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【随想帖 II】

2016年1月11日 (月曜日)

意地っ張り凩吹いて拗ねている1

❏ 意地っ張り凩吹いて拗ねている

12月4日の夜中にこんなことを書き残している。
わたしは拗ねるという言葉を使うのが好きなようで、その訳は何となく自分でもわかっている。

わたしはよく拗ねる子だった。母からそのことを何度も言われて決して責められている訳でもなかったのだろうが、そんなところで拗ねていてはイケナイのだと叱られたことが多かったのだろう。

人が(子どもが)拗ねているのを見るのは好きではない。だが、物語の成り行きで人が拗ねるようすというのは不可欠であるしドラマの場面を作りやすいのではないか。

人は甘えたいものだ。動物だってきっとそうだろうと思う。

拗ねるという行動は、甘えている行いをバッサリと切り捨てられて立ち直ることを要求されたときなどに、自分の甘えが実現できなかったことへの不満の表現形の1つだ。

悔しさが伴うこともあるだろう。どんな理由で意地を張らねばならなかったのかは今となっては想像の彼方だが、単純に解釈して、予想もしなかったのに凩が吹いて何か願いが叶わなかったからふくれっ面になっていただけだろう。

わがままとはそんなものだ。

うちの子は、わがままも言わなければ意地も張らないし拗ねもしない子であった…と今ふと思った。(今のところわたしには)まったく想像の付かない人と一緒になって新しい家庭を築こうとしている。

わたしの時代が終わったのだからと考えが行き着き、凩が吹いただけでわたしは拗ねていたのかもしれない。

小鯛のささ漬

ほんの少しのわさび醤油でいただくと格別に旨い

2015年8月29日 (土曜日)

サンマ

今季 初サンマ

写真日記(平成27年版)


初サンマあっち向いてほいで右向いて

お皿を買ったので魚などの和食を乗せてみたくなる。イオンの食器コーナーの棚に季節モノの器が並んでいたので思わず目が行って落ち着いた面持ちの違った形のものを二皿買った。

夫婦ともにサンマを食べたいと思っていてお互いがそのことをハッキリとは強調し合わない。しかし、サンマがちょうど乗る横長の皿に目がゆくと視線同士がそこでぶつかっているのがわかる。

その皿ではサンマしか食べられないから…という理由で万能なカタチの小さなものを買うことになったのだが、サンマをどうぞというようなあの横長の皿に刺し身ともう一品を並べて盛ってもええなあと考えたりもする。

夢は空想に入っていく。呑兵衛というのはロマンチストなんであろうか。

サンマは、結局のところこの皿を買った日には値段がまだまだ高くて買わずに帰った。300円の値札がついていたので200円を割ったら買おうではないかと意見が一致した。

スーパーのチラシに185円というのを見つけたのは今朝のことだった。更に、ツマがパートの帰りに別のスーパーで「新モノ150円」と魚屋のマイク(録音)が叫んでいたのを聞いたという。

夕方にもう一度その店にツマは出かけて行ってわが家の食卓に2匹のサンマが並んだ。

少し痩せぼしである。

2015年7月 3日 (金曜日)

題詠ブログ

題詠ブログを楽しませてもらっている。といってもわたしは拝見して楽しむレベルの立場である。

「激減」している投稿数に不安を感じて、それが引き金となって継続を悩んでおられるらしい。誰もが同じ状況だったら悩むとことと思います。

歌を愛するゆえに安易な判断で方向を決めてしまっては、自分に納得がいかないし、読者の皆さんにも申し訳ないという気持ちもあるのでしょう。

そうはいっても、激減という数字は現実の前に重くて厳しい。

今のネットを(ひいては社会を)俯瞰的に見渡せば、わが身勝手で好き放題のうえに、安易に割り出される情報やその指標に烏合が流されるように群がっていきます。そこにいる人たちの多くにはモノの本質を見極めるつもりもないし、見極める力も、その潜在的な希望もありません。

所詮ネットや社会がその程度のものだと言い切ってしまうには、寂しさや悲しさもありますし、少し見切りが早いかなと思うものの、社会を動かす流れはまだまだ今のままでしょう。新しい流れなどは到底期待もできない。

ツイッターやブログでいち早く短歌や俳句を楽しみ始めた人たちが、数年前まで遡ってどれほど最初に描いたユートピア的な歌や俳句の世界を続けているのでしょうか。

ご本人は何にも変化していなくても、潮流が随分とみなさんの姿を捻じ曲げて行っているように思います。

様々な人がいます。自分にだけ注目して欲しい人、高く評価をして欲しい人、本当に上手になりたい人、上手な人の中で黙って鑑賞しているだけでいい人、こっそりひっそりと参加していこうと思う人、歌会の参加を狙う人、賞を狙う人などなど。

