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【雷山無言 一、】初版

2014年11月20日 (木曜日)

虚構

わたしは優良な読者じゃないです。文才がない。「全て虚構」って嘘つきの事やんなぁ、と解釈している程度ですから。ただ、虚構を取り留めもなく書くのなら好きです。嘘つきで見栄っ張り。そして弱虫ですもの。

題詠っていいですね。自分を振り返るきっかけになる。

手帳というものが該当の年度を働き終えたらそれは素晴らしい読み物に変化し、一種の芸術的作品でないかと思うこともある。真っ白だったとしてもそれはそれなりに。

そうなると、筆者が誰かということよりも、どのような心の側面の表現が裏に隠れているのかみたいな話になってくる。まして、訳あって自分の手元にあるのだから、宝物なのかもしれません。

「微かな濃淡」てのは素敵な言い方です。

モノにはエネルギーってのがあって、赤色ひとつとっても濃度[concentration](赤み度)と振動数[frequency]を持っている。この周波数が大きな意味を持っていると思うのです。まあ、言ってみれば揺れているわけです。

あらゆるものにおいて、この1つの状態を表すためにはこの周波数というパラメータが必要で、モノの状態は「物」でも「精神」でも揺らいでいるのが自然ということです。

先年から読書をするときに紙とペンを用意して読みます。それをしながら気がついたことがあります。読書にしてもおしゃべりにしても、記憶力に頼って負ぶさって生きてきたことがわかってきました。近頃は読書をしてもすぐ忘れます。一晩で百人一首を全部覚えた(満点ではなかったが)高校時代のようには行かないのだ。

だから、忘れることに逆らうのはやめました。手帳が付箋で分厚くなります。嬉しい。


参照作品;砂女さんのブログ
雨降茫々日々記から  2014.11.15

1249  あんなにも憎みしひとの去りしのち古き手帳に残る筆圧
(題詠2014:67 手帳)

2014年6月 9日 (月曜日)

子どもたちの事故報道を見て考える

新聞のニュースで子ども水の事故が報じられている。真相は出歯亀になるだけであるしそれほど詳しくも読まないが、最近は社会面が新聞やニュースの原動力になるのか、なりふり構わず賑やかだ。果たして時代は変わってきたのか。そういう疑問を持つ人も多いと思う。結論だけを言えば変わったのだろう。しかし、問題や課題はそんなところにあるわけではない。

子どもたちが水辺で遊ぶことや線路で遊ぶことは、子どもが子どもらしくあるならば、当たり前のことだ。私だって小学生のころは線路で遊んでいて、危険を察した汽車が急停車したこともあった。親にものすごく叱られたのをはっきりと覚えている。遊びたくなるような心の持ち主で無くてはならないし、そういう場所が遊びに適している場所だと自分たちで発見することが、子どもの自己形成の出発であるとも思う。

水辺に探検に行くときは、近所の仲間で(悪ガキ連中を想像するとわかりやすい)出かける。親分は上級生である。お墓で野球をしたり川で魚を獲ったり線路沿いで土筆を摘んだりするのはまっとうな遊びだった。ボールが遠くへ飛んで民家や学校のガラスを割っても、深みの潜んだ淵に亀を探しに行こうとしても、上級生がそこにいて見張っているか注意をするか引き止めるか。普段から淵の怖さを唱えるように話をして聞かせるとか、怖い爺さんが住んでいる垣根にはボールを放り込まないように教えるなど、これらを日常の教訓とする社会があった。

今の子どもたちには、年上の悪ガキから掟を教わる社会が消えつつあるのだろう。

少し前、グライダーが不時着できそうなほど真っ直ぐな農道が交差する長閑な村の外れの信号のある交差点を通りかかったときに、小学生が数人いて信号を見て止まっている。車など何分たっても走ってこないようなところで、忘れた頃にやってきたのが私の車であった。

黄色い帽子を被った子が混じっていたので1年生だろう。上級生は、赤信号を見て車など来ない信号であるのに1年生を制している。赤信号だから渡ってはいけないのだという素振りがよく分かる。

