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2020年6月 6日 (土曜日)

六月初めに考える〜芒種号

▶️ 断念をするということ − 芒種篇 裏窓から

▶️ 六月のはじまりに考える ー 六月初号 裏窓から


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2020年5月20日 (水曜日)

不要不急について考える _ 5月20日号 小満号

5月20日号 小満号

気まぐれに加筆・改訂します

 

________
I.不要不急

 

この言葉が気にかかって仕方がない

頭から「不要不急の外出等禁止」と押さえつけられると反発したくなるのは理解できる

しかし、所詮 世の中は不要不急の集合体ではないかという疑いもあるのではないか

 

急ぎの用事と称して あるいは絶対必要だという顔をして 洋服を買いに出かけたりご馳走を食べに出かけている

 

そんなものこの異常な事態であるなら二の次に回して置くべきだ

アル中や薬物常習者でもあるまいし 我慢の限界がきたといって騒ぐのは普段からの自己の危機管理意識に甘さがあるのではないか

 

不要不急なんてものは最初から怪しいモノ(定義)で、人生なんてモノ自体が不要不急であるし、急いで出かける人を見ると 身勝手が生んだ言い訳だと言い切りたい

 

______________
Ⅱ.コロナの騒ぎのあとのこと

 

十年二十年の間に生活習慣が変化し本来の目指すべき姿から横道に逸れて、新自由主義の経済感覚の魔法にかかって、暮らしの骨を失っているのだと常々思っているところでの「コロナ禍」である

 

コロナ騒動が収まっても元の木阿弥に返って また同じような暮らしスタイルを続けたいという 捻れた幸せ感が戻って来るだけであるなら コロナ騒動は何のメリットも産まなかったことになる

 

しかし、コロナウイルスという毒素の強い触媒のようなものを投入したのだから 新しく大きな化学変化が起こって欲しいと 密かに願っている

 

それは現代の「豊かさと幸せ感」へ一石を投じるべく 気づきを促す魔術のような薬だったかもと思えるような (少々悪言であるが) 過激なカンフルであって欲しい

 

______________
III.余談ですが、遺書のこと

 

この騒動で言い残すこと-遺書のようなもの
を考えた人があるかもしれない
それほど多くもなかろうとは思うが

 

突然死(サドンデス)なら否応ないが
高熱が出て目が見えて耳が聞こえて手足が動くだろうという状況下で
身柄を拘束されて隔離さるのは

 

生きたまま棺桶に入るのと同じではないか

 

_______________
Ⅳ.質問など

 

🌳Q もしものことがあった時のあなたの「何か一言」は❓

🌿A 幸せな人生をありがとう 残す資産や借金はありません

 

せいぜいそのくらいが関の山や

普段からパソコンで日記を書いているブログがあるのでそれでも読んでください

 

 

🌳Q 父が死んだのですが日記を読んでいいでしょうかという人生相談がありましたが

🌿A 読まないほうがいいという回答を書いていましたが 私は反対です

 

読んでいいと思いますよ

死んでしまってこの世に居ないんだから 個人情報も秘密も関係なし

残された人は「その人物を墓に入れて亡霊を残すこと」が大切ではない

その人の行動や発言、生きる姿を歴史に残すことが残された人の使命と思います

何千年経ってもこんな人物が存在したということ、それはどんなにも些細な人間であっても一つの血脈の一つの筋であるわけです

その意図をしっかりと子孫には伝えておきたいですね

 

▶️ 慎ましやかに暮らそう 小満篇 裏窓から

 


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小満

2020年4月29日 (水曜日)

日記には 失業してると書いておく・二日前元気にいても死んでいる、なんてのが思い浮かぶ毎日ですが ぼちぼちと日々を過ごしております

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  • 日記には失業してると書いておく
  • 二日前元気にいても死んでいる

