フォトギャラリー(令和3)

フォトギャラリー(令和2)

  • 大晦日
    - Walk Don't Run - 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

フォトギャラリー(令和1)

  • Img_0968
    令和元年の足跡(写真300枚余り) - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成31年版)

  • 天皇退位の日
    Days31 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成29年版)

  • 年越しそば
    Days29 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記) - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】
無料ブログはココログ

東京へ

熊野古道ピックアップ

寅さん記念館

  • 寅さん記念館 チケット表
    平成23年11月12日寅さん記念館 - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

« 通学のカバンにきょうから赤い靴 | トップページ | 縁側で母とふたりの障子貼り »

2008年11月19日 (水曜日)

初霜や八朔ひとつ供えたろ

マイナス5.5℃の寒気団が1200メートルの上空に辿り着いた。今年、最初の寒い朝だ。8時過ぎに不燃物ゴミを置きに近所の角まで突っ掛けで走っていくが、足の指先が冷たかった。靴下を履かねばならない季節になったなと沁み沁み感じる。

 

そのことが反対に嬉しいようにも思えてウキウキもする。寒くて冷たいのは嫌いなくせに、ガラス越しに温い陽射しを浴びながらソファーに掛けて本を読んだり手紙を書いたりする、そんな冬が好きなのである。

 

 

冬を迎える前に済ませておかねばならないことが幾つかある。山から切り出した薪を風呂焚き用に割ることや、北風を除けるための藁囲いを家の周りに組み上げるのを手伝うのは子どもの仕事だった。

 

現代ではそんな風景はどこにも残っていないが、霜が降りる季節になると心を引き締めて覚悟を決めるように人々は「冬支度」に取りかかった。

 

 

縁側で母とふたりの障子貼り ねこ

 

障子貼りも冬支度のひとつであった。縁側には優しい光が降り注いでいた。庭の花畑は枯れた色に変わっていたが、父の育てている菊は元気に咲いていた。そして蜜柑の木には橙色の---だいだい色という言葉の響きも懐かしい---実が幾つもなっていた。もぎ取って食べても酸っぱいだけで一度も家の蜜柑など美味しいと思ったことなどなく、店で売っている万遍なく綺麗な蜜柑のほうが甘くて好きだと言っては父や母を残念がらせたものだ。

 

思い出は脆いもので、この蜜柑の木ももう誰も食べる人が居なくなったから役目が終わりだということで父が切り倒そうとしていたころに実をひとつもぎ取って食べたら、栽培物の味とは全く違った酸っぱさがこの上なく美味かったのを思い出す。

 

父が逝って十年以上が経つが、時代は変遷して、今そこに父が植えていった八朔(はっさく)の木があり、背丈の倍以上にもなって鈴なりの実をつけている。

 

初霜や八朔ひとつ供えたろ ねこ

« 通学のカバンにきょうから赤い靴 | トップページ | 縁側で母とふたりの障子貼り »

父の背中」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 初霜や八朔ひとつ供えたろ:

» 初霜や八朔ひとつ供えたろ [- Walk Don't Run -]
遺す言葉を続けよう。 * ▼怨む、憎む そのようなことはなかったと思う。そもそもそんなことをしても勝ち目がなかったので、はなからからそんなモノに刃向かうような真似はしない。 腹を立てたり失意に苛まれないで生きるためには、自分のやり方を思案してゆくしかなく、そこで哲学的な思考回路が育ったのだろう。たまに理屈も 言ったが、表に出ていってまで強く主張することはなく、内に秘めていることが多かったかもしれない。 さまざまなケースを考えても、やはり片方の耳は大人になるときには聞こえなくなっていたし、もう片方の難... [続きを読む]

« 通学のカバンにきょうから赤い靴 | トップページ | 縁側で母とふたりの障子貼り »

カテゴリー

歩きの日記

  • 三野瀬駅
    あるく - Walk Don't Run -銀マド 夕焼けの向こうまで─枯葉の舞う道をあなたと二人で/銀マド【自画像篇】

オートバイとともに(BIKEs)

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

ノート

2022年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト