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2008年10月 7日 (火曜日)

手紙 から

同窓生の友人たちに出した手紙。メモ

 

----
各位、

 

さぞかし、呆れていることでしょう。

 

別に機嫌が悪かったわけでも不真面目であったわけでもない。

 

まあ、一番の信頼できる人たちということで、何も隠さず、嫌われるようなことを承知で、あのようなことを書いたのでしょうか。>自分

 

何でも話せる人がなかなか居ませんね。
家族だけかもしれない。

 

社会では、仕事を失っても、そのことを妻にも言えず、公園で一日を過ごす人が居て、自殺者や犯罪報道のときにも、非常に興味本位に取り上げられている。

 

結局、そういう現象を始めとして、数々の社会の悩み

 

(これは病理学的にも、人間の疾患と似た特徴を表すもので
心理学と社会学というものは、よく似た構造であり)

 

を放置してきた人間側の問題が、本質的に解決されてゆかない限り
明るい未来は見えない。

 

私は全ての源流は「豊かさと満足度」に帰着するのではないかと考えたわけです。
あまり、理屈を広げて書いた作文を見せたくないので、掲載箇所は非公開としますが

 

豊かさと満足度、だけでは大きな誤解を招くので少し補足をすると…

 

・幸せ意識、中流意識にはじまった豊かさ
・現状でかなり頂点を迎えて後戻りできない満足度。
(それらの基軸のなかに、)
・お坊ちゃまな政治家や
・タレントの議員や
・売れれば何でも報道するマスコミや
・儲かれば環境問題でもしゃぶり尽くす業界や
・奇麗事を前面に出していい格好をする企業や
・経済やマネーだけを尺度にしか考えられない狭い視野の人々や
・そういう妄想にいつまでもしがみついている人たちなどなど。

 

客観的にモノを見る姿勢の中心点が確実に傾いているのだなあと思うたびに、浮力の中心を失った船は一度解体するしかないか、と思うのです。

 

長い歴史を顧みても、人の知性とはそれほど大したものではなく、欲望とかカリスマに振り回されてきたわけで、たかが2000年にも満たない民主政治というものの流れをみても劇的な改革は厳しい。

 

物質文明やその文明を取り巻く環境が変わるにつれて思想も変遷するのでしょう。人は痛い思いをしなければ何もわからない。

 

「上から目線」という言葉が盛んに新聞などでも目に付きますが、本当にそのことをわかっている人はどれだけ居るのか。

 

今の私の目標は、年金をもらえるまで健康に行きぬくこと。これしかないのですわ。

 

---------
↑の前に出したメール。

 

 

 

別に、読まんでエエです。
生存としての返信ですから。

 

メールがこんので、メルアド変更してドロンしようかなと怒っておりました。
日本の社会の縮図のようなリアクションだと感じてます。

 

田中康夫の質問は、ニュースと新聞でダイジェストに知っていますが、知っている程度です。

 

それを聞きながら、家でよめはんに言った感想は、

 

概略ですが
----

 

まともなことを考えている政治家もいるんやから、国民は真剣に考えなアカンのや。
しかし、全然、(国民は)自分のことしか考えてえへん。
社会を変えるためにどうあるべきかなど、考える気は無い。
その使命感もないわな。
自分が損したり、しんどい思いをしたりするのは嫌や。
(そう考えているだけや、ぼーっと)
それは正しい考えやけど、今の社会にはそぐわないんや。

 

自分たちが痛い思いをして、犠牲を出せとまでは言わんが、
マイナスを出してプラスに導く発想がない限り、今の社会はアカン。

 

滅びるしかない。
国民全員が失業するか、戦争でも起こって、目茶目茶になることや。
要領のええ奴が生き残って、そいつらだけが幸せに暮らし始めたら、それが破滅への道やとそのときに気付けばええ。

 

ワシには、できることは何もない。

 

ボケな国民ばっかしやろ。
やれ、人気投票が高かったから、この人好きやわぁ。
バナナの騒動。納豆の騒動と同じや。
そういうモノで価値が決まってゆくわけよ。

 

クイズ番組見て、ああ正解、やれ不正解。
こんな簡単な問題が出来た出来んで喜ぶなボケ。
賢くなった錯覚。
そういうのをボケというのや。

 

儲かるかどうか。
損失がないかどうか。
僻地の医療がそういうモノサシで決定付けられてええと思う?

