女の一生 1部 キクの場合

女の一生のレビューを書きました。

この本は先日、ドボドボと血が出ているにもかかわらず、絶対に時間を作ってでも読もうと思って病院に持ち込んだものです。

病院の食事の前後に、手を合わせてお祈りをしてしまうようになったのは、本当です。

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この小説は朝日新聞に連載されていたもので、毎日切り抜きながら読んだことを強く記憶している。連載を読みながら大事なことに気づかずに読んでいた ことを、今回、25年ぶりに読み起こして知った。

女の生きかた、いやそれは遠藤周作のひとつの理念として確たる形を持っている女の人生というべきもので、同時に男の人生でもあるのだが、初読のころ の私は学生だったということもあり、今、私の人生に数々の襞ができたことも大いなる理由となり、「女の一生」という物語が私に再発見という形で投げかけた ものは大きかった。

遠藤周作は若いころから、形を変えて人生というモノについて書いている。それはありふれた題名のものであっても、中味が濃く、予想以上に深い思いや 願いが込められてきた。あるときは神聖なものとして、またあるときはユーモアを交えて、遠藤氏の分身が物語に登場する色合いが格別に面白く人気の秘密でも あるのでしょう。そんな小説に加えて、海と毒薬、イエスの生涯、母なるもの、沈黙などという作品に出会った学生時代、私は遠藤を知ったかぶりしていたのだ ろうか。

15年以上も遠藤周作から遠ざかり、その間に彼自身が亡くなってしまっている。最後の作品と言われる深い河に触れた去年、私自身は30年前へとタイ ムスリップした。そこで遠藤さんと再会し、文学者としての遠藤周作の姿を別の角度から見ることができる。何というか、奥までやっと見通せ始めたような気が したのです。

「女の一生」は、新聞小説というメディアが今以上に末層の人々の心を捉え、活字が日常に与える憩いのようなものの活発な時代の作品で、彼のファンた ちはこの作品を上位にランキングすることも多い。

ミツとキク。

彼は、女を書くと天才的な筆致を見せてくれる。それが代表的な彼の作風であり、陋劣でうだつのあがらない男、他人の悲しみをごく自然に自分の気持ち に重ね合わせることのできる女がいる。
しかもその清らかな女に深い悲しみが襲い掛かるという展開。強い男、弱い女、そして弱い男。
こういうのをドラマチックというのだろう。

ここまで書いてはたと困ってしまう。
キクのような女は、どう表現すればいいのだろうか。

この作品を読んで、私は、私が歩んできた人生や喜怒哀楽、数々の軋轢、失意などを瞬時のうちに思い起こし、同時に私なりのキクを増殖させて「美し く」「母なるもの」としてキクをイメージしている。
人には人の生きかたがある。捉え方は千差万別だろうけど。

またしても、湧き上がってくる疑問。
何故、遠藤周作なのか。

解決しようとしても、お茶目にジョークを飛ばしている彼の姿しか思い浮かばないから、もしかしたら、
「バカだなあ、そんなこと考えてるのがバカなんだよ、キミらは。もっと僕の小説を読みなさい」
と真顔で話す遠藤の姿は実の記憶なんだろうか。
| 2006-03-15 13:08 | 読書系セレクション |