走り抜けてきた。でも、そんなドラマのような素敵な場所では止まれなかった。

 

好きだから連れ去って、遥か遠くまで行ってしまいたい私の本当の心と、やっぱしこの子を幸せにする自信のない弱くて不安に満ちた心の葛藤だ。私のなかにある善人と悪人が格闘をしている。

 

「何を尻込みしているのか」
「きっと、(キミは)、いい人に巡り合えるよ。若くて素敵な人だよ」
「僕は無力だったよ。幸せになるためには、ここでひとまず休もう」
「言い訳なんかやめろよ」

 

「キミのことは、僕が幸せにするよ」
私は嘘つきだったのだろうか。

 

「十年後のきょうも、ここでこうして夜空を見上げているかもね」
そう呟いたあと、君と語りあった君と僕との夢は、いつまでたっても忘れない。

 

数々の言葉が次々と、浮かんでは消えてゆく。

 

 

初夏の京都で出会って、3か月という短い間に二人で信州をくまなく走りまわってきた。
林檎の花が咲き、やがて青い実がなった。街道にはムクゲの花が天に向かって伸びていた。

 

「ひろちゃん、ムクゲの花が好きなんだよ」
あの子は自分のことをひろちゃんと呼んだ。

 

 

私の後ろにバイクを止めて、彼女はハンカチで汗を拭いた。そのハンカチには南アメリカ大陸の有名な遺跡にあるような大きい鳥の絵が描いてあった。

 

大空を悠然と飛ぶ鳥。獲物を見つけて急降下する鳥。
そう、ナウシカが風を切って降下してゆく姿のようでもあった。

 

「これ、ひろちゃんにピッタリのイメージだね」
「うん、そうだろ。鳥のひろちゃんなんだよ、私は」

 

 

「僕たち、このままだとセックスフレンドになってしまう・・・・」

 

これがあの夏の最後の言葉だった。
僕が君を愛する心と、あの星空で語った夢に嘘はひとつもなかった。
でも、そう伝える前に、君は私に背を向けてしまったのだ。

 

(続)

 

| 2006-07-06 21:40 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ あの橋の向こうへ 2 


 

私は旅を続けねばならない。

 

N極の磁石にN極を近づけると反発して後ろに下がるのと同じように、私が話し掛けるために近づくと彼女は後ずさりをした。いっこうに話が進まなくなってしまっている。

 

いよいよ、これで終わりだ。おかしな予感のようなものがあったのかもしれない。そそくさと彼女を置いて、私は、先に行くよ、という素振りでバイクに跨った。

 

 

走りだしても私は振り返らなかった。あの子が私のことを視線で追っているのかもしれないから、意地でも視線を合わせたくないと思ったのだ。

 

しかし、それは愚かな考えだった。あの子は来るかもしれない、と考えたことは誤りだった。

 

その橋を渡ってしばらく走ったところに空き地があって、日陰にベンチがあった。後を追ってきた彼女が気づくようにと思いバイクを道の脇の目立つところに止めて、ベンチに横になった。あの子は私を追ってくる、必ず来る、そう考えたからだ。

 

あの橋を渡ったこと。
あれは、私たちが別の世界へと本当に別れてゆくためのゲートを意味していたのかもしれない。

 

しばらく私は眠ってしまっていた。
陽光が傾き、そこには彼女の姿はない。後を追ってきた足跡もなかった。

 

つづく

 

| 2006-07-13 20:56 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ バッキャロー 


 

ウエストバックを枕にすっかり寝入ってしまったようだ。道路脇の公園に設けられた木陰にベンチを見つけて横になったのは3時ころだったはずなのに、陽光は傾き私の顔には西日が差し込んでくる。
燃えるというより焼けるというのがふさわしい。紫外線が針のようにチクチクと頬を刺しているのを感じて私は目が覚めた。

 

もしも…。
あの子が私を追って来てくれたなら、すぐに目に付くところにバイクが止めてあれば気づいてくれるだろう。膨れっ面をして「ひでぇ奴だなあ」と乱暴な言葉使いで私の前に現れる…。
そんな気がして走り急ぐこともせずに、私はベンチで昼寝を選んだのだった。

 

黄色いカンナの花が咲いていた。それを眺めながら、ぼんやりとしている。寝ぼけたままで、ひとりで居ることの意味の重大さに私は段段と気付き始めている。
30℃を越えるような真夏日だから夕方になっても地面が冷めない。公園を吹き抜ける風は生温い。

 

視界にあるカンナの花が、まるでTシャツの絵柄のように目の中に焼きつく。あの子は黄色いカンナの花のTシャツを着ていたのか。そんな思い違いを自分で訂正してブツブツと独り言を呟く。
「ほんとうに、来ないのかなー。何処に行ったんだよぉー」

 

 

そう。彼女はそこには来ないのだ。

 

幾ら待っても来ないことを私は知らなかった。そのころ彼女は、開通したばかりの高速道路に乗っかって東京方面へと走っていたのだ。
「バッキャロー!ひでぇ男!サイテーの男だな。オマエ」

 

つづく

 

| 2006-08-05 06:00 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 愛に終わりがあるならば 


 

前略、ひろちゃん。

 

あのとき、キミはぷんと怒ってしまって、もう私の前には来てくれなかったのでした。

 

私たち二人が交わす言葉の中に別れという2つの文字はなかったはずだし、この世に生まれてキミと出会ってその運命の強さに神様の導きのような幸運と幸福を感じ続けていた私たちだったのに、別れという現実に向かい合っている今、やけに冷静になっている。
二人で走った道に行き止まりはない、と信じてきたし、ときには走るのをやめたり、ときには逆戻りもしてきた。認め合ってきた、そのはずだったのに、別れのときがきたのでしょうか。

 

キミの傍にいつもいたい。いつもキミを抱いていたいと願っていたのに、あの小さな肩も、猫のような丸い背中も、そしていつもボサボサの髪の毛も、もう抱きしめることができないんだ。思い出を夢の中に投げ入れてしまわねばならない、のだ。

 

でもね。愛に終わりなんかないよ。必ずキミを迎えに行くから。
夢から覚めて、そのとき、二人で手を繋いでお花畑を散歩しよう。
それまで待っていて欲しいんだ。
愛に終わりがあるならば、ゆうべの夢に葬ろう。

 

つづく

 

| 2006-08-06 06:57 | 鳥のひろちゃん

 


あの夏、のこと ─ 北へ 


 

【銀マド:鳥のひろちゃん】を書きながら、夏が過ぎてゆきます。

 

あれから幾つもの歳月が過ぎ、砂の器が風化するように、私の記憶も崩れてゆく。

 

「鳥のひろちゃん」を書き始めたころは、ほんの軽い気持ちでした。
あのとき、私が居たひとつの風景と心を書き留めておきたいと思ったのです。
今読み返して、ダブっているところもありますが、少しずつ私の心が風化して行っているのも、しっかり読めばわかります。

 

それは、新鮮さを失うことでしょうか。
新しい細胞が、また生まれ始めて、古いものが消えてゆくのだから、失うのではなく始まるのでしょうか。

 

もう少し、旅の続きを書きます。

 

----

 

彼女がいないという現実を認めていましたが、彼女が東京へと向かって走っているとはこれっぽちも考えませんでした。

 

山ひとつ隔てた何処かの町で今ごろ宿屋を見つけて風呂にでも入っているか、要領よくキャンプ場を見つけ出してテントを張って星を見上げているだろう。そんなふうに想像していました。そして明日にでもひょっこりと目の前に現れるのではないかと私は思っていました。

 

ファミレスで夕食を取ったあと、私はひとりでさらに北へと走りました。通過する町では花火大会があって、国道の向こうには大輪が上がっている。花火に向かって私は走りました。

 

あの子はこの花火を何処かで見ているんだろうか。…と、ふと、思ったときに、彼女のケータイを知らないことに気づきました。そう、今まで電話などする必要もなかったのです。

 

でも、どうして彼女のほうからケータイの番号を教えてくれなかったのだろう。心の何処かに何かの予感があったのだろうか。

 

夜の国道をいつまでも北へと私は走り続けました。

 

つづく

 

| 2006-08-07 07:25 | 鳥のひろちゃん

 


おしまいは、まだです


 

私は
夜の国道をひたすら走った。

 

あくる日も
その人を忘れようと
走りつづけた。

 

そんな思いを胸に、走ったり駆けたりしたことのある人なら、わかるだろう。

 

走れば走るほど、自分の思いをコントロールできなくなってくる。

 

 

ひろちゃんの話は、ここでおしまいじゃあなかった。

 

【続く】

 

| 2006-08-30 20:48 | 鳥のひろちゃん

 

 

いつも空を見ていた 2


あの道を走らずに旅はできない

あの日、あの時、あの女と走った道を、
走らずに旅先には到達できない。

辛い日もあったが
今は
許してもいないけど
いいところもあるんだから、それを思い出している。

家族が分裂し、
毒を飲み、
死に際を彷徨い
職を追われ

一時はそうさせた女を憎んだりもしたが
いいところは認めてやりたいと今は思う。

バカなんだろうか、私は。。。。

# by ma2motoka | 2004-10-17 21:12 | 鳥のひろちゃん


ためらいがちに

雨は嫌いだと思っても始まらない。
何処かの軒先を借りて雨具を着て、再び走り始めるだけです。

霧が深い峠や荒波の打ち寄せる日本海を眺め続け、
数日間走り続けた旅が終わって
やっと晴れ間が戻ってきたあの日
京都・東山の疎水べりの小道でひとりの女性と出逢った。

柳の新芽が風に揺れていた。
私はバイクを止めて、その人にためらいながら声を掛けたのでした。

かけた言葉はためらいがちで
あの子はとても驚いたように振り向いた
季節は過ぎる
頬をそめて

| 2004-10-20 11:11 | 鳥のひろちゃん


セックスフレンド

僕がアイツにむかって
「俺たち、このままだったらセックスフレンドじゃないか」
と言ったのが夏だった。
それから、3ヶ月ほどが過ぎた。

北風が吹き降ろす場所で再び会った。
その風は大きな湖の上を
さらに氷のようになるほどに冷たく
まるで凍らせたようになって、
湖岸のわたしたち二人にぶつかってきた。

