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2015年2月 1日 (日曜日)

二月初めに考える − 三十年前の私と三十年後の私

▼「三十年前の私と三十年後の私」と手帳に書いてときどきチラチラと見ては考え続けている。
▼結婚をしたてのころは自信に満ちて生きていた。しかしその実態は未熟に満ちていた。未熟であっても自信と目標が見えていればなかなか堂々と生きてゆけるものなのだ。どうやらそうらしいことを実証している。
▼目標は決して正しかったとはいえないし視点も視線も視座も褒められたものではなかったのだが、世に言う「若さ」のパワーであったのだろう。皆様のお力を最大限に借りながら生きてきた。そのときには借りていることなど微塵も知らずに身勝手な人生道を歩んできたのだから甚だ恥ずかしくて思い出すだけで赤面である。
▼パーに生きることの悪い面をパーな会社で尽く学び人間として生き抜く哲学に自信を持てるようになった。しかし、多くの未熟さを残したままで(人より何事においても数年遅れているから)新しいステージに挑むことになった失策に反省点もある。ただしそれを自らの戦略不足と認めなくてはならない。失策を否定してもいけない。一連の判断には後悔をせず、自分の脂質や器を認めることも大切だろう。

 

 

▼さて、ムスメが結婚をして出てゆくので再び二人になる。そこで、タイトルに書いたように三十年という大きな時間で人生道を考えてみたいと思った次第である。ツマはメソメソとしてばかりいるのだが、それは仕方がない。しかしながら、28年前に子どもが生まれたときにこの日が来ることを明るい夢として願ったのだし、その結末を心に決めたのであるから、筋書き通りではないのかと自問をする。母という立場であるゆえに、自問の答を掴み取ることに迷いがあるのであろうか。

 

 

▼わたしたちは三十年後を見つめなくてはならない。そう考えている。たとえ生きていられる保証がなくとも、下書きは完成させておかねばならないと思う。
▼目標に向かって物事を収束させようとするときに大切なことは幾つもある。どの要素が欠落しても制御は狂うことが多い。目標に向かう道のり、手法、戦略、戦術はもとより、過程での計画管理、進捗状況把握、軌道修正法、想定外の対処方法。それに加えて、自分の強い意志と確固たる目標ポイントの設定など、挙げればキリがない。
▼先日中学以来の友人と話をしているときに私が随分と年寄り臭くなったのではないかと指摘された。ざっぱにいえば反体制の声高らかだった若き頃と違い現状に歯向かわないような優しい考えを口にすることが多くなったらしい。決してそんなに考えが急変しないと思うものの、モノの道理をみて先読みをしてしまう傾向は増してきたかもしれない。たとえ損をしても正論を通すというような心から、出来る限り正論を通したいが正論は何故生まれたのかを考えてはどうだ、みたいな少し引いた人間になってきたのだろう。
▼三十年後に生きていたいとは思っていない。夢を描くこともない。そのころの社会が今と違って間違った方向に行ってしまっていたとしても、それは長い歴史の延長であり今の人々がコントロールして道を作るものであるから私がとやかく言うものでもない。わたしの子どもや家族が不幸せであったとしても、それは自分たちで作った社会なのだから仕方がない。
▼どうすれば社会が良くなるのかを考え、みんなの役に立つような人間になってもらうように、自分の受けた御恩は必ず社会に返すように、そういうことを伝えるだけでわたしの言いたいことは特にない。あるとすれば、わたしの足跡を(ここの筆跡を)時間があったら見て欲しいということくらいだ。(わたしが)周囲の如何なるものに刺激を受けてどのように変化してきたのか。何事においても、物事の変化を捉えることが非常に大事なのだから。
▼およそ三十年前にわたしは結婚をしてムスメができた。そのムスメがこの春に結婚をしてわたしは再び昔に戻る。ムスメは三十年後わたしと同じような子どもを持ち何かを考えるだろう。わたしにはそのことは想像できないし、ましてや口出しもできない。今のところ生きていて見届けたいというような願望もない。

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