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京都日記(平成27年7月篇)

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増殖する『新・裏窓から』

2017年7月15日 (土曜日)

ともだち

「ともだち」とは掛け替えのないものだから大切にしよう

と大勢の人が言います

「ともだち」って何でも話せて

言いにくい悩みも聞いてもらえて

居てくれてとても嬉しい

けど

別の見方もしているのです、ちかごろ

「ともだち」って

話を聞いた後にも

本当に相談に乗ってもらって

自分のゆくべき道を考えるときの大きな力になってくれるのだろうか

ともだちって言って居ながらも

それって本当はお互いが何も知らないのではないか

知ってるつもりになっているだけではないのか

ともだちっていうものの概念は

理想であって妄想のようなものではないのか

イザという時に傍にいてくれるわけでもなく

崩れてゆくわたしのあらゆるのもを

しっかりと支えてくれるわけでもない

傍にいて泣いてくれたり

死んだ時に見送ってくれることはあっても

いわゆる

そんなことってのは「なかよし」な話であって

何でも話せて本音を打ち明けてそれを聞くことと

本当の「ともだち」というものの間には

大きな隔たりがあるのではないか

「ともだち」という言葉は安易に使えないし

そんな人はゴロゴロとはいないのではないか

では

「ともだち」とはどこに居て

今のわたしとどんな位置関係にあるのだろうか

そんなことを考えている日々が続く

2017年7月 9日 (日曜日)

この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇

もう三年ちかくもむかしのことになるのだと考えれば
感慨深く思うと同時に三年間とはいとも儚いときの流れだと痛み入る

二十年ちかくまえに父を失い
何が切っ掛けでというわけでもなく
「孔子」(井上靖)を座右に置くようになる

そこから何を知り得たわけでもなく
わけをのみ込んだわけでもなかろうが
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
しみじみと噛み締めること常々とし
残された人生を
如何に悔いなく生きるべきかと
考え続けてきた

自分の人生を振り返っては
しくじったことあるいはなし遂げことなどを顧みて
二度と苦汁の思いを噛むようなことは避けて生きるべきなのだ
と自分に言い聞かせてきた

たとえ我に失策がなかろうとも反省はせねばならない

何事においても
それは人生の設計にでも例外なく
物事の成就は戦術よりも戦略が大事だと言い続けてきたし
大局を見下ろす俯瞰的な視線が欠かせないと
思い続けて来た

そう言いながらのこの三年
甘くはなかった

🍀

およそ三年まえ
平成26年10月30日 木曜日のわたしの日記の中に
葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き
物語からある「言葉」を抜き出している

秋谷と慶泉和尚との会話から
─ もはや、この世に未練はござりません
─ まだ覚悟が足らぬようじゃ。未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう

その語録を書きとめた日記を
ぱらりぱらりと読む

🍀

歳月人を待たず

わたしたちは老いてしまう時間は早いものだから
一時たりとも時を無駄にせず弛まぬ努力を怠ってはいけない

という教えを胸にしてきた

若くして病魔に屈せざるをえなかった
小林麻央さん死亡がニュースで流れて
残された小さな子どもたちへの思いも伝えられた
彼女を悼む大勢の人々が悔しい思いでコメントを寄せているなかに
中山祐次郎さんという医者の記事があった

それは
「いつ死んでも後悔するように生きる」
として
突然死を迎えることになったときに
もし後悔しないなら
それはどこかが本気ではないのだという

自分の使命に向かい一生懸命
目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら
それが中断したら
無念で無念でならないはずだという

命を賭けて生きていき
死ぬ間際までも
目標に向かい続けておれば
無念であるはずだ

人生はそのように生きることが大切だといっている

🍀

わたしの母は八十六歳であるものの
現在も直接死と向かいあうような病気はなく
理系のわたしよりも数字の計算は速く
記憶力に衰えもないようだ

何も思い残すことはないようなことをたびたび話しながらも
死ぬ間際は一週間ほどは寝込んでおりたいとまで言い
その一週間に数々の人に会って最期の挨拶を交わしたいと願っているらしい