その光景を見ながら私が思ったことは、人が築き上げた文明の中で大人が作った決まりで信号機という機械が人をコントロールしようとしている。車も来ないといっても赤だから渡れば法に抵触する。でも、大人であれば、右を見て左を見て渡るのだろう。何しろ、動物も虫もいないような田んぼの真中の信号なのだから。大人は大人でそれで結構。子どもは上級生に止められて法を学び社会の掟を知り人間の関係という社会に参加し自分を築き始める。

このような上級生がいること、閑散とした農村にこの子たちが生まれ住んでいること、信号機の前で立ち止まってじっと青になるのを待ったこと。これらのことに無駄なことなど何ひとつないのだ。

子どものころに線路に石を置いて遊んではいけないとしっかりと教えられた。まあ、それほど汽車も来なかったが、侵入防止の柵もなかった。昔は扇風機にもストーブにも柵はなかったが、柵がなくても、危ないことを知っていたから、誰もがそこには近づかなかった。事故も少なかったし、ニュースもなかった。

時代が変わったと最初に書いたのだが、ひとつの現象が変わったことは事実であろう。人々の心に影響をもたらすあらゆるものが、一方向に向かって倣うように変化してきたことが、暮らしを豊かにし幸せにし充実させて来たのである。しかし、人間の本質的な何か幹のようなモノを蝕んでいる。

腐った幹は切って棄てるというような現代社会。
次々と新しい歪や膿が発生し続ける。

2014年5月 4日 (日曜日)

立夏篇の前に

立夏篇を書こうと思い立ったときにちょうど砂女さんの短歌(&俳句・随想)のブログを読んで何かを感じていた。4月下旬に桐生市で大きな山火事があってその真っ最中の頃の記事であったかもしれない。

人生のことなど何も考えずに40年余りを生きてきたときに、それではいけないと気づいて慌ててあれやこれやと理屈を考えたり反省をしたりした。しかし、それももはや愚かなのかもれない、これからは自分を見つめて自分らしく、他人を見つめてみなさまに感謝して、そしてもうとやかく理屈を並べ立てるのをやめて生きていかねばならないと考え直したのが50年。孔子の言う天命であり、それから数年、今となって、今年の春は一段と爺々としてきたなと思う。

そういうわけで、何事においても少し足踏みをしているのであるが、立夏篇を書き始めるときにはすっかり立ち止まったように(意志でもなく)ぼんやりとしていた。

(書きかけのメモがあるので残しておく)

このまま一生誤魔化して終われるならば、それがいい。誰だってそう思うことがあるだろう。一生嘘をつきとおせてしまえば、それは正直者と何ら変わらないのかもしれない。

そんなふうに思っていた時期があった。しかしそれでも、しばらく冷静に考えればどこかに間違いが潜んでいることくらい誰でもわかる。そんな狡くて擦れた人ばかりが世の中に棲んでいるのであれば、そういう生き方もあるのだろう、いずれどこかで歯車が狂っていることがバレて、道を踏み外しかねない。現実に戻って見つめれば、正直に生きてゆくことがいいに決まっている、と知る。

正直に生きていければ、みんなが幸せになれますよ、でも、真面目だけで毎日を送ったとしても、成功するなんて誰も保証してくれないから、「努力だけで根性だけで目標が突破できるなら私は間違いなくもっと立派に成れていただろう」と言った(有名な)人があったが、一瞬であれ共感を呼ぶ言葉であろうことは間違いない。だからといって人を憎んだり騙したり陥れたり、また嘘をついたりして凌ぐことは許されない。

2014年3月29日 (土曜日)

ごちそうさん

3月29日の天声人語で「ごちそうさん」というドラマが終わったことに触れていた。ドラマのことは皆目わからないが、この言葉を聞いて思うことがひとつある。それは、「ごちそうさん」というお礼の言葉を街なかのメシ屋で使う人が少なくなったのではないか、ということです。僕らが学生のころは学生街の定食屋で「おばちゃん、ごっつあん」といえば、「いくらや、勘定して」という意味であった。ご飯を食べたらごちそうさまと手を合わせている人の姿は今も昔も同じで、むしろ、表面的なお行儀の良さや躾という点では現代人の方がいただきますやごちそうさまを丁寧に慣行しているかもしれない。しかしながら、街の食堂で見かける姿の減った理由を考えると、ヒトは昔ほどに食べ物へ感謝の心を抱かなくなったことで心から「ごちそうさん」と言えなくなったのではないか。

3月29日偕楽公園

3月29日、開花宣言のあとの最初の土曜日。

2014年3月12日 (水曜日)

3月11日に考える

▼3月11日。こんなことを囁いている。

▼あれからどちらの原子力発電設備も停止したままです。エネルギーは.、原子力が不可欠という論理は少し無理が出てきていると思うのは自然でしょう。他のエネルギーは非現実的というような表現をする人がある中で、3年間にヨーロッパの各国では風力発電施設が増え、発電量が占める割合が着実に現実的な次期エネルギーとしても道を歩み始めている。太陽光や洋上風力の応用のテクノロジーは活発化している。

▼社会システムの中には、災害に対する危機管理意識が徐々に定着し始めているし、マニュアルも整備されている。もちろん、施設も改良されているものがあるし、新しく考案されてもいる。あらゆるところで、万一に備えている。

▼人の心は、一方で、風化し続けている。景気が回復する夢を追いかけて、自分だけが生き延びようとする見え見えの生活スタイルを、相変わらず大事にして暮らしている。個人が先か地域が先か。そういうことを突き詰めても、結局のところ上手く行っても答えが出るだけで、その答えが個人だったとしても地域だったとしても、幸せと不幸せを混ぜあわせることなどはできずに、どこかで誰かが不幸せを背負いながらこの世界は成り立ってゆく。

▼だから、大事なのは答えではない。行動なのだ。そう誰もが気づいているのに、社会は相変わらず儲ける話とか増税を上手くやり過ごす話とかに溢れている。近い将来に、今苦労している人たちがみんな幸せになれたときに、優雅なごちそうを食べて贅沢な車に乗って走り回ればいいじゃないか。今は、その豪華な食事の任意の一品でいいから困っている人に役立てようというアクションのほうを私は尊重したい。

2014年3月 8日 (土曜日)

三月のはじめに考える ─ 草臥れる

wahaku

▼そうなのか我が人生の草臥れて
02-12 10:01


二月の中頃にこんなことをつぶやいている。砂女さんところから「草臥れる」という言葉をテーマとしていただいてイメージしてみた。(1107

不満ばかっしを言ってきた人生だった。今もツイッターの俳句季語が詰まらないと(いや、どんどん詰まらなく変化してゆく)とぼやいている。人の悪口や仕組みや組織の不平を安々と言ってはいけないのだとあるとき気づいて心得てはいるものの、つい口に出さなくてはやりきれないことだってあるのだ。どうして面白く無いのかってのは、自分でもよくわかっている。

自分のつぶやきが面白くなくなってきた。つまり、活き活きとしていないのだ。ヒトはそうあるためには、スパイラルであろうがうねりであろうが、ともかく変化をして大事なことは上昇し続けることだ。今の私にはそれが欠けてきているからなあ。

ほんとうに草臥れているのだろうか。

▼あの人のかしげた首とえくぼ好き
▼好きな人と乾杯するための角煮かな

ちゃんとこんな作品も書いているんだけどね。

2014年3月 4日 (火曜日)

ひな祭り

20140303hina

ひな祭りといっても、もはやお雛様を飾ることはしなくなりました。

友だちがブログでお雛様の片付けを済ませた様子を書いているのをみてて
うちはお雛様を飾ったこともあまりなかったし、飾ったときにはいつまでも放置していたのを思い出す。

仕舞い遅れると行き遅れるというけど、そんな父母のもとで育った(我が家の)ムスメさんはどうなるのか、ちょっと心配です。

私の母は、オトコばかりの子どもで、若いころは子育てをしながらもお雛さんを飾りたいと何度も思ったようです。

育った家庭環境にも依るのでしょうが、尋常小学校に入る前に父親が死んでしまっていたということもあったのでしょう。

一方で私のツマは、中学校の卒業式の前日に母を亡くしています。それまでのいくらか恵まれた暮らしから(少しお金持ちでもあったし)どん底に叩き落された日常を味わっている。

