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2006年1月26日 (木曜日)

地球温暖化防止のために身近で取り組めること、10個挙げよ!

去年最後のメルマガで

 

  ◆ 地球温暖化防止のために身近で取り組めること、10個挙げよ!

 

というクイズを出しましたが、お考えいただきましたでしょうか。

 

 答えはみなさんがそれぞれお考えになったものでよろしいかと思います。以下のようなものを考えてみました。

 

─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─
【まずは身近なところから】 5ポイント

 

・買い物袋は、エコバックなどを使ってレジ袋を削減する。
・冷房は28℃、暖房は19℃。断熱材を上手に使う(カーテン、雨戸の利用)。
・無駄なテレビや明かりは消す。テレビを時計代わりにするのはやめる。
・洗顔、歯磨き、洗髪のときのシャワーの水の出しっぱなしをやめる
・冷蔵庫の開け閉めを減らす。詰めすぎも減らす。

 

─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─・・─
【ちょっと努力を!】 5ポイント

 

・待機電力削減に努める(不要なコンセントは抜く)。エアコンとシャワートイレを見直す。
・暖房便座はけっこう電気を食います。便座カバーを使おう。暖房便座の蓋は必ず閉める。
・電気ポットや電子ジャーの利用は、必要最低限に。
・車のトランクなどに無駄な荷物を積んだままにしない。
・車の運転時は経済速度を守ろう。通勤時は努めて歩く。外出時は乗り合いに。

 

 

さて、どれだけ一致しましたでしょうか。

 

*

 

 10月号のメルマガの後記で「もったいない」という言葉について触れました。そのあと、ワンガリ・マータイ(著)「モッタイナイで地球は緑になる」も読んでみました。地道な活動が世界を地球温暖化から救えるのだという確信が伝わってきます。(この本はもうすぐセンターにも所蔵します。)

 

 巻頭でも書いた「地球温暖化防止のために身近で取り組めること、10個挙げよ!」の問題を、年末年始を利用して実際に自分の身の回りの人たちにも尋ねてみました。
 
 まず、質問のイメージが掴めない人がいました。しかし、誘い水として少し説明をすると、スラスラと幾つも挙げてくれる人が多かったのも驚きでした。

 

 ムダをなくして節約することは、もう少しで実践できるところまできているようです。ただ、「私ひとりくらいはいいでしょう」とか「そんな不便なことは嫌です」と、はっきり答える人もあります。

 

 

 「もったいない」という言葉を知っていますか? 福島県がこんなアンケート調査を小中高校生にしたそうです。そこでは98%「知っている」と答えています。

 

 アンケート結果を詳しく見てみますと…

 

「もったいない」という言葉を3割以上の子どもたちは父母から教わっています。次いで祖父母が多い。そして、半分以上の子が、(1)食べ物、飲み物を残して捨てること、(2)水道の水を出しっぱなしにすること、に「もったいない」ということを感じています。

 

 では、どうしたらいいでしょうかと問うと、(1)必要ない物は買わない、もらわない、と答える子が3割、(2)いらなくなった物を譲り合う、と答える子が2割でした。

 

 

先日、ミーティングの席で、環境保護の紙芝居を考えてみる話がちょこっと出まして、何か興味を引くストーリはないものかと考えていた最中だっただけに、大いに参考になりそうです。

2006年1月21日 (土曜日)

枯野

 よく眠る夢の枯野が青むまで  金子兜太

私は夢をほとんど見ない。
眠ったら朝までまっしぐらで、眠っているときの歓びはない。
したがって、どんな寒い朝でも起きるのが嫌だと思ったことはない。
目覚ましで起こされるのが嫌だ。
自分で自然に起きます。
時計もない暗がりの部屋を出て階段を下りていると、
よめはんの枕もとで目覚ましがなっている・・・
私の体内時計はいつもなかなか正確だ。

若いころは夢をよく見ました。
寮時代、薄っぺら壁を隔てて競い合っている友が、おまえの寝言はやかましい…とよく言った。
常に闘っていたのかもしれない。


同じ夢でも、あれになりたいとか、これになりたいという夢も盛んに見た。
受験生の頃には、脳外科医になりたいと真剣に思っていたときもあった。

共通一次とかセンター試験とかいう時代ではなかった。
3月3日に1期校。20日過ぎに2期校の試験があった。

でも、もうあのころのことなど忘れてしまったな。
もしも、私が試験に受かっていたら私にはまた別の人生があったのだろうか。


今の私は、「私は私で、それ以外の何者でもない」、というような結論を抱いている。
学歴でもない。資格でもない。世渡りでもない。
私は私を欺くことはできず、また、他人も欺けない。


明日からセンター試験です。
この一週間で私が家にいる時間にあの子が机に向かって勉強をしている姿を一度も見ない。余裕とはいえないと思うが。。。。

私より一枚も二枚も上なのかね。

アイツには、枯れ野が青む景色が見通せるのだろうな。

----
塵埃秘帖 【大寒篇】

2006年1月16日 (月曜日)

石三つ照らし出したるぼたん雪

父の命日が22日です。
あの日は寒波が列島を襲った日でした。

 

もう何年前か忘れた…。

 

きれいな庭やった。
初めて知った。

 

遅かった。

2006年1月 7日 (土曜日)

