ひとり日和
青山 七恵
河出書房新社

近頃、小説のストーリーやバリエーション、結末などがちやほやされて…というか、物語のドラマ的な側面ばかりに読者側が囚われて、文芸の元々持っている味わいのようなものが疎かになり、本当に読んでほしい作品が少なくなりつつある傾向がある。

商業主義も追い討ちを掛けて映画化、ドラマ化を売りに騒ぐものだから、多くの文学ファンが求めてきたような作品が隅に追いやられていっている。鑑賞者側の質の劣化とまでは言わないものの、似たように思っている人も少なからずいることと思う。

結局のところ詰まらないものが詰まるもとして大手を振って歩いているのだから、チャンチャラおかしい。このままでは、映像芸術などと明確に区別して書かれた文芸作品群たちは浮かばれない。そんなことを考える日々が多くなったなあと、自分を嘆く……。

この作品に出会ったのは、そんな不満を抱きながら本屋通いをやめてしまって随分と時間が過ぎたころのことだった。時間つぶしのために本屋に立ち寄って「ちくま文庫」を手にしながらこんな作品たちに埋もれて暮らしたい…などと戯言を考えていたときに「ひとり日和」(青山七恵)の文庫が目に付いた。そこの本屋さんはかなり贔屓にしていたのだが、またまた株が急上昇してゆく。

そういうわけで、まあ、この作品には一目惚れ的に出会うわけです。

実際にはそれほど驚くほどの作品でもなく、新鮮味の溢れた芥川賞作品のひとつだ。こういう作品を読み続けていればいつまでも文学が好きでいられるし、映画騒動が起ころうがアイドル作家が出てきて騒ごうが、容易くは動じないで読書を楽しめると思う。

やはり、芥川賞という称えは大きい。そういうものを先入観として持ち大いに役立てながら読み進むのが素直な愉しみ方だと思います。

一生懸命に作家としての自分と空想する自分を格闘させながら、小説家としての魅力的な作品を書き上げるために考えに考え抜いている人がいて、若い女性主人公とそんなリアルな人物がオーバーラップする。美人でもなさそうだし、意地悪で変人で変な癖を持っている。もしかしたら、読者に嫌われてしまうかもしれないのに、その淡々とした日々の中に「ひとり」の自分と向き合う作者自身が見えてくる。私的なものも少しくらいあってもいいじゃないかと思いながら、自省じみた女になってみたり天然になってみたりしながら大人になってゆく。

作者は、自分自身からどうしても抜け出れないのだが、芥川賞のころなんだからこれでいいのだ。5年たって10年過ぎてもこんな小説を書いていては進歩も無く創作力もセンスも無い駄目な作家と言われてもしかたないけど、この小説は今しか書けない、とっても輝いていて美味しい小説だと思う。だから、読む人も、読書中毒などを自称するような腐った読書家ではなく、生き生きした人でなければ味わえないと思う。決して上手な文章でもなければ惹きつけてくれるような美文でもない。

きっと書くことが大好きなのでしょう。物語を妄想的に考えながら夢を組み上げて自分に似ていないコピーを自在に操って、時には刺繍のように、そして漢詩のような流れで読者を魅了してやってください。