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2013年6月 6日 (木曜日)

留守番を任す

留守番を任すほとけの夏蜜柑 砂女

 

 

 

仏壇の前でおとやんと再会するときには、いつも手ぶらでチンチンとリンを叩くだけである。時には願い事を聞いてもらうこともあるが、たいていは愚かな日常の報告である。

 

 

 

そんなことを連想しながらブログの感想を書き始めたが、迷走してゆくばかりであったので、自分のところに(今回も)書くことにした。

 

 

 

砂女さん。幸運にも?10代まで遡って(体調を崩しておられた)そうですが、このごろそんなことがちょっとやそっと起こったくらいでは不安などを抱かなくなったのではないかと、こっそりと想像するのでした。

 

 

 

「長い人生、この実績にかかってきなさい。私はもう逃げも隠れもしませんから。」そう思うと時計が止まって長生きできてしまうかもしれないし、本当に止まって動き出さないかもしれないし。

 

 

 

日常の生活に復帰なさったとお書きのその後に、しかし、お仕事をお辞めになるとか。

 

 

 

どのようなお仕事であったのかは察することさえもできないのですが、働けるということはありがたいことで、私のような年齢になると(って言っても不詳ですけど)だんだんニンゲンが厚かましくなってきます。きっとそちらも厚かましく生きておられると思います。そのほうがよろしゅうございましょうし、そうでなくてはならない面も(厚かましい面も)人間には必要であって、何でも画一化、平等公平化となってしまっては、粒が揃い過ぎて社会の成長を妨げます。

 

 

 

考え様では(それを厚かましいというのですが)その分社会のみなさんに何か貢献しようとか考えたりするわけです。

 

 

 

先日から手にしていた孔子に続き(ってまあ持ち歩いているわけですが)、そのあと利休のことを書いた本を読んでおったりするのです。気が移ろうので、芭蕉になったり西行になったり山頭火になったりしますものの、何れにしても歴史上の偉人たちには晩年の美学というのがあって、これほどまでに美しく果てて行くことができるものか、と感心する次第です。

 

 

 

昨今はネットを通じて自由に自分の意見や毒舌を披露できるので、そういうモノのの価値がぐんぐんと低下して参りまして、昔でしたら毒舌評論などには美的なものが幾つもあったのに、近頃は良悪がお互いに入り混じり、総括的に品質低下を招いています。

 

 

 

良い物を選ぶのが難しい時代を迎えた中で、私なんぞは美的に生き残りたい、と考えたわけでして、愚人の考えることでございます。からりと乾いた感覚をお持ちの方からすれば、しっとりとして且つ塵のような遺文は瞬時に消えてそれで終わり、となるのが然りのようです。では、石に刻むのが良いのか。いや、木に刻んで少し永らえてから朽ちるのが良いのか。悩むところも果て無きものでございます。

 

 

 

「いしぶみ」と打ったら「碑」と変換するのですね。石文のようなものを想像していました。うちの市内では日本最古の墨文字が発掘されています。2世紀のものです。現代人と2世紀人ともっと古代人を横一列に並べると、おそらく2世紀人は古代人寄りで、もしかしたらさほど区別がつかないかもしれない。顔つきや体型だけでなく、話してみればほとんど動物に近いかもしれません。そんな時代のヒトが文字を残したわけで、残す直前には文字を残せる手立てが存在しなかったこと、つまりゼロから何かが生まれたことの凄さってのは神秘であり感動です。もちろんある日突然文字を書き出すわけではないと思いますけど。

 

 

 

そんなことを考えると21世紀のヒトが残すものなど全く価値の無いもので、遺すことの重要性は限りなくゼロに近づいて、今、何をしているかばかりが高価値な世紀なのだなということに辿り着きます。

 

 

 

留守番を任すほとけの夏蜜柑 砂女

 

 

 

いつの歳になっても出かけるときはいそいそと。あなた、ちょっと行ってきます、と声をかけるのか心のなかだけで済ませるのか。神や仏はそんな心の奥まで間違いなくお見通しであろうから、嘘も付けないし照れも恥じらいも言い訳もないのでしょう。

 

 

 

仏様は偉大です。こんな蜜柑ひとつで何日も私を待っていてくれるのだから、と思うと申し訳ないのだが、どこに居ても私を天から見ているのだろうと思えば、この蜜柑は朝の挨拶のようなものなのかもしれない。

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