続・豊かさと満足度
2008年7月1日(火)、天声人語が
○─
「タマゴが先か、ニワトリが先か」は、因果関係をめぐる水掛け論のたとえである。コンビニエンスストアの普及と生活の深夜化も、どちらがタマゴでニワトリなのか、白黒つけにくいものの一つだろう▼お目見えした頃のうたい文句は、「開(あ)いててよかった」だった。夜中に何かが必要になって、その通りに感謝した人は多かったはずだ。それがいつしか、24時間開いているのを前提に、人は暮らしを組み立てるようになった▼いまや、単なる小売店を超えた存在である。公共料金の支払いや、宅配便など多彩な横顔をあわせ持つ。さらに、ストーカーに追われるなどした女性の駆け込みが、年に1万3千件を超す。うち半数近くは深夜に起きている▼その深夜営業の規制などを検討する自治体が、相次いでいるという。省エネや、二酸化炭素の排出を減らすのが主な狙いだ。不夜城の明かりを消すことで、エネルギー消費の多い深夜型の生活を見直す。そんな理念も携えてのことらしい▼コンビニが煌々(こう・こう)と輝くのは、夜にさまよう人たちを明るさで引き寄せるためか。とはいえ、早じまいをしたところで冷蔵庫は止められない。それやこれやで、不夜城の派手さに比べれば、実際の効果はごく薄いという▼明かりを消させても、それだけでは「ねらい撃ち」に終わってしまう。コンビニに限らず、少しずつでも便利さを捨てていく決意が誰にも必要だろう。素朴な時代に戻れるかどうかは心もとないけれど、今の暮らしにどっぷりでは地球が守れないのは、もう明らかなのだから。
─○
と書いている。
(リンク貼っても消えてしまうので引用してしまいました)
昨日の日記でお借りした多田富雄先生の
「これも豊かさを求めて突っ走った結果です。この辺で経済至上主義、成長神話を考え直して、新しい価値観を構築しなければなりません。」
「そのためには、観測を誤らない目を養うことが必要です。ものを近くから眺めるのではなく、遠いまなざしを持って、全体を見る。分析的視線と合わせれば、複眼でものが見えるはずです」
余談だが・・・
多田先生が言う「これも豊かさを求めて」の箇所の「これも」とは何か。
100字以内で述べよ。
・・・・なんて遊びは別のときに自習していただくとして
天声人語の後半に書いている「ねらい撃ち」という言葉が空しい響きを残しています。
私が何回か前の「豊かさと満足度」、(そのおぼえがきも含む)で言いたかったことを手短に書いています。
しかし、
嘆かわしいことに、社会(の多くの人=国民)はこれに非常に無反応のようである上に、突き詰めてみてみるとこれらの話の内容の肝心なところを全く理解できていないように思える。
いったいどこまで自分たちの都合のいいように解釈をし続けるのだろうか。
そんな国民性が、ガソリン高騰に対してもノーリアクションでいられる所以か。
« 苦い思い出 | トップページ | 前髪を切ってそちらにキスをして ねこ作 »
「豊かさと満足度」カテゴリの記事
- 今年の言葉から ── 人々は困窮し、死にひんし、生態系は壊れる。私たちは絶滅を前にしている。なのに、あなたがたはお金と、永続的経済成長という『おとぎ話』を語っている(2019.12.14)
- 30年という言葉で探ってみる ─ 小雪篇(2013.11.22)
- 温度差 のことを考え続けている(2013.07.12)
- 花は桜の(2012.03.14)
- 有事斬然 無事澄然 失意泰然(2011.03.20)
最近のコメント