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壇蜜日記3  
池谷裕二 進化しすぎた脳
池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点
高橋順子 夫・車谷長吉
堀川惠子
中村弦 ロスト・トレイン
中村弦 ロスト・トレイン
中島京子 かたづの! 
又吉直樹 火花
小沢信男 ぼくの東京全集
宮下奈都 ふたつのしるし
絲山秋子 離陸
柴崎友香 春の庭
宮下奈都 静かな雨
又吉直樹 火花
恩田陸 蜂蜜と遠雷
島泰三 ヒト―異端のサルの1億年
島泰三 孫の力―誰もしたことのない観察の記録
島泰三 親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る
石原慎太郎 天才
堀川惠子 裁かれた命 死刑囚から届いた手紙
堀川惠子 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年
堀川惠子 チンチン電車と女学生
宮下奈都 窓の向こうのガーシュウィン
吉川英治 新書太閤記
姫野カオルコ 昭和の犬
佐藤雅美 知の巨人─荻生徂徠伝
姫野カオルコ 昭和の犬
宮下奈都 神さまたちの遊ぶ庭
茂木健一郎・羽生善治 「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本
宮下奈都 羊と鋼の森
宮下奈都 はじめからその話をすればよかった
宮本輝 田園発 港行き自転車 (下)
井上章一 京都ぎらい
宮本輝 田園発 港行き自転車 (上)
土佐堀川 広岡浅子の生涯
バカボンのママはなぜ美人なのか
免疫力は腸で決まる
高村薫 リヴィエラを撃て (下)
リヴィエラを撃て(上・下)
高村薫 リヴィエラを撃て(上)
山本兼一 花鳥の夢
安部龍太郎 等伯(下巻)
安倍龍太郎 等伯
原民喜全詩集(岩波文庫)
桜木紫乃 ホテルローヤル
宮本輝 水のかたち
高村薫 李歐
新藤凉子詩集
新藤凉子 薔薇ふみ
車谷長吉 赤目四十八滝心中未遂
松永多佳倫 江夏豊 善と悪 江夏豊ラストメッセージ
丸谷才一 横しぐれ
重松清 流星ワゴン
金子兜太 他界
宮本輝 いのちの姿
石川直樹ほか 宮本常一と写真
佐々涼子 紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている
葉室麟 蜩ノ記
堀川惠子 永山則夫 死刑の基準
堀川惠子 永山則夫 封印された鑑定記録
金子兜太 語る兜太
田辺 聖子 道頓堀の雨に別れて以来なり―川柳作家・岸本水府とその時代〈上・中・下〉
池井戸潤 下町ロケット
今井むつみ 言葉をおぼえるしくみ
今井むつみ ことばの発達の謎を解く (ちくまプリマー新書)
吉川英治 黒田如水
縄文人は太平洋を渡ったか
宮本輝 慈雨の音
中島京子 小さいおうち
青山七恵 あかりの時間
ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観
こっそり、遠藤周作
遠藤周作 海と毒薬
トニー谷、ざんす
島尾敏雄 死の棘 帯拡大(右)
島尾敏雄 死の棘 帯拡大(左)
島尾敏雄 死の棘
島尾敏雄 死の棘 (ハードカバー帯)
遠藤周作 一・二・三!
遠藤周作 イエスの生涯
遠藤周作 ピエロの歌
遠藤周作 大変だァ
遠藤周作 ぼくたちの洋行
遠藤周作 深い河
遠藤周作 協奏曲
遠藤周作 留学
遠藤周作 砂の城
遠藤周作 闇のよぶ声
遠藤周作 さらば、夏の光よ
遠藤周作 女の一生 二部サチ子の場合
遠藤周作 ユーモア小説集
遠藤周作 ピエロの歌
遠藤周作 第三ユーモア小説集
遠藤周作 女の一生 一部キクの場合
遠藤周作 白い人・黄色い人
遠藤周作 悲しみの歌
遠藤周作 楽天大将
宮本輝 三十光年の星たち
向田邦子 夜中の薔薇
松本清張 黒い樹海
松本清張 黒い樹海
森見登美彦 恋文の技術
朝吹真理子 きことわ
林芙美子 放浪記
百田尚樹 永遠の0
吉川英治 鳴門秘帖(一)から(三)
