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京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

【- Walk Don't Run -】

2016年2月18日 (木曜日)

焼き鳥を食べながらみんなで春を待つ

焼き鳥 徳和の梅

着々と(17日)

2016年2月10日 (水曜日)

近づく

時々刻々と父の逝った年齢に私の年齢が近づくのを何ともなしに目を細めて母は語り続ける。

およそ19年も余分に生きてきてしまった自分の過去と未来が交錯するなかで自分と66歳になるまで連れ添うてきた人が突如と消えてしまった日のことはある意味では夢のようでありながらも息子が愈々その歳に近づくとなると言葉に出来ないものがあるのだろう。

過去を掘り起こす言葉が語りの中にどこまでも続く

オールド・パー
▶ (つづきは・・・)

2016年1月16日 (土曜日)

センター試験 小正月篇

センター試験のニュースが流れている。
わたしのころはセンター試験などはなかった。
二期校の受験生は3月20日過ぎまで頑張り続けた。

思い起こせば受験時代は人生の真冬であったのかもしれないが
赤々と燃え滾っていた情熱的な時代だった。

平成28年から新しいステージ(わはく(秘)伝)に移ります

年のはじめに考える

変化しゆくもの 小寒篇

見てわからん者は聞いてもわからん

2015年12月13日 (日曜日)

おとやん の手紙

Walk Don't Run

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おとやんの手紙

2015年12月 6日 (日曜日)

拗れる、拗ねる ─ 月のはじめに考える(その続き)

起きれない

▼ 拗れる─こじれる
風邪をひいて8日にあったミドラの練習を休んだのを始まりとして
ずーっと風邪の症状が続き、12月になってからは胸の真ん中奥深くで引っかかったような咳が出るようになっている。

静かに座っていると何ごともなく過ぎてゆく

▼ 拗ねる
「すねる」という読み方もあるのだと改めて印象を強く焼き付けている。

わたしはおすね(お拗ね)であるとよくいわれたので、こじれると読むこの漢字を少し特別な思いで読む。

拗ねる拗れるに何か共通すつ点があるのだろうか。
人間の一面をじっと見るように考え続けている

霜月から師走へと ─ 言葉おぼえ帖から

▼ ささやか
細やかと漢字が飛び出すが、あまりピンとこないのでかなで書く。

ささやかにボーナス明細でた夜のケーキ

ここでも書いたようにささやかなことは大切なことだ。

▼ 手遅れ
お給料をもらって暮らしているときにはそんなことには感謝もしない。
多大な人々に世話になったことに感謝をしなくてはならなかったのだと
気づいた時は手遅れである。
残念ながら手遅れにならぬようにとお節介をしたり言ったりしても
受け皿にその用意がしてなければ果ててゆく。

どっかに書いたが「これでいいの!」と思う。

禍福は糾える縄の如し
そうか おとやんは こういうことを伝えたかったのではないか

▼ おでんの鍋突っつきながら酒も飲まない父だった

▼ 年末の忘年会11月下旬から週末5連続で10万円ほど

  • 高雄のもみじや別館で桜鍋
  • 雄琴温泉で鴨鍋
  • 四条河原町東華菜館で豪華な中華コース

懐かしがるわたしにムスメは

バブルな時代やったんやな

と言っていた。
厳密にはバブルよりももう少し前やったよ。
成績ビリ(わたし)でも大手企業に好きなように就職できた時代やったのよ
(地道に大学の残った友人が大学教授・学部長の時代や)

揺らぐことなく真面目に生きよということや

2015年12月 2日 (水曜日)

ビール2本

下宿に商学部の黒金先輩という人がいた。

黒鉄さんは米沢興譲館出身で、浪人時代を仙台で過ごしており、そのときの仲間で「北山会」というのを作っていた。その会に萩山寮時代の島田くんがいて「黒金とういうのが下宿しているから君に勧めるよ」と紹介してくれたのが能生館であった。

島田は、飯坂温泉の電気屋の息子なんだが、弟に島田ラジオ店を任せて仙台で2浪、萩山で1浪、そしてわたしが1年の時にも1浪して、合計4浪で文学部に入った。

島田くんの世話になったときには、この二人がお酒大好き仲間だと気づかなかった。

あの頃(1977年)、ビールは195円ほどで、黒金先輩は毎晩ビールを飲んだ。
学校から帰ってくるときに江古田の駅前にある十一屋でビールを2本買って帰る。
下宿の廊下をカランカランと音を立てて部屋に滑り込んでゆく。

