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なかにし礼著 赤い月

人の心を深く感動させたり勇気付けたりするチカラというものは、どんなに作者が意気込んでも、また拳に力を込めて闘志を見せても発揮できるものではない。もちろん文才があればよいわけでもない。
何だろうか。

もちろん天性の文才や努力による表現手法なども必要なのだろうがそれ以前に、作者自身がどれだけ眼前の事象について問題意識を抱き、苦労を重ね大波と戦ったかということ、さらにそのときに常に前を見て事実をしっかり記憶し、如何に生きるべきなのかと自問をしたかどうかなども大事なのだろう。

日本という国が辿った鮮やかで醜い足跡の中を生きた作者が単なる自伝ではなくさりげなく文学として書き残したこの作品にことさら美学を感じながら読ませていただいた。

胸に迫るドキドキ・ワクワクと感涙を抑えながら、赤ペンを片手にページをめくり、夜はあっという間に更けてゆくのでした。

一節を紹介します。声に出して読んでみてください。

赤い月(上巻)313Pから

日本の夕日は色濃やかで陰影に富み、しみじみとした美しさをたたえているが、満州のは違う。空に舞う黄塵が紗幕の役目を果たしているのだろうか。ひときわ大きく見える太陽がまだ中天にあるうちから赤々と色を帯び始める。それが金粉をまき散らしながら回転して落下していく。ゴォーッという音が聞こえるようだ。地平線に触れる時には、あたりの空は黄金色になり、台地の水分のすべてを蒸発させてしまいそうな勢いだ。川があったら干上がるだろう。海があったら涸れるだろう。そんな燃えるような夕日だった。

| 2004-09-05 08:54 | 読書系セレクション |

赤い月(上) 赤い月(下)

なかにし礼 戦場のニーナ

図書館で本を2冊借りても、2週間では読みきらない。
それは、読むのが遅いこともあるが、急いで読むと身体に染みこまないのだ。

早回しのビデオ映画を見るようなものなのかなと思う。
(もっとも実際には、映画やドラマをというか、ビデオ録画というモノを見たことが殆んどないので、ようワカランのですけど)

そういうわけで
普段からゆっくり読んで、本を借りたときは、延長することが多いのですが。

戦場のニーナは、久し振りにPCを放り出して読んでいました。

大いなる泣き虫の私は、こういう作品のときは全然泣かないなあ。
人間が冷酷なんかな。

「赤い月」を小説で読んでからのほうが、牡丹紅の惨劇はよくわかるかな。