 

住民のほうが先にその土地に住み始めたんや。
行政は、経済理論を盾に政治をしてええの?

 

戦争でひとりの人間が鉄砲で撃たれて犠牲になって死んで、大騒ぎするんやろ。
たった一人でも、僻地に人が居たら、医療行政は消滅したらあかんやろ。

 

経済理論の本やマネーを稼ぐ話。保険で損しない話など。
がめつい奴ばっかしの飛びつく話で、それが今の社会での、大手を振った正論。

 

技術優先で社会を良くしてきて、国民は豊かになった。
その甘い汁をいっしょになって吸ったわけやが、それは大きな間違いやった。

 

社会の中では、ほんとうはそんな技術よりも、人々の心のなかに絶対的に豊かに宿るものが、育てってゆくべきやったのよ。

 

哲学。何ですか。役に立たんやろ、そんなもん。
理学部、物理学科。そんなとこでは就職できんやろ。
(そういうふうに)目先の損得を考えるだけの社会が、
人々の心や生活を豊かにしてきたように思っていたけど、間違いでした。

 

更なる大きな間違いは、「豊かさと満足度」ということを考察したときにも触れたが、そういう大変な状況なことになっているのに、私は大丈夫、と思っていることやね。
言い換えれば、私がよければかまわないわ、ということですな。

 

そんなことを言うから、
「昨日食べた夕食の中で高額なものを上から二つピックアップして、それを取り下げて、社会に役立てる何かに使ってみるなどの工夫をする精神を持ってよ」
と言いたくなるわけや。

 

反論くるけど、将棋の盤なら、ここで180度回転させて勝負継続してみるのが面白い。
頭に血を登らせている奴に限って、相手の言い分の論理を、大空から見下ろすように理解できてないん。

 

今の国民にはそういうレベルが掃いて棄てるように居る。
少しばかり賢くなって、学歴を得て、社会的にも名誉も地位もお金も得た人もそういう中にはいますな。

 

バカ高い車が売れる社会。
車が不必要に渋滞してても仕方ない。
ガソリンが高いのに、暴動も不平も言わん。
テレビは24時間。
食い物も贅沢の限り。
食糧管理問題なんか、出てきて当然の結果や。
縄文時代に戻ることから始めなあかんのよ。

 

また、あほ言ってると思うやろ。
けど、真剣に考えて欲しいなあ。
と、愚痴りました。

 

やっぱし、ワシが立候補するしかないんやけど、大バカ国民は、ワシには投票せんしなあ。

 

どうぞ、好きにしてください。

 

----------

 

腹の内では、

 

・民主党に入れて、政治に楔を打つという戦略が必要。
・政治は自民党でないと出来ないかもしれない。
・楔を打つ必要は大いにあり、そのことで有能な自民党政治家は国民をもっと見る可能性も出るけど、出ない可能性もある。
・大バカ国民は、近所や知り合い、有名人、世間の動向調査結果などに敏感な反応を示し、真剣に考えてない(ノンポリ、体裁主義、美的自己中心な)んだから、だったらワシは真剣に考えることにしよう。
・ワシの一票は生きないことがわかっていても、民主党と自民党には絶対に投票しないと決めてます。
・生きないという結果は投票した人の人格を踏みにじる行為に等しく、哀しく寂しいのですが。
・だから、好きにしてください、といいたくなるのですよ。

 

 

行政のプロの人の中で仕事をしていますが、住民(県民)は、非常に無関心です。
自分のことしか考えていない人が多い。
世の中を改革するためにどうすればいいのかを考えている人は一部の人。
考えない人は、集まってどっかの島にでも移住してほしわ。

 

まあ、そんなことをブツブツいいながら毎晩、よめはんと飯食ってます。
晩酌はウィスキー1杯にしました。

 

もう世の中で暴れたる気合いも無いし、金も無い。カリスマ性もない。

 

行政側の人は、井のなかの蛙、ということもよく分かってきました。
しかし、「行政人。しっかりしなさい、自信を持って。」とも言いたい。

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