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【銀のマドラー】B面

2020年2月14日 (金曜日)

2月11日 野村克也逝く

野村克也さんが2月11日に亡くなった

 

衝撃が走ると同時にそういう時期が来たかという冷静で落ち着いた心もあった

 

野村克也を知らない人も多いことだろう

 

選手生活が長いだけに現役時代でも引退の頃の後ろ姿は盗塁を刺すための送球がセカンドまで届かない時もしばしばあった。

 

それほどに弱ってきても選手として監督として名選手の看板を背負うのは俺しかいなだろうという勢いで野球をしている熱意のある人の姿だった

 

もちろん選手全盛時代は強肩であったことはいうまでもない

 

田淵だってそうだったのだが、キャッチャーとして補給を受けてそのまま座った状態からセカンドに投げて盗塁をシャットアウトしたほどの人だ

 

そりゃ見ていて痺れるというのはああいうのをいうのだ

 

あのい勇ましく格好良かった頃も華やかにテレビに映してやりたかった

 

「月見草」と自分を比喩する言葉には憎たらしくひねくれても見えるところもあるが、あの時代背景を知っていれば、あの不運な時代であってもあそこまで知れ渡った凄さというのは現代の人気者の諸氏には真似ができないものではないだろうか

 

どこにそんな根性があったのだろうか、優しい顔と話しっぷりからは想像もできない

 

 

選手を引退をしてからも監督としての切り替えが素晴らしい

 

有能な人というのは自分が立派で格好よくて目立って記録をたくさん残す以外にも自分の弟子を育てる才能を発揮してこそ使命を果たしているとも言えるのだから野村克也の功績は大きい

 

数々の言葉が残っている

 

それを一つ一つ整理していくと湯水のように出てくるわけであるが、それらが全て野球だけに通じるものではなく、人生訓として(指導者に求められる条件としても)通じている恐ろしく重くて意味の深いものが数多い

 

数々の場面や経験を経てひとつひとつを言葉にしている

 

つまりそれらの言葉の発生には場面がある

 

ある状況に置かれた時に野村克也にマイクが向く、そしてそこで野村克也は答えるのだ

 

その名言がズキンと響く

 


 

数多い言葉、どれをとっても 身に沁みるものばかり

 

今の時代 理屈を言うと嫌われる風潮もありますが、理を持って丁寧に分析をしている姿を知ると尊敬が念が溢れて来ます

 

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

 

ニコニコとしながら話す内面には熱い情熱がこもっていたのを痛切に感じます

 

 

 

2016年3月13日 (日曜日)

311 もうひとつの日記

(mixi から)

 

5年前の3月10日にわたしは次のような巻頭言の書き出しでメールマガジンを考えていた。

 

・─・─・

 

 サクラサク。春の空をこんな電文が飛び交ったのは昔のことです。

そんな時代があったことを知る人も今は少なくなりました。

 

 しかし、情報通信技術が夜明けを迎えるのは、1830年代にイギリス人のミシェ

ル・ファラデーが電磁誘導理論を考え出したころのことで、それ以前の通信はとて

も原始的でした。

飛脚が街道を駆けたり、さらには狼煙をあげて情報を伝達したりしていました。

 

 サクラサク、という言葉と、世間を騒がせたひとつのできごとの記事を見て、科

学技術の賜物である携帯電話がもしもこの世になかったならば、不正を働いた子は

サクラを咲かせようと頑張れたのかもしれません。

 

・─・─・

 

不正というのは携帯電話で入学試験中に不正を働こうとした受験生のニュースが話題になっていたからだ。

東日本を大地震が襲い、原発が惨事を起こすのはあくる日のことである。

 

科学技術の賜物という表現をしている。これは、原発事故の後であったならば、原子力エネルギーを指すように置き換えられるのだろう。

 

人類は一度手中に収めた快楽や利便を、欲望という善にでも悪にでも力を働かせることができるもののせいで、簡単には捨てたり諦めたりできない。

 

既得権という都合のいい宝物にしても、便利さ、豊かさ、満足度、更には長い歴史で積み上げてきたご褒美のような今日の暮らしスタイルにしても、一
度どこかに置いて大局的に見なおさねばならないのではないか。そうここで何度も書いてきたが、社会の大勢がそう思っていても政治はいっこうに方向を大きく
変える気配はない。

 

5年という昔を振り返りながら5年先10年先の構想を考えるとき、わたしたちは、経済社会のことだけではなく、もっと大局を見つめねばならないのは言うまでもない。

 

