バイクと旅と

2012年3月14日 (水曜日)

温かくて晴れる日を待っています

松名瀬海岸にて 松名瀬海岸にて

2012年2月29日(水)の日記にも書いたけど、今年最初にエンジンをかけて、岐阜にお嫁に出すときは自分で乗っていこうと決めたのだが、なかなか、三月になって暖かい日がやってこない。

14年も付き合ってきたのだから最後はしっかりと乗ってやりたいと思っている。

そのあと、4月から?

しばらくは、オートバイから離れてみるかなと思っています。
18歳から14歳までの間にも、まったく乗らずにいた期間があったのです。
この間に免許もなくなってしまったので、私のバイクの免許は24歳のときに取得したことになっています。

また戻ってこることができると思っています。体力と好奇心を元通りに元気にさせてから戻ります。

ひとつのけじめとして、このブログに書いている「花も嵐も」の続編を、少しでも書けたらいいなあ、とか考えたりしてます。

2012年2月29日 (水曜日)

KLE、いよいよサヨナラ間近です

KLEで散歩に行ってきました。

お正月ころから置いたままだったので、エンジンがかかるかどうかが心配だったのですが、まったく、問題なし。 バッテリーのへたりもない。

エンジンがかかれば確認は終了だったのですが、せっかくなので10分ほどで行ける近くの海まで走りました。

3月には岐阜県に行ってしまうのですが、走り始めるとこみ上げるものがあります。

やっぱし、家に永久に飾っておくというのもあったのか。
もう少しがんばってお金を工面して乗ってやるとかいうことはできなかったのか。
大事な娘や息子を手放すような気持ちってこんなもんだろうかと思いながら走ってきました。

でも、私じゃ手に負えなくなったのだからしかたがない。

下取りを宣伝している会社に渡してしまってはあまりにもかわいそうだから、修理をする力のある人に買い 取ってもらって・・・・と考えていたら、
(少し期待も信じて掛けていたのだが)
岐阜県のしんちゃんが乗ってくれるというので、即日お嫁入りが決定しました。

松名瀬海岸にて
松名瀬海岸にて

実は、乗ってみて、思ったこと。

もう、バイクを降りようと思っていたので、引取りに来てもらって渡そうかと思っていましたが、走り始めてみると元気なころのKLEとなんら変わっていないので、私が乗っていこうかな、最後のお別れは乗っていくことで完了なのかも、と思い始めたわけです。

まだまだ寒いけど、
(休みに晴れればそれがいいのですが)

晴れた日に休暇とって、行ってこようかな。
そんなことを考えております。

やっぱし、レストアして乗って欲しいと判断したのは間違ってなかったのだと思いつつ。
寂しいですね。

松名瀬海岸 松名瀬海岸

ちょうど引き潮でした。
引き潮の海は大好きです。
もう少し引くともっと大きな干潟が見えます。

2012年1月18日 (水曜日)

KLEもあと2ヶ月あまりとなりました その2

KLEもあと2ヶ月あまりとなりました その1 にコメントをいただきましたのでお返事を。


ほんとうは、バイクに乗っていたいけど、結構金食い虫だし、行きたいところはだいたい走ったので、別の形で再訪したいと思います。夫婦でのんびりとか、そういう年齢かな。

大事なバイクだから、乗り手があれば幾らでもあげるけど、価値の思いが伝わらないと粗末になると思うの。だから、言ってみれば一万円な訳で、金が欲しい訳ではなく、気持ちをわかって欲しいのです。

私が乗れない分、走って欲しいその約束のような物です。

バイクは、その気になればいつでも復活できますから、次のステップは新手で行きたいです。


再び走れるようになることを祈っている僕としては、整備をできてそれなりに修理に投資をできる人に渡したいと思っていました。 こちらからお願いにあがるのもあつかましいし、考えておりました。

車検はユーザーで通ると思います。ヘッドライトの光量が自然に弱ってくる時期なのでやや心配ですが。 ひととおり分解できる人であれば大丈夫です。そうでなければ、このまま廃車にしてしまうのでアカンと思っていました。

熱くなるとへたる症状以外は、快調です。プラグも新しいし、タイヤもほとんど新品です。調子が悪くなってツーリングを中断する心配を私はまったく持っていませんので、まだまだ走ります。ですから、綺麗にバラして、掃除をしてやってくだされ。

前回のバッテリーは9年ほど持ってくれました。私はバッテリーの痛まない乗り方ができるらしいです。新しくして4年目くらいです。そんな感じで、秋には元気にかかっていた。12月から乗ってないので、もしかしたら車のバッテリーを借りなあかんかも、と思って掛けると、毎回、かかるんです。

