石川直樹ほか 宮本常一と写真 »

おととい(16日)
読み終わって
複写して書庫に保管する
(個人利用)

感想はあとで。



十ヶ条のところを読んで、「銀マド 小寒篇」でも書いたが
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三十年という周期 ─ 小寒篇
元日に襲来した寒波が一日二日息を潜めたと思ったが、再び勢いを増す気配だ。愈々寒の入りである。暑さより寒さのほうが我慢が可能でマシだとする気持ちがあるものの、低温というのは身体に大きな負担を掛けることは間違いなく、新聞の片隅に掲載する訃報欄にも御高齢の名前が目立つ気がする。
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先日引用した「宮本常一が父から旅立ちの日に授かった旅の十ヶ条」のなかで

 7番目にあげている
◎ ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている

 8番目にあげた
◎ これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。

 そして、9番目の
◎ 自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。

さらに最後、10番目の
◎ 人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。

言葉というのは安易に表出させてしまってはならないと思う。ここでみる文字が意味するものよりも遥かに大きく深く厚くて熱いものが隠れている。補足は不要だろう。

(以下略)
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何が偶然に働いたのか、わたしは若い時代に宮本常一の著作に出会えた。

売って金を儲けるという社会において、本屋に棚積みしている本がベストセラーになってゆく現代とは、全くスタンスの違ったもので、研究とか学問という肩を貼ったようなものでもなかった。

ちょっとメディアに反発して正義の味方気取りのジャーナリストが売れてチヤホヤさせているその人が正しく毅然とした姿勢のように持ち上げられて、つまりその人は、公共放送からスピンアウトしてその後朝日新聞とすったもんだの夫婦げんかよりも見たくないようなアホ騒ぎをして大きく取り扱われいるようなジャーナリストで、読者までもがアホ騒ぎに乗せられてその気にさせられている時代なってしまっている今、

ちょっと似つかわしくない地味な研究者の本を読んでいると救われるのだ。