福元ひろこ 歩く旅の本
福元ひろこ 歩く旅の本
井上靖 本覚坊遺文
井上靖 本覚坊遺文
池澤夏樹 双頭の船
宮城谷昌光 楚漢名臣列伝
村上龍 55歳からのハローライフ
市川伸一 考えることの科学
宮本輝 三千枚の金貨(上・下)
大岡信 瑞穂の国うた─句歌で味わう十二か月─
広井良典 定常型社会 新しい「豊かさ」の構想
ユーミン
スティーブ・ジョブス 1 2
金森敦子 芭蕉はどんな旅をしたのか
金森敦子 関所抜け 江戸の女たちの冒険
金森敦子 きよのさんと歩く大江戸道中記
武田百合子 ことばの食卓
池澤夏樹 カデナ
いしいしんじ プラネタリウムのふたご
川上未映子 ヘヴン
Mac Beginners
島田裕巳 映画は父を殺すためにある - 通過儀礼という見方
山本兼一 利休にたずねよ
井上靖 孔子
池澤夏樹 真昼のプリニウス
(沖田修一)キツツキと雨
大岡信 ひとの最後の言葉
池澤夏樹 真昼のプリニウス から
齋藤孝  座右のゲーテ −壁に突き当たったとき開く本
向田邦子 あ・うん
向田邦子 あ・うん
向田邦子 あ・うん
向田邦子 あうん/帚木蓬生 閉鎖病棟
向田邦子 男どき女どき
向田邦子 思い出トランプ
向田邦子 父の詫び状
林芙美子 放浪記
恩田陸 ドミノ
斎藤孝 座右のゲーテ -壁に突き当たったとき開く本
斎藤孝 コメント力
なかにし礼 赤い月(下)
なかにし礼 赤い月(上)
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武田百合子 富士日記(下)
武田百合子 富士日記(中)
武田百合子 富士日記(上)
赤目四十八瀧心中未遂
関野吉晴 グレートジャーニー―地球を這う
関野吉晴 グレートジャーニー―地球を這う
湯浅誠 反貧困―「すべり台社会」からの脱出
角田光代 八日目の蝉
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北壮夫 どくとるマンボウ昆虫記
北壮夫  どくとるマンボウ青春記
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角田光代 空中庭園
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日本放送協会 縄文学への道
司馬遼太郎 梟の城
宮本輝 海辺の扉・下
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神奈川大学 17音の青春
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三浦しをん 風が強く吹いている
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種田山頭火 句集
司馬遼太郎 街道をゆく26
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種田山頭火 句集から
井上荒野 切羽へ
池澤夏樹 マシアス・ギリの失脚
今井むつみ ことばと思考
車谷長吉 恋文絵
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福永武彦 死の島
福永武彦 死の島
司馬遼太郎 竜馬がゆく
本多勝一 ニューギニア高地人
本多勝一 ルポルタージュの方法
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今西錦司 大興安嶺探検
北山修 ピエロの唄
梅棹忠夫 夜はまだあけぬか
種田山頭火 句集から
宮本輝 にぎやかな天地
宮本輝 にぎやかな天地
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宮本輝 森のなかの海
宮本輝 森のなかの海
宮本輝 森のなかの海
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向田邦子 男どき女どき

