平成25年10月28日購入
向田邦子を読んでいます。飛び切り古いものを買ってきました。飛行機事故で亡くなられたのが1981年8月22日ですので、その2年余りあとに文庫化された「夜中の薔薇」という作品です。

向田さんは昭和4年生れでわたしの父や母と2歳違いです。それだけに、記述の内容の隅々までが、父や母の、特に母の呟きやボヤキ、ため息と共振していて、わたしに迫るものがあります。

エッセイは、20歳代から50歳に至るまであらゆる日常のことに触れていて、30年前にわたしを育ててくれた父母や身近な人たちに時代を飛び越して会いに行っている感覚をもらえます。

自分ではだんごっ鼻で可愛くなかったと繰り返し書いているのですが、70年代に彼女の作品に直面していたわたしは、向田さんの写真を見てお気に入りだったし、エッセイを今読んでも、その意地の強さや頑固さやお茶目さがなかなか素敵で、ヒトの味わいのようなものを愉しませてもらっています。

◎◎
◎◎

向田さんは観察眼が鋭いのだと皆さんが評されます。
それは、誰もが見た景色であり、一瞬であったのでしょうし、ときには会話であり音でありました。

わたしたちが幼いころと、現代っ子が幼いころとでは大きな隔たりがあります。
当然、同じように、向田さんの幼いころとわたしたちとも大きな隔たりがある。

戦争というものも存在したし、戦後というモノクロの社会も存在した。

向田邦子は、幼いころに聞いた或る日の朝の音をしっかりと書いています。
まな板は大振りの木でできていて、その上で母が大根や葱を切る。
そんな音を捉えている。
卵や納豆だけでご飯を食べる風景もとどめている。
心を風景で描いて無音にして解説してしまう。
卵は高価であったと書く。
お父さんの月給が130円家賃が17円の話も記録する。

わたしが子どものころ、母から聞かされたような話が続く。

現代っ子にこのような生活や文化をわたしたちは話したことがあっただろうか。(今は大人に成っているけど)子どもたちは、そんな話に興味を持ったり耳を傾けたりしたことがあっただろうか。

その姿勢の衰亡が現代社会を枯れさせたのか、枯れたからそんな姿勢でモノに耳を傾けなくなったのか。答えを出しても仕方のないことであるものの、向田邦子のこの随想が多くの人に読まれて、多くが共感したことは大いに意味深いことだった。

素晴らしいエッセイだったと評価が高いのはそれ所以でのことで、短編やつぶやきほどの短い随想集は、座右に置くにもふさわしい気がします。

電車のなかでマーカーを持って、職場では手元にある付箋を貼り付けながら読み進むのですが、あっという間にマーカーの意味があるのかしらとさえ思えてくるほど、付箋だらけマーカーだらけになってしまう。

おしゃれは言葉で。そんなことを書いた作品もあった。そのおしゃれに全部マークを付けたことになりました。

最後にもう一つ。
向田さんは爪を噛む。
そのことを隠すことなく至るところに書いている。

作品が身近に迫って、作者の姿が浮かんでくるのは、このせいだとすっと思いながら、愉しく読ませていただいた。

読み終わったときに、ありがとう、と言って机にそっと置く。そんな一冊だった。