不安と期待が交錯する311である。

2016年1月11日 (月曜日)

意地っ張り凩吹いて拗ねている1

❏ 意地っ張り凩吹いて拗ねている

 

12月4日の夜中にこんなことを書き残している。
わたしは拗ねるという言葉を使うのが好きなようで、その訳は何となく自分でもわかっている。

 

わたしはよく拗ねる子だった。母からそのことを何度も言われて決して責められている訳でもなかったのだろうが、そんなところで拗ねていてはイケナイのだと叱られたことが多かったのだろう。

 

人が(子どもが)拗ねているのを見るのは好きではない。だが、物語の成り行きで人が拗ねるようすというのは不可欠であるしドラマの場面を作りやすいのではないか。

 

人は甘えたいものだ。動物だってきっとそうだろうと思う。

 

拗ねるという行動は、甘えている行いをバッサリと切り捨てられて立ち直ることを要求されたときなどに、自分の甘えが実現できなかったことへの不満の表現形の1つだ。

 

悔しさが伴うこともあるだろう。どんな理由で意地を張らねばならなかったのかは今となっては想像の彼方だが、単純に解釈して、予想もしなかったのに凩が吹いて何か願いが叶わなかったからふくれっ面になっていただけだろう。

 

わがままとはそんなものだ。

 

うちの子は、わがままも言わなければ意地も張らないし拗ねもしない子であった…と今ふと思った。(今のところわたしには)まったく想像の付かない人と一緒になって新しい家庭を築こうとしている。

 

わたしの時代が終わったのだからと考えが行き着き、凩が吹いただけでわたしは拗ねていたのかもしれない。

 

 

小鯛のささ漬

ほんの少しのわさび醤油でいただくと格別に旨い

2015年12月 6日 (日曜日)

拗れる、拗ねる ─ 月のはじめに考える(その続き)

起きれない

 

 

 

▼ 拗れる─こじれる
風邪をひいて8日にあったミドラの練習を休んだのを始まりとして
ずーっと風邪の症状が続き、12月になってからは胸の真ん中奥深くで引っかかったような咳が出るようになっている。

 

静かに座っていると何ごともなく過ぎてゆく

 

▼ 拗ねる
「すねる」という読み方もあるのだと改めて印象を強く焼き付けている。

 

わたしはおすね(お拗ね)であるとよくいわれたので、こじれると読むこの漢字を少し特別な思いで読む。

 

拗ねる拗れるに何か共通すつ点があるのだろうか。
人間の一面をじっと見るように考え続けている

 

霜月から師走へと ─ 言葉おぼえ帖から

 

▼ ささやか
細やかと漢字が飛び出すが、あまりピンとこないのでかなで書く。

 

ささやかにボーナス明細でた夜のケーキ

 

ここでも書いたようにささやかなことは大切なことだ。

 

▼ 手遅れ
お給料をもらって暮らしているときにはそんなことには感謝もしない。
多大な人々に世話になったことに感謝をしなくてはならなかったのだと
気づいた時は手遅れである。
残念ながら手遅れにならぬようにとお節介をしたり言ったりしても
受け皿にその用意がしてなければ果ててゆく。

 

どっかに書いたが「これでいいの!」と思う。

 

禍福は糾える縄の如し
そうか おとやんは こういうことを伝えたかったのではないか

 

▼ おでんの鍋突っつきながら酒も飲まない父だった

 

▼ 年末の忘年会11月下旬から週末5連続で10万円ほど

 

    • 高雄のもみじや別館で桜鍋

 

    • 雄琴温泉で鴨鍋

 

  • 四条河原町東華菜館で豪華な中華コース

 

 

 

懐かしがるわたしにムスメは

 

バブルな時代やったんやな

 

と言っていた。
厳密にはバブルよりももう少し前やったよ。
成績ビリ(わたし)でも大手企業に好きなように就職できた時代やったのよ
(地道に大学の残った友人が大学教授・学部長の時代や)

 

揺らぐことなく真面目に生きよということや

2015年5月26日 (火曜日)

新藤涼子 「遅い」

アヤちゃんとの待ち合わせの場所へ行く前に
生島が海を見ながら思い出す詩がある。


あの帽子は
わたしがころんだすきに
波にのまれてしまったのです
ひろってください

帽子は波にのってただよっています
ほら
すぐ手のとどくところに
あなたが一生懸命
手をのばしたのはわかっています
今日は 海の水がおこっている日
あなたをさえ
波がのみこもうとしている
けど おそれずに
あの帽子をひろってください

 

