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増殖する(秘)伝

2018年10月10日 (水曜日)

ぶるっと一回ふるえて冬を思い出す

寒露篇


サドン・デス(sudden death)という言葉は

じわりじわりと迫って来る

けれどもそれほどの恐怖感はない

恐れているわけではない

しかし 覚悟ができているわけでもない

🌹

礼を欠いたままの恩人がたくさんある

私の人生の舵を切ってくれた人もある

音信の途絶えた人もあれば
先に逝ってしまった人もいる

🌱

10月8日は寒露でした

少しずつ夏の暑さを忘れ去っていきます

冬の寒さが忍び寄る

ぶるっと一回ふるえて冬を思い出す

💦 滾る漲る迸る を考える篇

寒露

2018年10月 7日 (日曜日)

サドン・デス(sudden death)

秋分から神無月を迎える時期に色々と思っている

其の一つに

🌱 サドン・デス(sudden death

これはジョーダンで語れるものではない時期に差し掛かってきた

祖父も父も六十五歳と六十六歳でこの世を去った

叔父もまだまだこれからというときに病で倒れて再起を図る前に逝ってしまう

顔がそっくりなように性格もよく似ていた

似ていることに薄々は気づいて大人になってゆくのだが

父が死んでからそのそっくりなことを確信する

たった十八年間しか同じ屋根の下では暮らさなかったのだし

とりわけ突っ込んだ対話をしたわけでもない

いわゆる親子で飲むことを愉しんだことも数えるほどだった

だが確実に似ていることを確信する

何故に似なくてはならないのか

同じ血脈であるのだからだ

だから身体の弱さもよてもよく似ている

ヒトは万能のように見える科学が支配する時代になっても

天地人のさらに向こうにいる神が与えた滾るものを簡単には変えることなどできない

やがて確実に来る サドン・デス(sudden death

待ち遠しいようで

怖いもの見たさで待ちわびるようであるものの

決して歓迎はできない

負けないようにしておくつもりでいるが

勝てないだろうと思う、血脈には

💦滾る漲る迸る を考える

 写真日記から

萩(1年でこんなに) サイクロン掃除機(2700円)

2018年9月20日 (木曜日)

旅とはそもそも

  • ヒッチハイクの旅・・・のこと
  • と続いてきて「その3」です

    旅とはそもそも

    🌱

    未知なところへ行ってみたい

    そういう衝動からくるものでしょう

    心がワクワクしてこそ旅に出る勢いが得られる

    中学時代に北海道の人と文通をしてまして

    その人に二十歳になる前ころに会いに行く

    というのが一つの大きなインセンティブでした

    でも願いは叶わなかったけど

    いっときの流行で中学生(受験生)向け雑誌の巻末などに

    「文通友達募集」などという欄がありまして

    手紙をやり取りする友だちが簡単にできました

    中学二年生ころから定期的に手紙を書く付き合いがある子がありました

    最果ての街・天塩町に住んでいる子でした

    北海道は私にとっては遠くで未知で想像できないようなところでした

    実際にその(文通)友だちに会えるのは

    大学も出てし、結婚もして、

    夫婦二人で北海道にツーリングに出かけた時だったかもしれません

    ぼくの友人たちはぼくを置いて先に勝手に

    その人の街などを旅して、泊めてもらったりして

    家族の人の世話になったりして遊んで帰ってきてましたので

    友だち意識はどっぷりと深かったですが

    永年の音信のあとに出会うというのは

    劇的なものもありました

    旅は未熟な人間の未完成な感覚を刺激します

    逆説的に言えば

    完成されて豊かで何不自由なく暮らし欲望もなく何かを求めようとする衝動などを持たない人に

    激しく突き上がる感動を伴う旅をすることは難しいのかもしれません

    できたとしても

    旅の味付けは全く違ったものになっているでしょう

    私の旅は

    そういう点で

    貧しく 未熟で

    完璧でなく

    無駄も多い旅だったかもしれません

2018年9月 9日 (日曜日)