そんなことを考えながら 失業ライフを送る

一部にも書いたが 去年の今頃は110連休を驀進中だったのであるが
それほど暇暇感はなく 楽しく出回っておったのです

 

今年はお出かけ規制とかがあって お気楽に街にも行けないですからね

 

コロナのせいで

  • 遺言に代えて没句を集めたり
  • 遺言は没の句集となりにけり

なんてのもメモに書いたがどこかに放り投げるつもりもないのでここに残しておこう


四月初めから三日ほど勤めに出て 事情があってやめたのですが
それが最初の契約と表向きが違うのでというのを理由にしていたのは多分時間と共に忘れられていくことになると思います
少しどこかに書き残すか

 

健康保険と厚生年金というところに○がしてあったのですが 働きながら事務手続きを進めると加入不可ということがわかったのでというのが表向きの理由です

 

でも実際にそれをあてにして入ってくる人もあるでしょうから 間違いの記載は指摘しておきたかった

実際には 仕事が想像以上にアウトドアなもので 経験のない僕に継続して勤めるのは無理だと 僕も思い始めていたし周囲からの意見も強かったので それを機会に就業を辞退したわけです


さて 昭和の日の今日に「昭和とは一体 如何なるものであったか」を考えてみたいのです

▶️ 一生懸命に生きてきたのに肝心のところをそれほど覚えていないのはなぜだろう 四月下旬号 -  昭和の日篇

2020年4月25日 (土曜日)

新型コロナ感染


一、
志村けんさん死去 新型コロナで肺炎

2020年03月31日朝刊のニュースだ

「ザ・ドリフターズ」のメンバーで、タレントの志村けんさんが29日午後11時10分、新型コロナウイルスによる肺炎のため東京都内の病院で死去した。70歳だった。

志村さんが倦怠感をおぼえたのは17日。19日から発熱や呼吸困難の症状があり、20日に肺炎と診断され入院。23日、新型コロナの検査で陽性が判明していた。


二、
立石義雄さん死去 オムロン元社長 新型コロナ感染

2020年04月22日朝刊

オムロンの元社長の立石義雄さんが21日、新型コロナウイルス感染症で亡くなった。80歳だった。

4月1日に倦怠(けんたい)感を訴え、2日発熱。5日に医療機関で肺炎と確認され、6日に新型コロナの陽性が判明した。


三、
岡江久美子さん死去 「はなまる」司会 63歳、コロナで

2020年04月24日朝刊

俳優の岡江久美子さんが23日午前5時20分、新型コロナウイルスによる肺炎のため都内の病院で死去した。63歳だった。

岡江さんは今月3日に発熱。主治医から「4〜5日様子をみるように」と言われたが、6日に容体が急変して緊急入院。PCR検査で新型コロナウイルスによる肺炎と診断され、集中治療室で人工呼吸器を装着して治療を受けていた。


三人のニュースを拾ってみた
症状が現れて20日ほどで亡くなっている

 

 

🔗「こくう」と書いて「虚空」「穀雨」と変換する - 穀雨篇 その2 (裏窓から)

 

2020年4月19日 (日曜日)

コロナ禍 という言葉が広まっている 禍(わざわい)とは災いのことである 私が座右に置く言葉の一つに 禍福は糾える縄の如し というものがある 禍があって福があるのだ ヒトは幸せになって面倒臭いことを考えることなどせず 他人ができることは自分ではせず ゼニカネで済むことはそちらに任せ 優越感や満足感や幸福感に浸って生きてきてゆくようになった 禍が そこに 一石を投じた というわけである

コロナ禍
という言葉が広まっている

 

禍(わざわい)とは災いのことである

私が座右に置く言葉の一つに

禍福は糾える縄の如し

というものがある

 

禍があって福があるのだ

ヒトは幸せになって面倒臭いことを考えることなどせず

他人ができることは自分ではせず
ゼニカネで済むことはそちらに任せ

優越感や満足感や幸福感に浸って生きてきてゆくようになった

 

