決して
忘れかけた昭和、などという安易な言葉で済ませて欲しくない、そういう時代を邦子さんは生きていた。

戦争がもらした国民全体の不幸。それを大きく引きずりながら、多くの人が貧乏を共にしていた時代に生きて来た人だ。

私の母が昭和六年生まれで、私が昭和三十二年生まれだから、向田さんのこのエッセイは、まさに私の母が私に対して言い残した説教であり呟きであるのだ。

人間味が溢れる数々のひとときに、私は自分の子どものころを思い出し、母から聞かされた戦後の想像の景色や暮らしを思い浮かべている。

特に、地球環境のことを仕事にしていますので、現代人の「豊かさと満足度」についての考察が何年も続いているのですが、「鉛筆を削る音」に関する思いや「よそ行きの服」の話題が出ていると、現代人の意識改革も或る意味では必要ではないかと言いたくなる。

向田さんの文章は着飾ったものでもなんでもなく、文学的なものでもないのですが、男っぽいカラリとしたなかに歌舞伎でいう見得を切ったような、うしろ姿を見てくれ!みたいなところがあって、好きです。

ああ

この方が、私が青春時代に、欠かさず見た連続ドラマなどのシナリオを書いていたんだ。知っていましたし、私もシナリオ書きになれるような才能があったらなあというような憧れを抱かせてくれた人だったと思う、

こうしてエッセイを、何と今頃になって読んでいる私が、懺悔のしようもない出遅れ者のように思えて恥ずかしいです。

昭和30年代のあらゆる出来事を、疎かにしてはいけないのだと、自信を持って言って良いのだ!と向田さんが仰っているような気持ちになります。

父をなくした五十歳ほどのオヤジにオススメします。
泣かないように読んで下さい。