2012年1月15日 (日曜日)

KLEもあと2ヶ月あまりとなりました その1

バイクは、バイク王などを当たれば1万円で買ってくれるという宣伝をしてると教えてくれる人がいるけれども。

前に、知り合いにあげて、そのあとどうなったのか分からないままだったので、今回はどうなるか分からない知り合いには渡さない。

大事に保管してくれるか、
もう一度動くようにレストアして乗ってくれる人に
差し上げたいと思っている。

そんな人が出ないのなら、家に置いて眺めて懐かしむことにするつもりだ。

14年間連れ添ってきたバイクだから、無一文にして価値を棄ててしまうのもバイクに申し訳ないし、私にとっては大いに価値がある。だから、他人には無価値でも1万円くらいと思っている。
いわば、そのあとに乗ってくれるという保証金のようなものと考えている。

走るものとしてだけ見れば、中古車として売り出せば最低10万以上はするだろう。
修理をするのに数万円を掛ければ一通りの中古車レベルに戻ると私は見積もっている。
そして修理をするような工作が好きであれば、これほどいいものは無いと思う。
そんなバイク好きもいまどきいないなあ。

あと2ヶ月あまりで保険が切れて、公道が走れなくなります。
それまでに1万円程度でいいから貰い手があればいいのだが、無ければ3月末に家のガレージに移動して、10年でも20年でも掛けて分解して、思い出の部品だけを残して徐々に棄てていこうと思う。

2011年11月 9日 (水曜日)

(仲間の)バイクのホームページ [LINK]

永年お付き合いのkawasemiさんがバイクのホームページをリニューアルしたことを書いていた。

彼は現在、札幌に単身赴任中だ。

今年はもう乗ることはできないけれど、来年は今年よりは走ってみたい。そのために何をするべきかを考えよう。

と書いているのを読むと、乗れなければなおさら乗りたかろう、と思う。

冬中乗り回せる私は恵まれている。だが、このKLEも買い手がつかないので、年度末でお蔵入りとします。そのあとにバイクに乗り続けるのか、健康のためにも体力で走るバイクに乗り換えるのか、それとも家族とともに鉄路を巡る人になるのか。

思案は続いている。

kawasemiさんのバイクのホームページ

2011年11月 6日 (日曜日)

東京

東京

長年のバイク旅を語り合う友であるkawasemiさんが東京に帰省して、日記を書いてらした。

一部をお借りすると


  

久しぶりに東京へ帰ってきた。やっぱり東京は人が多くて、暖かく、風が凪いでる。住みやすいな。朝の八高線から空を見上げる。


と書いてて、ふふふ、と思った。

私たち家族、ちょうどこの月の中ごろに入ったら東京に行くので、今、「東京」という言葉に少し敏感なのだと、気づく。

かわせみさん、生まれも育ちも東京の人だったか。

私たちは関西の文化で育ったから、「東京にはよう住まん」、という気持ちが強いので、きっと東京見物旅行に出かけても、「人が多いなあ、ぬくいなあ、風が吹かへんな」、なんて言いながら愉しんでくるだろうと思っていたもん。

いや、イチャモンをつけているのではなく、
やはり育ったところや長く暮らしたところにはかけがえのないものがある。その大ききな大きな包み込むような何かの隅に、人のざわめきや空気の温かさがあるのだろ思ったのです。

それは、母なるものに通じるんだな。きっと。

2011年10月10日 (月曜日)

三連休 その2

KLEは、手放すことにしました。

愛着もあるし、前のバイクを簡単に手放して申し訳ない気持ちに襲われたので、今回は幾らかて大事にしてくれる所にお嫁に出そうと思ってます。

でも、ないだろうなあ。

もしくはバラしてインテリアにします。

そう考えていたので連休に出かけることなど思いつきもしなかったわ。


という訳で、引き取ってくれる人、捜してます。
3月迄乗れるし、夏まで車検はあるので、乗ってやって欲しいと願ってますが。

13年もの。5万キロ。故障全然なし。

1年前の車検は、ユーザーで受けました。すいすいでした。

タイヤも新しいから、たぶんこのまま来年受けても14年目の車検も落ちる気がしないけど。

KLE(乗鞍にて)

KLE(乗鞍にて)

2011年9月24日 (土曜日)

秋の飛鳥散歩

9月24日 (土)
飛鳥に行きたくなってきたので
御墓参りにゆくうちのんを電車の乗せたあと
バイクで出かけることとなった。

2007年秋2008年秋 にも行っていますが

ふと地図を確認すると、談山神社の裏から多武峰を越えて石舞台に至る道筋が繋がっているように見えるが、果たして本当なのだろうか。
長年も前から、━ ━ ━ のままで、歩きでしか超えられなかったルートだ。

よし、決定。

多武峰から石舞台への途中で

多武峰から石舞台への途中で

スゴイ人が稲渕に押し寄せている。
数年前に駅に貼られた近鉄のポスター1枚で
これほどまでに変化してしまった。

明日香村稲渕

明日香村稲渕

蟻のように続く人の列が見えますか?