アイツは髪を短く切っていた。

「大事に持っていた写真だけど、もうこれ以上僕のところには置けないよ、家族が爆発してしまう」

アイツは無言で僕の渡した写真を胸のポケットにしまった。
「僕の一番大事にしていたキミの写真だ」、とは言えなかった。

初めて出逢ったときにひとときを過ごしたこの場所で、
もしかしたら最後になるかも知れない儀式をしている。
おい、オマエ、アイツをこのままほんとうに諦めるのかよ…
と叫んでいる自分がいる。

春になったらまた会いたいね、と言葉にできず山を見ている自分もいる。

「3ヶ月前には、一瞬だけ歯車が噛み合わなかっただけじゃないか
どうしても許せないのか
あの場所から、あそこから再出発はできないのか」

炎のように燃える鳥のようなアイツが僕を見つめていた。
僕は視線を合わせることすらできず、湖面のほうに顔を向けた。

| 2004-12-13 21:49 | 鳥のひろちゃん


旅の準備

そう、ボクはあの1枚の写真をアナタの元に戻して再出発をしようと試みた。

高原に波打つように広がる草原で寝転がって星空を見上げたときのように、また旅を続けようと夢見たんだろう。

その行く先が果てしなく遠いように思えても、行き着けないなんて絶対に在り得ないことなんだと信じていたあの夏のように。

アナタは日蔭のタンポポだったかもしれないけど、ボクのチカラで陽の当たる所へと連れて行ってやるんだと、強く強く信じていた。


でも、冬の間にボクたちは昔からのともだちのようになり、春を迎えて恋人のように大喧嘩をして、別れた。

これで物語りはオシマイ。

アナタからたくさんのお話のプレゼントをいただきました。今は、どこかの街で知らない誰かと幸せにいると思うから、もういいよ。

ボクはそのお話に出てくる夢のような村を探しに旅に出る準備を進めているところです。

| 2004-12-20 19:03 | 鳥のひろちゃん


ウォーミングアップはもういい

ウォーミングアップは
もう、よそう。

ボクの中で眠ってしまったドラマを
たった1人だけにでもいいから伝えるために
そう思って書き始めたドラマの続きを
綴ることにしようじゃないか。

| 2004-12-23 22:54 | 鳥のひろちゃん


予感のようなもの

琵琶湖は鏡のように穏やかで、空よりも深く濃い青色をしていた。その向こうに賤ヶ岳が小さく見えて、遥か遠くに伊吹の山が霞んで見えていた。関が原はそのもっと向こうかもしれない。

「あの白い花は何だろうね」と高台の展望所から水辺際のほうを指差して呟いたアイツ。そのアイツと出逢ったのは初夏のことで、地面が融け出しそうなほどに暑かった夏の真っ盛りにみちのくで別れ、再び春に再会し、一枚の写真を返して晩秋に別れた。そして、静かで何も起こらない冬が過ぎて、また再び春を迎えようとしていた。

みちのくのテーマのことを私はずっと考え続けていた。もうアイツと旅を続けるつもりはない。アイツのことはもう忘れた…というような見え透いた嘘も言わない代わりに、願っても夢物語にしかならないし、すでに叶わぬ人となる予感を察していたせいもあって、アイツにこだわるつもりはなかった。

そう思うと、ひとりの女が不憫でどうしようもなく可愛いく見えた昔と違って、強く逞しいオンナがしたたかに生きている姿を容易に想像できるから不思議だった。

梅が咲いたとニュースが報じている頃だった。オンナからメールがきた。

---元気かい

何だこの野郎。冬中知らん振りをしやがって、許せない奴だなと思って、

---まあな

と返事を送った。しかし、それで気持ちが収まるはずがない。

| 2005-01-15 11:40 | 鳥のひろちゃん


いつも空を見ていた

〔2002年の塵埃秘帖4月号から〕

好きだった人
いつも空を見ていた
飛行機雲が見えたら家まで電話をかけてきた
おまえの部屋の窓からも見えるかーって尋ねた
いつも空を見ていた

好きだった人
夜になっても空を見上げていた
星の名前なんか知らないけれど
天文学者になりたいなとつぶやいていた

いつからかわたしも空を見上げるのが好きになっていた
言葉に詰まるとそっぽを向いて空を見た
いつも青空ばかりじゃなかったけれど
そんないくつもの顔を持った空がわたしは好きだった


雨がやんで小鳥がさえずりはじめると
緑の新芽を精一杯に吹き出した森の雑木たちが
ざわめき出すような気がした

峠には木霊が棲んでいた
太陽が差し込み
雨のしずくがきらりと光った

あいつはいつものように空を見上げて言った
別れのときが来た
新しい道を歩もう

空は青く
飛行機雲さえなかった

---

【回想】

これを書いたときに、私はひとりのオンナを思い浮かべていた。
決して実話から書いたものではないし、そんなにロマンティックな女であったわけでもない。
こういうことを書きたくさせてるような、可愛い奴だった。
そう、、、何処かの遺跡の壁画の鳥のようなシルエットを持った子だった…。

Tags:追憶 はじまり

| 2005-03-20 09:40 | 鳥のひろちゃん


散りユク夕べ

散りユク夕べ

昔、ある女の子に恋をした。
その子と私が一緒に旅をしたとき、
この詩集を彼女が持ってきて、
銀色さんと私は出会ったのです。

私にとって、
儚く、辛く、でも美しい恋だったし、旅だった。

許されない人だったので、そのあとにハッピーはなかったけど、
詩集は大事に書棚にしまっている。


-----------------------------
僕たちは弱いけど
今は力はないけど
いつかきっと
すごくしあわせになれるよ
いつかきっとね

だから
僕の手を強くにぎっていて

【「散リユク夕ベ」から】
-----------------------------

一緒にどこまでも逃げようと誓ったその子は
銀色夏生の詩集を私に渡してくれて
私はその本を手にとって
この詩に見入った。

すべての幸せを棄てて
新しい幸せを見つけるために旅に出るんだと信じて
私たちは北へ向かった。

その瞬間になした決断に怯え続け
不安に苛まれて
あげくの果てに
その子を置いて
私は旅から逃げ出した。

それが人生の瓦解の始まりでした。

| 2005-05-15 22:02 | 鳥のひろちゃん


初対面

初めて逢ったときに
何かを感じた
話すことなど
何もない

いや
山ほどあった…

ただ
そばにいたかった

おいでよ
もっと
そばにおいでよ
ここに座りなよ

そういうあなたの
横顔に惚れていった

別れはいつも辛かったけど
また逢えるから辛抱できる


そんな人に出会ったのは
旅の途中のワンカットだった
何もそこに夕日があったわけでもないし
美景があったわけでもない


気まぐれに立ち止まって
時計を見て
顔を上げたら君がいた
そんな感じの出会いだった

出会いの風景>初対面

99/09/15 22:04

| 2005-06-26 09:47 | 鳥のひろちゃん


いつかきっと……

銀色夏生の詩集「散リユク夕ベ」

あの詩集は、
或る女の子が私と旅を始めた最初の日に
私にくれたものだ。

私たちは、
乱れ、縺れながらも
もっと遠くにある
未知な街まで旅しようと
誓い合っていたのに

詩集のページをめくったらそこは真っ白のページだった
・・・みたいな顛末で
憎みあい
罵り合い
別れてきたのだった。

そう
それが伝説の
みちのくの別れのひとコマで

そのシナリオを完成させたら
君に真っ先に見せたいけど

僕がドラマを終わらせようとしないから
尻切れトンボのままなんです。

(ねぇ、何処にいるの?)

| 2005-08-28 21:53 | 鳥のひろちゃん


琥珀

しばらくウィスキーを絶っていたのですが、今日、少し飲みました。
ウィスキー党なんです。

--

あの人は、
僕がウィスキーを好きなことを知らないまま、
僕と別れて何処かに行ってしまった。

そう。
氷をアイスピックで割ったり、
水を注いで、人差し指でそれをかき混ぜたり、
氷がカタンと崩れるのをじっとじっと見つめて待ち続けたり、
子どものようなそんな僕を知らないまま、別れてしまったのだ。

魚が嫌いなくせに、魚を買ってきててテーブルに並べていた。
一生懸命に生きている人だった。

琥珀色のウィスキーを僕が、
まるで宝石を眺めるように見つめていたのを、
気づいていただろうか。

いつも
饒舌であった僕が、酔いつぶれる直前に、
あの人に何を話したのか、あの人しか知らないのだけれど
僕は琥珀色のお酒が誘い込んだ神秘的な魔術によって
あの人と別れた。

氷が解けて音を立てるたびに、
僕は一生、
辛辣なあの人の言葉に攻められ続けることになるのだが、
僕は一生、
二人で琥珀色の液体の中を彷徨う夢を見続けるのだ。

| 2005-10-02 22:02 | 鳥のひろちゃん


枯れ葉

時刻がカタッとひとこま進むときに、枯れ葉が枝を離れてふわりと宙に浮く。
風のない空間での枯れ葉の落下速度は、秒速50センチから1メートルが美しいという。

枯れ葉が舞うのを、じっくりと見るわけでもなく、私たちは山の奥へと走ってゆくのでした。

原始林のように静かな木立を通り抜けるときに見晴らしがいい場所があったのでバイクを止めた。
アイツもすーっと私の隣にバイクを止めて、自分の肩越しに私を見上げた。

秋の夕暮れのやや赤みを帯びた日差しを背中に浴びて、この高台から山裾を見下ろすと、明るさを失いながらも燃えるような紅葉が目の前に広がっていた。

夜が迫っている。

木のテーブルを前に、洒落たカップで熱いコーヒを飲み、何かを語りあうということは、私たちの旅には一度もなかった。
真っ暗闇に押し潰されないように、じっとじっと寄り添っていたのだった。

| 2005-10-19 09:19 | 鳥のひろちゃん


空が悲しい

あの旅の途中の青い空の下で、山の向こうの見詰めながら、目指す村に辿り着く夢を語った夏の日があった。道ばたに屈んで雑草を引き抜きながら、片寄せ合って二人で夢を考えていた。