禍が
そこに
一石を投じた

というわけである

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ブログに続く予定

▶️ 禍 - 穀雨篇 裏窓から

2020年1月20日 (月曜日)

斎藤末弘先生のこと

書きかけ


斎藤末弘先生のことを回想録のどこかに追加したい(自分メモ)

午後2:31 · 2020年1月20日


斎藤 末弘 罪と死の文学―戦後文学の軌跡

書籍紹介内容は

「敗戦後の廃墟から新生への願い、被害者のみならず加害者としての原罪意識、そしてユーモアによる現実相対化への格闘―戦後文学を貫く課題の中で、作家たちはいかなる文学を創造してきたか。」

となっており

目次

  • 現代のヨブ―北条民雄『いのちの初夜』
  • 人生足別離―田中英光『さようなら』
  • 死と焔の祈り―原民喜『夏の花』
  • 汚辱と聖性と―椎名麟三『母の像』
  • 不幸な女性たち―椎名麟三『美しい女』
  • 諧謔と真剣さの統一―椎名麟三のユーモア
  • 人肉食の逆説―武田泰淳『ひかりごけ』
  • 生体解剖の罪―遠藤周作『海と毒薬』
  • 心の奥に潜むもの―遠藤周作『わたしが・棄てた・女』
  • 現代の同伴者―遠藤周作のイエス像〔ほか〕

と書かれてます


斎藤先生には、大学時代に一般教養「文学」の講義を受けました

上にある目次の内容でした。1977年のことです。

 

先生はお若かったです。

遠藤周作も生きてましたからね。


>> 斎藤末弘先生のこと その2  🔗


 

2019年12月22日 (日曜日)

冬至のころ その2




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2019年12月 6日 (金曜日)

Yちゃん

Y子さんのこと

ずっと気にかかったままで

けれども今となっては連絡が取りようがない

近所のショッピングセンターで
ばったり会ったのが十年ほど前だろうか

それきりだ

 

検索をすると「手紙篇」が出て来る

同じものが出て来るのは

自分で気に入っているから後ほどになってコピーを貼ったのだろう

どちらから飛んでも「手紙篇」にたどり着く


Yちゃん

どうしているかなあ

連絡のつけようがないのが悔しくて仕方がない

 

昔 探して欲しい人を
テレビ局が探し回ってくれる番組があった

もしもあんなのがあっても
Y子ちゃんは探せないなあ


Y子

で検索してみた

 


  1. 銀マドの手紙
    て名のない手紙続 手紙のノートから前略。Y子さん儚き出会い/キリマンジャロ自分に向かって語って・・・早死コース激動の時空をゆく信管うたた寝お盆やね6月の挨...
  2. 銀マド:手紙篇
    て名のない手紙続 手紙のノートから前略。Y子さん儚き出会い/キリマンジャロ自分に向かって語って・・・早死コース激動の時空をゆく信管うたた寝お盆やね6月の挨...

 

2019年11月10日 (日曜日)

「人生に筋書きはない」ところにドラマとしての素晴らしさがあるというが、しかしながら、筋書きはあるのではないか、 むしろ筋書きがあった方が面白いわけで、筋書きは一時的に空白とし、カデンツァのようなものを演じてゆくのが面白い

「人生に筋書きはない」ところにドラマとしての素晴らしさがあるというが、しかしながら、筋書きはあるのではないか、
むしろ筋書きがあった方が面白いわけで、筋書きは一時的に空白とし、カデンツァのようなものを演じてゆくのが面白い

 

筋書きは完成されたのもので、さらにハプニングが起こりスリリングであるならあそれで十分に面白い

 

では、ハッピーエンドでなくてはならないか

 

これは難しい課題で思案のしどころだ

 

結末は消滅してしまうわけであるから、ハッピーに描く必要もないかもしれない
幕が降りる直前にどうであるか、ということだ


立冬に考える 

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