川原寺

川原寺

ライトアップの跡が残っています。お祭りの跡なのだろうか。

亀石

亀石

大好きな亀石へ。

橘寺・遠景

橘寺・遠景

橘寺の前で佇む。まこと、贅沢な時間だ。

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このあと、吉野を回って
来たときと同じ高見峠を越えて帰りました。

全走行距離は200キロあまりでした。

2011年8月24日 (水曜日)

オロフレ峠

オロフレ峠のことをmixiのなかで話題にして

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開通は昭和63年か。ウチの娘が生まれた次の年やね。
私が最後に北海道に行ったのは1989年でしたから、
そのときには開通してたのね。
そっち方面には行かなかったように思うけど。

でもね、昔を語ろうとはそれほど私は思っていないのですよ。
あれは、私が見た景色で、言ってみれば私だけの景色であるわけです。

だから、
まえにも書いたけど、
大雪山の右半分の、ジャングルの中を延々と続くダートの国道や、
鎖場しかなかった知床峠を迂回して越えるダートの斜里峠も
ほかにもいやいやだったけど走らざるを得なかったガードレールもない原野のダートは
私の思い出であって、ある意味では、そのときで終わり。

もう再現することは出来ないし、
再現しようとして文明に逆らうようなことも出来ないでしょ。
だから、私が思い出して楽しんでればいいのであって、
ここに書くと嫌気を感じる人もあると思うのね。
(まあ、それでも書いてますけどね)

旅の目的地には、常に新しいものが生まれて
その旅を愉しむ手法も
やってくる人々も
その姿は刻々と変化してゆくのだから
旅人はそれを愉しめばいいのでしょうね。

地球の鼓動や溜息、吐息を肌に感じながらも、
私たちはそんな長大な時間のお付き合いは出来ないし
めまぐるしく変化する現代社会のクロックでしか旅は出来ない。

ことあるごとに、多くの旅人に「何故、旅に出るのか」と尋ねてみたのですが
「現実逃避でしょ」
とあっけなく答える人が圧倒的に多くて
質問をした自分も似たようなものであって、少し安心して、
仲間同士で旅先で乾杯をしたことが何度もあった。

結局、社会のなかで、みんなと足並みをそろえて行くのに疲れて、
他人の作り出したクロックから逃れたい一心でたどり着くのが北海道であり、
ひとりになれる場所なんだな。
そう思うの。

かけがえのない場所ってのは
他人には詰まらない所かも知れないし
注目もしない場所であるかもしれない。

私があの時代に旅をしていたころは、
写真だってそれほど撮らなかったし
電子情報にして簡単に残そうという発想すらまだないころです。
もちろんケータイ電話もないしね。
車にだってエアコンがついてないのが普通だったのだから
峠を越えている旅人に車の人が手を差し伸べてもそれはそれは不自然じゃなかったのです。

今という時代を走っている人が
30年後、60年後に胸が張れるようなところであり
今の旅を回想して胸を張って欲しいと思う。
30年たったとき、(今の旅が)使い捨ての旅になってしまっていたら、
それが一番残念なことだと、そんなふうに感じるのですよ。


mixi

オロフレ峠・号外

2011年7月19日 (火曜日)

もくじ 小さな旅

大阪駅

懐かしい写真が一枚出てきた。
それを見ていたら、アンソロジーの写真を少しパラパラと見ている自分がいる。

でもね、バイクではもう旅に出ることは無いかもしれない。
そんな気がするの。

理由は自分が一番よく知っている。

小さな旅の目次を作りました。
別ページに記載しておきます。

─ 目次 ─

ひとり旅、下北の衝撃 2000/8/7
無言館を訪ねて 2000/9/4
三宅島の思い出 2000/10/2
安曇野で道祖神に会う 2000/12/4
あじさいの寺(鎌倉) 2001/6/11
「儚き出会い」1992年 2001/7/4
日和佐の駅にて 2001/8/11
奈良県・柳生の里 2002/3/9
奥飛騨から南信州へ(6月1-2日) 2002/6/3
バックミラーに青空が映った 2005/5/7

より以前の記事一覧

フォト

Another ME

忘却という…

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