自由自在に
(書き出し)

私がこれを書くのは私がこの部屋にいるからであり、ここにいて私が何かを発見したからである。その発見したものが何であるか、私の過去であるか、私の生きかたであるか、私の運命であるか、それは私には分からない。

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(1章 66ページ)

私は昔ギリシャ神話を読んで、うろ覚えに忘却の河というものがあったのを覚えている。三途の河のようなものだろう。死者がそこを渡り、その水を飲み、生きていた頃の記憶のすべて忘れ去ると言われているものだ。

福永武彦 【忘却の河】から



不思議な魔力によって、からだじゅうを縛られてしまったかのように、私は動けなくなる。これほどトーンの低く暗い小説はそう多くは無いかもしれない。

しかし、詰まらないから投げ捨てるとか、しばらく間が空いたから続きを読むのを断念するということは一切無い。

仏教の経典を読むように淡々と活字を追いながらも、場面は著しく展開もしないにもかかわらず、そのまま私は読み続ける。3-4ページ読むと1-2ページ戻って何かを確かめ、また先へと読み進む。


私は、この書物の放つ波動のようなものを全身で受け止めて、体内の歯車を、またはそれは積み木のようなものかもしれないが、そういったものを丁寧に組み直しているような気がする。


身体の中に潜んでいたものや、腐敗と思って放置していたものが、蘇えることもあれば焼き捨てられてしまうこともある。
ヒトは、時々、冷静を装いながらもヒステリックに、ときには酔ったように、過去を千切り棄てることも必要だ。

--- 時間を戻すこと出来ないんだよ。
--- 大丈夫よ、ボクの記憶の中では自由自在さ。

Tags:忘却 自由 見つめる
| 2007-11-16 20:57 | 読書系セレクション |