ヒッチハイクの旅・・・のこと

ヒッチハイクの旅

🌱

ヒッチハイクという旅の移動スタイルがある

もう消えかけている

もちろんそれほど流行ったわけでもない

かつて北海道をヒッチハイクで旅をした

手を挙げて走ってくる車の人に乗せてもらう

今なら危ない

女の子なら余計にできない

あの時代はそういうことが可能だった

おおらかな時代だった

人が人に対して必要以上に敵対心を持っていなかった

友だちになるための敷居を持っていなかったし

疑いもなかった

悪い奴も少なかったのかもしれない

でもほんとうはそんな綺麗なものでもなかったが

みんな泥の中でうまく生きていて

みんな清かったのだと思う

🌱

旅は自由で気まぐれできないなくてはならない

無計画で思いつきで

人任せであっても良い

だから

ヒッチハイクでよかったのだろう

貧乏であった

でもどこかに到達したい

まだ知らないものを知りたい

見たことのないものを見たい

情報なんて何一つない

教えてくれる人もいない

噂があればいい方だ

そこにある宝物を目指そうと

多くの旅人は考えた

🌱

今は・・・

用意周到で完璧に計画を立て資金を調達をし
安全に最後まで旅を続けられる

情報が細かく入手でき綿密に予定も経つ

トラブルは滅多にない

道具も十分に揃っている

訪れるところは調査済みで

感動は筋書き通りなのだろう

それで満足なのかと問いたいが

もともと予期せぬ旅を想定しないのだから

そういう旅は、間違いではないわけだ

バイクと旅をやめたのは

そういったことも理由にあるのかな

🌱

メロン(ひとり生え) ナガノパープル 白露

2018年9月 3日 (月曜日)

バイク旅の始まりのころ

バイクと旅について考える

🌱

ヒッチハイクの時代に北海道へ行った
国鉄の急行で周遊券を使って北海道に渡り

道内はヒッチハイクで細々と移動をした

大学一年の時でこの後、卒業前に友人と車で信州を旅した

温泉に立ち寄って旅気分を味わった

大垣行きで帰省したことは何度もあった

ほかには、体育の野外講座で信州へリュックを背負って列車で行ったことがある

会社に入ってバイクを買った

京都は不便なところなので車が要ると聞かされて京都に住み始めるが

車は買えても通勤に使えるわけではなく保管にも経費がかかったのでバイクになった

初夏に買って、真夏に走り回って遊んで、秋に信州へ初めての旅に出た

2018年6月21日 (木曜日)

夏至号

夏至なので
アップしておこう

写真だけです
今度の休みにかくわ

2018年6月18日 (月曜日)

父の日雑感

父の日というお祭りが終わった

ひと昔ふた昔と遡って考えれば賑やかなメディアイベントになったものだ

父が生きていた頃

今ほどにおくりものだとか記念品などのチラシやプレゼンのニュースも見かけなかった

まさに父の日というものを意識したのは死んでしまってからである

したがってこれといった贈り物をした覚えもない

電気剃刀を買って贈ったことがあったかもしれない

父の日というものは派手やかに贈り物をするイベント色の強い祭りであるよりは毎年一度父を偲び生前を振り返るような日とするのがいいのではないか

生きている間は毎週日曜日は父の日であっていいしまた母の日であればいい

今はもう会えない人にもう一度会えたらええなあ

父の日はそんなことを思う日でいい

今の自分を褒めてくれるか叱られるのか、わかりようがないが、軌道修正ができるような言葉をいささか辛辣に投げてくれる人はもうこの世にはいないのだ

父の日にケーキをこうてもろたん

写真日記から

2018年6月 9日 (土曜日)

商品はただの物じゃない、生き物だと思ってるんです

  • ジャパネットたかた社長・高田明
    ...したものがあったのでここに残しておく。-ジャパネットたかた社長・高田明 「私は、商品はただの物じゃない、生き物だと思ってるんです」と高田はいう。例えば「ビデオカメラを買ったら、...

  • 芒種がすぎてもなおじっくりと机の前に座ろうとしない
    いいえ 座っても考えをまとめようとせず
    まとめたい考えも漠然と焦点が定まらないままだ

    ジャパネットたかたの前社長の高田明さんの語録がポロリと思い出されて
    同じ偶然でちょうど高田さんがTVで語っている場面も見かけた

    お母さんお父さんと語録では書いてあるが
    おじいちゃんとかおばあちゃんと写真を撮っている様子だったと思う

    子どもは写真なんか見ないでしょ・・・とはっきりとした上で語っている

    🌱

    この言葉の意味をじっくり考えてみると良い

    ビデオに自分の姿が映っているというのは夢の出来事だった時代があった
    その少し昔は写真がそうであり、その写真は白黒だった

    歴史というアルバムのページをパラパラとめくると
    写真はカラーで当たり前の時代になり、たくさんあり過ぎて自分が写っていても珍しくもなく驚きもしない

    父母が写っていてもそれが当たり前のセッティングである

    おじいさんやおばあさんが写っていたらいいなあと子どもの頃に思ったことがあってもそれはハナから叶わぬ夢の話だった世代から一つ新しくなっただけなのに

    そんな白黒世代の人のなかにはそういった消えていった歴史を惜しむ人や少しでも残しておきたいと願う人たちが多い

    消えてゆくものの価値に掛け替えのなさを切実に感じているからだろう

    🌱

    三十年という世代交代の周期が想定しなかったほどに大きな段差の向こうに現代社会の文化はある

    この変化の様子をしっかりと捉えて分析できていることが重要なのだと感じている

    時代につれて変化する人々の心のようすとか、その心の礎となるものは何か、 そしてその礎の上に築き上げるものはどのようなもか

    現代社会の犯している過ちを発生源まで遡って伝えておくことがわたしたちの使命であろう

    高田前社長の言葉はわかりやすい語録であるが、その背景にある厚みやと深さには計り知れないものがあると思う

    2018年5月26日 (土曜日)