そう、あの村のどこかで別れてきた女のことを、十年近くも前に棄ててきたオンナのことを、何を今更考えてみたころで始まらないじゃないか。悲しい素振りなんかやめてくれ。

あの旅を途中で切り上げて、二人でそこで暮らそうなんて、本気で考えていたんだけれど、怖くなったのは、どっちだったんだろうね。
十年経ったらあの村で小さなペンションをやってるよ。美味しいキノコの料理をしよう。そんな会話を、今はもう誰も覚えていやしないだろう。

二人が目指した村にあれから一人で行ってみた。何もない寂れた村を確かめてみたかった。小さな神社の角を曲がって、ひっそりと山陰にある沼のほとりを通って急坂を降りると廃校があった。もう何年も誰も耕さなかった田んぼがあって、枯れた草が生い茂っていたよ。


ひとりじゃ旅に出られやしない。あいつがそこにいるようで。

鳥のようなオンナだったあいつを想うと、きょうの夕焼けは何故か悲しい色に思えてくる。
空が冷たくなるほどに、燃え尽きるように空が赤い。
鳥になれなかった俺を思うと、ああ、空が悲しい。

| 2005-10-22 18:35 | 鳥のひろちゃん


プラタナス

街路樹のプラタナスが葉を落とし、緩やかな風に舞っている。

枯れているのだから寂しかろうに、スキップをするようにサラサラと吹けてゆく。

そう、一度だけ訪ねた街には、綺麗なプラタナスの街路があったよ。
でも、私たちの熱く燃えた恋に、秋は来なかった。

ふと、そう思ったら、アイツのマフラーとコート姿も見てみたかったなって…。

今ごろ、何処で、この寒風に吹かれているのだろうか。

| 2005-11-20 12:20 | 鳥のひろちゃん


ひとり、寂しいヤツだったんだ

「お母さんが、お父さんに足蹴にされていたのを私は見たの。浮気をした女なんか死んでしまえ、って蹴られてるのよ。それから、何日かが過ぎてお母さんはいなくなったの。」
しばらく黙って考えてまた話を続けた。
「ファザーファッカーっていう内田春菊の小説があるのよ。あんなカンジなんだよ。」

あの子が小学生のときで、あの子の妹はまだ幼稚園だった。
だから、私は母のない子なのだ、と言う。


ずっとひとりで生きてきた。
初めて生理になったときも父がきちんと薬局に走ってくれた。
父さんは優しいこともあったけど、憎かった。
バイトで稼いだ金も父が巻き上げてしまう。

身体を売る以外は、何でもやりました。
フーゾクだってちょっとは知ってるよ。
高三のときに朝までバイトがあって、学校で眠くて仕方なくて、うっかり眠ってしまったら、担任が「オマエ、身体を売ってるんだろう」って言いながら髪を引っ張りまわすんだ。
でも、私、そんなことしてないよ。

でも、先輩に騙されて、やられちゃったの。
バカヤローって叫んでも仕方がない。
お父さんは酒ばかり飲んで私に当り散らすから、私は家を出たんだ。
多摩川の傍にあるオンボロなアパートだったんだよ。
ミニバイクで寒いのにバイトや学校に通ったんだよ。

----

私は、アイツの話を信じて聞いて、思いきり抱きしめたのでした。
でも、
ほんとうは私がアイツにとことん騙されていたんだなと、随分後になって気づくわけです。

| 2005-12-02 20:30 | 鳥のひろちゃん


もしも、もしも、もしも

もしも、今、アイツがボクの前に現れたなら……
ボクは彼女にあるひとつの質問をすると思う。

でも、それはきっと決別の結果になり
仕方なく、ボクは彼女を拉致して
できれば同意のもとで、
永遠に誰にも追いつかれないところへ連れ去るか
さもなくば
彼女を八つ裂きにして
ボクもあとを追うしかない。

---

もしも、
クリスマスプレゼントに何が欲しい?と聞かれたら
夢の中で構わないので
彼女ともう一度逢いたいと、ボクは言うだろう。

| 2005-12-11 08:01 | 鳥のひろちゃん

いつも空を見ていた 1


いつも空を見ていた

好きだった人

いつも空を見ていた
飛行機雲が見えたら家まで電話をかけてきた
おまえの部屋の窓からも見えるかーって尋ねた
いつも空を見ていた

好きだった人

夜になっても空を見上げていた
星の名前なんか知らないけれど
天文学者になりたいなとつぶやいていた

いつからかわたしも空を見上げるのが好きになっていた
言葉に詰まるとそっぽを向いて空を見た
いつも青空ばかりじゃなかったけれど
そんないくつもの顔を持った空がわたしは好きだった


雨がやんで小鳥がさえずりはじめると
緑の新芽を精一杯に吹き出した森の雑木たちが
ざわめき出すような気がした

峠には木霊が棲んでいた
太陽が差し込み
雨のしずくがきらりと光った

あいつはいつものように空を見上げて言った
別れのときが来た
新しい道を歩もう

空は青く
飛行機雲さえなかった

シリーズ【鳥のひろちゃん】

--

2002年4月
私は、こんなことを「塵埃秘帖」に書いている。
語り尽くせない想いがあったのだが・・・・

| 2002-04-10 20:00 | 鳥のひろちゃん |


初恋の日は枯葉のように

私が変わってしまったのかもしれない
だから、もう、昔のような情熱は
そのかけらさえもなくなったのよ

向かい合えば見詰め合い
手を握り
共にハミングをしてうたったこともあった

人の心は枯れ果ててしまうのかい

貴方を抱きしめて
遠くへ連れ去ってしまいたかった

真っ赤に燃える地球の創世記のような
燃えるような情熱は
すっかりと影をひそめてしまった

もしも今、君に街で出会っても
私は
下手な役者のように照れるだけで
「今は君のことなど好きじゃないよ」ともいえずに
未練な顔をするのだろうか

素直じゃないね
好きなくせに

明日はたなばた様。何をお願いしましょうか。

色あせ消えてゆく私の思い出たち

〔7月6日/2004年〕

Tags:はじまり 追憶

| 2004-08-14 21:12 | 鳥のひろちゃん


海はきらいさ

ほんとうは海が好きだった

初めてアイツと旅をしたときも
江ノ島の海を二人で見つめていた
都会の匂いがしたけれど
あれほど饒舌にしゃべっていた二人が
黙って遠くを見つめていた

決まり文句のように私は海が嫌いだとつぶやいて
アイツがどうしてと問い返したら悲しくなるからとこたえていた

私は日蔭に生まれて日蔭で枯れてゆくのよといつも口癖にしていたあの女
ほんとうは日向(ひなた)に出て幸せに浸りたいと夢見ていたに違いない
ほんとうの悲しさなどあなたにわかるものですか
あなたなんて幸せに溺れて海に沈んでしまえばいいのよ

私が幸せに溺れて深く沈んでゆくことを予言したのかもしれない

・・・・

もしもあの時私がアイツに海が嫌いだなんていわなかったら
今頃は違うドラマがあったのだろうか

※北山修詩集を手にとって
二人の恋がウソだったのだろうかと笑ってみる

〔7月22日/2004年〕

| 2004-08-14 21:33 | 鳥のひろちゃん


夢で もし逢えたら 素敵なことね

幾人もの人たちが通り過ぎるなかで
偶然に私があなたの前で立ち止まった
タダそれだけの出会いだった

名も知らぬ人なのに何ヶ月か後には友達になり
何年か後には恋人になり
夜通しで人生を語り
雨にも負けず旅をした


再会のときは、別れのときだった
あなたと私はいつも雨の中で、雨の中を散策していたのに


あの日ばかりは晴れていた
桜の花は散っていたけどツツジは綺麗に咲いていた
花びらをひとつちぎって蜜を吸ってお別れだった

あなたに逢うために 眠りたい

〔7月25日/2004年〕

| 2004-08-14 21:45 | 鳥のひろちゃん


流れる雲を追いかけながら本当のことを話してみたい

旅に出ると必ずひとりで歌を歌う。
よしだたくろう
ヘルメットのなかで大声を張り上げて歌うの。

やがて、
知っている歌が無くなって、同じ歌のサビばかりを繰り返している。

あなたに逢うために幾晩も掛かって幾つもの山々を越えて走り続けたときも
空を見上げては、吉田拓郎を歌った。

どうしても逢いたい。ひとめでいいから逢いたい。

おしゃべりな私は、逢えばあなたから離れることができなくなるだろう。

積もる話もある。
言い訳もある。
抱きしめたい。

本当のことを話してみたい。

| 2004-08-21 08:13 | 鳥のひろちゃん


そばかす

オリンピックの中継をラジオが流している。通勤帰り。

それほどスポーツや勝負に興味があるわけではないので
2時間も車の中でこんな放送を聞き続けるのは苦痛だ。

そんなわけで、カセットを適当に探し当てて入れてみたら
ジュディマリのユキちゃんの声だった。

そばかす

コレは、あの人が(どの人よ?)くれたテープだ。
いやだな未練たらしい…と思いながら
「そばかす」を聴いている。

♪----
そばかすの数を かぞえてみる
汚れたぬいぐるみ抱いて
胸をさす トゲは 消えないけど
カエルちゃんも ウサギちゃんも
笑ってくれるの

想い出はいつも キレイだけど
それだけじゃ おなかがすくの
本当は せつない夜なのに
どうしてかしら?
----

この歌を聴くと
そばかすだらけだったあの子を思い出し、
どれほど憎んでいても
ひとときだけは許してしまう。。。

| 2004-08-24 22:49 | 鳥のひろちゃん


五番街のマリーへ

天気が崩れ始めた。
山霧が峠を覆う。

バイクに乗る旅人は、
どんなに雨がきつくても
どんなに峠が寂しくても
弱音を吐いてはいけない…

そんな意地があるものか。

私はひとりで山の中を走り続ける。
霧の中で、うたをくちずさむ。
同じフレーズをくり返しくり返し…

| 2004-09-04 08:49 | 鳥のひろちゃん


風は生まれ旅をして

バイクに乗っているときは
僕は風だ。
風のように行く当てもなく
自由の時空を彷徨う。

しかし、
それはひとつの妄想なんだなと思い始めると
一気に現実に引き戻される。

僕は君に逢うために旅をしている。
遠い街に住んでいる君にどうしても逢って
僕と結婚しようと伝えなくてはならない。

いつかは同じ場所へ戻ると
話してた君

最後に別れてきたあの場所に行けば
再び逢えるのだろうか。
夢を実現しようと語り合ったときに
二人で住もうと相談した遥かな街を訪ねれば
君はいるのだろうか。

あの場所を覚えてる今でも

僕の知らない歌をカセットテープに入れて君はくれたね。
今、それを聴いているんだ。

遊佐未森の「風の吹く丘」というんだ。

----

 風向きが変わる前に 走ればまだ間に合う
 どうしても言えなかった 言葉を君のもとへ
 風向きが変わる前に 走ればまだ間に合う
 胸の中しまいこんだ 想いを君のもとへ

| 2004-09-05 18:18 | 鳥のひろちゃん


何の期待もしない とは なんてロマンチックだろう
 (散リユク夕ベ 銀色夏生 から)

