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2004年11月26日 (金曜日)

侘助

この「詫助」という言葉の余韻がとてつもなく気に入ってしまって
もうひとりの自分を作り出すなら「詫助」という名前にしようか、などと考えている。

 

世の中、自分の考えているように
筋書きが出来ているわけでもない。

 

でも、なんだか、
この人の繊細さと、思い切りの良さが
わたしを惹きつけてね。

 

これでも、
鈍感なりに
田舎のセンスのない落ちぶれなりに
刺激を受けているから
ちゃんちゃらオカシイ。

 

 

そうそう
僕が居間で本を読んでいるのを無視して
母と娘は
「お父さん、田舎もののくせに、都会に行ったんや、あんたも行くか
あの人は、全然垢抜けしなかったけどな・・・」

 

わたしは読書に夢中になったふりをしながら
「僕の時代、高田馬場で、下駄を履いて、肩までの長髪で
ぶらぶらしてることが垢抜けの象徴や!」
と叫んでいる。心の中で。

2004年11月22日 (月曜日)

銀マド>時雨の冬近く…か (小雪篇)

きょうは小雪。

早や夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く

福永武彦の「忘却の河」を読んだのはもう二十数年前のことだが、私にあの物語をどこまで理解できたのだろうか。
ノートに、この一節を書き写したことだけが記憶に深い。

もう一度、昔の本を引っ張り出して読んでみてもいいなあと思う一方で、今の私にあの小説の心が理解できるだろうかという不安がある。今、あのときほどに心は純粋ではない。

先日、長崎に行った。遠藤周作文学館に立ち寄りたかったが時間もなく残念であった。またいつか来れることを期待しているが、帰ってきてから福永武彦の本を手にとってぱらぱらと見ると、遠藤周作や福永武彦に夢中になっていた二十歳のころがやけに懐かしくなってくる。

城君という友人が居る。今は年賀しかよこさないが、彼は私よりも1年先に卒業してのちに上智大学に転学して九州のある大学で助教授になりながら、今は牧師になってしまって横浜に住んでいる。そんな彼と二十歳のころ、キリスト教について深くはないものの、話したことが度々あった。彼の言葉ひとつひとつが私の純粋な感覚を刺激してくれたからこそ、私は忘却の河も草の花も、じっくりと、熱く読めたのだろうと思う。

長い年月は、私をすっかりすさんだものに変化させてしまって、いまさら、こんな話を彼にしかけて、思い出を引き出せるものでもなくなってしまった。

きょうは小雪。いつもの年よりも紅葉が早くやってきた割には、寒さが厳しくないように思う。コタツもファンヒータもまだ出していない。

日差しが優しくて穏やかだった日の午後、神田川の橋の欄干にもたれて、1時間でも2時間でも話していた学生時代が懐かしい。

2004年11月11日 (木曜日)

銀マド>立冬の過ぎて木枯らし待つばかり 【立冬篇】

霜降を最後に「監視室の裏窓」を書くのをやめたら、からだの中の骨が一本なくなったような錯覚に陥るほど自分がだらしなくなっている。

 

決まった日に決まっただけのノルマを自分で定めてこなしてゆくということは、どれほど大変であるかを知らされた反面、質の如何に関わらず、自分で決めて書き続けたということは価値ある側面でもあったといえる。

 

24節季ごとに自分を見つめてみる。何もネタがなければ考える。考えること自体に発見があったろうし、考えても何も出なければ、出してやろうと時間を工夫することに意義があった。

 

問題意識もないまま波間を漂うと生きる意欲を失ってしまう。もちろん、遭難者にはそんな人は1人もいないだろうが、幸せ者にはたくさん生きる目標を失った人がいる。一度遭難者になってみればいい。

 

私は一度失業者を味わった。何度も書くけど、社会全体が一度失業者を味わえば、環境問題だって教育問題だって真剣に考えるようになること間違いなし。

 

今の世の中、「貪る」ことが抜けてるんじゃないか、というか消えてしまった。

 

貪らざるを以って宝となす 菜根譚

 

セーフモードの暮らしに入って3回目の冬を迎える。期限は短い・・・・。

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