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家族

2013年6月20日 (木曜日)

ディズニーを愉しむために  (その3)

なぜディズニーはなぜ夢中になれるのか。

 

 

 

⭕社会から離脱して自分だけの世界に入る

 

⭕愉しもうという気持ちに素直に移行してしまう

 

⭕くよくよしない、勝負けを意識しない、見栄を張らない

 

⭕ここで燃えて尽きてしまうのだと思い込む

 

⭕アトラクションに裏切りがない、手抜きがない

 

⭕ストーリーに現実味がなく、夢だけを追える

 

⭕夢に諦め感がない

 

⭕見えないところに工夫やアイデアを凝らしている

 

 

愉しんで来るために予習して実践すること(些細なこと)

 

 

 

 

⭕アトラクションの名前は予め全部覚える……ほど、よく調べる

 

⭕ファーストパス戦略をきちんと立てる

 

⭕食事の計画を立てておく

 

⭕モノレールにはお得チケットがある

 

⭕開園時刻に入って、目的まで走る情熱

 

⭕雨の日はポンチョが便利、怪しい日は現地で買う(前日に天気の心配などをしない)

 

⭕アトラクションの入口では、写真を撮る、待ち時間も記録しておく

 

⭕ミッキーなどとのツーショットチャンスがあれば、願いを持っているならば、列ができても惜しまず並んで撮る

 

⭕キャストには手を振ること、手を振り返すこと

 

⭕スキップで歩くような気持ちで常にいること

 

2013年6月19日 (水曜日)

雨のディズニーリゾート (その2)

6月12日、13日 雨降り

 

ホテル周辺の駐車場

 

 雨は容赦な降り続いて、京葉線が地上に出てしばらく走ると、臨海都市風の殺伐とした風景と変化しながら、雨粒も一段と大きくなってきたでした。

 

 夜行バスが山梨から国分寺あたりを走っているときに夜が明け始め、道路が少し乾いていたのでホッとしたのだが、都心に近づくとそれも裏切られた。

 

 早々に雨の覚悟はしていたのだし、台風の風が吹くわけではないので、荒れないことだけが慰めであったのだ。しかし、実はこの雨こそが私たちにラッキーを呼んだのだった。

 

写真の通り駐車場に車はない。おそらくハイシーズンには溢れるほどに車が止まるのだろう。吐き出される人々は一箇所に集中する。どんな状況になるのかは明らかなのであるが、雨のディズニーランド&シーには混雑はなかった。

 

ほとんどのアトラクションに20分程度の待ち時間で入れたのだし、レストランも休日の郊外のショッピングセンター程度の混み具合だった。

 

再び行くチャンスが有るならば、小雨の降ったり止んだりするような日がいい。パレードの時には雲が切れて、歓びが2倍になった。

 

 

 

☆同じようなことを(その1)でも書いてます。よほど、人が少なかったことが嬉しかったみたい。

2013年6月15日 (土曜日)

ディズニー(久しぶり)その1

6月11日の夜行バスに乗って、12日と13日に東京ディズニーランド&シーに行ってきた。

 

2,3日前になって突然太平洋上に出現した台風3号は、紀伊半島に向かってのろのろと北上し始めて、随分と私たち家族をやきもきさせた。一時はバスもホテルもキャンセルするという案も出たほどであった。

 

通常価格ならお一人様2万円以上というホテルを7千円余りで予約できたし、そのセットには3300円のバイキングの朝食も付いているということで、是が非でも行きたかったから、キャンセルの案は消えたのだが、もしもキャンセルをしていたらもっと悲しく残念な結果なっていただろうから、その時点で私たちに幸運の女神がついていたことになる。

 

台風は、あとから考えれば筋書きだったかのように、本州には上陸することもなく紀伊半島の南のほうでウロウロしていたらしい。私たちは心配をしながらも11日の夜に家を出てからの天気状況を気にかけるのはやめてしまったので、その後の台風がどうなったのかは知らない。

 

やきもきしたけど、最高に楽しかった。それが結論である。

 

台風なんかが来てくれたおかげで強烈に記憶に残る思い出となったし、何よりも雨男としての私の強い吸引力も証明されたわけだ。

 

雨は2日間とも降り続いた。そのおかげでアトラクションやレストランでの混雑がほとんどなかった。普通の遊園地の日曜日くらいの混雑だったと思えばいいくらいだったのです。