京都の街の繁華街から少し外れた大通りでした。その通りの橋の下を琵琶湖疎水が流れていて、枝垂れ柳が川べりに幾本も植えられていました。

そこでひとりの女性と出会いました。でも、それは儚い出会いでした。喧嘩をして別れて、仲直りをして再び喧嘩をして…。大原三千院をふたりで訪ねたときはお互いが無言でした。

1冊の詩集を私の机の上に置いたまま、その子は私の前から消えてしまって、二度と会うことがなくなりました。

詩集の一節
  . .
  何の期待もしない
  とは
  なんてロマンチックだろう
  . .
何かを予言していたのだろうか
私に何を告げたかったのだろうか

あれから何冊か銀色さんの詩集を読んだけど、「散リユク夕ベ」だけが本棚でブリンクしてるのです。

-----

銀色夏生 散リユク夕ベ 銀色夏生 詩集から

| 2004-09-15 21:46 | 鳥のひろちゃん


さよならは別れの言葉じゃない

そうだ

ぼくは、あいつと別れるときに
さようなら
なんていう洒落た言葉なんか、言わなかった
何て言ったんだろうか

だから、二度と逢えなくなってしまったんだ…

再び逢うなんて
そんな約束なんて
交わさなかった

| 2004-09-22 14:11 | 鳥のひろちゃん


僕たち何も知らずに別れたのか

僕たち
唇が腫れるほどキスをしたのに
好物のこととか
キライなものとか
好きな音楽とか
血液型とか
本とか
ドラマとか
知らないまま別れたね。

ああ、おでんを食いたいな。
そう、キミとだよ。

| 2004-10-06 22:20 | 鳥のひろちゃん

2009年5月 6日 (水曜日)

いつも空を見ていた

  ■----------------------------------------

  〔2002年の塵埃秘帖4月号から〕   

 

  いつも空を見ていた

 

  好きだった人
 
  いつも空を見ていた
 
  飛行機雲が見えたら家まで電話をかけてきた
 
  おまえの部屋の窓からも見えるかーって尋ねた
 
  いつも空を見ていた

 

  好きだった人
 
  夜になっても空を見上げていた
 
  星の名前なんか知らないけれど
 
  天文学者になりたいなとつぶやいていた

 

  いつからかわたしも空を見上げるのが好きになっていた
 
  言葉に詰まるとそっぽを向いて空を見た
 
  いつも青空ばかりじゃなかったけれど
 
  そんないくつもの顔を持った空がわたしは好きだった

 

 

  雨がやんで小鳥がさえずりはじめると
 
  緑の新芽を精一杯に吹き出した森の雑木たちが
 
  ざわめき出すような気がした

 

  峠には木霊が棲んでいた
 
  太陽が差し込み
 
  雨のしずくがきらりと光った

 

  あいつはいつものように空を見上げて言った
 
  別れのときが来た
 
  新しい道を歩もう

 

  空は青く
 
  飛行機雲さえなかった

 


 

  あの子のこと・その1

 

  その子のこと・その1

  〔塵埃秘帖6月号から〕

 

  これでお別れだと決めた夜にも私はその子を抱いていた。別れ話を口にできずただひたすら手を握りしめた。二人で幸せになるんだと信じて何も疑わないその子を、ポイと海に放り投げるように突き放して、別れてしまった遠い夏。あの夏も雨が幾度となく旅の私をいじめた。雨があがると蒸し暑い朝を迎えた。大きな橋を渡った後に、川霧を見おろしながら私は言った。

  「……」

  あの子は何も返事をしないままそれきり一度も振り返ろうとしなかった。別れの瞬間だった。〔6月12日〕

 

  あの子には鳥のように自由にふるまう気ままさがあった。誰にも束縛されずに大空にひとりいて、地上の獲物を狙っていた。ときには、甘えた猫のように無抵抗に自分をさらけ出した。私を騙して、抱かれる悪い女でもあった。でもたったひとつだけ、謎を残して消えてしまった。〔6月19日〕

 

  私たちは弱虫同士だけれど、助け合えば必ず成功するよ。十年後の夢をここに描こうよ。この崖から飛び降りようなんて言い出したらダメだよ。〔6月20日〕

 

  別れは突然やってきた。そう、風に吹き飛ばされる麦藁帽子のように私の前からアイツは消えてしまった。〔6月23日〕

 

  あの日も雨が激しく降っていた。夕暮れ前に買物を済ませて部屋へ戻って、わずかに灯油が残るファンヒーターに火を入れた。何も疑うことなく、惣菜をつまみながら過去を哀しみ、夢を語った。せんべい布団が一枚あるだけのささやかなひとり住まいの部屋に、ほのかに明かりが点ったようだった。横顔が可愛かった。〔6月24日〕

 

  〈続・あの日のこと〉

  二日めになっても雨が降り続いていた。いつから私は雨降りが嫌いになったのだろうか。冷たい雨はその子の首筋から背中へと染みこんでいった。苛立ちを隠せず、服を脱ぎ捨て、ひでぇ男に騙された夜のことをポツリポツリと話し始めた。〔6月25日〕

 

  桑の実を摘んで食べた。お父さんは優しくて、いっぱい摘んでくれた。でも、時には鬼ような父の姿もあった。暴力をふるう父。妹だけを大事にして、姉である彼女には、去っていった妻の仇のように冷たく当たった。だから18歳で家を出たという。そこは多摩川沿いのボロアパートだった。〔6月27日〕

 

  あれは湘南の海岸だったんだとあとで気がついた。彼女は自分の哀しくて醜かった過去をひとりで握りつぶしながら私を海に誘った。雨は嵐のように吹き荒れ、砂浜は悪夢の舞台のように乱れた。この子は私にとって重苦しい子なのかもしれないという予感がそのとき走った。筋書きのないドラマだった。まだ私は決め兼ねていた。〔6月28日〕

 

  (詩篇)

 

  君をさらってどこまでも走り続けてゆけるなら僕は深い深い幸せに酔いしれることができるだろうけれど、いつか二人が無言になって不安を語ろうとしない時間がやってくるに違いない。そのとき、僕は君の手を取ってあの山の向こうへと旅を続けられるだろうか。そんな勇気があるだろうか。ねえ、どこまで、そして何故、私たちは走るの?君の問いかけは厳しい。僕には迷いがあったのだ。〔7月2日〕

 


  あの子のこと・その2

 

  彼女が貞心尼の話をしてくれた。長岡藩士・奥村五兵衛門の娘として生まれた貞心尼は、幼いころ母と死別し乳母に育てられた。文学好きでふっくらとした美少女だったという。17歳で結婚するが、6年ほどで離婚し23歳のとき閻王寺にて髪を落とした。父と言い争い家を出て行ってしまった自分の母の面影を追い、幼い頃に裏の河原で水遊びをしてくれた父の姿を思い、さらにひとりぽっちになってしまっている自分とを貞心尼にオーバーラップさせていたのだろう。〔7月3日そのⅠ〕

 

  雨が上がって、長野県から新潟県へと県境を越えた。彼女は良寛と貞心尼を思い詰めてか、少し無口になっていた。私たちの旅は二日目に入っていた。このまま地の果てまで一緒に行けたらどれほど幸せだろう、そう何度も思いながらも、二人の実らぬ恋を私は案じていた。閻魔堂へと峠を越えるか、それとも子どもの頃に父と水遊びをした裏の河原を探しに文字村を目指すのか、彼女は悩んでいた。私の迷いは、緑に萌える越後の山塊を見ても依然と燻っていた。〔7月3日そのⅡ〕

 

  千曲川は名前を信濃川と変えている。およそ今までに出会ったことのないような豊富な水を抱え込み、蛇行することもなく悠々と流れている。河岸段丘を眺め下ろしたり、津南という町の小さな温泉に浸かったりしながら私たちは川沿いを下流へと走ってゆく。二人には会話など不要だった。ひとりごとをいう私の口の動きを正確に捉えて理解しているかのように、バックミラーに映る彼女の笑顔はにこやかに反応していた。幹線国道の通行止めで少し迂回をした。そのときも私が止めたバイクに歩み寄り、君について行くよ、と言ってまた自分のバイクに戻っていった。〔7月4日〕

 

  二人でいれば怖いものなどなかった。とりわけ不幸せが私たちを襲ってくるような不安はなかった。人里を離れた寂しい村を目指して旅は続く。やがて私たちは結ばれて、温もりのある小さなペンションを何処かで始めたいね、と語り合い、そして見つめあった。森立峠を越えればそこには閻魔堂があるけど、そこへ向かう交差点を左折せずにさらに北へとゆく道を選んだ。もしもこのまま二人がはぐれたとしても、三年後の今日かもしれないし五年後の今日かもしれないけど、私たちは文字村に辿り着くこの道のりの何処かで必ず再会できるような赤い糸で結ばれている、と彼女は言った。〔7月5日そのⅠ〕

 