しかし、濁流のような流れが、個人の価値観や楽しみ方、生き方までも、脅かしてくることもあります。

自分流を守って生きている方々もたくさんありますが、勝ち組・負け組などという言葉がチヤホヤされた潜在性は未だ根強いものがあります。

正しかろうが善かろうが(劣悪であろうが紛いもんであろうが)多数決的な勢いで物事が進むことは日常です。

題詠ブログをみんなで守って、しっかりとした「詠む」「詠みあう」文化を作り継続していきたいという気持ちは痛いほどよくわかります。

参加する側の人々の技量や気持ちは素晴らしくとも、しかしながら、育んでゆく土壌がこれから頼りになるという確信はありません。

様々な意見が様々な方向から出ると思います。決して均等な母集団から湧き上がるものではないと思います。それらゆえに判断が難しいし、やめれば復活は難しいという心配もなさっています。

しかし、誰のためにって、それはご自身のためにも、一旦ゼロにしてしまう勇気も必要と思います。

本当に不可欠で、またパワーがあるならば、必ず姿を変えて甦ることのできる時がきます。わたしはその新しい姿がとても楽しみです。

---

題詠ブログ:五十嵐きよみさんが主宰しておられる歌を詠みあうイベントのブログです)

2015年6月18日 (木曜日)

おゆうはん前にかぼちゃでまあ一杯

新・写真日記(27)

かぼちゃ 黒豚庵


名古屋に出かけてましてん(17日)

東急ハンズとかJR高島屋とかを少しだけブラっとしてお休みのはんこを買って帰ってきたのが日記的な面白い話題かな。

お昼は黒豚庵というところで「豚しゃぶ冷やしうどん+カツ丼」を食べてそのあとにお皿やお椀やお鉢などをみたりガラスのコップや文房具などもみたりしてまあふつうのデート風のお買い物。ドトールで冷たいコーヒーを1個買ってお持ち帰りにして快速に並んでいつもより早めの時刻に帰ってきた。あさりを買ってスパをしようといいながら駅からの途中に寄ったスーパーで半額のステーキを見つけて予定が変更になったこと。久しぶりにお肉を食べたこと。にんにくを買い忘れていること。そんなにふだんと変わらない。

このごろをときどき振り返るたびに毎日に飲み過ぎているのを反省しているので今夜こそは控えるからと言って朝に家を出るのですけれどもおゆうはんの時刻になって飯台に座るとかぼちゃが三切れ入った小鉢とそのとなりに水と氷の入ったグラスを出してくれますのでまあ一杯ということになるわけです。

続く

2015年5月19日 (火曜日)

過去への落し物

ここまで忘れていたのだから困っていないだろうということが過去への落し物みたいな気持ちです。

---

NさんがSNSへのパスワードを
うっかり忘れてしまったときの
その後のコメントで
「過去への落し物みたいな気持ち」
と書いておられて、

わたしはその言葉のことで考え込んでしまう。
彼女が言いたかった真の心の内とは何なのかがぼんやりだったので、
もう少し正体を突き止められないかと思うほど迷路に入っていく。

だからすぐには返事めいたことも書けずに
この一節をメモに書き置いたまま睨み続けた。

睨んでみては諦めて
感情を冷ましてみては
もう一度睨んで考えた。

落し物ってなんだろう
自分の手から離れた瞬間に
もう棄てられてしまうかもしれない宿命があったのかな

それはないでしょ
落としたくて手から離れたわけじゃない。

でも
手から離れた瞬間に
自由になれたと考えれば
どうだろう。

人生の完全燃焼ストーリーのシナリオから
落し物のように遊離して
私は今の人生を歩んでいる。

落し物って
あいつら
いつか誰かに拾って欲しいと思っているのだろうか。


濃密な文章で反時代的な私小説を書いた
直木賞作家の車谷長吉さんが17日、死去した。
うーん。残念。
たくさんの直木賞の中でも「赤目四十八瀧心中未遂」は特に素晴らしい作品です。
おもいきり真面目に感想も書いている。
もう一回読もうと思う。

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車谷長吉 「赤目四十八瀧心中未遂」

  • 上手に生きてゆけない男が、身体が震え上がるような女性(アヤちゃん)に出会い、名門の出であることを密か……
  • ----

    車谷長吉 赤目四十八滝心中未遂

    BOOKs(読書日記)

    2015年4月24日 (金曜日)

    春 着々と夏に向かい

    四月中旬に雨降りが続いてそれが2回連続して週の初めの月火に襲いかかり、傘をさして出かける日が続いた。

    2回続けばうんざりして今年はよう降る春やと弱音めいたことも言ってみたくなる。しかし、そのおかげでというわけではないのだろうが、グッドタイミングで田植えが一斉に始まっている。

    ムスメは三月二十日ころに異動して新しい暮らしを始めた。本人たちには気の毒なことではあるもの、そんなテーマに幾つか出会いながらも着々と成長してゆくのが想像通りというか期待以上に逞しい。

    二人には信じられないほどボロボロの官舎で、温水シャワートイレを思い切って取り付けることにしたのはいいのだが、工事当日に電気コンセント設備がトイレにないという全くの想定外のことも起こった。何しろ生まれる前の建造物で、その時代のお風呂のカマであり給湯器であるのだ。

    慣れないのだが夕飯も作っているし雨降りには傘もさしてバス停まで歩かねばならない。帰りが遅くなると家の近所まで行けるバスがなくなるなど悩み事は尽きなかったようだ。

    bike-tourist.air-nifty.com > 進化する おゆうはん

    しかし、新婚というのは恐ろしいパワーを持っているということを思い出させてもらった。

    4月下旬 いつもの車窓

    今考えてみると、京都で4年間自立して暮らしたことや、2011年の熊野市大水害の経験など、目に見えない事件が骨身になっているのだろう。

    考えて、工夫して、目標に少しずつ近づこうとする心構えと行動が大切だ。

    2015年4月20日 (月曜日)

    もうすぐ死ぬと悟った人たちが、何を後悔しているのか

    日々あふれるほどの情報のなかで偶然に目にとまるものがわたしに何かのヒントを与えてくれることがある。
    この言葉もわたしをおやっと思わせてくれたものだった。

    「死への準備をするということは、良い人生を送るということである」とトルストイが本当に述べたかどうだか。
    今の世の中こんな記述情報があるとあっという間い広まって神秘性はあやふやのままだ。
    本当に大事なものは情報にチヤホヤされていない冷たい視線だと思う。

    記事は「もうすぐ死ぬと悟った人たちが、何を後悔しているのか」を取り上げようとしていた。

    17項目をあげていたけれど、商業雑誌だから、わたしから見たら無駄も多い。

    ◆1 他人がどう思うか、気にしすぎなければよかった
    これって、もうすぐ死ぬ人が悟るような内容じゃないだろう。
    而立の年に知るべきことだ。

    ◆2 他人の期待に沿うための人生ではなく、自分が思い描く人生を歩めばよかった
    これも死ぬ前では遅すぎる。充実している時期に気づくべき。

    ◆3 あんなに仕事ばかりしなければよかった
    このへんまで読んでくると、いかにみんな死に際まで何も考えてないかってことがわかってくる。

    ◆4 もっと一瞬一瞬に集中して生きればよかった
    一瞬一瞬に一生懸命に生きるなんてことは、死ぬ間際に後悔することではないだろう。
    これまで何を生きてきたのか、疑ってしまう。

    ◆5 喧嘩別れしなければよかった
    すこしグサリと来る出来事もあったが、死に際の後悔にはならないだろう。

    ◆6 もっと他人のために尽くせばよかった
    このことは、死に際ではなく、還暦あたりで気づくべき。

    ◆7 もっと家族と一緒の時間を過ごせばよかった
    論外ですね

    ◆8 友達との時間を大切にすればよかった
    いったいみんな、どんな人生を歩んでいるのか。

    ◆9 もっと旅をすればよかった
    段々呆れてきた。

    ◆10 リスクを恐れずにいろいろ挑戦すればよかった
    三十代にこういうことに気づき五十歳くらいには充実してチャレンジしているべきで、やはりぼんやりと生きてきた人が言う言葉だ。

    ◆11 もっと自分の情熱に従って生きるべきだった
    正直に生きてきたわたしにはこの後悔はわからない。

    ◆12 あれこれと心配し過ぎなければよかった
    こういうことって後悔することなのかという疑問のほうが大きい。

    ◆13 もっと自分を幸せにしてあげればよかった
    わたしは幸せでした。貧乏でしたが。

    ◆14 周りの意見よりも、自分の心の声を信じるべきだった
    理解に苦しむ。

    ◆15 愛する人にもっとたくさん気持ちを伝えるべきだった
    伝えてきましたから、わたしは。

    ◆16 もっと幸せを実感するべきだった
    幸せとは何かという原点に帰る話になります。
    普通に生きてれば、精一杯幸せを目指すと思うが。

    ◆17 もっと時間があれば・・・
    死ぬ間際に言う言葉ではないだろう

    朝

    新・写真日記(27)

    こんな日記 書かなければよかった……と思った。
    しかしながら、このようなことを考えている現実的な側面がこの世に存在することに大きな社会の悩みがある。
    その悩みはスパイラルになって増殖してゆく……

    2015年4月10日 (金曜日)

    半券

    ふとしたはずみで、財布の中から、印刷の薄れかけた切手大のチケットが滑り落ちた。

    と書き出している。

    それはそれは
     短歌と、日々と、普通のごはん。
    のなかの

    ボートの半券  2015.03.21 Sat
    から

    カメラには収めぬ一日があふれ出すあなたの漕いだボートの半券
      (万葉の里・恋のうた募集「あなたを想う恋のうた」で優秀賞)

    ◎◎

    近代の短歌でもとくに放送や情報のメディアが人々に歌というものを紹介する機会が増えてから急速にこのような歌がその潜在的な力と美しさを隠すことなく届いてくるようになったと思う。それだけに短歌というものが排風柳多留のように歴史のなかに定着してゆくようなことがあるのだろうとふと考えてみる。そのなかから光り輝くものを見つけてくる。

    どうしてこの作品にひきとめられるのだろう。
    不思議なチカラが漂っている。しかし、不思議なんていうものはそもそもこの世にないと思っている。何でも解明できるはずだ。だが、魂の存在の証明は困難かもしれないが。

    では、どうして惹かれるのか。
    それは、この人が半券を棄てずに持っていたことで優しい心と哀しむ心を持ち合わせていることがうかがい知れるからだろう。好きでなければ持ち続けられないものを持ち続けながらも「はっきりした関係でな」いと書いているのに本当は好きなのだ。好きなら好きといえばいいのに世の中や人生というのは意地悪なものでやたら好きだと正直に振る舞うと大事なところをも逃してしまったりすることもある。じっと控えめで淑やかな人が重んじられたりするのを良しとする長い歴史があるのもそのせいだろう。

    好きなら好きといえばいい。
    ところが、言ってしまえばオシマイよ。寅さんじゃないがそういうことってよくある。だから、幾分打算的であるが秘めてしまうのだ。

    恋愛上手になることもない。
    だが世の中上手な人がいるのよ。まあ、わたしも直ぐに人に惚れてしまって哀しい想いを何度もしてきたけれど、哀しかったからといって死んでしまいたいわけではないし生きている元気を失ったわけではない。まあ、スイーツとご飯は別腹という人の言い分に似ているかもしれないかも。

    でも恋愛上手はお得なことが多いかも知れない。
    出会って間もない女の子からすぐにメールや連絡方法を聞き出しているわたしを見て、そのことをツマがケラケラと笑って困った人だと呆れて顔をしかめている。そのくせわたしたち夫婦は仲良しであり、でも、相性チェック100の項目テストをすると95%くらい不一致である。ほんと、誕生日と血液型だけがバッチリと讃えてくれるだけで、ツマはそのことだけでとても喜んでいるからそれでいいのだ。

    この短歌の作者は写真のことを少し悔やんだのだろうか。
    でも悔やんでも始まらないのだから、諦めが肝心と思ったのか。わたしはこの人のことをここにある文字と言葉からだけしか想像できないけどこの人は「やっぱし写真欲しいなあったらよかったな」と思ったに違いない。めっと(面と)向かって話しができるのだから「写真なんて諦めなよ半券のほうがずっと思い出深いよ」と言うところかもしれないが、人の心はないものねだり、半券をじっと見つめてそのときの情景をそこに映し出して目を閉じるしかないこの人の気持ちは辛いほど伝わるのだ。

    写真があればそこでストップかもしれない。
    そんな非情なことも言えないけど、わたしの時代には写真なんか簡単には撮らなかったし、撮れなかった。頼りになるのは自分の心にとどめた記憶だけだったのだ。

