枯れ落ちる
夏が終わってしまった。毎年、秋が深まり始めると、いったい、いつから秋になったのだろうか、と思う。
「ええ、そうね、あの事件をきっかけに秋になったわね」というように相槌を打ってくれる人もいない。秋の始まりを沁み沁みと語れる相手もなく、夏が衰えて消えていってしまったことをひとりで私は寂しがっている。(満月の夜がそうだった。)
ああ、あれは、少しずつ少しずつ眠りに入ってゆくときのように・・・だったのだろうか。
「いいえ、違うわよ。あなたの知らない間に、消えていったのよ」
誰かがそう囁いてくれるといいのに。
蝋燭の炎が自分の本体を燃やし尽くすときのように、そして炎が消える間際には天に吸い込まれるようにひとたび大きくなるように、激しく夏も燃えたのだろうか。
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「夏は嫌いだ」と口癖にしていながらも、ほんとうのところは夏が好きだったのかもしれないと気付き、私は苦笑している。意地のようなものを夏に対して感じていて、好きだと言わなかっただけなのかも知れない。
ジリジリと焼けるような西陽が、カーテンのない窓から差し込み、部屋じゅうが真っ赤に染め上げられてしまう。そこで仕方なく、部屋の奥にあるソファーに逃げ込んでいる私であるが、その手元には明度の低い黒味を帯びた赤い光で満ちていて、膝に乗せたノートの活字は霞んでいる。明暗の落差があるのだ。
首筋を汗が、時々、すーっと流れ落ちる。拭き取ることを面倒とも思わず、流れるままにして、私は真っ白の紙を睨んでみたり、目を閉じてみては「あの時」を脳裏に復活させようと試みていたのだった。
夏から秋への変わり目に、膨大な時間が無駄に過ぎていった。【鶴さん】を再び書き始めるには、気分がもう少し悲劇に満ちてこなくてはならないのか。
夏は終わり、月見草の花も枯れ落ちてしまった。
待てど暮らせど来ぬひとを
宵待草のやるせなさ
今宵は月も出ぬそうな
思わず歌を口ずさむ。
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