  父の冷たい仕打ちに絶えながらも、学費だけは稼ごうと思ってバイトだけはやっていた。その疲れた身体を教室の片隅で休ませていても、深夜に風俗でバイトをしてるんじゃねぇか、と疑ったり、三日ほど風邪で寝込んでも、子どもができたんじゃねぇか、と担任は冷たく怒鳴ったという。進学校で成績もよかったけど、不運でお金がなかったし、家を出てからも何度も何度も男に騙されてしまった過去を、彼女は打ち明けた。昔を思い出して俯いてしまう姿を見つめていると何も言葉も掛けられず、私はただ手を握り締めるしかなかった。あの夜、星を見ようと言ってテントを出た彼女をその場できつく抱きしめた。〔7月5日そのⅡ〕

 


  あの子のこと・その3

 

  二人が初めて出会ったあの年の春、大きな湖を見下ろす高台の展望台から、遠くに見える断崖の果ての水際に小さくひとつ咲いている白い花を見て、あの花はなんという花なのだろう・・・と彼女は何度も繰り返し呟いていた。湖面に今にも吸い込まれてしまいそうな急斜面の茂みの中にポツンとひとつだけ白い花が咲いている。自分の生きざまのように感じていたのか。幾度となく旅は繰り返され、その終わりは夏だった。木槿(むくげ)の花が好きだと彼女は口癖のように言った。出会うまでは気にも懸けなかった地味な花だが、旅の途中の街道沿いに並んで咲いていたのが痛々しい記憶として残る。決して美しくもなく香りも放たない。寂しい花だと、今になってしみじみ、そう思う。〔7月6日〕

 

  七夕さまの夜になるといつも必ず思い出す。旅先のテントの中で星空を見上げながら自分のちっぽけさをいつも嘆いていた。どうして空が青いと元気が出てきて空が暗いと反省ばかりが浮かんでくるのと呟いた。今夜は昨日よりも星が瞬くから私たち神様に見つめられているんだよと言ったあと、五年後でも十年後でもいいからこの空の下の何処かで私たちは二人で幸せに暮らしていたいねとも言った。許されない愛を人は悪意を込めて不倫だと罵るけどこんな情熱的でまじめな恋はないよ。深夜の森に包まれている。鳥たちの声が消えて私たちの愛が触れ合う音だけになってしまう。身体の奥まで痺れてゆく。〔7月7日〕

 

  猫って主人に媚びるわけでもなくて気ままだけれど、私はそんな生きかたよりも鳥のように生きたい。明日になればもっと強い獣たちに命を狙われるかもしれなくとも、自分の力で地面も空も自由に選んで、私を狙っているヤツラを見下ろしていたい。彼女は話し続けた。私だって大勢で仲良く暮らしたいし、家族も大事にして仲睦まじく生きていたい。でもね、人間なんて考えていることは所詮わがままで勝手なんだよ。いつかひとりで社会の放り出されてしまうんだよ。私たちのように恋人同志だったら力を合わせて…ねえ、新しい家を建ててペンションを始めるの。海の見える高台で、窓を開ければ水平線に朝陽が昇るんだよ。〔7月10日〕

 

  この子が夢を語ると、身につまされような現実感とそこから永遠に逃避しようとする虚脱感のようなものに襲われる。じわりと彼女の不幸が私にのしかかり、彼女の幸せは私にしか叶えられないんだという呪縛のようなものが私に取り付く。初めて会った朝が不思議だった。京都の古寺の山門前で彼女は佇んでいた。何かの拍子に彼女が置いたバイクが倒れそうになった瞬間に、偶然、私がその前を通りかかり、そこから会話が始まった。別段、可愛らしくもなく、ファッショナブルでもない。全身じゅうが埃臭く髪がボサボサで、田舎っぺの女の子だ。ニコニコと私を見つめて愛想がやけに良かった。騙されないぞと思いながら一緒に古寺の拝観券を買った。〔7月11日そのⅠ〕

 


  あの子のこと・その4

 

  ねえ、あなたの地方の太陽が沈む色は私のところの色とは全然違って真っ白に見えるわ。私の太陽はもっと赤くてもっと大きいような気がするの。東北の太陽は本当に赤く燃えながら沈むのだろうか、と私は素直に思った。理屈など考えなかった。じゃあ、一度、君の生まれた村に太陽が沈むのを見に行こうじゃないか。夏になったら行こう。私はそう言い返して黙ってしまった。無口は嫌いだよ、何か喋って欲しいよ、とすかさず彼女は言う。決して大声でもなく話題が豊富でもないが彼女はおしゃべりだった。喋るのが好きであった。まるで喋る友達が今まで居なかったのではないか、と思わせるほどだった。〔7月11日そのⅡ〕

 

  桜並木は新緑の葉で満ちていた。その木陰から大きな湖を眺め下ろして、白い花を見つけた後、家に帰る心の準備をし始めた。太古の昔に湖が残してくれた平野の中を、言葉を交わすことも無く、ただひたすら家路を想って高速道路のインターに向かった。比叡の山に懸かった黒い雲は、早苗の広がる水田地帯に不吉な風を吹かせ始めた。お互いに雨の心配事を言葉に出さず、SLが走っているのを眺めた。煙突から吐き出す煙が風で散らばってしまう。あれだけ喋りまくったのに、別れ間際には私たちは無言だった。「もう行かなきゃ…」。インターで手を振って見送った直後に豪雨が私を追い越してこの子の去った東の方角へと駆けてゆく。〔7月12日〕

 

  彼女は自分の名前を告げずに去って行った、にもかかわらず数日後に私あてにメールをよこした、そこにはあの日のお礼とインターで別れた後のことが綴ってあった。ちょうどパーキングでトイレ休憩に入ったところに大粒の雨が襲ってきたという。強い運に支えられて、したたかに生きて行く野性的な性格を彼女は備え持っていた。それは動物がジャングルで生き延びるために持つ獲物に執着する天性の野性味のようなもので、彼女がこれまで生きてきた環境によって培われた霊感のような能力でもある。そのしたたかさが不吉な予感のように私には怖かった。或る日、もしも大喧嘩をするとしたら、それは彼女との距離を錯覚してしまい、自分を見失ったときではないか、とも思った。〔7月14日〕

 

  彼女のことをなるべく記憶に残さないようにしようと努めていても、彼女から届くメールがトリガーになって過去が戻ってきた。1,2年前に桑の実を探しに行きたいというメッセージをネットワーク会議室で読んだことがあったが、その発言者がこの子だったことをメールで初めて知った。子どものころ、優しかった父親に連れられて桑の実を摘んだ思い出があり、もう一度、その実を摘んで食べてみたいという。信州は養蚕が盛んであった地方だから、何処かの町に昔からの桑畑が残り実が成っているのではないか、と私は考えた。とにかく信州に行ってみるしかない。春の終わりを締めくくった黄金週間の旅日記をまとめあげる前に、私は桑の実を探す旅に出た。〔7月16日〕

 

  どうしても彼女のことを切り離したい。日記にさえも登場させたくない。私は私であるし、ひとり旅をすることをひとつの像としてきたのだから、そこに彼女が割り込んで入ってきたことを腹立たしく感じた。猫のように甘えて見せるひとときがあり、ひとりで獲物を狙う隼のようなスタンスでいる彼女が邪魔であり恐怖でもあった。しかし次第に彼女は私の拠り所になりつつあった。5月末、梅雨の走りの合間に桑の実を探すために天竜川を遡り、木曽山脈を越える峠の入口で二人は待ち合わせをした。雨上がりの天竜川はチョコレート色の濁流となり、私を地獄に引きずり込んでしまうぞと脅すかのように横たわっていた。南アルプスのあの透き通った雪解け水がどこでこんな泥水に変わるのか。〔7月17日〕

 

  「ねえ、私のことをこれからは基花と呼んでよ」待ち合わせ場所に現れた彼女は、バイク停車させると同時にそう叫んでいた。きっと高速道路を飛ばしてくる間も、1ヶ月ぶりに顔を見せるのだから、最初に何から話し始めようかをずっと考え続けてきたのだろう。待ち合わせの橋の上から川を眺める私の姿を見つけて、手を振らずにじっと我慢をしたのだろう。基花、基花と口ずさみながらやって来て、自分の体重の3倍ほどもあるバイクを止め、よろけるように降りて彼女はそう言ったのだった。桑の実のあてなど私にはまったくなかった。山の斜面に沿って峠を越えてゆけば野生の桑の実があるかもしれない、と考えていたが、どうでもいいような気も湧いてきて、特別な打ち合わせもせずに伊那谷から木曾谷へと峠道を二人は越え始めた。〔7月18日〕

 

  「さびしいという字には人がいないんだよ、ほら、淋しいってこう書くでしょ」と言って人差し指で宙に山水偏に林を描いて見せた。その字の向こうには緑の山脈があり、覆い被さるように南アルプスの白い嶺が鮮やかに青空に映えている。峠の森には人っ子ひとりいない。車も通らない。1時間以上峠道を走り続けて来ても誰ともすれ違わない。しかし、人が居ないということは、ほんとうに淋しいことなんだろうか。鳥がさえずり、樹木たちがざわめく林に居て風に吹かれていれば、淋しいという言葉なんて遥か昔の人々が考え出した夢を叶えるためのお呪いのようなものであったのかもしれない、と思えてくる。二人でいれば何処に淋しいという概念が生まれてくるのか。そんな言葉など不要だ。青い空を見上げながら無言の時間が過ぎる。〔7月19日〕

 


  あの子のこと・その5

 

  ほら,君はまた空を見上げている…。いくら一生懸命に空を見てもあの山のずっと向こうにある君の古里へ、僕たちはそう簡単に行けやしない。山を越えるだけなら誰にでもできるさ。難しいのは、あの里山に住んでいた人々を、今になって許してあげられるかどうかだと思うよ。君と僕が旅を始めるきっかけは大昔に君が水遊びをした川原に行って、石ころを積んで遊んだあのころを思い出すことなんだ。裸足で川原を駆ける君の面影と、君を育んでくれた山や川に僕は出会うことなんだ。そこで僕も一緒になって空を見上げてみるよ。君の過去の苦しみは簡単に消えやしないけど、力を合わせれば新しい未来がやってくる。二人で青空にとけてゆけたら僕たちは魔法の世界で結ばれるのかもしれない。〔7月21日〕

