伝記が書けない
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■□ 父の伝記はないのだ。
様々なことを思い浮かべたりどこぞで話をしてきたりして、それを書き留めながら、父の伝記を書きたい考えるようになった。しかし、伝記などというものは、たとえ大物になったとしてもそう簡単に残せるものでもない。死ぬまでに最低1作品は残せても、父はその自伝を書き留めなかった。さらに、先にも書いたように日記は何らかの理由で焼却されてしまっており、掘り起こすことは不可能だった。
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■□ したがって、
残された作品を分析するか、人の言い伝えを纏めることくらいしか出来ない。当の本人は自分の人生を記録に遺すことの価値やその必要性をさほど意識していた様子もなく、彫刻や絵画などにおける作品も、死んだらどのように処分して欲しいというようなことを伝言したわけでもなかった。出来上がった作品は、勢いとか愛想とか出任せであっても欲しいと言ってくれた人があればあげてしまっている。残された者としては、それはそれでひとつの宿命であったと諦めねばならないのだろう。お前のおやっさんの絵がうちにあるよ、という人に出会ったことがあるが、そういう人を訪ねて回収するのも躊躇っている。
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■□ だから、父の自伝は、纏まらないまま
というのが運命のようだ。自伝(伝記)を残さない運命は、父のすべての作品によって自らを語られるのかもしれない。彫刻や絵画だけではなく、庭に植えた木の一本一本であるとか、小屋の中に作った道具整理用の棚であるとか、居間の柱に打ち付けた何かを掛けるための釘であるとか、もしかしたら、田んぼの土の肥え具合いも何かを彼のことを語ろうとしているのかもしれない。
◎◎
私は去年の暮にここまで書いて、手がかりになりそうな言葉を探し始めて、また、ペンを置いたままにしてしまった。
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