わたしが願ったのは
帽子をとりもどすこと
ではなかったけれども

 


という詩で、小説では太字の部分だけを、行の中に埋め込んで引用している。
一節を検索するといくつかのHITがある。わたしと同じように車谷長吉さんの小説で新藤涼子という詩人で出会ったという人があって、ついその人の日記を読み耽って過ごした。赤目四十八瀧心中未遂の作品の所感も書いている日記(その続篇)もあり、嬉しくなっておっちょこちょいなことにコメントを書き残している。

--

車谷長吉さんが亡くなって、本棚にしまってあった「赤目四十八瀧心中未遂」を出してきて、相変わらず赤線が引けずに思案して、今の時代は付箋という便利なものがあるので貼りまくって、泣きながら読み返しています。

そこで、わたしも、むかしに読んだときには気づかなかった「新藤凉子」さんの詩に出会いました。なんやかんやで、このHPに辿り着いて、一息ついています。

わたしも自分のブログで感想を書いて、追加して、また書いて、を繰り返してきました。でも最初に読んだときの感想は未熟であっても、結構自分の本髄
に迫るもので、下手くそな感想でありながらも、車谷さんの作品はわたしを揺り起こしたのだなと、冷静に再び感慨に耽ってみたりしています。

新藤さんの作品は当県内の図書館にわずかしか在庫がなく、きのう電子操作で最寄りの図書館に取り寄せる依頼をしたところです。これからゆっくりと読めると思います。

赤目四十八瀧心中未遂の感想をあれこれと検索操作などであたってみても、どこにも作者の書いている泥臭くても純真な恋物語のことには触れておらず、
なかなか心から陶酔して読んでくれた人っていうのは少ないのかもしれない、と亡くなった作者のある種の無念さを想像したりもしています。

貴殿の赤目四十八瀧心中未遂の記事も拝読しました。とても嬉しいと思いました。

一冊の本を読んで、その中の本流とは少し違うかもしれないような書き方で文中に埋め込まれた一篇の詩に立ち止まった人がここにもあったのだということがとてつもなく嬉しいです。

このコメントは自分にも投げかけるもので、自分の日記にも書き残すことにします。
ありがとうございました。
ときどきお邪魔します。

 

--

 

というようなもので、コメントなんて知っている人にしか書かないのによほど嬉しかったのだろう。

 

 

2008年10月18日 (土曜日)

絡む、絡まる、縺れる、纏う

絡むという言葉は、若者言葉で「交流を持つ」ということだそうだ。

 

やけにその言葉が、言葉として気に掛かっている。巷に氾濫している如く簡単に使ってホイ!と納得できるような感触ではなく、モヤッとしたものしか残らない。

 

日記サイトやブログで容易く「絡む」おこないが連想できるものの、私にはもっと深くて暗いところを流れる泥水を掬い取るような嫌な感触だ。

 

この言葉が気になりながらも・・・・

 

月曜から金曜までは余暇の時間をゆるゆると彷徨っている自分が居て、こういった問題をゆっくりと考えられないことが多いので、ブログにもあまりあれこれと思いつきでは書かないようにしているものの、やはり思い付きでポンと書き込みをしてシマッタ!と思うことも多く、改めて強制的に押さえ流ように心がける。

 

…のだが、昨晩は何が私の何処を突付いたのか、ふらふらっとアホンダラなことを書いている。普段の自分らしさだと言ってオシマイにすることにする。消してしまおうかと思ったらコメントがあったので、消しては申し訳ないし、残すことになった。

 

私のことなど知っても仕方が無いと思うが、実際に会った人が少し居るのでその方のコメントを大いに参考にされると実像は少し見えるかもしれない。飲み交わした人の言葉であれば、なおさら信憑性が高いだろう。

 

閑話休題。


さてさて、

 

この言葉について書きたいと思い、何日も前から気にかけ、紙切れがあれば余白に気の付くことをメモしたりしていたのだが、所詮自分のサラサラと書くメモ程度モノのには書き留めなくても記憶しておけるようなものも多い。忘れてしまったものは些細なことであったのだろうと諦めるとすると、大事なことは記憶にあるということか。忘れたとしてもそのうち、大事ならば再び思い出すだろう。
(つまり、メモはあまり当てにならないということだ)

 

前置きが長くなったが、この「絡む」という言葉が、

つまりは、簡単に出回っていることが私には「気に食わない」のだ。


意味は辞書に記されているとおり。PCにあった小学館国語大辞典(1988)を引いてみる。

 