 

  もっかの本名は基花という。いつも一番最初に名前を覚えてもらえるようにと父が付けてくれたという。この子は他人に基花と呼ばれるのが嫌だった。高校時代の成績は優秀だったが、負けん気が強かったので仲間が少なかったし、小学生の時に母が家を出てしまったことが負い目だった。父は妹ばかりを大事にして、茶碗が洗ってないと姉の基花を叱り、自分が仕事で不愉快なことがあっても基花に当り散らした。だから家での居心地は決して良くなく、帰り道にあるファーストフードでアルバイトをして、遅く帰るのが彼女の日常だった。学費もろくに出してくれなかったので辛くても働いた。眠そうにしている彼女を担任は辛辣に攻めた。「男相手の仕事かい?」となじった。しかし、それ以上にクラスメートに基花と呼び捨てにされることが彼女には最も辛いことだったという。私は真摯に生きてるんだ、と怒りが込み上がったという。〔7月22日〕

 

  担任が「基花」と呼び捨てにし、クラスメートも同じようにそう呼ぶのがどうしても好きになれなかった、と基花はいう。さぞかし辛かったのだろう。傷は相当に深い。友達はたくさんいたように見えたが、受験が山を迎えるとみんなは去って行き、貧乏で大学に進学などできそうにない基花は、自力でゆける専門学校に進んだ。頭は良かったので学校での成績は上位で就職にも困らなかった。高校を出てまもなく家を出て多摩川沿いにアパートを借りて住んだ。専門学校に行きながらもバイトは続けていた。お金に困ったこともあって、少しヤバイ仕事にも手を染めたという。風俗かどうか、そのことまでは基花の口からは語られなかったが、二十歳前のころのことを尋ねても何も私には話さなかった。言いたくない、死んだほうがマシだ、と言って止まなかった。〔8月3日〕

 

  私は彼女を基花とは呼びたくなかったが、結局のところ呼び名に困った。親しみを込めて「基花ちゃん」と呼んでも許されただろうが、そうも呼ばなかった。内心では、基花という名前が私には宝物のように思えてむやみに呼ばずにいたかったのだろうと思う。取っておきのときに呼ぶためにしまっておこう。そう思った。新しい名前を考え出せば、過去をそこに残して、また新しくこれからを始めることができるような気がした。しかし考えても考えてもいい呼び名が決まらず、そうこうしている間に私は彼女を「基花」と呼ぶようになってゆく。〔8月4日〕

 

  月日はあっという間に過ぎてゆく。旅は続く。私たちは読み切り小説のような旅をふたりだけで続けた。基花のことが好きだったのかというと、熱烈ではなかった。あれから基花の昔話をテントの中で聞く夜を何度も過ごした。月に2度ほど、野営場所を打ち合わせて、テントで夜を過ごすという日々が続いた。〔8月某日(忘日)〕

 

  基花は一人用にしては少し大きめのテントを持っていた。昔の恋人がアパートに置いていってしまったのだという。その話を聞いて私は彼女の過去が気になった。しかし、お互いの辛いところには触れ合わないでいようという約束ごとのようなものもあって、基花が思い出したくないことには、私からも触れようとしなかった。基花が私をどう思っているのか、わからないまま私はテントで夜を過ごし、一緒に星空を見上げた。真っ暗闇の草原で星を見た。言葉もなく抱きしめた。「僕と暮らそう」とつぶやくように私は言った。〔9月7日〕

 

  真夜中に御嶽山の真っ白い雪は見えなかったが、うっすらと山の形が見えるほどの月の明かりがあった。いつまでもいつまでも抱きしめていたいけど、これから何が起こるのかを想像すると怖かった。ふたりでどこか遠いところに逃げてゆくのか、ひっそりと山の中で暮らすのか。それとも都会で誰にも邪魔されずに暮らすのか。夢は果てしないが、そんなに簡単に実現できるとも思えない。私は独身ではなかったし、おいそれと彼女のもとに走るには民法的にも人道的も解決せねばならない難題が山積だった。しかし、大きな不安を持ちながらも、直感のようなもので彼女を抱きしめている自分が怖かった。〔9月18日〕

 

  明くる朝、基花よりも早く目がさめたのでテントを抜け出し草原に散歩に出た。迷いが二日酔いの毒素のように身体にこびり付いているのがわかる。彼女を幸せにすることができるのは私しかいない、という強い信念がある一方で、現実の波もたやすく想像できた。数十分の散歩を終えてテントに戻ろうとすると、遠くから彼女が朝の食事の支度をしている姿が見えた。軽やかに跳ぶようにテントの周りで火を起こしスープを作っているらしい。迷いからくる不安に、言い訳を覆い被せるような気持ちで、私はテントに帰り着いた。そこに居た彼女は昨日の彼女ではなかった。妻のように私の片腕に抱きついて朝の挨拶をした。〔9月19日〕

 


  秋・その子のこと

 

  木枯らしに追われるような別れなり (ねこ)

 

  あと数日でその山には雪が積もるだろう。そんな山里でひとりの女〔ひと〕と別れてきたことがある。もう二度と会えないし会わないだろうとお互いに確信しながら、冷たい風に吹かれて、その場を去った。〔2002.12.1記〕

 

  昔を回想して「比叡おろしが吹いていた」と書けば、如何にも物悲しくせつない響きを誘うが、実際にはそれほどの風が吹き荒れた日ではなかった。秋も深まりつつある、あれは確か11月の初旬だったと思う。琵琶湖の湖畔で再会をした。伊勢志摩を案内したときの写真を人目を忍んで返して、後は何もなかったように言葉を交わした。一時期に燃え滾った情熱は、彼女の中ではおさまりきらず、焦りとなって私に襲いかかった。私には彼女を受け入れるだけの力がなかった。この激しい感情をこのまま受け続けたら空中分解になってしまうと感じたのだろう。夏のある日、別れる話を彼女にした。その後の2人の間での葛藤もさることながら、私の悲しみは痛ましく深くかった。夏が過ぎ、秋になっていた。写真を返すためにもう一度だけ会って、それで別れようと決意していた。もう二度と会えない人なんだと理屈で分かっていながら、時々、便りも出したし、返事も届くことがあった。彼女は幸せを取り逃がしたとは思っていなかったようだが、何度か繰り返してきた激しい失恋と縁を切りたいと思っていたのだろう。結婚願望が一層大きくなったと言っても過言ではなかった。〔12月7日/記〕

 

  ある日、あの子が話してくれた昔話があった。高校3年生の秋、山手線とある駅で、学校帰りにひとりの人に会った。成り行きで彼のアパートに行き、半ば犯されるようにやられた。「私って人が良すぎるのかなー」と言う。「強姦だったんだよ、あれは…。」お金がなくて大学に進学できず専門学校に行きながら仕事を始めた彼女は、多摩川の土手に近いぼろアパートに引っ越し、父親と別居生活を始めた。

 

  幾度も男にだまされた。職場では可愛がるふりをして、食事に誘われたりドライブに誘われたりして、一度抱かれたら棄てられた。金をせびられたこともあった。ありったけの貯金を貸したのに、トンズラされたこともあった。海辺のホテルで暴力的にやられて、引きちぎられた服のまま道路に飛び出し逃げて帰ったこともあった。甘い言葉にすぐ乗って、からだを許してしまう愚かな自分を、あまり多くは語ろうとしなかったが、今度もまたひとりの男に棄てられてしまった。細い糸でありながらも音信が続く男と、木枯らしの吹く湖のほとりで別れた。初めて会って肩を並べで湖面を見下ろした日々などロマンでもなんでもない。忌々しい思い出であるだけだ。からだじゅうがアザだらけだった。ふたりが別々の方角に向かって走り出したときに、田んぼの向こうをディーゼルカーが警笛音を響かせて走ってゆくのが見えた。あの日はあそこを蒸気機関車が走っていた。バックミラー越しにふたりが感動を伝え合った日はもう終わったのだ。

 


  冬・その1

 

  あの日もどしゃ降りだった。

  寒冷前線が通過して、雨はいっそう強くなり、アスファルトには水溜りができた。ふたりで傘を差してスーパーに夕飯を買いに出かけた。さながら昔からの夫婦のように寄り添って歩いた。合理的で理屈家であった基花は、相合傘で歩こうとせず、キッパリと断った。その割にはスーパーの中で大好物のお魚を買っている私を大目に見た。

  まだ日の暮れる時間ではなかったけど、部屋の電気をつけなければ薄暗いアパートだった。窓の外には建物の壁が迫っていて、カーテンを閉めることはほとんどないと言う。この日も例外ではなく、カーテンを開けたまま部屋の明かりをともし、ふたりは過ごした。誰かが見ているかもしれないという恐れなどこれっぽちも感じず、動物のように何度も何度も抱き合った。

  クリスマスの夜だった。二人でサンタクロースの思い出話をしながら夜を過ごした。

 


  冬・その2

 

  目がさめて布団の中で雨の気配を感じ取った。早朝、音もなく深深と降っている。

  それほどにも寒さは厳しくなく、難なく布団から出ることができた。隣で眠る基花の寝顔をしばらくうす暗がりで見つめていたが、もう一度寝入る気持ちにもなれなかったので洗面に立った。

  霧がかかった山々が二階の窓から見えた。窓の下の軒先には私たちのオートバイが止めてあり、しっとりと濡れた地面を避けて置いてくれている宿主の心づかいが妙に嬉しかった。垣根の向こうにある道路を走る車もなく、人の声も聞こえてこない、静かな朝だった。

  昨日、私たちはあてもなく一日を走り回り、名もない山里に辿りついたところでちょうど日が暮れかかった。小さなバス停の待合所の前に間口の広い料理旅館風の家があった。正面に業務用の大きな冷蔵庫が置いてあり、脇の棚にはお菓子や雑貨が並んでいた。この山里にはどうやらこの一軒だけしか店がない模様であることに気づいた私たちは、玄関から店の主人を呼んだ。

