灯のうるむ頃

「気をつけなよ。父さん。歩きかたが下手だなあ」と龍馬が言う。
そうです。人生を歩んでゆくのが下手で、不器用な奴がいて、遠藤周作はそんなヒトに焦点をあてて書いてくれる。

30年前に(1979年6月に)御茶ノ水駅から坂道を下る道筋沿いの馴染みの古本屋で私はこの本を買った。「100円」と裏表紙にペンで記録してあ る。
小説にも出る明治大学界隈は私にとって日常の風景であり、そこに自分を立たせて、そして、間違いなく登場人物の龍馬に自分を重ね合わせて引き込まれていっ た。貧しく冴えない学生の私は、息子の視点でこの作品に埋没した。

今、既にオヤジも亡くし子どもが二十歳を回ったところまで歩んできた。決してひと息ついているわけではないのだが、偶然に拾い出した書棚の遠藤作品を立て 続けに再読しながら、彼の作品群を布石として読んでいたあの頃に感謝している。
そして、今回は主人公である父親側に自分を重ね合わせている。

サクセスストーリーでもハッピーエンドでもないが、物語は至ってシンプルだ。極端な悲哀もなく、非現実的な「小説」である。

しかしながら、小説とはそうあっても一向に構わないことを実証し、一連の遠藤作品が訴えるものを、とても「クサイ」物語として読ませてくれる。クサ イがゆえにオロオロと大泣きもせず、その代わりに、何度も本を置いて空を見上げてしまうことが多かった。

赤鉛筆で直感的に下線を引いていた箇所が、今の私の気持ちと一緒だった。それは昔と何も変わっていない感覚の自分を証明しており、可笑しく嬉しい。

言うまでもなく、熟成しきれていない筆致と未完成な作風が、即ちこの時代の遠藤周作の魅力でもあり、それは詰まるところ、私が遠藤周作と30年弱の 年齢差で人生を歩み、彼の青年期からの作品に影響を受けてきていたことなんだな、とも思うわけです。
| 2008-05-03 09:32 | 読書系セレクション |