関連日記から

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銀マド>仲秋 <9月中旬号>

|2000/09/12 00:08

★仲秋の月か…  哀しいね★

▼立秋から白露までを初秋、白露が過ぎたら仲秋、そして寒露から立冬までが晩秋と呼ぶのだという。9月7日は、白露だったので、月が雲の向こうでまん丸になっている筈であるが、あれも仲秋の月だが、あと30日後に巡ってくるのが名月になる。

▼古代エジプトの人たちは30日の暦を用い、365日で割って余った5日を祈りの日に割り当てたという。NHK出版の四大文明のエジプト篇のどこかに書いてあったと思う。暦という概念が存在しないとき、そこには表記文字も無ければ表音文字も無い。心の中にある凸凹や悲哀は、全て言葉として消えていったのだろう。

▼都心でどれほど月光の情緒が伝わるかどうか、私には想像できませんが、月の明かりというのは、色白の女の艶よりも神秘的で、何よりも哀しい。

▼古代人は、秋の月をどんな気持ちで見上げたのだろう。暑い夏の後に来る収穫の秋に祈ることを始めたのは、縄文時代頃かなのだろうか…。考えてみれば、縄文は平和だった。人々が侵略をするための争いもなかったという。争いの跡が発掘資料の中で確認できるのは、弥生を過ぎてから。

▼ 封建制度の世の中、農耕はまさに奴隷のようだった。収穫した米を献上せねばならないことに理由などなく、怒りと虚脱感で、秋の空を見上げたのであろう。その時も今も、秋の月に変わりはなかった筈だ。

▼さて、現代人は幸せでそれに満足しているのだろうか。阪神大震災の後に起こった「神戸児童連続殺傷事件」をまとめた文庫(朝日文庫:暗い森)を読んだ。子供達が病んでいるのではなく、社会が侵されている。しかし、何度も書くが科学は解決できないと私は思う。

▼物質文明が充分に満足して、戦後の発展が究極の至福を迎える頃に、人々の心はゆとりを失った。学歴を追い、出世を夢に見てサラリーマンという気楽な稼業を目指した。願いは叶ったのようであるが、ゆとりというものを失うのである。

▼月を見上げるだけで様々な思いが浮かんでくる。哀しい別れも甦る。こればかりはどれだけお酒の力を借りても脳裏にくっきりと出てきて消えてくれない。わかっていながら、グラスに氷を放り込む。

|2000.09.11