このころは風呂屋が150円ほど、駅前のメシ屋でラーメンを食うと300円以内だった。

わたしも黒金先輩の真似をしてビールを2本毎日飲むようになった。

だが、先輩は勉強家でビールを飲みながらではあるものの大学生とは思えないほど日常の時間を勉強に費やしていた人で、のちに山形の銀行に就職し、随分と偉くなったと聞いている。(休日は「なべの会」で奥武蔵や秩父の山を駆けずり回っていた)

真似をしなくてもいいところばかりを真似したアホなやつだったのだ、わたしは。

夜行列車

わたしの家は貧乏だったから新幹線には勿体無くて乗るのが辛かった。
だからできるだけ負担を軽くと考えた。
必死で苦心をするのは誰もがするべきことだ。
普遍的なことであるべきだ。
現代社会の大勢の人々は、心のなかに豊かさの意識だけを大事に残している。
だが、いつの時代でもあの時のように苦心をする気持ちを持ち続けりことは不可欠だ。
(親の思いとこの気持にはヒステリシスがあるが)

大垣行き各停が東京駅から深夜11時半すぎに出た。
利用した思い出のある人は多かろう。
時代を経て人気が出て混むようになってくる。
いつも早めに東京駅で並んだ記憶がある。
三時間以上ホームに並んで待ったこともある。
満員で4人がけのボックスに5人とか6人とかで床にも人が寝ていたことがあった。

旅行気分になる。実際に旅行の人もいた。
京都で講義をする大学の先生にあったこともある。
様々なタイプの人たちがいて話し相手ができた。

思うようには眠れなかった。
長い夜を孤独に過ごすのも学生の試練だったかもしれない。

2015年11月30日 (月曜日)

満員電車と暑い地下鉄の話

むかしの話をしょうか
の続きを書く

冷房がない通勤列車

最初に「冷房がない通勤列車」と書いてみたが「満員電車がキライだった」が正しい。そして「暑い地下鉄」はその一例だ。

まだ冷房を備えた電車は珍しかった。

西武池袋線の江古田駅を7時45分ころはまだ朝の通勤ラッシュ時刻であるが、1時間に6本ほどやって来る各停の中に、1本だけが冷房車に当たるというくらいのレベルではなかったか。

地下鉄ではトンネル冷房というものが実施されつつあった。丸ノ内線はボロかったので、設備が充実するのも遅かった。
地下通路やホームは涼しかった記憶があるものの、まだまだ列車の中は地獄のように暑かった。
冷房をする装置がパワーや効率面で現代ほどには進化していなかったのだろう。

世の中のあらゆるものが現代のように大量の電力を消費するようには設計されていなかったのだ。


 写真日記(11月29日)

サッポロ一番みそラーメン焼きそば シュークリームを買ってきてもらう アニバーサリーで

2015年11月29日 (日曜日)

食卓にミカンさり気なく置かれており

なあ ちょっと
むかしの話をしょうか

なんてわけで あれこれ書き足しながら 逆引きリンクを作ってむかしを懐かしんでいます。

写真日記(11月29日)

みかん

11月も終わっていきますなあ

下駄履き
長髪
ブックバンド
トレンチコート
グウタラ学生生活
落第恐怖
ヘルニア
古本三昧

そんな大学生活が始まった最初の冬は
金がなくてコタツが買えたのはクリスマス前だった。

昨日ストーブ出しました。

スルメを焼けば
お酒が進む
ブタになる

2015年11月28日 (土曜日)

江古田のことはコチラが詳しい

むかしの話をしょうか

をリストアップしようとすると
能生館のことを真っ先に思い出す。

むかしのこの記事をぜひ読んで欲しい。

より以前の記事一覧

写真日記(平成29年版)

  • 22日 一日一魚はシャケでした
    Days29
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

M's Zoom

  • 帽子が編みあがったという知らせ
    M's Days の
    フォト日記
    ぼちぼちと

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)

BIKEs

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

  • ユース宿泊スタンプ帳
    忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う