 

ベンチで囁き合うカップルの男の子が「雨で嫌だなーと思ったけど、少し濡れたくらいで、それで雨は嫌だと思っただけで、それ以外は全部良かったね、待ち時間は短かったし、涼しかったし、でも、パレードは雨が止んで見れたし」と話していた。

 

肩寄せあって囁き合っていた二人のあの言葉のとおりでした。また行くときは降ったり止んだりの小降りの日がいいかもしれないなんて、今になって思ってしまうほど。

ミニー・オー!ミニー

2012年8月29日 (水曜日)

夏の終わりの旅 8月23日から25日 福島 その4

新潟 朱鷺メッセ ばかうけ展望台
新潟市 朱鷺メッセ ばかうけ展望台から佐渡方面を望む

ラーメンを食べたら家に帰るだけだ。
KK省のF君と夕食をして、久しぶりの夜を過ごした。
3日目は、帰るだけだ。

 

ムスメが朱鷺メッセに無料の展望台があることを発見したので寄ってから帰ることにした。

 

展望台から一生懸命に佐渡を見る。
昔、知床峠から北方領土を見つめていたツマの姿を思い出す。
二人は、親子なのだ。同じDNA。

 

新潟は期待以上に素晴らしかった。

 


 

 

妙高PA
妙高PA

ひたすら、家に向かって走る。

 

さほど眠くもないけど、PAに止まってみる。

 


 

 

妙高SA お昼寝
妙高SA お昼寝

ベンチに寝転がったら青空が見えた。

 

木陰で居眠りをすることにした。

 

気温はそれほど快適な数値を示していないのだろうが、これほどまでに贅沢で緩やかな昼寝は、現代社会ではとても貴重だ。

 

これを基調にしてしまった社会構造に少し怒りを覚える。

 

しかし、それももはや私の言及することではない。

 

 

夏の終わりの旅 8月23日から25日 福島 その3

塩原温泉朝食
塩原温泉の朝食

卒業したあくる年に東北に出かけた。
福島に行き、あの人に会って帰ってきた。

その帰りに、塩原温泉を通ってきたのを記憶している。


 

 

大内宿
大内宿に寄る

大内宿の近くに湯野上温泉というところがある。

 

河原に露天風呂があって、ツーリングにたびに何度も立ち寄っている。
そこで、今回の旅では、渓谷の橋の上から河原を見下ろしてみた。
しかし、昔浸かった河原の湯舟には土砂が流れ込み雑草が生えていた。

そういうのはもはや流行らないのだな。
ゼニカネだけの社会が、人の心も社会のなりわいも枯れ果てさせてしまう。

それでいいのかもしれない。
私の出る幕じゃないのだ。


 

 

喜多方ラーメン
喜多方ラーメン

チャーシューののったラーメン。
これを二人分と、普通のラーメンと1人前頼む。

 

あの時(1996年)は、ふつうのラーメンが500円だった。100円アップは少ないほうかも。

 


 

 

喜多方ラーメン
喜多方ラーメン

ふつうのラーメン

 


 

 

喜多方ラーメン ばんない
喜多方ラーメン ばんない

お店の概観。

 

路地の広さも、店の前の公園もそれほど変わっていないように思う。

 

変化することは何も悪いことではないのだが、変わってほしくないのは私たちの夢なのかもしれない。

 

ラーメンだって、変わるべきなのだろう。

古い人の願いを叶えてやる優しさは、太っ腹だと思う。


 

つづく

 

2012年8月28日 (火曜日)

夏の終わりの旅 8月23日から25日 福島 その2

上河内SAにて とちおとめソフトクリーム

上河内SAにて とちおとめソフトクリーム

塩原温泉は遠かったなあ。

中央道経由、長野道も走って、東北道に行きます。
小さい車なのですが、なかなかよく走ってくれます。



塩原温泉

塩原温泉

夕方、4時過ぎの温泉街に入りました。
温泉の裏の川べりを散策したりしてから、お風呂に入って、そのあと食事です。



塩原温泉・公共湯
塩原温泉・公共湯

公共の露天風呂がありました。
料金箱があって200円だそうです。
近くまでは行きませんでした。

ものぐさになりました。



塩原温泉にて
塩原温泉にて
秋の気配が漂う。


塩原温泉夕食
塩原温泉夕食

夕飯の最初のお膳。



塩原温泉夕食
塩原温泉夕食

食べるのに夢中になる前は写真に撮る余裕があったのですが。
あとは、写真もなく。

おそばが美味しかったのを記録しておかねば。

つづく

夏の終わりの旅 8月23日から25日 福島

昔の日記が懐かしい年齢になってしまった。
1994年 夏・東北を走った

もうそんなに月日が流れて、果たしてあれが最初だったのかどうかさえも記憶にない。
東北は私にとって封印したくなるような切ないところだ。様々な出来事を巻き上げては何もなかったかのように終わっていった。