向田邦子 男どき女どき

2012年3月 7日 (水)

向田 邦子
男どき女どき
新潮社 1985

わたしは、今年の年賀に筆で「初心忘るべからず」と書いた。
世阿弥の言葉である。この世阿弥という人がいったいどんな人であったのかはわたしのような門外漢が語ることでもなく、推測するのもおこがましいのだろうが、言葉は頂戴している。

さぞかし、気性の激しい人であったのではなかろうか。それを燻る炭火のようにエネルギーにかえてしまう力も備えていたのかもしれない。

男時、女時。
このことについて世阿弥は語る。

立ち合い能を競う勝負の場における勝負のときには「勢いの波」というものが常についてまわる。つまりそれは、何事にも勝負どきというものがあると言うことを示唆し、このとき、我方に勢いがあると思うときを「男時」、相手方に勢いがあるときを「女時」と呼ぶのだ……という。

人生は、呼吸の如し、である。
息を吐き、息を吸う。

失敗もするし成功もする。
幸運と不運。
明と暗。

向田邦子は、そういう苦楽を肌で感じていたのだろう。わたしの母より2歳年上だから生きていればもうすぐ81歳になるのだが、52歳になる直前で不意に逝ってしまう。今のわたしより1歳若かった。

そんなこともあってか、向田邦子が四十代後半から亡くなる間際までに書いているエッセイはズキンズキンと染み込む。わたしの母の小言のようにわたしを撃墜してくれる。


男どき女どき、というエッセイは「父の詫び状」ほどにも手厳しく来ないものの、この人の感性がよく出ている。

断片的にメモを取りながら読む。原文を走り書きで書き写したのだから、ちょっとあやしいところもある。

「独りを慎む」というのがある。
〈ソーセージを炒めてフライパンの中から食べていました。小鍋で煮た独り分の煮物を鍋のまま食卓に出して小丼にとりわけず箸をつけていました。座る形も行儀が悪くなっている。〉
などというくだりがあったりする。

大勢の読者は、このことそのものをなるほどと感じるのだろう。しかし、わたしはそれだけでは無いような気がする。そんなことは既に自分の中で気づいていたし、実際に戒めてみたりしてきたのだ。向田氏があるときにふとこういうことをペンで書き綴ろうとした瞬間にわたしは感動する。生きている眼がよく似たところを彷徨っている。

「笑いと嗤い」のなかでは
〈同じ人間でも男の笑いと女の笑いは別である。にらめっこがおかしくなくなったとき、男の子はおとなになる。女がヘンな顔を見ても笑わなくなるのは、老婆になったときに、死に目に近いときであろう。箸が転げて笑うのは女である。男はそんなものでは笑わない。女は、身に覚えのあるもの、目に見えるものしかおかしくないのだ。政治や社会現象は目に見えない。抽象画である。女は笑うことが出来ても、嗤うことは出来ない仕組みに身体が出来ているらしい。〉
などとも書いていた。

この理屈も、それが正しいとは言わないし、そうも言えないかもしれない。人間が老けてゆくというのは身体が衰えることと並行して、精神が鈍感になり、一部分が研ぎ澄まされてゆく。そのキレがいぢらしいほどに伝わってくる。

「花底蛇」では
〈花をいけるということは、やさしそうにみえて、とても残酷なことだ。花を切り、捕われびとにして、命を縮め、葬ることなのだから。花器は、花たちの美しいお棺である。花をいけることは、花たちの美しい葬式でもある。この世でこれ以上の美しい葬式はないであろう。〉

人生を様々なものにたとえ、人それぞれが思うように回想する。わたしもそのひとりなのだが、きっとこの人も誰にも言えない厳しい節目を体験したのだろう。そういう人でなければ安易にこんなことは書けない。

「無口な手紙」では
〈昔、人がまだ文字を知らなかったころ、遠くにいる恋人へ気持ちを伝えるのに石を使った、と聞いたことがある。男は、自分の気持ちにピッタリの石を探して旅人にことづける。受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。尖った石だと、病気か気持ちがすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベスベした石だと、息災だな、と安心した。「いしぶみ」というのだそうだが、〉

一番人気が出るもっと前からドラマのファンだった。この人を有名にしたシリーズのドラマは殆ど見なかったが、単発で投げてくるものは欠かさず見た。詩人のような面も持ち合わせるもの、そういう甘さよりも辛辣さのほうを生かしたのが好きだった。

数々の作品を何冊かのエッセー集から甦らせることが出来る。メインのシナリオ作品をもう一度読もうと決心するにはしばらく時間がかかる。その間合いを愉しませてもらうことにしよう。

長くなったが最後に。
わたしが拾い上げたこれらの一文だけを読んでもまったく面白くも無く、なるほどとも思わない。ズキンとも来ないだろう。向田邦子って不思議な力の持ち主だったのだ。

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