疾走 重松清著

【便箋1から】

都内のホテルで静かに読み終わった。それは、シュウジの終わりと同じように、(いつものうように涙をぬぐいながらではなく)、「静かに」というのがふさわしかった。

「やっとひとりになれたんだね」、というような、ねぎらってやる気持ちになっていたらもっと号泣していたかもしれない。予想をしていたのだけれども、些かのやり場のなさも感じたりもしていた。でも、すぐには泣かなかった。

女が魅力的だ。
アカネはヤクザですれっからしで、顔も可愛くないとされながらも惹かれる優しさを持つ。
みゆき。この子だって子どものクセに、抱きしめて連れ去って、大事にしておきたくさせるような、細々しい弱さがある。
エリは…。私はこの子に惚れましたと正直に書きます。
カワイクナイ。冷たい。ひとりで、孤高で、でも、スマートで、キレのある腺で姿も性格も書いてある、魅力的な子でした。一体何を考え、何を言いたいのか、明確にしない素振りばかりで、強さを失わずに、ひとりを貫く。でも、弱いんだ、ほんとうは。

ひとりで生きているのだろうか。
二人で一緒に銃弾を浴びたらもっと幸せになれたのに…と何度も思った。話をそこでストンと終わらせても良かったにと。でも、それは、私がエリを好きだからだったのだろう。

物語はスローテンポで始まり、前半から終盤へと、起承転結を明確にした形で進む。後半の急展開も慌てていない。

そういう流れの中で、一人の人間の心の奥を、きわめて詩的に綴っている。でも、ブンガクっぽくはない。いや、ブンガクじゃないのかもしれない。風景が見えてしまいすぎるのです。

誰の人生にもある「裏のドラマ」。
心の中にあって、上手に書けずにモヤモヤしている小さな出来事や喜怒哀楽を、わたしたちがすっかり忘れてしまっている視点から甦らせてくれた。そう思う。


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【便箋2から】

何故、人は走るのだろうか。

それは自分との「闘い」ではない。人が無心になって求めるモノ、それを探し続ける人にとって、ひとりで走り続けることを「闘い」とは呼びたくないだろう。
自分との出会い、ひとりの自分と出会えるところ。それは、果たして走っているときだけなのだろうか。

苦しいけど、苦しくない。全速力で走りきったところに何があるのか。走った人にしかわからない。

--- ねえ、エリは聖女だったんですね、遠藤さん、周作さんはどう思いますか?
--- ねえ、エリはシュウジが好きだったんですかねえ。そんな気持ちを越えたもっと高貴な所を走っていたのでしょうかね。追いつけなかったのですか。何処に幸せがあるのですか?
--- きっと、エリは抱かれたかったんでしょうね。でも大切なモノをなくしてしまったし、表現の方法を失ってしまったのでしょうか。

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ちょうど今、私は都心へ仕事で来ています。すごく大勢の人がいます。
みんながシュウジで、みんながエリなんだろうか。

読み終わってから、じわじわっと、来ました。
都会の夜に、ひとりでホテルで泣きました。
| 2005-11-19 00:06 | 読書系セレクション |