6月号 祝・梅雨入り
□■巻頭言
例年より2,3日遅くなりましたが、無事に梅雨入りとなりました。
雨降りを決して喜んでいるわけではありませんが、何事もほどほどに自然の恵みを受けなければ、またいつか昔にあったように水不足になって、日本中が枯れてしまっても困ります。ですから、足元を濡らしながら傘を差して坂道を登ってくるのは嫌ですけど、梅雨はそれほど嫌いではないです。
雨が続く鬱陶しい日が続いても、気分を変えれば充分に楽しめます。先日、多気町(旧勢和村)の丹生大師の里の近くのメダカ池へアジサイを見に出かけてみました。時期が少し早かったため、満開にはなっていなかったのですが、降り続く雨のおかげで森の奥から流れ落ちてくるせせらぎは元気よく流れていました。
綺麗な水がさらさらと流れているのを見ても、昔はそれほど珍しくもなかったし嬉しくもなかったのに、このごろはアラ!とちょっと驚きます。蛍も飛ぶかな、とか想像したりするようになりました。
一の橋二の橋ほたるふぶきけり 黒田杏子
吹雪くように蛍が乱舞する光景は今や非常に珍しいものとなってしまいました。「家の座敷の中まで飛んで来て蚊帳にとまっていたものだ」と子どものころを思い出しながら母がよく口にしています。
宮本輝さんの小説に「蛍川」というのがあります。浴衣の裾を夜露に濡らしながら蛍を追う情景がテーマと相まってとても感動的な作品ですが、現代の蛍狩りはもっと商品化されたもののような気がします。「環境」そのものが経済社会のなかで商品化されている時代なのかもしれません。
□■編集後記
先日、我が家のある空間に放置されていたプラスチックのごみを分別する作業をしました。自堕落な家庭なのでプラスチックのごみは散々な状態で放置されていました。まず、「白いトレー」と「その他のプラスチック」に分類しました。その他の「プラ」は地区の回収日に袋に入れて出しますが、あまりの多さに腰が抜けそうになるほど驚き、この際、細かく切断破砕しようと思い立ちました。
切断破砕作業をやりながら面白いことがわかってきました。我が家の「プラ」の殆どは、ハンバーグやお弁当などの惣菜を入れているポリエチレン(透明のもの)で、この材質は非常に柔らかいもので非常に切断しやすいが、パッケージの強度を上げるために容器の周囲(ふたと本体のあわせ部分)に折り返し処理や二重化処理がしてあるため捻じ曲げるとか折り曲げるには硬いことに気がつきました。企業の容器設計者のみなさんの苦労を想像しながら、この強化部分を工夫してあらかじめ細く切り取ってしまうと容器の切断が捗ることもわかりました。
もちろん、それ以上に、我が家(あるいは社会には)このような容器がメチャメチャたくさん使われていて、何を買っても容器に入れられて渡されるのだということを再認識しました。
容器の切断破砕を定期的にするのは嫌です。切断機械(シュレッダー)を開発するのが賢いのか、容器が我が家に来ないように工夫するのが賢いのか。人類が繰り返してきた過ちの歴史を振り返るならば難しくないようにも思えたのですが、身近な人と話すとそうでもなさそうです。
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