  「今夜の宿を探しているのですが」

  と店の主人らしき人に話し掛けると

  「そんな…こんな山奥には旅館などという気の利いたところはありません。ただ、私どもは料理屋で、座敷がありますので、お泊まりを希望なさるかたがあるときはお泊めして差し上げておりますが…」

  と言う。

  クリスマスから幾日かが過ぎ、街は静かになってゆく。

  あの日から、私たちの旅は始まっていた。

 


  すばる

 

  霧のように寂しい時雨だった。不思議にもその中へ散策に出てみたくなった。

  生垣の脇にある棄てられた石臼に水が溜まって、薄氷をはっている。あとで部屋に戻ったらあの子に教えてやろう、と考えて嬉しがってはしゃいでいる私がいた。

  少し裏山に登ってみることにする。山里の小さな旅館だと最初から思い込んでいたが、実は大きなお寺で、奥へ歩いてゆくと、斜面の途中には古代の中国に行ったような本堂や山門があった。山門までの石畳や階段を登りながら、谷の向こう側の斜面を見た。霧が漂う。川面を流木がゆっくりと流れるようにその霧も動いてゆく。針葉樹林帯の尖った樹木にクリスマスの雪のようにまとわりつきながら流れてゆく。

  雪に変わるかもしれないな、と思った。寒さは身に沁みてはこないものの、風がやみ空が随分と重く感じられる。この先に行って雪になったら身動きが取れなくなるので、今日の出発は諦めてもう一泊ここに世話になろう。ひとりごとを呟きながら山門附近をぶらぶらと歩き回った。

  登り窯のように勇壮に続く土塀があった。所々塗土が剥がれ落ちて、埋め込んである竹の骨が露出している。霧雨のせいでやや湿り気味だが、じっと忍んでいるように見えた。

  色褪せてしまった檜の柱に、小さな字で落書きがあるのを見つけた。けしからん奴がいるものだという怒りを抱きながら、その文字を追ってみた。

  落書きには

  南の空にすばるが見えるぞ
 
  あごを前に出して首をいっぱいに、のけぞるように後ろに曲げて
 
  空のてっぺんを見上げると
 
  星のかけらが六つほど見えるよ
 
  この塀にもたれて二人で見上げている
 
  一月二十二日

  と書いてあった。

  今夜はあいつと星を見ようか。そんなことを思ったのことなどあっただろうか。

  星が見たいのか、抱きしめたいのか。わからない。私だってわからない。

 


  ねえ僕たち熱くなりすぎている(怯え)

 

  彼女は猫のように私の脇に居て、私をいつも見上げて、見つめてくれた。何日もの旅のなかで、人生の重さやこれからの人生設計について存分に話したつもりだったのに、夜になると、昨日の話を忘れたかのように「10年後の私たちは・・・」と熱くなって語り合っていたのだった。

  私は怖さを感じ始めた。彼女の一途な性格と爆発しそうな熱い心に、私の人生がもしかしたら狂ってゆく、いや、もはや狂い始めているのかもしれないと気付き始めたからであろう。

  必ず精算して、やがてどこかで暮らそう、その日がきっと来ると信じている、としか、私から彼女には言ってあげられなかった。当然、彼女はそのことが気に入らなかったのだろう。再会をするたびに私の薬指から指輪を奪い取り、私の財布の中に入れてしまう。それが私の財布だったのは、再び指輪を元の指に戻さねばならない現実を認めていたことと、自分自身の焦りを隠すためだったのだと思う。でも、彼女の苛立ちや焦りを私は見逃さなかった。

  旅はあてもなく山村に向かって続いてゆく。冬枯れた峠への細い道をのぼりながら、この山を越えたらいったん彼女を家に帰し、私も旅を中断しようと考えた。

  「遠い遠い北の国の鄙びた村に行こうと思うの。」

  北の鄙びた村のことを基花が話すのは初めてではなかった。子供のころに父に腕を引かれてディーゼルカーに乗って、雪がたくさん残っている村を訪ねた記憶があるという話や、そこが父の生まれ故郷で近所に親戚の従兄弟たちがたくさんいたという話をして、懐かしがっていた。その一方、心の隅にある父への憎しみから来る嫌悪を隠せずに、町に対する拒絶の心も見せた。彼女の心はまだら模様だったのだろう。

  「春になったらバイクを飛ばそう。僕たち、お互い、冬の間は家に篭もって準備をしようよ。遠距離恋愛みたいなもんだよ。」

  私は思い切ってそう言った。しかし、すぐに

  「いやだ、すぐに行きたいと私は思う。」

  と彼女は言う。

  頑固さがあった。母に棄てられ父に当り散らされ憎まれて育てられた屈折が彼女の心のどこかにあって、愛する人への執着心になって現れる時があったのだ。だから、それ以上、そのことに触れることなく夜になるまで無言でいて、寝床で夢の話に付き合った。

  早く、見知らぬ山村に行きたい気持ちは私にも確かにあった。しかし・・・闇のように大きく、海のように重い恐怖が私にのしかかってくるようでひとときも落ち着かない。私の怯える気配を見ないふりをして、彼女は私の身体を攻めてくる。私は空を見上げている。すばるが南西の空に見えた。凍えるように寒い夜だった。やっぱし、峠を越えたら旅を中断しよう。

 


  冬

 

  長い冬が、何も無いような顔をして過ぎてゆく。

  しばらくの間、会わない日が経った。募る苛立ちと焦りで送る日々は、次第にマイペースに変化し、メールを送ってみることで紛らわすようになっていた。身体が性的欲情を我慢できないのは仕方が無く、苦心をしながらもお互いが爆発しない方法を考え出している。離れ離れになっているときの基花は、冷めた印象が強く、落ち着いているように思えたが、時には返事がない沈黙の一刻もあって、私はそのことで腹を立ててみたり落ち込まされたりして、それがまた基花の魅力でもあった。

  私たちは離れて暮らしていても、やがて、ひとつになって新しい道を歩み始めるだろう。そのときに、あなたは、私の手を引いて山を開き、いつも強く抱きしめて、十年後には牧場が広がる高原のそばに小さなペンションを建てる話を打ち明けてくれるでしょう。私はその牧場の夢のような風景を私の筆で絵に描いて友達に届けるわ。十年の結婚記念日には、たくさんの仲間を呼んでパーティーをしたい。

  基花は子供を欲しがらなかった。それは自分が子供のころに受けた仕打ちの辛さが身体中に染み込んでいて、自分が母になる自信がなかったのだろう。さらに、母というものが子供にとってどれほど大きなもので、寂しいときや不安なときには暖かく包み込んでくれるものなのだ、ということを味わった経験がなかったために、そういう欲望さえも生まれようがなかった、ということもあるらしい。

  基花は苛立ちが募ると自分を棄てた母の悪口を言いながら自分に冷たく当たった父のことを思い出し、ひどかった十代の思い出をわずかな言葉にして私にぶつけるように浴びせ、そんなことをしながらすっかり忘れてしまおうとしていたらしい。傷は相当に深く、癒えることはなかった様子だったが、辛い部分はそのままにしたままで、夢を語って紛らわして忘れたつもりになっていただけなのだ。

  春が近づいたら雪解けの村に旅に出るのだと、基花は繰り返し言い続けた。桜の花が咲く前に私たちは再び固く抱き合おうと毎日のようにメールに書き続けた。しかし、春が来るまでは辛くて寂しい日々が続いた。

 


  春

 

  春が間近だというのに、東京にも私の住む街にも大雪が降った。

  交通が乱れて1日じゅう家に居ようと決めて部屋で読書をしていたら、お昼前に電話が鳴った。

  「昨夜のバスで東京を発って今朝、雪で遅れながらだけど、近くまでやって来たの」

  基花はケロリとそう言い、車で迎えに来て欲しいと私を誘った。もしも、雪が降っていなかったらどうなっていたんだろうか…。私はいつものように家を出て会社に行ったはずだ。そのとき基花は何処にいる誰に電話をしたのだろう。そのことを考えると恐怖で胸が詰まりそうになるものの、大急ぎで身支度をして家を出た。

 

  花びらの舞い散る街はずれの小さな古刹で
 
  あなたと私は出逢ったの
 
  昔からの恋人のように川辺を歩き
 
  緑の山を眺めて佇んだ
 
  幼なじみだった友達のように
 
  手をつないで駆け出していた

 

  昨夜、一晩、バスに揺られてこの街まで来る間にいろんなことが頭をよぎったの。

  私はあなたと出逢ってまだ間もないのに、幼なじみの恋人どおしのように、こうして二人で会えるし、散歩もできるの。

  それがとても嬉しくて。

  二人で強く生きてゆこうと、バスの中で誓ったの。そしたら泣けてきて…ねぇ。

  一気にそう話してうつむき加減に私をにらんだ。そしてニコリとした。

 


  別れの言葉をさがしていた

 

  街へ誘った。

  もうコートも不要なほど暖かい日があると思えば、冷たい風の吹く日もあった。思いつきで家を飛び出してきた基花も、慌てて家を飛び出した私も、ふたりともギクシャクした格好で、「私たち、駆け落ちの恋人同士みたいね」と笑った。

  まんざら嘘でもなかった。

  駆け落ちの恋人で、あいつはこれから逃避行を夢見ている。私はこの女からどうやって姿をくらますかを悩んでいる。

  街を抜け出して海の見える公園に向かった。白い光が南の空から容赦なく私たちを照らした。基花は、髪が風でバサバサになるのを押さえながら、眩しそうに目を細めて私を見てニッコリする。

  ああ、私はこの女を裏切ることなど出来ない。でも、このままだと私たちには破局しかない。私の想いは沈み込んでゆくが、基花は演技をしているように決して暗くは振舞わない。

 

  この世に生まれて、あなたと私
 
  逢わなければよかったのかしら
 
  日蔭の花と日向の花
 
  私たちの蜜を吸う虫さんに便りを託して
 
  恋文だけを交わす仲でいればよかったの?
 
