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2004年12月31日 (金曜日)

林田慎之助著 司馬遷―起死回生を期す 集英社文庫

起死回生。

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一冊の本を手にした。

去年の「災」を払拭し、
私自身も立ち上がらねばなるまい。

司馬遷のこの本を読み、
心震えあがらせた時期を
自らが思い出さねばならない。

2005年は日の出から始まるのではない。
今、この気概を抱いたときから始まるのだ。

雪メール寒い静かな大晦日

雪やでぇーとメールを書いている。
寒い。
静か。
大晦日。

 

今年の一字は「災」

 

年賀状に、「起死回生」と書いた。

 

屋根が白くなってきた。


雪メール 寒い静かな 大晦日

2004年12月23日 (木曜日)

信管

会社を辞めて3度目の冬を迎えている。

2004年12月22日 (水曜日)

銀マド 冬至篇

冬至のころの南中高度は真夏の太陽に置き換えると夕刻おそらく3時か4時頃の太陽の高さに相当すると思う。もしも真夏に突如として太陽が地平線近くの空あたりまでしか昇らなくなったりしたら、もちろんそれは天地異変ですけど、大変な驚きとなるのでしょう。こうして夏至のころから数ヶ月という刻々とした日が過ぎての後に地平線を僅かばかりしか昇らない太陽を見ても私たちはさほど驚くこともなく、冬という季節を許容している。

昨晩、酔いながら眠ってしまったので朝早く目が覚めた。5時半ころに布団から抜け出し、残してもらってある風呂の湯を追い焚きし朝風呂に浸かった。湯舟の中で朦朧としながら近所のご主人が出勤をしてゆく車の音を聞いていた。

私は寒くても平気で布団から飛び出せるという鈍感な性格なので冬という季節がまんざら嫌いではないが、うちのんは寒さに滅法弱く「このまま朝が来なければいいのに」を口癖のようにしている。わからないででもないが、私は眠るときに「早く明日の朝が来ないかな」と思って眠るから大違いだ。

しかし…夏が嫌いな私は「早く夏が来ないかな」とは思わない。

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冬至の夜は芋の焼酎をお湯で割って戴いて「義経」(司馬遼太郎)を読みながら寝入ってしまった。

2004年12月16日 (木曜日)

銀マド>3年目の冬 年末篇

おはよう。

 

久々に塵埃秘帖を書きましたが、書いていて面白みがないなあと感じる。
天性・ジョークの塊と自称している私が、深夜の自画像を描くような暗さでいては、イケナイ、イケナイ。
明るい話題が少なくなったのか、自分の行動が活性化されていないからなのか。

 

最近のヒット。
(職場のミキさんという子がジャージを着ていたので)
私 :あら、それ、ジャージやね?
ミキ:そうよ
私 :なんやー、きょうは、ゆうべ寝てたままで来たの?
ミキ:違うぅー

 

しょぼかったなー。オヤジ・ジョーク。反省モード。

 

今、再びジャージが流行だそうですが、私が学生の頃はジャージと言えばパジャマであり普段着であったのです。1週間も2週間も洗濯をしないのはさほど恥でもなく、洗濯カゴに入れてある汚れ物を洗わず日光干して、再び着たりしていた。

 

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さて、
邂逅の森は、少しずつ読み進んでいる。
こんなモノ書いてないで、もう少しを読みいこうかな。
(仕事探せよという自戒もある)

 

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穏やかで静かな年の瀬を迎えている。気候に大きな変化がないというだけではなく身の回りにもこれといって凸凹もない。いわゆる平和な状態なのだ。しかし、私にとってはいよいよ3年目の冬である。
いったいアナタは何をしたいの?何になりたいのよ? そう親友に詰め寄られることもあれば、日常の飲む席でも同じように問われる。
うちのんは私のことを諦めているのか知り尽くしているのか、「言うても無駄やろうけど」と前置きをしながら、「あと10年余りは何処か安心できる所で働いて欲しい」と言う。「だいたいが怠け者なんと違ゃぅの、世間はそんなに甘ぅない、それに甘えたらアカン」と手厳しい。「家族がなければ悠々自適なもんやし、社会的にもよろしおすなあ、で済むけどな、そうもいかんのが現実や」と言う。

