平成25年7月13日
青空文庫で読了
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子どもの頃、背中に鯨尺のモノサシを差して、腰にも同じように差して二刀流を気取ったのは宮本武蔵の影響だったのだろうかと推測する。

編笠のような物を被ってチャンバラごっこをしたのは、この鳴門秘帖の法月弦之助の真似だったのかもしれない。

吉川英治の小説は、テレビが一般的でない時代の人々の意識の中に棲んでいた。新聞小説は読まないにしても、暮らしの中にまわり回って息づいていた。

貧しく暮らす庶民の間には、正義と使命、それに恋とロマンがあったのだろう。昭和30年代の頃の子どもたちは、そんな大きなドラマを(それは現代のドラマとはまた違ったものを意味するものを)胸に抱き、夢に描き、人生を想像し、人というものを捉えていたのだと思う。



鳴門秘帖は、そういう点で古典化され現代の直木賞を受ける21世紀の作品たちとは全く違う作品なのだとも言える。

しかしながら、人々の心を踊らせて夢中にさせたものの威力を知らずして、今を語ったり今の作品だけを鑑賞したのでは、せっかくのチャンスを棄てていることになり甚だ残念である。

どうか戦後のテレビが作った常識を忘れ去り、物語がロマンを伴いながら展開してゆく醍醐味を、味わってもらいたい。子どものころに戻ってゆけるような気持ちになれる。