  いえいえ私はちがう
 
  いつか日の当たる明るい街角まで
 
  私の胞子を飛ばして旅をするの
 
  だから
 
  私たちは風に乗って遠くまで旅に行くのよ
 
  ねえ、雪が解けたら、花を求めて旅に行こう

 

  なんて潮風が爽やかなのだろう。この子とふたりでいると海の放つ哀しさがこれっぽちも感じられない。海に私の身体が融けてゆくような錯覚が襲いかかる。基花と深い海に沈んで行けたら幸せになれるのだろうか…

  〔2004年春に記す〕

 


  ふたたび、旅に

 

  桜の花はいとも簡単に散ってしまった。綺麗に咲き誇った花の回廊をふたりで歩くことをきっといつか叶えたい、と基花も私も願っていることは間違いない。

  夢は簡単には叶わない。

  オレたち、出会って1年になるんだなあ。

  あなたが「オレ」って言うのを初めて聞いたわ。

  1年過ぎてもまだ知らないことだらけよ。

  嵐のような雨のせいで無理やり散らされた花びらが、路地裏の水路をゆっくりと流れてゆく。水面から三輪車の車体の一部が見えている。ああ、この街を出てしまおうか。そんな弱気が自分を襲う。

  東北地方に向かって走れば桜も咲いているから、私は旅に出るよ。あなたとどこかで落ち合おうと思っているの、とメールに毎日のように書いてくる。

  さて、出かける準備をしよう。今度こそ、別れ話を切り出そう。

 

  ぼくたちはこうして
 
  手をつないでいるときが一番美しいね
 
  誰にも邪魔されないで
 
  遠くまで逃げてゆける
 
  おなかがすくときも
 
  眠くなるときも
 
  強く握り締めたくなるときも
 
  いつも
 
  わかるんだ
 
  幸せになろう

 

  越前から越後へと続く北国の街道は、灰色の海を背にして枯れ果てているように見えた。でも、私たちは何度も何度も止まって、何も語りあうこともなく隣どうしで道端に腰かけて海を見て、ひとしきりふれあいを味わって、また走り始める。

  〔2004年5月初旬に記す〕

 


  彷徨う

 

  ボクたちは淫らで乱れた男と女の姿をして
 
  いかにも心中をしますといういでたちで
 
  断崖から海を見下ろしていたかもしれない
 
  でも
 
  いつだってボクはキミを
 
  キミはボクを刺して殺してしまえるほどに
 
  血が騒いでいたから
 
  あの岬まで一緒に居よう
 
  あの山の峰の向こうまで一緒に走ろうと
 
  励ましあってこれた

 

  ボクがキミに
 
  「オレたちセックスフレンドみたい…」
 
  と言った瞬間に
 
  すべてが崩れてしまった

  下手な別れをしたもんだ

  〔2004年5月初旬に記す〕

 


  未練

 

  未練たらしい自分が途轍もなく嫌だった

  別れてしまいたい、別れなくてはならないという宿命だった基花にあまりにも心のない言葉を放ってしまった自分がつらかった。

  別れが間近に迫っていることに気付きながら、少しでもそのことを考えないようにしていた。けれど、心を隠すことは出来なかった私のひとことでそっぽ向いてしまった基花は、(実はそのとき、私は必死で彼女に泣き叫んでいたのだが)、私を振り返らなかった。

  別れとはこういうものだ…と、そう私は思わなかったし、思えなかったが、背を向けて走り出していた。たった今まで私たちが目指そうとしていた地に向かって、ひとりで放出されたのです。心は何度も振り返った。後を付いて来るはずもないない基花の姿を期待している。しみったれているけど、付いて来て欲しかった。目標にしているそこまで一緒に行きたかった。

  国道は北へと向かう。そこに分かれ道のないことを確かめながらどんどんと進んだ。大きな分かれ道があると、停車して彼女が追って来ないかと待った。大きな道の駅などでもバイクを止めて、あからさまに休憩をした。しかし、彼女は追いついてこなかった。。

  基花は言う。あれから?そう、私はともだちに電話をして、今の場所がいったい何処なのかを尋ねたんだよ。ひでぇ男だね、恋人を棄てて先に行っちまいやがって。私は信頼して付いて来てるんだから地図も持ってないのよ。どうやって東京まで帰れって言うのよ。あの晩かい?公園で寝たよ。怖かったけど、テントかぶってね。夜が明けたら高速道路で一気に東京に帰ったわ。貴方のことなど憎しみで殺したやりたかった。体の中に昨日の夜の体液が残っていて、それが少しずつ下着に流れ出すと、いっそう腹が立った。もう、愛などなかった。初めから無かったのかもしれないと思ったよ。

  もしかしたら追ってくるかも知れないと思った私は、典型的なバカだった。夕方になっても、基花がそのあたりの公園に居ないかと気にかけていた、基花が私を追って来るならここに来るだろうという宿を探して泊まったが、彼女の姿はない。当然である。彼女は私が泊まった宿には死んでも来るつもりなどなかったのだから。

  少なくともこの時点で私たちの運命的な別れは完成されていたのです。

  〔2004年5月中旬に記す〕

 


  誰がオマエなんかを追いかけるものか

  *

  どうせ、そんなことだろうと思っていたよ。気が付くのが遅かった私がおバカだったのね。

  金も無い。頼るものも無いまま、私は見知らぬ土地に放り出されたのさ。まったく、ひでえ男だと思ったね。追いかけるなんて、これっぽちも思いつかなかったわ。

  目の前にあるのは聞いたとこともないインターだったので、友達に電話を掛けて、その名前を言ったよ。そしたら、クレジットカードで払うことにしてその高速道路に乗っちまえよって教えてくれたので、そのまま東京に帰ったよ。

  宇宙の果てに帰るほど東京が遠かったけど、帰れて良かった。オマエのことなんか思い出さずにその夜はひとりで寝たよ。
 
  終わったな。

  新しい恋も、恋と呼べる前に終わったよ。また、身体がボロボロになってしまった。
 
  エロで変態な男だったね、オマエは。
 
  もう、会いたくない。

  *

  基花はその夜のことをそんなふうに語った。

  〔2004年5月中旬に記す〕

 


  もう会えなくても

  *

  もう会えなくてもかまわない、
 
  あの男は私を置いたまま、
 
  北に向かって走って行ってしまったの。
 
  そのうしろ姿がやけに瞼に焼き付いていたのが気に掛かった。

  でもね、やっぱしね、私には男なんて無縁なのだと思った。
 
  何度も何度も騙されて、またエロな男に捕まってしまったのに気付かずに、幸せになれると思って旅に出た。
 
  それが間違いだった。
 
  自分のすべてを投げ出してしまった。

  昔、男にありったけの金を持って逃げられたことがあったの。
 
  あの朝を思い出したよ。
 
  ドラマのような朝だった……。

  愛なんて嘘っぱちよ。カラダが欲しかったんだよ。だってさ。私ってそんなに美人じゃないからね。
 
  少しは可愛いと思ってくれたのかね。
 
  あの言葉も嘘だったんだろうね。
 
  ああ自分の心も汚れて行くような気がするわ。

  *

  基花には、ふたつの心があった。
 
  男を許せない、許さない心と、
 
  そして、ほんとうに微かだが、少しは許してもいいかなと思う心もあった。

  〔2004年5月中旬に記す〕

 


  日本海は寂しいね

  *

  ちょうど特急雷鳥が新潟方面に向かって走り去ってゆくのが見えた。
 
  何号っていうのかな、と思ったけど、そんなことどうだっていいや、と気を取り直すことにした。
 
  しばらく荒波を見ていた。小さな船が揺れている。漁師さんなんだ。ここにも小さな暮らしがあるのか。

 

  小さな田舎の町に逃げ込もう
 
  そこでペンションでもやろう
 
  俺たちはバイク乗りだから、旅人のための宿をやろう

 

  とんだ間違いだったね。あんな夢は見るもんじゃないよ。私は魚が嫌いでね、そのことを黙っていたけど、いい加減で気が付いてくれよ。

  あたしは都会生まれの都会育ち。母と父も喧嘩をして別れているけど、本当はどうだかわかんない。だってお父さんとはあれから便りも会話もないし、18歳で家を飛び出してきたしね。でも最近、女の人と隣の県のあるところで暮らしてるらしいって話を聞いたけど。妹も一緒らしい。あの日に通った親不知の史跡でふと母さんのことを思い出したよ。

  雷鳥って、どこまで走ってゆくんだろう。新潟かな。新潟にゆくと佐渡が見えるなーって思っていた。あそこからは見えないけど、了寛さんの里にも行ってみたいな。

  *

  ゴキゲンなときと不機嫌なときがはっきりしている人だった。
 
  しかし、基花には、優しい心があって、どんなに怒っていても、ひとりぽっちの自分を思い出すとしょんぼりとしてしまう。

  「きっと、私は一生ひとりだよ」と、それが口癖のように呟いた。
 
  「結婚なんて出来ないよ、もう…」

  〔2004年6月記〕

 


  もう二度と会えることなどないと思っていた

  *

  もう二度と会えることなどないと思っていた。私のことなど許してくれる訳がない。憎んでも憎みきれない奴だったはずなのに、呼び出したら逢ってくれるという。
 
  落ち合う場所は、琵琶湖の畔だった。比良山が湖面の向こうに見える。朝日に薄ぼんやりと赤くなっていた。
 
  まもなく冬を迎えるころだった。

  私は過去の写真を胸のポケットに仕舞い込み、真夜中に家を出た。真っ暗の国道を琵琶湖に向かって走った。
 
  朝日が昇るときに空が赤くなった。夕焼けと同じように赤くなる。
 
  人は赤い空を見上げて、熱いものを感じる。それは日の出と日の入りで同じ色なのに、感じるものが違う。

  本当のことを言えば、私は別れたくなかった。
 
  初めて会ったあの日、比良の夕焼けを見ながら湖東の農道の中を走り抜けた。沿道の蒸気機関車を見て思わずバイクを止めた、あのときに走った湖畔を再び走って、別れの朝を迎えた。
 
  再会してすぐに、ポケットから写真を出して渡した。

  *

  最後と思って、感慨深く空を見上げた。
 
  同じように明日の旅の道順を決めるために空を見上げたこともあった。それを思い出すのも今が最後だ。別れのときだった。

  〔2004年6月末記〕

 

  ―この章はひとまず終わろうと思います―

 

 

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