 

霞を食って生きてゆけるものでもあるまい。しかし、天性のわがままはそう簡単に治癒できず、あれは嫌やこれも嫌やと小言を吐きながら、他人様の半分以下のお給料でもノホホンと生きている道を選んでいる。お給料もサラリーマン時代の3割以下(7割減)の低空飛行である。ある一瞬を見てみれば安定して見えるから上昇気流に乗れずにいる。イカンイカン、コンナコトデハ。

 

しかし、3年間でいろいろと勉強になりました。残念ながら人間の醜いところやいい加減な面に出会ったことのほうが多かったけど、こういうふうに低空飛行に入ったことで出会た人や知りあえた環境もあったので、このご時世のことだし、生き延びられたのだからヨシとしたいと思っている。

 

しかし(その2)・・・そう、なかなか書き出せないでいるのだ。5年は掛かると言って会社から逃げ出す口実にした翻訳業はどうするのよ。売上高ゼロ(つまり実績ゼロ)、技術向上指数はマイナスなんだから、思い切って低空飛行をやめて地上から獲物を見たほうがいいんじゃないの?ってうちのんは思っているに違いない。

 

1週間に60枚の仕事の引き合いを知らせてもらった今年の夏、週の半分だけ仕事があるので出来ませんと返事をした。あの時は仕方がないか…と諦めたが、すべてを置き去りにしてそちらに挑む勇気がなかった。私のチカラでは1時間に1枚、1日10枚程度。入試の試験問題に食らいつくようなような血相で挑み続けてもこの速さだろうと冷静に分析しているので、別に仕事を持っていればやはり1週間に30枚が限界なのだ。だが、そんな言い訳を並べても仕方がないし、後悔が募るばかりろうって。

 

スズメはどうして電線から落ちないのですか? 答えは簡単で、落ちそうになったら飛べばいいから。それは私の哲学のひとつでもあるのだが、今の私は落ちそうになったら羽ばたける翼も持たずに居る。そのくせ、「(人間味のない奴らのあふれているような)メーカーは嫌や、僕のチカラを生かせて社会に恩返しを出来るところを探させてくれ」とうちのんには言えないが、期限は後2年程度が限界だろう。夢は「死ぬまでできる文筆業」と口が裂けても言えない。「アホ」の一喝が待っているだけだろうし。

 

2004年12月 8日 (水曜日)

初冬の風

<福田みどりさんの産経新聞連載中(2004.11.28)の記事 風の記憶 「司馬さんは夢の中」(24) の書き出しから>

 

私は、子供の頃から初冬の風が好きだった。空気が凍ったように張り詰めていて、そうね、指で弾くと、びん、びん、鋭い音が響いてくるように思えるの。日々、時々、さまざまに変わってゆく空の雰囲気も複雑でやがて暮れようとしているその年への感慨をこもごも語りかけているようで眺めていると、胸がふるえてくる。

 

この記事のこの部分を読んでからわたしは初恋の人を思うあまり沈み込んでしまっているかのような眼差しになっているに違いない。かといって暗くなっているのではない。

 

しみじみと司馬さんを思い出し、わたしの中にある司馬さんの作品の記憶とみどりさんのこの文章がひとつになって、ああなんと素晴らしいご夫婦なんだろうと思うのです。この綴りを読むだけでみどりさんがそこはかとなく司馬さんの影響を受けておられると感じます。

 

「初冬の風」…か。
憎んでみたくなることもあれば、かばってみたくなることもある。

 

忘年会に出かけた昨晩、年に一度しか袖を通さなくなったコートを羽織って出かけた。
もう二十年年以上も着続けていることになる。

 

許してやってもいいこともあれば、許せないこともあったなぁ。
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<銀のマドラー・塵埃秘帖>

 

2004年12月 4日 (土曜日)

新・雷山無言 を始めます

静寂な峠で
稲光と轟音に出遭う
しかしその凄まじさにも
森は泰然と動じず
樹々はひとときを沈着に過ごす
雷山無言
冷静になれと山がいう
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実質上、断筆となっていました雷山無言を再開します。

カテゴリは【新・雷山無言】としました。

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