直木三十五の「南国太平記」か吉川英治の「鳴門秘帖」か司馬遼太郎の「梟の城」か井上靖の「風林火山」か。これらの作品を初めて読んだときの興奮と読後の震えのようなものが、等伯を読み終わった私の身震いの中にあった。
終章まで熱気が冷めずにとことん気持ちを入れ込んで、しかも、物語の面白みと人間の心の闘いの醍醐味を存分に味わわせてくれる作品である。
安部龍太郎という人、読んだことがなかったので、いかに読まず嫌いだったのか、と反省する。(人は見かけで判断はしてはイカン:余談)
…と言いながら、実は、19年前(平成8年)に私はこの人の記事を読んで、「誰やこの人、只者ではないぞ」と赤ペンでナゾっている。
それが安部龍太郎 「龍馬脱藩の道 ─ 竜馬がゆく<高知>」(文藝春秋平成8年5月臨時増刊記事/文藝春秋社「司馬遼太郎大いなる遺産」に掲載)の(追悼の)記事だった。
印までつけて何度も読み耽って、付箋まで貼って、とても面白い作家だとまで思いながらも彼の作品は読まないままだった。素直じゃなかったのだ。安部龍太郎って誰よ、と思ってストンと忘れたのだろう。

ところが、読書ブログ繋がり(ともだち)こはるさんが、直木賞が文庫になったので(読みました)と、感想を書いていたのを見てわたしも読むことにした。
絵にはからきし弱く、私にはチンプンカンプンだろうし、歴史小説は根性入れないと読み切れないし、文庫で上下もあるし、(それほど知らない)安部龍太郎だし…と思い悩んでいたら、「迫力があって小説であること忘れそう…」とまで言うので思い切った。
結論は久しぶりの★★★★★ですし、私のように10分程度の列車の中や15分程度の昼休みしか(寝床では読み始めると1分で眠ってしまうことが多い)ない人には打って付けの作品でした。買いましたと書いてから随分と時間が過ぎた。
敢えて言えば寝床で眠ってしまわず読めば朝になる恐れが高いのでオススメできないようなそういうアツイ作品だった。