増殖する『新・裏窓から』

2018年2月 9日 (金曜日)

わはく(秘)伝 へのスピンアウト(立春篇)

ほんとうに断捨離するべきもの - 立春篇 (裏窓から)

遅くなりましたが
立春篇です


わはく(秘)伝

一子相伝 点綴・「遺す言葉」は あいさつ のなかにあります

2018年2月 3日 (土曜日)

鬼はどちらへ ━ 鬼は外 そっと裏口の鍵開けておく

▪️ 鬼は外 そっと裏口の鍵開けておく

鬼は外と叫んだ日は遥かむかしのことだ

大人になってすっかり息を潜めてしまった

果たして現実的でないからといってやめてしまって良いのだろうか

もっと真剣に鬼は外・福は内と叫ぶことが必要なのではないか

ハナからそんな古典的伝統をバカにしているヒトたち

伝統儀式など迷信の延長なのだと高を括るヒト

十分に現在の暮らしに満足して貧しさがあふれた昔の暮らしを引きずったような風習には無関心だというヒト

たった今を生きてゆくので精一杯で他人のことなど構っておれないだろうというヒトもあろう

鬼を心に棲ませる

閻魔様を忘れない

仏を心に秘める

罰が当たるのを恐れる

神の眼差しを感じる

今やそういう時代ではなくなった

コインを二つ三つ手に握って

食べ放題・飲み放題という店へと出かける

ホンモノを見失ってしまった時代を嘆いたことがあるが

そのあとにはホンモノを見分けることのできないヒトが溢れ

もはやホンモノを求めないヒトが常識化し

物の見方が薄っぺらくなってきて

一方で豊かな暮らしを求め続け

あたかも満たされたような錯覚が広がり

幻影と実像が区別がつかないヒトが増えてゆく

回転すし屋が食べ放題に転換しているというニュース

適齢期を少し過ぎた(かも)という女性が五十歳ほどの男性を紹介されたという呟き

モノがどのようにあるべきか

を考え続けると理屈を言うといって煙たがれる

どちらが間違っているのか

何がおかしいのか

考えようとしない世相

やはり

鬼は必要なのだ

どこにいってしまったのだろうか

頼りになる鬼


わはく(秘)伝

2018年1月20日 (土曜日)

あれが最期 大寒篇 (裏窓から)

平成10年(1998年)
1月の暦を調べると20日が大寒です

そして21日が母の誕生日で67歳を迎えて

22日に父が亡くなります

父は66歳でした

3月20日で67歳になるはずだった

気象記録データを調べると

市内の観測所で測定した最低気温が

22日に2.3℃、23日に3.0℃、24日2.6℃

となっている

とても寒い北風が吹き荒れ

葬儀の時にも寒さが容赦無く襲い掛かり

私はそのあと2週間ほど激しい風邪ひきと前例にない声枯れに襲われたと記憶している

私の弟も(あれから20年たち)86歳になる母も

あのときのことや葬儀のこと、そのあとのことを話すと一致して同じことを言う

しかし、気象データは2℃以上あって、二、三日前の寒波よりも温たいことになる

記憶がいい加減で曖昧なのか、色褪せるのか、それとも人が死んでしまうようなことがあると身体がまた違った反応を示すのか

私の父は数年来に経験がないほどの寒い日であった1月22日の正午前に亡くなったと大勢が記憶していることは事実である

その1週間ほど前から周りの人はそろそろを覚悟したり、まさかまだやろうという感触を持ってみたりしていたそうだ

本人はふだん通りの日常を過ごしていたのだろうと思う

車で1時間ほどに住む私のところには何の連絡もないし心配事を伝える電話もなかった

私の方も別段に憂うことも心当たりもないので、冬が終わって春が来て、きっとのらりくらりといつまでもこのままでいてくれるだろうと考えていたのだった

のちに私は自分の日記にあの頃の様子を母が話してくれたのを書き残している

近づくところ

「なあ、うちのお父さんが逝くときには、

どんなふうやった?」

「そうやなぁー」と、

母は目を細めて話し始めた。

高血圧で、脳みその中のあちらこちらで

血が滲んでいたのだろうか。

「その日の二三日前には

既に意識がぼーっとしてたなあ。

ビールが飲みたいと言うので、

こんな状態で飲ましてはならんと思い、

お茶をやったら、

『ビールと違うやないか、まずいなあ』

と言うてやったわ」

「どこかが痛かったとか、

そういうことはなかったのか」

と尋ねると

「そんなに苦しがることはなかったな。

布団に入ってスースーと眠っていて、

(父の実姉と三人で布団に入って)、

向こうから姉さんが身体を暖めて、

わたしがこちらから暖めていたんやけど……、

姉さんが『なあ、仁(じん:父の名前)、

冷たくなっていくわ。あかんな、もう』

と言うて……あれが最期や」

🍀

さすがにここまで書いて

私もペンが揺れるわ

 

少し休憩

2017年12月10日 (日曜日)

みたらしに言葉はいらぬ冬日和

🍀 みたらしに言葉はいらぬ冬日和

師走の日曜日のひととき
一年を振り返ってじっくり考えてみようではないか

え?
何を考えるって?