◆絡む
自動詞として使うと
1.細長いものなどが、まわりに巻きつく。
2.言いがかりをつけてつきまとう。むり難題をしつこく言って困らせる。
3.事態がわかりにくく入り組む。
4.(1の比喩的用法)(感情や欲望が)つきまとってくる。「欲がからむ」「情がからむ」
5.登山で、山の中腹を回って進む。

 

他動詞としても使う。
1.細長いものなどを、まわりに巻きつける。
2.料理で、蜜、あんなど、ねばりけのあるものをまわりにつける。

 

◆絡める
他動詞として
1.つかまえてしばる。捕縛する。また、つかまえて監禁する。
2.なわ、ひもなど、細長いものを巻きつける。
3.(1の比喩的用法で、多く受け身の形で用いる)心を奪う。気持、感情をとらえる。
4.ある物事に、他の物事を関係づける。
5.登山で、障害物や通りにくい所をさけてまわり道をする。

 

◆絡まる
自動詞として使う。
1.細長いものなどが、まわりに巻きつく。また、うるさく人などにまといつく。
2.同じ場所から離れようとしないで、ぐずぐずしている。

 

└ └ └

 

◆縺れる
1.からまって解けなくなる。まつわりつく。からまる。
2.からみ合って乱れる。
3.事柄が複雑に入り乱れて混乱し、秩序を失う。事件が乱れて解決がつかなくなる。
4.言語・動作などが、正常さを失って思うようにならなくなる。

 

◆纏う、絡う
自動詞
1.まきつく。からみつく。からまる。まつわる。

 

他動詞
1.まきつくようにする。からみつかせる。また、絶えず側近くに置いて離さないようにする。
2.身につける。着用する。

 

 

「絡まる」1.の用例を広辞苑では以下のように引いている。
「道の辺の荊(うまら)の末(うれ)にはほ豆の可良麻流(カラマル)君を別(はか)れか行かむ」(万葉集)

 

他にもたくさん用例があるが省略します。
その用例が最高に素晴らしかったので、引いてみると面白い。

 

このように調べてみると、この言葉を使うことで、これまで生きてきた人生を綴れるのではないだろうか、と考えてしまう。


絡むという言葉に惹かれた人たち

いったい何を思いこの言葉に関心を追ったのだろうか

 

長い人生であった

様々な人が 男や女が 私の人生の上を歩いて行った

 

人生という物語では、
・女が
・仕事が
・事件が
・人間が
・社会が

 

複雑に、お互いに
・絡んで
・縺れて
・纏わりついて

 

そこには様々なドラマがあり似たようなことが繰り返されるものの、全く同じ出来事はどこに行っても起こらない。

 

辞書を読んでいると、妄想に陥るときと同じように自分が自分の世界に浸ってゆくのがわかる。

 

私の妄想の(記憶の?)物語には、愛があり、それがまた純愛であることもあれば、憎悪を伴なったり悪意を含んでいたりする。

劇的な出会いがあり、別れがある。

事件が絡む。

不運が襲う。

心が縺れて憎しみが生まれ、ベールに包まれたことも幾つか残る。

 

高校の日本史の先生が授業中に話していたのを思い出す。
「私たちは生きている間にひとつだけ立派な小説を書けるチャンスを持っているんだよ。それは自叙伝です」

 

何と高貴なことか。
この日記も然りなのだろうか。

2006年5月 4日 (木曜日)

小池民男さんと大岡信さん

コラムニスト小池民男さんというかたが居た。
朝日新聞の編集委員兼論説委員だった。

 

4月末に食道がんで亡くなられた。
その記事がひっそりと紙面に載っていたのを読んで、ああ「時の墓碑銘(エピタフ)」を書いていた人だと気づいた。

 

新聞を読んでいると、ちょっと変わったといったら失礼だが、購読していて得した気分になれる記事を書く人がいた。
気にかけていた人だった。
小池さんは、「素粒子」(夕刊)や「天声人語」(朝刊)を書いていた人だった。

 

 

娘がこの訃報記事を読んで、「毎週月曜日を楽しみにしていたのに」と残念がっていた。それを聞いて、この子も新聞の読むべきところをきちんと読んでいる子になったなと感心した。

 

----

 

大岡信さんの「折々のうた」も復活している。娘はそのことも驚いたらしい。
気が付いたら連載を再開していたよ、と喜んでいた。

 

小池さんと大岡さんの話から思うこと。

 

「ブンガク」を4月から専攻し始めた娘は、私が持てないような文学の眼を持ち始めているのかもしれない。
寂しいようで嬉しいような気分だ。

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