2月11日 野村克也逝く
野村克也さんが2月11日に亡くなった
衝撃が走ると同時にそういう時期が来たかという冷静で落ち着いた心もあった
野村克也を知らない人も多いことだろう
選手生活が長いだけに現役時代でも引退の頃の後ろ姿は盗塁を刺すための送球がセカンドまで届かない時もしばしばあった。
それほどに弱ってきても選手として監督として名選手の看板を背負うのは俺しかいなだろうという勢いで野球をしている熱意のある人の姿だった
もちろん選手全盛時代は強肩であったことはいうまでもない
田淵だってそうだったのだが、キャッチャーとして補給を受けてそのまま座った状態からセカンドに投げて盗塁をシャットアウトしたほどの人だ
そりゃ見ていて痺れるというのはああいうのをいうのだ
あのい勇ましく格好良かった頃も華やかにテレビに映してやりたかった
「月見草」と自分を比喩する言葉には憎たらしくひねくれても見えるところもあるが、あの時代背景を知っていれば、あの不運な時代であってもあそこまで知れ渡った凄さというのは現代の人気者の諸氏には真似ができないものではないだろうか
どこにそんな根性があったのだろうか、優しい顔と話しっぷりからは想像もできない
*
選手を引退をしてからも監督としての切り替えが素晴らしい
有能な人というのは自分が立派で格好よくて目立って記録をたくさん残す以外にも自分の弟子を育てる才能を発揮してこそ使命を果たしているとも言えるのだから野村克也の功績は大きい
数々の言葉が残っている
それを一つ一つ整理していくと湯水のように出てくるわけであるが、それらが全て野球だけに通じるものではなく、人生訓として(指導者に求められる条件としても)通じている恐ろしく重くて意味の深いものが数多い
数々の場面や経験を経てひとつひとつを言葉にしている
つまりそれらの言葉の発生には場面がある
ある状況に置かれた時に野村克也にマイクが向く、そしてそこで野村克也は答えるのだ
その名言がズキンと響く
数多い言葉、どれをとっても 身に沁みるものばかり
今の時代 理屈を言うと嫌われる風潮もありますが、理を持って丁寧に分析をしている姿を知ると尊敬が念が溢れて来ます
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」
ニコニコとしながら話す内面には熱い情熱がこもっていたのを痛切に感じます
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