フォトギャラリー(令和3)

フォトギャラリー(令和2)

  • 大晦日
    - Walk Don't Run - 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

フォトギャラリー(令和1)

  • Img_0968
    令和元年の足跡(写真300枚余り) - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成31年版)

  • 天皇退位の日
    Days31 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成29年版)

  • 年越しそば
    Days29 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記) - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】
無料ブログはココログ

« 五月中旬を過ぎて考える - 始まりはゼロであった | トップページ | 新型コロナ → で考える »

2020年5月20日 (水曜日)

不要不急について考える _ 5月20日号 小満号

5月20日号 小満号

気まぐれに加筆・改訂します

 

________
I.不要不急

 

この言葉が気にかかって仕方がない

頭から「不要不急の外出等禁止」と押さえつけられると反発したくなるのは理解できる

しかし、所詮 世の中は不要不急の集合体ではないかという疑いもあるのではないか

 

急ぎの用事と称して あるいは絶対必要だという顔をして 洋服を買いに出かけたりご馳走を食べに出かけている

 

そんなものこの異常な事態であるなら二の次に回して置くべきだ

アル中や薬物常習者でもあるまいし 我慢の限界がきたといって騒ぐのは普段からの自己の危機管理意識に甘さがあるのではないか

 

不要不急なんてものは最初から怪しいモノ(定義)で、人生なんてモノ自体が不要不急であるし、急いで出かける人を見ると 身勝手が生んだ言い訳だと言い切りたい

 

______________
Ⅱ.コロナの騒ぎのあとのこと

 

十年二十年の間に生活習慣が変化し本来の目指すべき姿から横道に逸れて、新自由主義の経済感覚の魔法にかかって、暮らしの骨を失っているのだと常々思っているところでの「コロナ禍」である

 

コロナ騒動が収まっても元の木阿弥に返って また同じような暮らしスタイルを続けたいという 捻れた幸せ感が戻って来るだけであるなら コロナ騒動は何のメリットも産まなかったことになる

 

しかし、コロナウイルスという毒素の強い触媒のようなものを投入したのだから 新しく大きな化学変化が起こって欲しいと 密かに願っている

 

それは現代の「豊かさと幸せ感」へ一石を投じるべく 気づきを促す魔術のような薬だったかもと思えるような (少々悪言であるが) 過激なカンフルであって欲しい

 

______________
III.余談ですが、遺書のこと

 

この騒動で言い残すこと-遺書のようなもの
を考えた人があるかもしれない
それほど多くもなかろうとは思うが

 

突然死(サドンデス)なら否応ないが
高熱が出て目が見えて耳が聞こえて手足が動くだろうという状況下で
身柄を拘束されて隔離さるのは

 

生きたまま棺桶に入るのと同じではないか

 

_______________
Ⅳ.質問など

 

🌳Q もしものことがあった時のあなたの「何か一言」は❓

🌿A 幸せな人生をありがとう 残す資産や借金はありません

 

せいぜいそのくらいが関の山や

普段からパソコンで日記を書いているブログがあるのでそれでも読んでください

 

 

🌳Q 父が死んだのですが日記を読んでいいでしょうかという人生相談がありましたが

🌿A 読まないほうがいいという回答を書いていましたが 私は反対です

 

読んでいいと思いますよ

死んでしまってこの世に居ないんだから 個人情報も秘密も関係なし

残された人は「その人物を墓に入れて亡霊を残すこと」が大切ではない

その人の行動や発言、生きる姿を歴史に残すことが残された人の使命と思います

何千年経ってもこんな人物が存在したということ、それはどんなにも些細な人間であっても一つの血脈の一つの筋であるわけです

その意図をしっかりと子孫には伝えておきたいですね

 

▶️ 慎ましやかに暮らそう 小満篇 裏窓から

 


フォトギャラリー(令和2)

小満

« 五月中旬を過ぎて考える - 始まりはゼロであった | トップページ | 新型コロナ → で考える »

裏窓から(サドンデス)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 五月中旬を過ぎて考える - 始まりはゼロであった | トップページ | 新型コロナ → で考える »

カテゴリー

歩きの日記

  • 三野瀬駅
    あるく - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

オートバイとともに(BIKEs)

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

ノート

2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト