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2013年7月24日 (水曜日)

大暑の夜に考える・怒りのやり場 ─大暑篇

▼目の前の幸せ
政治だけではなく、旧友たちとの付き合いにも不活性な面が噴き出している。月並みな言い方だが、他人などかまってられないのだ。目の前の幸せを逃さないために生きてゆくのが精一杯なのだろう。
永年の友人たちとも季節の挨拶ですら途絶えがちで、電子メールに返事はない。電子であるから乾いているのか、人と人との繋がりが乾きつつあるのか。
 
▼怒りのやり場
世の中が燻っているのは、TPPや原発や憲法改正に反対の気持ちを持ちながら賛成の党に何らかの形で協力した人への不信や不満や失望が、ドロドロとしているからだと思う。賛否善悪は別としてそういう意思表示が許せないのだと思う。
 
▼朝から高テンション
毎日、出かける支度をするときの家の中は戦争のようだと言った知人がいた。近ごろ、ムスメの出足が遅く、車を乗合いで駅まで行く私にしたら列車の時刻が気にかかる。朝に1分1秒でイライラするなら前夜に早く寝るなどの策を講じてほしいというのは私の希望であるが、その希望を言葉にすると朝からテンションの高い人だとナジラれる。
 
▼アクセス頻度、コメント頻度
フェイスブックなどのいいねやコメント頻度のことが話題になった。1時間に何度も確認する人もいれば1週間ほど放置の人もある。書かれている内容に無反応の人もあれば、助詞の間違いまで気に掛かってすぐ直そうとする人もある。「温度差」のところでも書いたが、人にはそれぞれの熱さがある。強要も出来ないし、同化も出来ない。波長が合わないからと言って切り捨てないものであるが、簡単に切り分けてしまう人もある。一種のデジタル化現象なのだろう。上手に付き合うのはなかなか難しい。
 
▼一周忌
ツマの友だちは、去年の3月に癌にかかり、ちょうどその年の夏亡くなった。結婚式のときに1度会ったきりの人だったが、ツマは仲のいい友だちだったので何度も京都で会ったり子どもの情報などを交わしたりしていた。大学時代のクラスメイトであるから55歳を直前にしてのまさかの突然死だった。何の準備も出来ずに、短い時間に残す人たちへの不安を思い、どうしようもないほどの後悔と無念に満ちた夏であっただろう。
奇しくも、人生でこの時期を迎えるとき、友人たちや家族、親戚や遠戚も含めると覚えきれないほどの人たちが世を去るのを送らねばならない。夏とは哀しい季節だ。
 
▼襲い掛かる反省
私には、私を偲んでくれるような実績もなければ魅力もない。亡くなったらそれで終りとなるのだろう。まあ、それでいいのだ。
亡くなった人をお盆に迎える人々の声に耳を傾けるとき、人は死んでしまってからもいつまでも大事にされるような人物であれることが最も喜ばしいことであると思う。
 
▼畏れ
真昼の照り返す暑さのあとの日暮れがもたらす一時の涼しい風に喜びを感じ、やがてそれが凪いで、仏壇に灯る明かりも仄かに揺れる時刻なる。昼中のざわめきも静まっている。
仏壇のある畳の間に無言で座ることも少なくなった。目に見えない神を畏れなくなっている国民像が、選挙のあとに浮き上がってくる。
 
▼永遠の0
7月7日七夕さまの日は、私の叔父がサイパン島で玉砕をした日だった。父が生きていたころから母は必ずその日にお墓にお参りをし、暑くて茹だるような夜にその時代を回想している。
永遠の0という本を読み始めたのは偶然で、映画化になるので注目なのだとムスメが教えてくれた。
私の叔父は、海軍の志願兵で出生して数ヶ月後にサイパンで散っている。「サイパン島で死亡」と書いてあるのが辛うじて読み取れる古文書のように色が褪せた虫食いだらけでビリビリの1枚の紙切れだけが残っている。母はそれを大事に私も知らない場所にしまっている。

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