海と毒薬

学生時代に医用電子工学講座というところでお世話になっていたので、動物実験が度々ありました。Kさん(M2)は人口膵臓の研究者で、糖尿病の犬を飼って 時々散歩をさせたりしていました。犬は人懐っこく、学内を何度か散歩に連れて回ると飼い主を覚えているのが分かりました。動物実験では、この糖尿病犬を 使ってインシュリン投与の制御実験をします。別のグループにいた私には、詳しいことはわかりませんでしたが、犬はその日のうちに実験の最中に死んでしまう のをいつも見て知っていました。大の字に固定され、幾本ものチューブや計測器に繋がれていた犬の姿を思い出します。そういう実験を年に何度もやりました。

私の場合は犬ですが、まあ、それでも可哀想な話なんですが、人間を実験に使う「罪悪」というものを問い、それに苛まれ続ける医学生たちの良心、倫理 観。さらにはそこに「時代」がどっぷりと重くのしかかる。

海と毒薬は、犬ではなく、人間で実験をおこなうという実話を参考にした話です。主人公の勝呂という医学生は、戦争中の米国人捕虜を使った人体実験に 参加せざるをえなくなります。戦争という時代背景が何というか、私には悔しかったなあ。

すべての人間が貧しく、必死で生きようとしている。一寸先は闇で、幸せなどまったく予期できない世の中で、自分はどうして生きながらえてゆけばいい のか。人を踏み潰して生きて行くのが正しい道か。

戦争を自分の目で見て大きくなった人々の書く文学の火を絶やしてはいけないと思いますね。遠藤さんと同年代の皆さんが次々と逝ってしまえば、それで この時代の文学は終わりで、次にやってきた新しい現代の小説が売れていればいいというものでもないでしょう。

遠藤さんの5冊を挙げれば必ず選ばれる1冊ですね。いかがですか。
| 2005-05-27 18:43 | 読書系セレクション |

海と毒薬(その2)

今は亡くなってしまったけど、私が学生時代の遠藤さんはベストセラー作家でした。キリスト教作家として、重い文学作品を投げてくる傍ら、「ほら吹き 遠藤」としても有名で、ユーモアのある人気作家でした。

戦争を生きた作家たち。彼の友人・仲間たちがそれぞれの持ち味で戦争のなかをどのように生きてきたのかを書いています。例えば、阿川弘之さんの数々 の作品がそうです。

遠藤さんは戦争に行かなかった人ですが、戦争の真っ只中を生き抜いてきた人でした。まさに生き抜くという言葉が相応しく、神様から戴いた命を大事に しながら戦後の人々の心を潤す文学作品として数多く書いている。

小説の中では彼は言葉を使って物事の考え方などを説き伏せようとしてこない。作品のなかに、読者にゆっくりと考えさせて提起するだけです。

この物語で事件を扱って以来、多くのフィクション、ノンフィクションの作家たちが、事実を追い続けることになりました。

私たちの暮らしのありふれた一場面の、その延長上に遠藤さんの書く小説の舞台があります。
あのとき、偶然、あの曲がり角を曲がっていたら、同じ悲劇を自分も味わうことになっていたのかもしれない…というような感じで哀しみや歓びを共感させてし まう。そういうところが遠藤さんのさり気ない凄さですかね。

時代は刻々と過ぎているのですが、この作品も学生時代に読破しておくべき1冊ですね。やはり、時代背景を十分に学んでから読み始めて欲しいです。

(…と言うことで、阿川弘之とセットで、どうぞ)
| 2006-07-15 16:00 | 読書系セレクション |