女の一生 2部 サチ子の場合

実は、出血している箇所以外は元気なので、一生懸命読書に励んで、オイオイと泣きじゃくっていたのですが、看護師さんがカーテンをバサッと開けたときは、 恥ずかしかったなあ。

一部と二部は、続けて読みましたが、あっという間の入院生活でした。

看護師さまが天使様に見えるし…。

去年、長崎に行ったときにこの本の事をすっかり忘れていたことが、悔しいな。
長崎。行きたい。

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1部と比較すると遠藤周作自身のイメージ像に重なり合う場面や人物が多くなる。
戦中から戦後に掛けてを背景として、彼が人を描くドラマはそういう点でも生き生きしていて面白い。
すでに評されているようにように、重苦しく書く必要は何もない。純文学というものが胸を張らなくても (張っても大いに結構ですが) 遠藤氏は十分に数々の作品を通じて命題を解決しようとしてきているのだから。

あたかも自伝的小説の如く、力強くあり、また悩ましくもある作品としたことで、1部とはまったく違った色合いが出せたのではないでしょうか。そこ に、長い間、閉ざされていた遠藤作品が再着火し、そいつがペーソスが少し入り混じったものだだけに、1部と同様に目頭を拭うタオルは欠かせないものの、少 し余裕も持って読むことができる。

遠藤氏の身体のなかを脈々と流れるひとつのテーマは、数々の作品を通じて姿を変えて感動を呼ぶ。遠藤氏は決して美文を書く人ではないのに、多くの ファンが美しいと褒め称える原因は、物語が刻む心のクロックのようなものをわきまえていて、感動する瞬間を上手に載せてくるところにある。読み手を催眠術 に掛けてしまったように、うっとりとさせてしまう術があるのでしょう。

強く、かみ殺すように悔しく哀しい物語でありながら、悲壮感を照れで誤魔かしたようなところが、彼らしいと言えるし、何年にも渡って嫌味もなく人気 作家であり続け、なおかつ文学者だったひとつの理由だろうか。

戦中を背景とした作品を書かせて、これほどまでに、明るくもあり暗くもある作品を書ける人は、遠藤周作をおいて他に誰一人としていない。
(ですよね?)
| 2006-03-15 16:42 | 読書系セレクション |