世の中には、こういった不幸なことがいくらでもあるのでけれど、今や国民はそんなことを忘れて、豊かさにかぶれて幸せに溺れている。

2014年1月15日 (水曜日)

JRの酷い対応 ─ みなさんもご注意を

14日火曜日の朝にJRの切符自動販売機で思わぬトラブルに遭う。回数券を買ったあとお釣りの札が詰まった為に機械から回収するのに時間がかかるというのである。そう小窓から駅員が済まなそうに言ったあと、しばらく待たせて出てきて、詰まってしまった機械を開けてお金を出すためには金額の確認が必要であり、責任者が不在なために即座に釣り銭を機械から取り出せないと繰り返し説明し、お釣りをすぐには渡せないので帰りにもう一度駅に寄ってもらえないかと言う。

職員は私物のお金を持てないという理由からだろうか。先ほど詰まった金額を私に渡し事態を解決するような手段が取れないのだろう。さらに、責任者がいない、確認手続きに時間を要するなどの事情や規則を何度も同じように説明をする。

言っていることは大いに理解できるのだが、今すぐには出てこない分の金額を渡すことはできない、帰りに寄って欲しい、ということで、JR側からの都合で対処を考えて繰り返すだけである。私の都合は聞こうともしない。

これでは、駅員があまりにもお粗末すぎる。呆れて物が言えない。

必要な金額を持ち券売機で切符を買うために寄ったにも関わらず、私はその半分だけしか用を実現できないままの状態で立ち往生である。「名前と連絡先を書いてひとまず帰ってくれ、夕方寄って欲しい」の一点張りだ。

夕方にこの駅を訪ねる予定はなくもないが、変更になる可能性もある。確約はできないし未定なことである。事態が変わって出かけるとか予定時刻を変更したり、(先週に家族に2度も襲いかかったように)体調不良で予定行動を取れない場合もある。夕方の約束をしたために拘束をされるのは困る。何よりも、その釣り銭で私の次の用事を済ませる予定であるのに、その私の段取りを踏み躙るようなご都合を押し付けてくる言動にとても困惑してしまった。

幸い40分ほど早めにこの駅(職場最寄り駅)にきていたこともあり、待つのですぐに処理をして欲しい、とお願いしたら20分余で確認ができるという。そこですぐに機械を開けて処理をしてもらうことになったのだが、寒い駅の窓口の前で詰まっていたお金を受け取るまでの30分もの時間を無駄し、職場の就業開始にあわやということになったのだから、私の方としても次々に思うことも湧いてくる。

私が辛い目にあった些細な出来事で、私が許せば済むことかもしれない。しかし、人々を安全で正確に運ぼうとする列車運行管理組織の1部署での出来事であると思うと、券売機のトラブルという日常に些細で、珍しくもない故障で、朝の混雑の駅業務に支障が出てくるのも困るからとでも言いたいのだろうか。同じようなことが再発しても、また同じようにトラブルに遭遇した人を困らせてお終いなのだろうか。

もしも私が人命に関わるような急用でここに来て、この故障に巻き込まれていたら、駅員は知らぬふりで同じことを言うのだろうか。もしもそうだったら私は怒るというだけでは済まされないだろうか。しかし、私は弱者である。泣き寝入りであろう。

同じようなトラブルで困らされた人はいないのだろうか。社会的に重要な人物がトラブルに巻き込まれたらどうするのか。要人だったらどうするのか。手に負えない厄介な人物であったらどうするのか。そのようなことを想定してこんな事態に備えてはいないのか。今回のトラブルで何か改善の必要性を感じたのだろうか。

親しい人に私は弱者で災難だった……と話をしたら、「JRだからな」と言われてオシマイだった。
そういえばこれまでにも何度も非情な対応に泣いているのだった。

乗る以上は覚悟をして乗れということだろう。たとえそれが地震であろうと津波であろうと。

2014年1月 1日 (水曜日)

十二支と五つの神様のこと

平成二十六年元旦。
五十七回目の正月を迎えています。

 

いつの頃からこのめでたい時期を意識し始めて、いつの頃からどうでもいいと思い始めたのか。一晩だけで大晦日から正月になり新年を祝うという変化をつまらないと思ってみたり、そのような人の作ったものへの反発を持ってみたり、何もすることもないので無意味な時間だとバカバカしさを露わにしてみたりしてきたこともある。