    この恋で懲りちゃいけないよ。
    とわたしは言ってしまうかもしれない。辛い思いをした人は、引っ込み思案になったり迷って道を選び損ねたりする。でも、しくじるときはみんな誰だって同じなんだってことを考えればわかるのについつい自分は不運だからとか性格が悪いからとかあそこがマイナスだからとか、まあいろいろとよく考え着くなあと思うほどにマイナスに連想を進めていってしまう。

    わたしの部屋のガラクタ入れのなかに
    24歳のときに一緒に京都に行こうと強くプロポーズした一人の女性の写真が何枚も残っていてその写真のことをツマはよく知っていて今でもわたしが不安定な気持ちで家にいるときにチラリとその話をする。わたしもわたしで、棄ててしまえばいいものを持っている。もう絶対に会えない人なので大事に持っていてもゴミにしかならないのだけどそこに引き出しがあるから放り込んだままになっているのだ。

    24歳は就職して社会に飛び出す記念的なときで、
    その行き先が京都だった。6年間住んだ東京を離れることにとても寂しい思いを持っていたのだがその辛さや重さは自分でも言葉に出来ないほどに得体のしれない波だったのだ。でも、あっという間に忘れてしまう。本当は忘れてしまっていることはなくて何度も決まった場所が夢に出てくるし決まった路地で必死になって探しものをして駆けずり回っている自分がいるから脳味噌の中には記憶しているのだろうけど、わたしは忘れたと思っている。もしもいま、街でバッタリ昔の友に会ったとしても、けっこう気付かずに行き違ってしまうかもしれない。実際にそういう事例がわたしには幾つもある。記憶というものは至って曖昧で、形を表すものは儚い。

    だから
    半券でストップする。

    この半券で物語を終えてしまう必要があるのだ、
    ドラマでも映画であっても。
    わたしは卒業式を小中高大と4回やっているけどどのときも悲しくなかったし人一倍涙腺が弱いのに泣かなかったのはきっと次の扉を開けて次の世界を見ていたからなんだと思う。この歳になると次の世界の扉って「他界」に行くあの世への扉だったりすることもありそうだけど、それでも結構楽しみにしている。

    新しい恋をしたいと密かに思っているのかもしれない。

    落書き

    落書き
    新・写真日記(27)
    4月 7日 (火)

    落書きは駅のホームの、小さな屋根がある木のベンチの後ろの掲示板に書いてある。ポスターなら10枚ほど貼れるところだが、一枚も貼ってなくて、去年あたりは安全啓発のJRのお知らせがあったのだが、それさえも剥がしてしまって、画鋲が転々と錆びついて残っている。その壁にこの落書きはあった。

    この駅から1キロほど離れた中学と2つの高等学校の生徒が乗り降りするくらいで、通学時間から少しずれて利用するわたしはせいぜいクラブ活動などの数人がベンチに座っているのを見かけるくらいだ。

    落書きを書いた犯人一味は、この学校の生徒であろう。屈指の進学校である生徒たちにも切ない思いは在るのだ。

    さて。

    松尾くんって誰だろう。
    消してあるじゃないか、意味深だ。
    そうだ、書いてからしばらくして、別の人が消したのではないか。

    などと推測の声が飛ぶのが聞こえてきそうだ。

    落書きに意味はない。
    あの瞬間の激しい時間が埋もれている。

    書いた張本人のキミだけの宝物なのかもしれない。

    2015年3月25日 (水曜日)

    きっと転びそうな予感

    雨降茫々日々記 1277
    というブログを拝読したあとに勝手随想しているが、何らコメントにもならないわたしの戯言なのでコチラにあげてTBの印だけを残すことにする。

    むかし、転ぶという言葉がそれ自体も響きも嫌いだった時期があって、高校に不合格になったときも大学に10箇所以上落ち続けたときも、進級の壁に立ち向かうときも、わたしは転び続けたわけでした。

    師よ何度転べばよろしかろう七度ですか
    そう得体も知れず目に見えぬ自分の心の奥深くの影と対話を続けた。(目にも見えぬ)師は優しく、八度起き上がればそれでよろしい、などとは言わなかった。

    それでよかったのだ。いつまでも寝転んでいるわけにもいかないし、はたまたいつまでも大空を見あげているわけにもいかないのだから、大急ぎであれ、やれやれと…であれ、起き上がるのだ。

    無資産で貧乏な家に生まれて、他人に迷惑をかけたりするのを恥と思う人間であったはずだが、妙に夢だけは大きかったのかもしれない。親にだけは多大な迷惑をかけて東京の大学にまでやってもらった。けれども、ムスコは大馬鹿息子のままだった。村長や村会議員をした爺さんや曾祖父さんが三つ子までのわたしに何を囁いたのかは、今となっては全く想像できないのだが、母が言うように脈々と流れるグウタラな血が流れているようだ。

