【- Walk Don't Run -】遺す言葉


遺す言葉 - 1

  • はじめに (平成22年12月1日)
  • ちかごろ(平成22年12月4日)
  • 呟くということ(平成22年12月4日)
  • 悔しいなりの苦肉作(平成22年12月4日)

遺す言葉 - 2

  • 遺言というもの
  • 言葉として遺せるものは何もない
  • 考える前に閃く
  • 猫が玄関を閉めないので解決する
  • まずやってみる
  • 面倒くさい
  • 晩年は絵を描いていた
  • 絵を始めるときに

(平成23年6月30日)


遺す言葉 - 3

(平成23年12月)


遺す言葉 - 4

(平成24年1月)


遺す言葉 - 5

むかしの回想を少し引いてみよう。 ─ 平成24年1月某日


遺す言葉 - 6

少しずつ。 ─ 平成24年1月から4月から5月ころの記事から


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■はじめに 私には偉大なものは何もない。歴史に残る様な足跡も築けなかったし、実績もない。誇れるものもない。お手本になる様な行いもしなかった。詰まりは何もないのだ。こういう生き方を平凡というのだろう。 では、論理を逆からなぞって、私は平凡な人生を送ったのか。そう問うてみれば、世の中の多くの人たちの人生が見える様な気がし、ヒトというものの生き様が、客観的に見えてくる様な気がするだろう。 そこには、誰一人として同じ足跡を辿りあう人はなく、意識があってかなくてか別として、その人らしさを足跡とする。またそこに... [続きを読む]

» 遺す言葉 - 2 トラックバック - Walk Don't Run -
■遺言というもの 前回を書いたのが半年以上も前のことになる。自分でも読むのが面倒なのだから他人は読まないだろうということが容易に想像できる。そんなものだブログって モノは。なかなか書き進まないのは、ゆっくりと考えることが難しいのだろう。死んでしまって、そのあとに誰かが読むのか。読まれぬ間に捨てるのか。果たし て如何なる運命にあるんか。遺言。 ■言葉として遺せるものは何もない 私のオヤジは数々の名言や、哲学的な人生訓を日常でもぼそぼそとつぶやいていた。「人の振り見て我が振りなおせ」という言葉ひとつ取っ... [続きを読む]

» 痛み  トラックバック - Walk Don't Run -
銀マド  / 痛み    ▼一九九七年の年末、県立一志病院を父は退院した。しかし、この退院の理由は病気が完治したことではなく、患者に徘徊症状が顕著に表れるために内科として病院が預かるには限界がある、というものであった。 ▼当該内科に直接関連しない関係者の常識的推測や病院事情に詳しい人の話を統合し整理すると、その理由はもっと簡潔で我々にもわかりやすいものであった。つまり、徘徊をするため医師が嫌がったようにも見せかけながら、実際のところは看護婦がそのような患者の面倒をみるのを強く拒否したため、主治医であ... [続きを読む]

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