 

正月だといって慶んで騒ぎ立てていた時期よりも、無機質感を感じてたときのほうが長かったかもしれない。たかが三百六十五日のほんの一瞬だと思って、よそから持ってきてセッティングされたような押し付けと考えていたのかもしれない。それが非常に子ども染みた反抗のこともあれば、大人の理屈のこともあったわけである。

 

このような感情を誰もが経験をしたかどうかも不明のままであるが、実に社会はそういうお正月を一般化してゆく傾向が一部の潮流の中にある。当然、正反対に捉えている人も紛れもなく存在し、活用して仕事をする人や稼ぎを狙う人たちもいる。社会とはそういうもので、文化とはそういう流れなのだと思う、一方で、お互いの勝手な生活スタイルが全く無関心に、個人主義という言葉が都合のいいように利用された如く融合して、休暇を送りながら祭りを愉しむひとときがあり、これが年末年始であるという感じで進行する。

 

馬鹿じゃないの?!などと思いながら、1400万人もの人が訪れた伊勢神宮にアホらしい視線を投げかける人がいると同時に、今年こそはきちんとお参りにいって、心身ともに清らかであろうと祈願し意思を固める人がいる。

 

ここにいる日本の神様には教義があるのだろうか、いや、教義などなく、実はお守りをほぐして開ければわかるようには真っ白ではないのだろうか。つまり、そこには経典の文言が書かれているわけでもなく、まして「真実一路」などと書かれているわけでもない。神様の教えの哲学は、己が心に恥じざれば心がそれぞ真なりけり、というようなものなのだろうと思う。

 

私たちの暮らしの中には様々な神様がいる。それらと密接につながっているのが暦で、暦は一定の周期をもって人の心に意識を蘇らせる。一年を二十四期に分ける二十四節気、十二の干支でなりたつ十二支、そして五つ神様、木の神、火の神、土の神、金の神、水の神に、兄・弟をもうけて十干とした周期がある。この他に月の(汐の)満ち欠け、四つの季節が織りなすひとつの時間を三百六十五日とし、さらにこれに四年に一度の閏がある。

 

様々な神様にも守られて、あるときは見張られて生きているという意識が近代社会の発展と並行して希薄になる。社会の発展は人々の豊かさの象徴であり、幸せの充実であった。しかしながら、歪が起こり始めたのもこの充実感がピークに達するころのことだ。

 

神様を(ある意味では鬼を)心の奥に置き忘れた人が増えている。心に神を持つ人と持たぬ人が、神域へと押し寄せる。さぞや神様もお困りかと察します。

 

 

新年を迎えてまた1つ歳をとったというようなことを言ったら、あるところから反発を食らいました。誕生日で歳をとるのだから、新年に年齢を重ねるのは理に合わないと言うのです。まったく、その通りですので、何も申し上げませんでした。

 

私は節目をなくしてはならないと考えます。年齢は、医学生理学的なものであると捉えて、全くその通りですが、先に書きましたように、ヒトは数々の神様に守られてこの地上に生き永らえてきたわけで、五穀豊穣に感謝し、健康に感謝して、それをそれらの神様とともに祝いあうことが必然であり、その時期が、月が最も高度をあげて天から地上を照らす今の時期なのではないかと思うのです。

 

だから、私は正月でひとつ齢をとります。

2013年12月28日 (土曜日)

年末雑感

▼若いときは勢いもあったしそれなりに見えていた未来もあったので、年末年始を始めとして、その他宗教だけではなく、伝統行事的習慣に反発心を抱いたり、反抗ではないにしても異論的な視点をアピールしたりしていた時期があった。それは、(年末年始行事だけではなく、)行政施策であっても、日常の慣例行事であっても、また身近な人間関係であっても、である。

▼人生(生涯)のひとつの時代としてそんな時期が存在しても構わないし、なくてはならない時代であったとも省みるのだが、そのような視点を永遠に持ち続けるということには、このごろ異論を持つようになってきた。私なりのあの頃を顧みて反省をして、肯定もして、次期ビジョンにも役立てることは出来ないものかと考えてことが多いこのごろである。

