18日から読み始めていた本を、20日の夕刻の列車の中で読み終えました。

 福元ひろこさんに会えるということでトークライブに出かけた。
 やはり、ニンゲンに会わなければあかん。原点は人と人のふれあい(ぶつかり合い)と思う。

 本の予習をしないで話を聞きに出かけた。どんな人物か先入観なしで話を聞くと、随分とオトナに感じる女性の人がお話をしてくださった。

 熊野古道を歩いた経験が強烈に頭のなかに焼き付いて未だに燃えたぎっている状態で話をして下さたのだろうか。いや、もしかしたら1年が過ぎてれば少し覚めて(冷めて)見つめているのかな、とか想像を巡らせながら話を聞いた。

 後で本を読んでわかったのだが、この人、全く田舎のことを知らないで来ている。だから、これほど純粋で無調査で熊野古道に激突した人は珍しいかも、とも思えてくる。

 仕事で出たテーマといえど、ある意味では無謀だったし、文化的に東京の感覚でこの僻地に来たわけだから、衝撃も大きかっただろう。ついでに、都会の人たちがお金で多くの処理をする文明と、山村で自給自足や物々交換に近い暮らしをする人たちとの隔たりを肌で感じて貰えたら嬉しいな、と思う。

 都会での一般的なストレスや、日本中の大勢が背負っている現代社会のモヤモヤを一手に背負って、綺麗で澄んだ田舎に降り立ったのだから、確かにそこにドラマが有っておかしくない。私がそんなに驚かなくても、感動しなくてもと思うようなことにも反応していたりする。いや待てよ、私が擦れてしまっているのか。

 しかし、目立ってやろうとか大金持ちになってやろうとか有名人になりたいというような強欲な側面があるわけではなく、人が祈りを捧げる心とそのときの行動に素直に反応しているのだろう。

 スペインの巡礼博物館の話をしてくださると、人々の心の底にある祈りの一面を考えさせられる。私たちは幸せを求めて生きているのだが、それは幸せと言う言葉が歴史上に生まれてからのことで、きっとそれ以前は、もっと動物的なものをイメージしていたと思う。

 巡礼博物館に熊野古道が登場する話は、東紀州のみんなが聞いても嬉しくなって感動すると思う。何かに向けてヒトが祈る姿はかけがえがないものなのだ。そういうものを潜在的に本能に近いようなもので感じて伊勢から歩き始めてくれた人、なのかもしれない。

 思っていても書けなかったかもしれないことだってきっとあったに違いない。なんでこんなツマラナイ道を歩かねばならないのか、金にならないのなら帰りたい……みたいな時もあっただろう。でも良かったのは、歩くに連れて古道が素晴らしく魅力的で、古道らしくなって、古道らしく視界に飛び込んできて、さらに険しくなって、それなりに作者を虐めてくれたから、だから、この作品は面白さをアピールできるのだと思う。

 知らない人が書いたのなら面白くないのかもしれないけど、トークライブを聞いてきて、この人が書いたのだからという面白みがある。

 環境保護・環境創造活動の視点から東紀州・熊野と触れ合うようになった私だが、ムスメが新社会人になって熊野にいきなり転勤し2年間の寮生活をしたこと、更にその間に大きな自然災害がこの地を襲って私の家族が自然とベッタリと暮らしたこと、文化的な行事にも参加してきたこと、私のほうも影響を受けて、寮を訪ねるというトリガーで熊野古道の峠越えをする機会があったことなどなど、そんな経験があったから、この作品がとても身近なものになってくれたのだった。

 さて、作品を読みながら、この子、都会の子だな、田舎の子だったらレポートに面白みが出て来なかったかもしれない、と思いながら拝読した。

 しかも現代的で、現代的なストレス社会の窮屈を感じている子だったから、時間軸の全く違う暮らし社会からの眼差しだった。この地の人々との感触・感覚が違う点に出会うと素直に感動している。不平やマイナスポイントの記事も書いてフォローもしている。そういう点も、読んでて嬉しいし好きになってくる。

ヒトは感動をする能力として持ち合わせているけど、誰もが感動できるわけではない。感動するための受け皿が用意されてなければならないわけで、そんなものを持っている人はそれほど多くはないのだと思う。どんなに勉強して文才を磨いても、同じ旅をしたからといっても、感動は伝わるものでもない。人間観察眼のようなものもあるのかもしれない。そして、繊細さ、図太さ、鈍感さ、自信、体力、楽天性、くよくよする心、よく眠れる性格などなど、条件は様々であろう。

 次々とドラマを巻き起こす人と人とのつながり。さり気ないふりをしているけど潜在的なパワーを秘めている体力。暗そうで明るいかも知れない性格。ちょっといい加減なところ。繊細なところが非常にタイミングよくミックスされて巡礼は続くのだった。

 楽しく人間味をぶっちゃけまくって歩いた旅でしたね。真似はできません。

(もう少し人間味に触れてみたい人ですね)