泥の河(宮本輝)

学生時代のことです。(昔です)
大事な就職の説明会があったにもかかわらず、私は小栗康平の泥の河を、開館と同時に入って見始め、日が暮れるまで4度続けて見た。映画館に入れ替えのない時代だからこんなことができた。
(泣けて泣けて、映画館から出れなかったという説もある)

小説は先に読んだか、映画の後で読んだか、覚えがない。
しかし、この作品では、そんなことはどうだっていい。映画がモノクロであったように、物語もモノクロで淡々と進んでゆく。

東京で学生生活を終えて、関西で社会人となった私は、大阪駅から近いこの小説の舞台を訪ねたことがある。
大阪は水の都です。大きな川が悠々と流れている。もしも自信を失いかけていたとしても、この川の流れを見ていると勇気が湧いてくる。

もう少し上流に行くと、造幣局の桜を見に行く川べりがあり、蕪村が「春風馬堤曲」の舞台にした毛馬があります。大阪は心斎橋だけじゃないんだよ。(住んだこともありませんので、あまり知りませんけど)

泥の河 宮本輝著 
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「堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名を変えて大阪湾の
一角に注ぎ込んでいく。」この景色を見るために大阪まで何度か足を運
んだ。大阪駅からそれほど遠くない。ついでに川べりを散策してくると
大阪の人々の暮らしが思い浮かびやすいかもしれない。映画を小栗康平
はモノクロで撮っている。しかし人の目は明るくきらきらと輝いた。私
たちにもこんな心があったに違いない。大阪のこの付近の河は堂々と
且つ静かに流れている。

| 2004-10-26 22:56 | 読書系セレクション |




続:「泥の河」(宮本輝)角川文庫

私が宮本輝という作家に出会うのは、泥の河という映画が上映された頃だったでしょうか。何げなしに通りかかった新宿の映画館で、先に映画を観て、後から本を買ったかも知れない。とても大事な就職の説明会があったにも関わらず、朝一番で映画館に入り2回か3回繰り返し観て、説明会には遅れて行った記憶があります。今回のタイトルにあげたのは、その時に読んだ「泥の河」です。しかし私は「蛍川」「道頓堀川」と続けて読んでしばらく彼の作品から遠ざかり、別の人の作品に夢中になってしまってました。

ところが、7、8年前のある夜のことです。出張の仕事を終えて大阪・難波から乗った近鉄特急のなかでの事です。隣席にはひとりの若い女性が座っていました。そして彼女は文庫本を読んでいました。一方で私は、仕事の疲れもあるし、オフになったので缶ビールを飲みながら、いつものようにぼんやりとしていたと思います。

ふとした事で彼女の開けた本の一行を盗み読みしてしまうのですが、そこにひとつの驚きに似た歓びがありました。その一行には、再び読み始めていた「春の夢」と同じような匂いが漂っていたのです。しかも、ぷんぷんと。紛れもなくそれは宮本作品だと私は確信しました。その女性は貪るようにように読み耽っているのを見て嬉しくなります。

そこで「それ、宮本輝ですよね」と声を掛けてしまったわけです。「ええっ…」と戸惑いがあった。30過ぎのほどの男が、情けない軟派をしてるようにも見えるかも知れません。直感的にその小説が宮本輝の作品だと私が思っただけの事件ですけど、私にはなりふりかまわず声をかけても惜しくないほどの感動でした。

堂島川と土佐堀川が合流し安治川と名前をかえる所で物語は始まり、終わります。宮本作品に数々触れるとこの大阪の淀んだ川が幾つもの作品で登場します。人の心の裏の、誰にも見せないし見せてはいけない部分を、ひとつの哲学めいた綴りで投げかけててくれます。

あの近鉄特急の隣席に座っていた子、その子が私を宮本文学のファンにさせてしまったその人です。松阪駅で降りて、階段を上がって彼女は右に、私は左へ。たったひとことだけの会話をした切ない夜のお話でした。

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2000/06/12 の日付でパソコンの中に残っていました。あるミニコミ誌に書いた文です。
| 2004-10-27 18:19 | 読書系セレクション |