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【雷山無言 想】

2005年5月11日 (水曜日)

父の形見

母の日が過ぎてしまった。実家に帰ることなく、電話を入れることも無かった。アイツは出来損ないのバカ息子だ、と母は思っているのだろうか。
生きて暮らしているのだし、恩を忘れたわけでもないのだから許されたい。そういう心は、得てして届かぬものだろうが、何はともあれ、自分の倅が何を考えどんな暮らしをしているかは推測がついているだろう。母とはそういう偉大なものなのだろうと思う。

 

父は逝ってしまって七年余りになる。しかし、私は十八歳で家を出てしまったこともあり、死んでおらず今でも離れて暮らしているような錯覚が甦ることもある。

 

東京の下宿に荷物を送ってくれるときに、その箱の片隅に必ず手紙が添えてあった。それは鉛筆書きであることが多く、発送の際に思いつきでイソイソと書いたものだろう。

 

「若いうちは勉強をしておきなさい」「金の心配はしなくてよろしい」などということが記されていた。日常で些か追い込まれて一切の過去を棄て去る のだという暴挙を思いついたのが発端で、実は、その便箋を数年前に始末してしまった。今となっては仕方がなく後悔先に立たずであるが、思いは消えないのだ し、もしも消えたとしても私が生きている間に私自身が憶えていればそれでいいじゃないか、と思うことにしている。

 

履歴書に書ける大学は二つしかないが、実は書けない大学もある。その大学のことで日々悶々と居るときにあの言葉「お金は心配しなくていい、勉強を しなさい」という言葉は厳しかった。勉強ちっともしないでグウタラな生活をしていた私を見透かすようであったのだから。しかし、あの一時期が私というものを作 り上げるもっとも大切な時期だったわけで、まさに青春時代のひとときであった。必ずしも履歴に正当な足跡を残したモノが自分の真の履歴ではないと思う強い 根拠は、私のこの時代の経験から来ている。卒業とか終了という言葉には縁が無かったが、第三の母校として都心が懐かしくなることがある。

 

父はあのことでも私を咎めたりはしなかった。最終的に素晴らしい師匠に巡り会えて満足な学生時代を終えて京都に来た私を我が手元に帰ってきた と歓迎してくれた。ところが、私に天性の放浪癖があったことや社会に出て僅か二年で結婚をしてしまったことで、父とは多くを語り合うことはなく、過去 の苦しみを打ち明けあう機会も殆どなかった。

 

語り合うこともなければ実像を見せ合うこともなかった父の姿が、自分がこの歳になって、はっきりと見えてくる。あのときに父は何を考え、 何を私に言いたかったのか。どんな気持ちでペンを持っていたのか。映画を見ていても涙を拭く場面で早々と自室に引きこもってしまったのは何故か。枕元に あった紙切れに走り書きがしてあったが、あそこには何が書いてあったのか。それは、今の自分を見つめることで鮮明になってくる。

 

父の形見は玄関にあるたった一枚の絵だけだが、私自身が形見であった。

 

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【塵埃秘帖・5月中旬号】

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