而立まで 花も嵐もⅢ その79
社会人になったのが24歳であった。自分ではもうすっかり大人気取りであったのだろう。しかし、もう一つの視線で自分を振り返ってみるとあのころほど危なっかしい時代はなかった。大人か子どもかを考えれば子どもの分類であった。社会的な責任やそれに応えようとする意欲や自立心の方は大人扱いで間違いはなかったと評価もできるのだが、総括的に冷静判断を下せばまだまだ未完成であり未熟であった。
こういう危ない年代には往々にして危ないことに盛んに挑もうとするのが若者の特徴である。そうでないような若者は人として面白味に欠けるわけで、過大評価かもしれないが、それなりに見込みもあったわけで、一丁前にも、人並みの社会人としての危険な目や大きな事故にも不運にも遭わずに過ごしていけたことは幸運であったと考えねばならない。
仕事においても上出来の出帆であった。自分の実力を遙かに上回った職場につき、能力の限界で仕事に打ち込めた。いや、能力以上の組織の中で無我夢中の日々を送ったのかもしれない。そういう点は人間の潜在的な察知能力のようなものが働き、舵取りをしながら人生を渡ってゆくものなのか、とにもかくにも脱落をすることもなく、勝手気ままな人生を楽しんでいた。
なんといっても一番の無謀は結婚である。社会人になって僅か2年にも満たないうちにその決心をしたのだから、これほどまでに自信に満ちた人生を踏みしめていた人間はそう多くもないのではないか。就職したらすぐに結婚しようと考えていたのだが、ここでも幸運の神様が微笑んだのだ。あのチャンスを逃したら今も結婚できずにいたのではないかと真面目に思うのだから。
1984年の夏には新婚さん気分で北海道へタンデムツーリングに行っている。その2年後にももう一度北海道に行くのだが、その間に九州、信州なども走り回っている。私のバイクは赤色で、ツマは赤色のつなぎであった。つなぎは、もしかしたら未だに我が家の押し入れのどこかに眠っているのではなかろうか。そりゃあ、あのときの思い出が染みこんだ服なのだからおいそれとは棄てていないかもそれない。小さすぎてもう袖も通らないと思うが、ツマはそういうものを棄てない人なのだ。
あのころのことをツマに尋ねたら、そりゃあもう必死であった、と言う。
眠かったし姿勢は悪くて辛かったし乗っていても面白くなかったし疲れるばかりで、早く降りて休みたいとばかり考えていた。なのに私は走り続けることに夢中で、お昼ご飯も食べずに、催促もしなければトイレ休憩もなしであった。普通ならとっくの昔に別れているのだろうが、何が好きだったのか一日中抱きついているのだけが嬉しかったし必死であったという。その話を聞くと、なんてひどい奴だと自分を思うし、もっと優しくしてあげなかった自分を叱りたくなる。ちょっと哀しくなるような切ないドラマだったのだ。
私たちは世の中にいるようなすべてがぴったしの相性の恋人ではなく、今でも笑い話にするのだが、趣味を100個あげても90個以上も同じではないような不一致なカップルであったのに結婚をして夫婦になったのである。何故と問われても困るのだが、インスピレーションがあったのだ。京都で住むことになって最初に見つけた下宿で初めて会った女の子であったというだけなのだが、人生というものはおもしろい。この話は機会があったらまた書こう。
そのころちょうど、北の国からというドラマがテレビで始まって人気が出ていたので、舞台となっていた麓郷の森という所を訪ねていった。誰もドラマのロケ地などを旅のルートに入れたりするような時代ではない。このドラマが火付け役だったのかもしれないが、案内看板も標識もない北海道の大地をバイクで走っていく。
写真は家のどこかに積み上げた整理箱のなかに残っているだろう。社会人になって真っ先に買ったオリンパスのOMをいつも持ち歩いていたので、結構きれいな写真を撮っている。だが、数が少ない。今のようにデジカメだったら、二人の時間をつぶさに残せたのだろうと思うと、記憶は頭の中に思い出としてあるだけで、写真はそのほんの1コマだけなのだ。忘れてしまうのが惜しいのだが、その後に築いた数々の記録を大事にしなくてはならないと、老齢化とともに思う。死んだら消失するのだから、それでいいのだ。
新しい時代の人たちには新しい人のドラマがあるのだから、私はここで幕を引けばいいと思う。そう思ういながら二十歳過ぎのころのことを思い出している。
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