    ちょっと起き上がるまでにナマクラをし過ぎて情けない暮らしをしているのだが、わたしが次の世代に何を伝えられるかにかかっている。ムスメ1人だったので結構バクチみたいになっていることは否めないが。

    ☆春雷や善きひとはみな先をゆき
    ☆まだすこし遊び足りない春灯  砂女

    砂女さん、ちょっと弱音を吐きかけたなんてことはないと思うが、ナマの声は届いてこないからそれはわからないままだ。

    ただ、転んでみて地面の低さまで視線が移動して、転んだ数を勘定してしまったら、ついでに歳の数を勘定したのかどうか、弱音だとは決して思わないけど

    でもまたきっと転びそうな気がする
    なんて書いているから、ちょっと笑って飛ばしておこうではないかと考えた。

    ニンゲンの記憶脳っていうのはタマネギと同じような構造で、外から(新しいところから)段々と腐って剥がれているのです、なんてのをTVに出ててる科学者が話すのを聞いて、なるほどと思いつつも、そんな科学よりも……と、また別のことを考えていた。

    科学が進化するのは結構ですが、どうだっていいことはたとえ面白い科学であろうが追いかけるのをやめて、もっと糞の役にも立たないことで心を豊かにできるようなものはないものか、などとわたしは捻くれてみる。

    捻挫が3日ほどで治ったとかいう記憶の突然変異と脳科学とが関係するのかどうかワカランけど、人の記憶とはとても曖昧なものであることを、先ごろわたしも体験した。

    10年ほどむかしに新採で配属されてきた一人の女性がいて、彼女は転々と異動しながら着々と大人になってられ、先日、久しぶりに話をする機会があったのだが、あまりにも雰囲気が記憶と食い違ってしまい(別人かもしれないと不安になって)躊躇した。

    高校時代の数学の先生が(≒定年だったので)、新人のころの教え子と再会したら顔は全く覚えていないが声を覚えているものだ、声は変化しないよ、と仰っていたのを思い出した。なるほど。人間の骨格は変化しないから、声の周波数帯域は変化しないわけか。

    転ぶという現象は、うっかり屋さんという心理的な側面もあるが、カラダの構造的な(解剖学的な側面の)ことにも起因するならば、死ぬまで治らないのかもしれない。つまりは、よく転ぶ人=いつまでも転び続けるのだ。

    いつまでも試験に通らなかった昔を思い出して、ほとほと納得をした。運命だから付き合うしか無い。


    新・写真日記(27)

    サバの唐揚げ 筑前煮

    2015年3月23日 (月曜日)

    刻一刻と過ぎゆく時間

    【- Walk Don't Run -】遺す言葉 のシリーズのなかの15番目

    遺す言葉 - 15

    向き合うということ ─ 平成25年秋へと

    に関連する話を書きます。


    1年半前にお見舞いに行きました叔父が23日の朝になくなりました。直接の死因はまだわたしには届いてこない状況ですが、わたしの父が66歳、もう一人の叔父が70歳、そしてこのたび亡くなった叔父が一番弟で75歳で逝きました。

    男性は3兄弟でみんな短命です。ガンなどのような手ごわいとされる病気ではなく、ごくありふれた身近に耳にする病気ばかりです。もちろんありふれた病気を軽視するわけではないのですが、早くから病気の症状を予測して対処をしていたにも関わらず、儚くも短い結果となりました。心臓が特別に弱いと言われたわけでもなく、タバコは早々に控えて晩年は断ち切っていましたし、食事の栄養配分や塩分濃度などにも気をつけている(夫婦の)対話を何度も耳にしました。

    短命とは、運命でないか、とこのごろになって確信を持っています。だから、どう騒ぐわけでもないし、対応することもできない。あり余るほどに飛び交う情報を大切にして手を打つことも、それほど精一杯できるものでもない。

    現在という時間が流れている一種の時空間には、地球とか太陽系が支配する時の流れというものがあり、それによって時間が定義され、人間の生命の周期という80余年の寿命・節目が存在するにすぎない。だから、運命が人それぞれである以上、周期に差異があっても仕方がないし、カラダは千差万別であるわけで寿命もそれぞれでしょう。

    だから、わたしも短命の血脈をいただいているわけでして、刻一刻とそのときに近づくわけです。

    より以前の記事一覧