息子なので
わかるような気がすることがある

あらゆることを何ひとつ胸に秘めることなく
何から何までを日常の家族の団らんで話してきたわたしたち家族であるがゆえに
言葉にはしなくとも伝わってくるのだ

母は
「この世をいとおしい、去りとうない」
とは一切言わない

しかし、実は思うているのではないか
そんな予感がするのである

「この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう」
という小説の中の言葉が
やけに重い

2017年6月23日 (金曜日)

夏至のころ あれこれ

(増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM


21日は夏至

歯の調子が優れずに一週間後に定期診断の予約がしてあったものを早めて診察をお願いした

根元のぐらぐら感が強かったので今後どのような治療をするのかが気になって質問をした

そのままで噛み合わせのあたりを調節するか、または抜く

隣とくっ付けて差し歯にするか入れ歯にする

そんな説明だった

いつ抜きますか?今 抜きますか

と決断を迫られてすぐに抜くこととなった

悩んでいたけれども抜いてよかった

口の中すっきりした

でもモノを食べても噛んでいる感触が薄い気はするが

これで

奥歯2本 4箇所 8 

親不知  4箇所 4 

犬歯 3箇所 3 

最後の犬歯 1箇所 1 

を合計で失ったことになる

🍀

夏至が過ぎて

あれやこれやと忙しくもなくいのに忙しそうにしていたら

悲しいニュースが飛び込んできたのだった


23日 悲しいニュースがありました

ガンと戦い続けてきた小林麻央さんが亡くなりました

ニュースはメディアを駆け巡ります
その軽々しさに虚しさを感じながらも
若き命がガンという病気に白旗を上げざるを得なかったのが悔しいです

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2017年6月16日 (金曜日)

かき氷

メルマガを書くときにあれこれと思いつく予稿の中にはちょっとメモで日記にしておきたいようなものもある

父の日が近づいているのでそんなことを詠んだ句などが色々と気にかかった

かき氷を食べながら話をする光景と父とかき氷を食べるシーンが頭の中でドラマのように出来上がるのだが、よくよく思い起こしてみると、ぼくは父とかき氷など一度も食べたことなどなかった

----

一度、京都のレストランで食事をしたことがあって、ステーキを食べたことがあった

農家で、汚い作業服姿しか見たことのないぼくは、この人がナイフやフォークを持って食事などできるのだろうかと、身体中から血の気が引くほどに恐々として見守っていると、さささとエプロンをつけて何食わぬ顔でナイフとフォークを使いこなし、ステーキを食べはじめた

ぼくはたった1度だけつまりこの時だけ、父と向かい合って食事をした覚えがあるのだが、かき氷は食べたことがなかった

この話はボツにした話なのでここに書いておこう

かき氷

(6月号のメルマガから)

■ 巻頭言

衣替えが過ぎて梅雨入り宣言が出たころから、朝の通勤列車の様子や街の中のちょっとした風景にも変化が現れ始めて、少しずつ夏の暮らしの一コマが見えてきます。

 かき氷前髪切った顔同士  工藤 惠

若者たちもお年寄りも、ちょっとオシャレに髪を切る。

久しぶりに会った友だちと喫茶店で何を話しているのでしょうか。

梅雨の合間のぐぐっと気温が上昇した日、パッツンと切った前髪の涼しい風景が爽やかに浮かんできます。

イベントが目白押しで、少し早めにメルマガをお届けします。

🍀

■ あとがき

 匙なめて童楽しも夏氷 山口誓子

かき氷というのは、冷たい水をがぶがぶと飲むよりも、身体中をクールダウンするのに効果があるように思います。

おそらく氷が喉を通り抜けるときに頸骨付近の動脈や静脈を冷やしますので、その冷たさが全身にあっという間に行き渡るからでしょう。

むかしからかき氷はありますけど、もちろん、そんなことを考えながらかき氷を頬張るわけではありません。

近ごろは華やかな色に加えてトロピカルな味も増えて値段もお手頃ですし、甘味に気をつければ健康的で、子どもたちにも喜んでもらえるので重宝します。

2017年6月14日 (水曜日)