▼異論を持つということは、こうでなくてはならないという強い意志を持ち突き進む人に対して、立ち止まって考えてもいいのではないかと投げかけるようなケースがあり、また、成功するためにはある手段が最適だと考える人に対しそうでもない別の視点や論座を提示したり勧めたりするようなこともあって、ある意味では逃げであり、弁解であり、また投了でもあり、寛容でもある。

▼社会は情報科学と経済・財政学のような底流が表に浮き上がってきたような形でねじれながら浮沈を繰り返してきた。そのことを否定するつもりはないが、そういう社会構造(既に過去のものであるもの)のなかで心に焼き付けられた成功の図式や邁進する際の尺度はそう簡単には変えることができない。

▼大雑把に言えば、今年に行われたアベノミクスという正体不明だった言葉にお馬鹿にも翻弄された人々がいた事実と、その人々の反省がそれほど見てこないまま、対座する論考も浮上することなく、新しい潮流はスッキリとは浮き上がれないままで少なからず進化をしてゆく。

◎◎

▼そんな中でも、特定秘密保護法というものを強行に採決をして、さらに多くの反対意見や論考に筋道を立てて説明をすることもなく、感情的な反発心をのこしたまま、メディアにも非難され続けて、走りぬけようとしていることが大きな問題なっている。

▼しかしこのことが、100年単位でまとめてみても、歴史的事件としてとても消すことのできない程のものであるであるのにもかかわらず、国民の隅々までに浸透してるのかどうか不安な状態のまま、政治は過半数を持った勢いでジリジリと進む。

▼止めることをできなくしたのは心まで貧困に成り果てている国民のなしたこと言って終わることも可能であろう。しかし、一旦悪い道に踏み込んでしまっても何らかの方法で未来へと繋げたいと努力するのも私たちの責務である。

▼だから、いい加減で自分のことだけを考えるのはやめて、みんなが幸せになることで自分も幸せになれる政策であり暮らしスタイルを拓かねばならないのですが、国民の「豊かさと満足度」からくるボケはなかなか治らん……。

◎◎

▼(Sさんに書いたコメントから)

そうは言いながらも、最近は節目が大事だなとよく思います。 宗教とかは関係なく、人として暮らす上で、文明が生み出したひとつの知恵でもあるとさえ思えることがありますね。近所のお店。景気のいい時代は元旦営業でしたが、この1,2年前から元旦のみ休業も増えました。今年は、仕事納めの日に、社内のお世話になった人に挨拶にいってきました。齢を食うと(みなさまの)「おかげで」ここまでこれましたありがとう、と思うことが増えてきます。頑固にもなりましたが。

▼(Oくんに書いたメールから)

秋ころから余り見かけなくなったので転勤したか何か事情ができたのかなと気にかけていたりします。この年令では、組織的にも身体的にも社会的にも突然な何かが起こっても不思議ではないので。 多かれ少なかれ冷静ではあるものの不安もあり、便りのないのは(訃報がこないのだから)良い知らせなのだという本質的な意味もこのごろ理解出来つつあります。 お忙しい年末ですか。昔のように正月らしく正月を送ることを忘れた(捨ててしまた)日本人ですが、どうなるんでしょうね。 齢を食ってだんだん、昔の頑固爺さんのようになってきたなと自分でも感心してます。 今年はどうもありがとう。

◎◎

▼脱線修復。

▼そういうわけで、年末年始には何もしないで過ごしたのがこれまでの慣例だったのだが、それを取りやめてできるだけ多くの皆様方に今年一年のお礼を伝え今後ともの発展を祈願しひとつの年の節目として意識を新たにしたいと考えています。

▼もう何年も前から数え年で年齢を勘定するようにしています。若いときはこのシステムをそれほど良いとは思わなかったのですが、なんて素晴らしい方法だろうと思います。

▼十二年毎にやってくる干支。十年毎にやってくる十干、一年を二十四節に分ける二十四節気、29.53日の周期で遷る月齢、一年に四度変化する季節。こういうときの節目に纏わられて生きている暮らしに感謝をしたい。

Mozu

三重県環境学習情報センター・ブログから)

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