自分の姿を省みるのだ

羽生善治・永世七冠
色紙には「玲瓏」の二文字を書く。
これは「八面玲瓏」の山頂から眺める澄んだ景色のことで
迷いのない心境のことだと語る。

羽生語録にはこれまで幾度も感銘を受けてきた。
だが、語録に感動しているだけではいけない。
その姿勢と眼線が大事なのだ。

写真日記から

鰹のタタキ かぼちゃ鶏そぼろあんかけ みたらし

2017年9月23日 (土曜日)

やっぱり便利か? (中篇)

まず、私の時代のスタイルを思い出してみると

(しかし、こんなことを語ったところで、今や歴史談話でしかないのだ)

▶︎ 旅の目的

未知なる場所を目指して自分の力で辿り着く

▶︎ 目的地探し

1.旅雑誌やバイク雑誌の記事をみて、自分で地図を開いて様子を想像して決める

2.電子情報を検索するというアイデアさえこの世に生まれていない

▶︎ ルート決定

1.地図を見て曲がり具合とか高度などから地形や渋滞状況を推測する

2.できる限り楽しく走れるルートにする

3.途中に温泉や峠越えを入れる

4.同じ道を走ることは理由がなければ避ける

▶︎ キャンプ場

1.地図を見てテントの張れそうな地形を想像する

2.学校や公園などのテントを張れそうなところを想像する

3.道の駅が出来始めた頃にはここを利用したが、マナーが悪い人が増えてゲリキャンが難しくなってくる

4.ツーリングマップルが新版になってからキャンプ場の情報などが載るようになったので利用する

▶︎ 道具

1.自作のローソクランタン、ホームセンターで買った3千円のテント

2.DIYショップで買って来て自作したトップボックス

3.苦心の雨対策グッズ、防寒グッズの数々

ほかに

▶︎ 天気

1.天気情報を伝えるテレビやラジオがドライブインなどにないか注意を払う

2.家に電話をして天気予報を見てもらう

3.長期予報をみてから家を出る

4.朝から雲行きに気をつけて空を見上げる

♠︎ 雨は嫌でしたが、ツーリングに雨はつきものでした

GWなどは雨を避けて信州の山をあっちに越えたりこっちに越えたりしながら走りました

♠︎ 西から来る前線に向かって走り雨を短時間で済ませたり

東に向かって前線と一緒に帰って来たこともありました

♠︎ 出逢いは歓びでした

いろんな人に出逢いました

みんな素敵な人で

みんな話好きで

 

たくさんの旅の話を語らいました

韮が峠 坂本竜馬 脱藩の道

2017年9月22日 (金曜日)

やっぱり便利か? (前篇)

バイク繋がりの知り合いさんが
FB(の非公開のグループ)に書いていたことが
とても強く、私を引き止めたので
少し内容をお借りしてきました
 
♣️
 
連休にライハで出会った2人組の大学生は
125スクーターで日本一周を始めたばかりで
 
「へー地図持ってるんすね。バイク旅に地図とかってあった方がやっぱ便利なもんすか?」

知り合いさんは、その2人からそう言われたそうです
 
++
 
2人組は
・目的地探しは、全てipadで検索
・ルート決定は、スマホのGooglMapナビ音声のみ
という方法で、この先数ヶ月間旅を続けていくという
 
・キャンプ場は、「はちのす」を見て探す
・ツーリングマップルの存在は知らない
 
さらに知り合いさんは、2人組がくつか目的候補地をリストアップしていたのをみて
 
「そこにはなんで行きたいの?」
と質問をしたそうです
 
「インスタ映えする写真が撮りたいからっす! 僕らの世代だとそんな感じじゃないっすか。」
という答えが返って来たらしい
 
♣️
 
「僕らの世代」をそんな感じだと
しっかりと捉えているので
大したもんだと思う反面
この実態は決して表層的な話ではないのだろう
と深く考え込む
 
ITの進化した時代であるから
このような便利機能をフル活用することに異論はない
 
だが、ここで深く考え込むことがあることは無視できない

便利とは何か


(つづく)