挨拶をする - 6月中旬の或る日に考えていたこと

挨拶をする

むかし席を並べて仕事をした人で 

いつも昼食のときに会う人がいて 

その人の隣で必ずいつも並んで食べている人が 

ぼくと同じ駅から毎朝列車に乗ってくる人だと 

偶然わかった 

乗り降りする全員の顔を記憶している程度の小さな駅で 

毎朝会う人で同じ職場の人ならば 

挨拶をするのは普通のことだと思って 

近所の人だと知ってからは 

努めて声をかけるようにしていたのだが 

いつのときもすっきりとした応答がなかったので 

そのうちに声をかけなくなってしまった 

先ごろ、ふと帰りの列車で 

その人を見かけて 

帰りにも同じになることがあるのだと知った 

降車駅が近づいてきて 

列車がブレーキをかけ始めたときに 

ふと周りを見渡すとその人は 

深く倒れこむように眠っていた 

お疲れなんやな と思いながら 

ワンマン列車の後部から運転席の方へと 

移動してゆくときにそっと見ても 

彼は眠ったままだった 

彼は列車が止まっても眠ったままであったが 

ぼくは声をかけなかった 

1時間に1本くらいの割合で 

この駅に列車がやって来ることになっているのだから 

列車はこの先の駅まで行って戻ってくるか 

又はすれ違う列車が向こうからそのうち来るだろう 

彼はふだんから声をかけても
振り向きもしない人なんだから
ぼくの方から声をかけて
わざわざ起こしてしまっても
気に召さないかもしれない 

列車がブレーキをかけ始めてからも 

ぼくは彼のことが気にかかり 

しかしながら 

何度もためらないながら 

この選択が一番正しいと思い続けた 

田園風景

写真日記(6月中旬号)

列車を降りてからも様々なことが頭に浮かぶ

近所で地域の自治会に加入するのを断った人があって

1ヶ月に千円で1年に12千円の自治会費用を渋って

ゴミ出し料金を1年で1万円払っている人がいる

その家族のことを考えながら一般論を考え続けた

あのご家庭は何故に

自治会に加入するのを嫌がったのかは計り知れないが

もしも何か災害や災害に伴う避難勧告や事故等での断水、交通障害

さらには子どもたちの予期せぬ災難や事故などの非常事態などが発生しても

自治会はお隣さんなどの隙間に挟まれた家であっても

自治会に参加せずに独立して社会に参加している人には

手を差し伸べるにしても優先度が大きく遅れることになるのではないか

例えば

給水車が運んで来る水を優先度をつけて配ることはしたくないけど

せざるを得ない状況も発生するかもしれない

🍀

そんなことを心配しながら

誰も歩いていない田んぼ道であっても

どこかの誰かのおかげでこうして安心に暮らしているのだと

ささやかながら気がつくのだ

2017年5月 2日 (火曜日)

八十八夜に考える

(八十八夜に考える)