何処の何に魅力があるのかは、私が正直に話さない限りは明確にはならないのだけれど、明確にしたところでアホらしい話だろうから。

いっそうここでは、訳もなくただ夢中になってみることもいいだろう。
一種の「エンスージアズム」

 


塩原温泉にて

 

夏の終わりに
暑くて熱い夏をさがしに、
ひょっこりと旅に出た。

1556キロを3日間で走った。
ラーメンを食べるためだけに。



峠の釜めし
峠の釜めし 2012年8月23日 (木)

遠い遠い東北まで。
アホだけでは語りつくせないほどのアホな私がかつて執拗に目指した東北へとみんなを誘い連れてゆくのは難しかった。

 

まず、1日目のお昼御飯を決めて、この日は塩原温泉まで600キロ余りを走る。
かつて私が愛したバイクとさほど変わらない排気量の車に3人が乗ってゆく。

 

それでいいのだ。
それがいいのだ。



夜明けが次第に遅くなっていくのがわかる。明けの明星がその分一段と元気に輝いている。
蒸し暑くて寝苦しさに目を覚まし開け放った窓の向こうの明るい星を見ながら夜明けを待つ季節もそろそろ終わりに近づいてきた。

6時前に家を出たかったが、地球は私に合わせて回っているわけでもなく、1日は私だけのためにあるのではない。ひとりのツーリングならば太陽が昇るころには大勢の人が集中して住むようなところは通り越しているだろう。

何も考えずにぼんやりとコーヒーを飲む時間を得てその引き換えに、弾けるような出発の歓喜を失ったかもしれない。

ぼちぼち書きます。(つづく)

2011年7月31日 (日曜日)

浜松で鰻を食べる ─ 清水屋

29日、金曜日。

 

久々に浜名湖方面へ。
道路状況は大きく変化し、車の量が非常に増えている。
定量的な証明は出来ないが、年々増えているので人々の感覚では微増のように感じているのであろうが、総生産高の数字を確認すれば微増ではないことも分かるだろう。

 

自分もその一味でありながら、ニンゲンはほんまにアホやと思う。科学技術迷信。

 

さて、浜松に行く用事が出来たので、やはり鰻を食べたい。
■ 2004年3月27日~28日 大谷キャンプ場 パティオオフ会 (浜名湖近く)
で出かけたときとは、私自身多かれ少なかれ変化しているし、今回は家族と一緒だということで、記念に食べることにする。


浜松市に行きました。鰻を食べました

 

 

最初は伊勢湾フェリーで行こうと計画をしたのですが、値段を計算しなおしたら高速道路のほうが安くなるのでフェリーを断念。
でもやっぱしフェリーで行きたかったな。お金を貯めてフェリーで行きたい。

 

蛇足ですが、
伊勢湾岸道路から透明に合流してから愛知県を抜け出すまでの車の多さには呆れた。出来ることならもうこの道路は通りたくないし、自動車をアホみたいに作って、一部だけが潤えばいいや、というのに似た潜在意識を定着させてゆく企業姿勢にも疑問を持つ。

 


 

7月2日にも鰻を食べたのだった(新玉亭)

新玉亭で鰻を食べました

 

鰻丼の値段は、津市で食べると1500円以内からあるのですが、浜松の鰻は名産ですから、2300円以上は必ずします。松阪牛が高いのと同じでしょう。松阪の人は、松阪牛を毎日食って暮らしているわけではないのですから、浜松の人たちも、鰻を毎日食べているわけでもない。

 

津市の鰻屋さんは、安くて美味しい。ちょっと奮発してお昼ご飯でもとか、遠来の客があったときでも気楽に入れます。こういうのも文化なのだと感じるのです。浜名湖の鰻は思い出ですね。(三島市で食べた「うなよし」も遠い思い出です)

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