    休日には日記を書こう 小満篇

    六月一日から重松清の「ひこばえ」の連載が始まる

    ちょこっとだけ期待をしている

    五月二十日の新聞記事にインタビュー記事があった

    🌱

     少し離れて、重松さんは一家を見つめていた。「遺骨が真っ白できれいだなあと感じました。まいたそばから葉が落ち、虫が歩く。この瞬間から森の中に溶け込んでいる。風が吹けば飛び散り、雨が降れば地面に染みて溶けてなくなる。自然に溶けていく、というイメージを抱きました」

     重松さん自身、2年前に父を亡くした。年に何度か岡山に帰郷して母を墓参に連れてゆく。「僕の中では、生きていたときよりも死んでからの方がおやじが身近になった。おやじという存在が僕のなかに溶けている感じがする。人が死んで形なきものになるとき、残された人の記憶に溶け、この世界に溶けていくんだと感じます」

    🌱

    重松さんは「溶けていく」と表現しているので、引き止められて切り抜いた

    弔いがテーマになのだろう
    わたしにはわたしなりのの考えがあるので静かに拝読する

    🌱

    人が死に生命が終わるとき

    多くの記憶が薄れていき

    やがては消えてしまう

    カタチを持つものは

    百年、一千年と面影を誘うように遺り続ける

    しかし、果たして本質はどこまで正確に残存するのか

    死んでしまうのだから

    この世から消えてしまってもいいのだ

    と思うこともある

    魂が残ればいいではないか

    という気持ちだろう

    しかし、過去の多くの人は何かを残そうと苦心をしてきた

    生前を敬い業績をたたえて

    後世の人に偉業や意思を伝えようとしてきた

    もしも「溶けていく」のならば

    それは消えてしまうのか同化するのか

    新しいものに姿を変えて「生まれ変わる」のだろう

    🌱

    (二十年舞絵に逝ってしまった父は)
    たった六十六年しか生きなかったのだから一千年、五千年の歴史の中に何を刻むことができた(る)のだろうか

    そんなことを考えると潔く影も形も記憶も足跡も残さずにドロンと消えてしまいたいと思う人も出てこよう

    人の記憶の強さのようなものは、y=指数関数exp(1/2)の x 乗で減少を続けるのだろうと思った

    つまり、死んだすぐ後は偉大さを振り返ってくれても

    三代もあとになれば伝説の人となる

    もっとも、この関数は五千年経ってもゼロにはならないことも意味していて

    その点も重要で見過ごすわけではないのだが、ここでは深く考察はしない

    🌱

    科学技術の進化によりヒトの足跡を保存する技術も向上している

    だから、千五百年とか二千年前の歴史的な遺品を解析し

    現代から過去を想像するような作業は、後世では不要になってくるだろう

    🌱

    八嶋さんがFacebook でわたしの孫の写真を見て

    「ちょうど一世代分の時間が過ぎたんですね。早いものです。

    バイクに乗る機会がめっきり少なくなり、昨年バイクは

    手放しました。近くのレンタルバイクで借りればいいと

    思いましたが、バイクに乗りたい気持ちにならず、一度も

    借りていません。

    またその気になったらヘルメットとブーツを押入から

    出します。」

    と書いてくれた

    わたしは以下のように返事を書いた

    バイクに乗り続けることを硬い目で見つめるよりも

    新しいことを次の世代に受け継ぐという観点で 

    バイクがあった時代を伝承することは 

    昔バイクツーリストであった人の責務だと思います

    広義に 

    旅がどうして私たちに必要だったのか

    何かを実現するために旅という世界に足を踏み入れたその背景は何であったのか

    この時代の幸せ 現実 逃避 などはどんな形で若者に夢を与えていたのか

    そんなことを次の世代に受け継ぎたいと私は思います

    バイクに乗り続けたいけど

    新しく使命としたことも多くて 

    うまく言えませんけどね。

    また機会を見てこんな話を書きたいです

    酒の肴にもならんけど

    Photo

    小満になってもなかなか書き出さないので
    ひとまずこの辺で放り出す

    つづきは「秘伝」で

    2018年2月 6日 (火曜日)

    一月下旬から立春の頃まで

    一月下旬から立春の頃まで

    駆け足でした

    というわけで
    あとでゆっくり書くわ

    一月下旬から立春の頃まで 足早に

    ピエール・エルメ デパ地下の串カツ JR 高島屋で JR 高島屋で エビフライ@ロンシャン れんこんのきんぴら タイ ヒラメ

    門井慶喜 銀河鉄道の父

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