案を練る歓びと

作る歓びと 

完成品に見とれる歓び

などありましょうか

黙々と手や脳みそを動かす時間は

私たちが永年

すっかりとその本質を注いで

その本当の姿も忘れていたかもしれぬもので

そういう原点に戻ってくることってのは

ヒトの本能であるのかもしれない

と思うことが増えています

アホみたいに何かに取り憑かれたように

ある種のガムシャラで生きてきた長い年月は

一言で申し上げれば愚かであったとまで断言できないにしても

ある時代の人たちが魔法にかかってしまったようであったことは否めない

多くのものを取り戻すことは

ちょっとした困難を伴うけど

それこそがそのヒトの本当の腕の見せ所なのだろうと思います

捨てたくないモノを捨てて

新しいステージを築く時の

歓びを讃えましょう

🌿

私はそんなメモ書きを

放置したまま

この春を過ごしました

激しく生きてきた

一時期のような

弾け飛ぶような

パワーは今はもうありません

しかし

冷静に物事を見つめて

見送る心が

少しずつ満ちてきているように

自分では思っています。

新しいものを生み出したり

触発するような閃きもありません

2017年4月25日 (火曜日)

消えゆくもの 穀雨篇 (裏窓から)

(四月二十日 穀雨)

ムスメの旦那さんのおばあちゃんが亡くなった

旦那さんにすれば実の父の母(だからおばあちゃん)です

ムスメ側から見れば私の母と同じ関係になる

幸いに私の母は生きていて

今日も電話を掛けてきて

「タケノコをもろたのでどうや」と言うていた

タケノコは今年になって二回めで

一回めはしっかりと湯がいたものを用意してくれて

それをもらって帰って炊いて食べた

明日も受け取りに行くという約束をした

この先 あと何度受け取りに行けるだろう

100歳まで生きたとしても春は十回あまりしか来ない

ムスメ家族のおばあさんのことを考える

若い夫婦はどのように

八十歳をを過ぎた人の死を捉えたのだろうか

自分が歳をとるにしたがい子どもが大きく成長する

それと同時に、血や義理で繋がった血族・姻族を失う機会が増える

まだ三十歳ほどのころの自分を思い出してみる

つまり

自分の身の回りで人が死んでしまうということに

未経験であった時代のことを私は回想した

若い二人はどんな風に死別というものを捉えているのか

これには計り知れないものがあるのだ

ひとこと 死別と言っても

様々な死に方がある

なかには

若くして無念な死に方をする人もある

憎まれながら死ぬ人もあれば

惜しまれて死ぬ人もある

別れについて考えても

人それぞれである

いつかは別れがくるのだが

幾つものドラマがありシーンが起こる

喜怒哀楽、非情不条理に満ちていることもある

あれこれと思うと

私が歩んできた三十年前に遡って

あのころの自分を思い出すとか

その後の歴史を掘り返すのは

今更のことながらきわめて辛い

その忸怩たる思いを

誰に引き継げるわけでもないし

夫婦の仲で話題にしても

分かり合えるものでもなかろう

若い二人も三十年後に私と同様の感情や思いを抱くとは限らない

それは当然のことだ

あらゆる条件やモノ組合せが変わって

心もまったく違った感性や感情の上で生きているだろうから

新しい時代には新しい心情が生まれているのだろう

このような哲学めいたことを考えはじめると

迷路のなかを歩き回るようである

糸口などまったくないようでありながら

必ずとあると信じている自分の力のようなモノの感触を

掴むことができる

私は

昔からこんなことを考えるのが好きだったのかも知れない

しかし

この年齢になってからある年代まで戻って

考え直すからこそ意味があるだとも思う

ある意味では

すでに無力なのだけれども

考えることによって

小さな炎を灯し続けて

これからの年令を生きていきたいと願っているのかも知れない

その炎を

聖火の火のように

受け継げたら最高の幸せだろう

あの子たちのおばあちゃんが亡くなったことを

最も悲しんだのは紛れもなく息子であったはずで

この人の心は揺らぎながら

その人から生まれて

あの人と共に60年間を生きてきた時間や歴史を

死別する前後の相当の時間に静かに

考え思い出し尽くしてきたに違いない

そのことを

つまり、何を回想し何を考え何を悔やみ何を喜び……

などということを

子どもたちに伝えることはできない

けれども

炎として受け継ぐことであるならば

できるかも知れない

(通夜から帰ってきて)

穀雨の夜はそんなことを考えておりました

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