肉じゃが

2017年8月 7日 (月曜日)

ともだち (2)  ー 立秋号

飾り気のない素朴なものを摘みながら明日は忘れていてもいい話をする 【裏窓から・立秋篇】◀️ NEW


ともだち (七月中旬号)を書いてから何日かが過ぎる。

その間にさりげなくツマにこの話を持ちかけてみた

「ともだちってのはなんでも話せるけど話せるだけやからな」

と喋りはじめたところで、ツマは大きく相槌を打ちながら

「そういうところがええのよなあ~」

という

ぼくはさらに続けて「ともだち」ってのは

「何の支えにもならないし

命を賭けて協力し合うなんてほとんど稀で

所詮「なかよし」なだけで

『ともだちって大事ですよね』

という言葉がもたらしている

ほんとうのともだちのイメージと

大きな隔たりがあるのではないか」

と言おうとしていたところを
遮られてしまっており

さらにぼくは

「たかが学生時代に偶然に同じ釜の飯を食うことになっただけで

一、二年の短い時間に何が分かり合えるわけでもなかったと思うのよ

どん底で一緒に苦労をして過ごしたりしたなら別やけど

たまたま出会ったお見合いの相手も変わらんやろ

もちろんお見合いというシステムは素晴らしい出会いのシステムではあるけど

ともだちをお見合いで決めるというのは一種の無謀な気がするのや」

と付け足した。

++

そのあと、ツマと何を議論したわけでもない

だが、ツマは

一瞬のタイミングで偶然に出会った我々をつないでいる不思議なチカラは

すごく安定してプラス(+)もマイナス(ー)もうまい具合に吸収しているのだ・・・

と似たり寄ったりなことを考えていたのではないか

「我々をつなぐ」不思議なチカラは決して世間一般にある「なかよし」なものではないし

「一日じゅう喧嘩をするように言い合いをしている」と身近な誰もが言うくらいだから

「なかよし」でも「ともだち」でもないだろう

「なかよし」や「ともだち」は、そう簡単に言葉でもカタチでも
表現できないものなのだということがわかってきて

おまけに、夫婦というものも
得体の知れないチカラで繋がるのだということがわかった

そんなことを考えて妄想にふけっているときに
大学時代に一二年を共の過ごした「ともだち」の一人が

メーリングのグループから抜けてしまった

可哀想に
抜ける決心をするまでは
さぞかし窮屈な時間を過ごしたのだろう

これまでの人生をおくった様々な社会のなかで
ポチッとボタンを押して
簡単に次のステップへと
ステージを変化させるようなこと
-組織を抜けたり、誰かを動かしたり、何かを壊したり-
移れるようなことはとても珍しい部類だ

何事も思い通りに使いこなせる術を
完璧に習得できることは素晴らしいことなのだから
そのことを考えると思案時間の長短にかかわらず
ポチッと押してグループから抜け出て
新しいステージへと移るまでには
さぞかし窮屈な瞬間があったのだろうと思う

スッキリしたことを願ってやまない

++

ヒトは

絶対に完成できないようなジグソーパズルみたいなシナリオの上で生きている

合わないこと、できないこと

悔しいこと、憤ること

許せないこと、不条理なこと

悲しいこと、うれしいこと

涙さえ出ないようなこともあるのだ

そんな中で

涙を見せたり、隠し通したり

笑ってごまかしたり

怒って見せたり

幸せを粧ったりして

生きているのだ

そして

これからもそうして

生きていかねばならない

長芋とオクラ かます

2017年7月15日 (土曜日)

ともだち

本編はコチラ▶️ともだち (七月中旬号)


「ともだち」とは掛け替えのないものだから大切にしよう

と大勢の人が言います

「ともだち」って何でも話せて

言いにくい悩みも聞いてもらえて

居てくれてとても嬉しい

けど

別の見方もしているのです、ちかごろ

「ともだち」って

話を聞いた後にも

本当に相談に乗ってもらって

自分のゆくべき道を考えるときの大きな力になってくれるのだろうか

ともだちって言って居ながらも

それって本当はお互いが何も知らないのではないか

知ってるつもりになっているだけではないのか

ともだちっていうものの概念は

理想であって妄想のようなものではないのか

イザという時に傍にいてくれるわけでもなく

崩れてゆくわたしのあらゆるのもを

しっかりと支えてくれるわけでもない

傍にいて泣いてくれたり

死んだ時に見送ってくれることはあっても

いわゆる

そんなことってのは「なかよし」な話であって

何でも話せて本音を打ち明けてそれを聞くことと

本当の「ともだち」というものの間には

大きな隔たりがあるのではないか

「ともだち」という言葉は安易に使えないし

そんな人はゴロゴロとはいないのではないか

では

「ともだち」とはどこに居て

今のわたしとどんな位置関係にあるのだろうか

そんなことを考えている日々が続く

2017年7月 9日 (日曜日)