脳内出血

イスラエルのシャロン首相の重篤が続いている。一刻も早い快復を祈りたい。

私の父も脳内出血だった。逝くときは、心臓が相当に弱っていたし、喘息も出ていた。高血圧の治療も続けていたが、予想通りのときを迎えることになった。この病気のひとつの特徴だというが、死ぬ間際には胃の内部からの出血も認められたという。死因は心不全。9年前の1月のことだ。

本態性高血圧のため若いときから血圧が高く、薬漬けだった。高齢になってからは鼻血が頻繁に出たという。鼻血が止まらず1キロほど離れた消防署まで自力で行き、救急車に乗せてもらって隣市の大きな病院まで搬送されたこともあったという。

私は血圧計測を専門とした時期もあり大勢の脈波を聞いてきたにもかかわらず、親父の脈波を聞くために聴診器を当てたことは一度もなかった。これも皮肉な話だ。

救急車を街で見かけると、搬送者を案じる。しかし、仕事などで急いでいるときに車の流れが止まればイライラを感じる。危篤人を心配するものの、一瞬、苛立ちを感じる。だから、大怪我(私もちょいと10針ほどの怪我で) でお世話になったことがある人でなければ、搬送者のことなど思わないのが普通だろうとさえ思う。

多くの人はそんなモノにご厄介になる必要はないだろうし、なりたくもない。まさか、自分がご厄介になるなど思ってもいないだろう。

そこで、乗っている人の気持ちを本当に理解できるのは、乗ったことのある人だけ、、、ではイケナイ。

何も救急車の話だけではない。全ての良いこと、悪いことについて、自分は関係ないんだから…と思っている人が多い。一般論として、そのような「突然」を経験して初めて、からでは遅すぎる。(地球温暖化は「突然」ではないのだが…)

「日本国民が全て、失業を経験すればいんだ。」という私の暴言には根拠がある。
そしたら、社会保険も介護も社会道徳も教育も医療も、あらゆる問題の真髄に、人々は目を向けるようになれるから…。 (だから、ほんとうに失業すればよいと思っているわけではない)

気持ちが伸び切って緩んでしまって、満足してしまっている社会を、「巻き戻してゆく」ことは辛いことなのですが、人々は自分だけの満足を棄て、余分な冨を棄て、便利を諦め、さらに、私個人的には、科学技術の生んだITというものが撒き散らす便利さをほどほどにしなくてはならない、と強く思う。

今、現代社会は「脳内出血」をしている状態なんだけど、そいつを搬送する救急車を見て、国民は「イライラ」してるんですよ。最高に滑稽ですよ。

2006年1月 2日 (月曜日)

初かまど菜を切る母のうしろ姿

◆ 初かまど菜を切る母のうしろ姿

 

どうしても母のうしろ姿を書きたかった。だから、母をいれました。

 

▲ 初かまど菜を切るうしろ姿かな

 

こうしたら、母であることが伝わるのだろうか。

 

----

 

昔は家の8畳間を4つとも開け放ち、障子や唐紙も取り去ってもまだ式台に人が溢れた。

 

今は、尋ねてくる人影も疎らだ。みんな逝ってしまった。

年の初めに考える(2)─文化力─

なるほどね。文化力ですか。社長。

eデモに関わって、様々なことを感じて、その発想の素晴らしさやコンセプトに間違いは無かったと確信しています。

そして最後に私の心にしこりのようになって焼きついたものは、「読書力」「文化力」が著しく欠乏していたんだ、この地には…ってことでした。

歴史上の昔はそうでもなく、様々な古典文化を生んでいる地であるのに、県民性が自己形成にまで及んで自らの内面から成長を破壊しているのですよ。


会議室は事実上の閉鎖。それはやむなし。「誰でも参加できる」…なんですが、「誰にでも参加をして欲しいとは限らない」のです。「文化力」の無い人と「読書力」の無い人がやってきたら、包丁の使い方も知らない人に包丁を持たせるようなものだったんですよ。自分も包丁を振り回そうとしたかもしれないんだが…。


文化というものは自分たちが作るのだと大声で叫んで生み出すものではなく、主流からはみ出した落ちこぼれの集まりやそれに似た精神を持った連中が、無意識に作り出したほうが味わい深いものになり、かつ普遍性をも備えることができる。

これは、【ねこさん】の独り言です。

彗星のようなヒト。表れないかな… 
おっと、モロ、県民性を表出した発言で。

2006年1月 1日 (日曜日)

年の初めに考える─痛み(2)─

痛み <2003年1月下旬号>に続いて追記をします。 

─ 平成18年元日

Y院長は後に県立病院を退職し、地元で内科医として個人医院を開院した。

私の母は大腸癌を切除をしたりしながらも生き永らえて、糖尿病や心臓疾患など老人病のデパートのような状態で生きている。

1キロ以上の道を歩いて駅まで行き、2時間半おきにやってくるJRに乗って病院に通うのは、肉体的にも精神的にも大きなストレスとなっていた。通院を怠ることは即ち自殺行為である。

そのときY医師の医院が近所に開院した。主治医をこちらに変更することを口外したのを聞きつけた次男(私の弟)は、Y医師に命を任せることに強く反対をしたという。

しかし、現実は感情論では済まされない。近くの医者が一番だといって母はありがたく診察を受けている模様だ。

何処に間違いがあって、何が正しく、あるべき姿とは何なんだろうか。
母の余命は決して残り多いものではない、と思う。

今、何が、できるのか。

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父の形見 

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