この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇

もう三年ちかくもむかしのことになるのだと考えれば
感慨深く思うと同時に三年間とはいとも儚いときの流れだと痛み入る

二十年ちかくまえに父を失い
何が切っ掛けでというわけでもなく
「孔子」(井上靖)を座右に置くようになる

そこから何を知り得たわけでもなく
わけをのみ込んだわけでもなかろうが
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
しみじみと噛み締めること常々とし
残された人生を
如何に悔いなく生きるべきかと
考え続けてきた

自分の人生を振り返っては
しくじったことあるいはなし遂げことなどを顧みて
二度と苦汁の思いを噛むようなことは避けて生きるべきなのだ
と自分に言い聞かせてきた

たとえ我に失策がなかろうとも反省はせねばならない

何事においても
それは人生の設計にでも例外なく
物事の成就は戦術よりも戦略が大事だと言い続けてきたし
大局を見下ろす俯瞰的な視線が欠かせないと
思い続けて来た

そう言いながらのこの三年
甘くはなかった

🍀

およそ三年まえ
平成26年10月30日 木曜日のわたしの日記の中に
葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き
物語からある「言葉」を抜き出している

秋谷と慶泉和尚との会話から
─ もはや、この世に未練はござりません
─ まだ覚悟が足らぬようじゃ。未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう

その語録を書きとめた日記を
ぱらりぱらりと読む

🍀

歳月人を待たず

わたしたちは老いてしまう時間は早いものだから
一時たりとも時を無駄にせず弛まぬ努力を怠ってはいけない

という教えを胸にしてきた

若くして病魔に屈せざるをえなかった
小林麻央さん死亡がニュースで流れて
残された小さな子どもたちへの思いも伝えられた
彼女を悼む大勢の人々が悔しい思いでコメントを寄せているなかに
中山祐次郎さんという医者の記事があった

それは
「いつ死んでも後悔するように生きる」
として
突然死を迎えることになったときに
もし後悔しないなら
それはどこかが本気ではないのだという

自分の使命に向かい一生懸命
目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら
それが中断したら
無念で無念でならないはずだという

命を賭けて生きていき
死ぬ間際までも
目標に向かい続けておれば
無念であるはずだ

人生はそのように生きることが大切だといっている

🍀

わたしの母は八十六歳であるものの
現在も直接死と向かいあうような病気はなく
理系のわたしよりも数字の計算は速く
記憶力に衰えもないようだ

何も思い残すことはないようなことをたびたび話しながらも
死ぬ間際は一週間ほどは寝込んでおりたいとまで言い
その一週間に数々の人に会って最期の挨拶を交わしたいと願っているらしい

息子なので
わかるような気がすることがある

あらゆることを何ひとつ胸に秘めることなく
何から何までを日常の家族の団らんで話してきたわたしたち家族であるがゆえに
言葉にはしなくとも伝わってくるのだ

母は
「この世をいとおしい、去りとうない」
とは一切言わない

しかし、実は思うているのではないか
そんな予感がするのである

「この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう」
という小説の中の言葉が
やけに重い

2017年6月23日 (金曜日)

夏至のころ あれこれ

(増殖版はコチラ) 


21日は夏至

歯の調子が優れずに一週間後に定期診断の予約がしてあったものを早めて診察をお願いした

根元のぐらぐら感が強かったので今後どのような治療をするのかが気になって質問をした

そのままで噛み合わせのあたりを調節するか、または抜く

隣とくっ付けて差し歯にするか入れ歯にする

そんな説明だった

いつ抜きますか?今 抜きますか

と決断を迫られてすぐに抜くこととなった

悩んでいたけれども抜いてよかった

口の中すっきりした

でもモノを食べても噛んでいる感触が薄い気はするが

これで

奥歯2本 4箇所 8 

親不知  4箇所 4 

犬歯 3箇所 3 

最後の犬歯 1箇所 1 

を合計で失ったことになる

🍀

夏至が過ぎて

あれやこれやと忙しくもなくいのに忙しそうにしていたら

悲しいニュースが飛び込んできたのだった


23日 悲しいニュースがありました

ガンと戦い続けてきた小林麻央さんが亡くなりました

ニュースはメディアを駆け巡ります
その軽々しさに虚しさを感じながらも
若き命がガンという病気に白旗を上げざるを得なかったのが悔しいです

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